5-7 鈴の音の響く夜
今度は、何か暖かい感じがして僕は目を覚ました。
知らない天井。
白いカーテンで囲まれたその一郭には、僕のバイタリティを表示している機材がいくつかと、点滴、それから妹がいた。
僕はどうやら病院のベッドに寝ているようだった。身体を起こそうとするが、思ったように動かない。
どうしたものかともぞもぞしていると、イスに座り、ベッドに突っ伏すようにして眠っていた妹が目を覚ました。妹はいつになく落ち着いた口調で僕に語りかける。
「……あ、お兄ちゃん。動いたらダメだよ。ほら」
ポケットから取り出したピンク色の手鏡をこちらに向けてくる。そこには、目と口だけを出して包帯でぐるぐる巻きにされた人の姿が。口元には酸素マスクが当てられている。
「これ、お兄ちゃんだよ」
妹はそれだけ言って、ベッドに備えられているナースコールのボタンを押した。
ーーチリン
僕は声を出そうとしたがどうにも上手く喋ることができない。酸素マスクのせいだと思ったが、それ以上に、声がどこかに飛んでいってしまっているようだった。
妹の方に目をやると、妹は、ただじっとしてカーテンを見つめていた。
違う。
カーテンを見ているのではない。カーテンのその向こう側?それも違う。
妹は、どこも見てなどいなかったのだ。
うつろな目、何にも興味を示さないその姿勢は、いつもと打って変わって落ち着いた口調からも感じられた。
なぜこうなったのか。
《僕が、千尋ちゃんを、殺したから》
その刹那、全身の血が熱くなるのを感じた。
バイタリティを示す機械のピ、ピ、というリズムがどんどん早くなっていく。
妹はハッとしたように立ち上がると、急に慌てだした。
「えーと!えーと!なーすこーる!?これ!?これ!?」
ベッドに備えられた灯りがついたり消えたりしている。
そのうちに、髭の濃い男性の医師が飛び込んできて、あれやこれやと処置を施された。具体的に何をされていたのかは、今でもよくわからない。
ーーチリン
◇◇◇
これは後で聞いた話なのだが、僕は階段から落ちた際に、右足の複雑骨折を筆頭に全身に7カ所の骨折を負い、うち2カ所はあばら骨だった。折れたあばら骨は、右心室を突き破り、助かる確率は1パーセントもないと言われていたそうだ。
しかし僕は、現代の医療技術では考えられないくらいの自然治癒力を発揮し、1週間も経たないうちにほとんど元通りになった。
きっと奇跡が起きたのだ。もう一人の女の子が救ってくれたんだよ。と、何も知らない医師は言った。
1パーセントの少年。今は亡き少女が救った命。と、何も知らないマスコミは言った。
傷がほぼ完治した後も、検査入院ということでしばらくは入院していたのだが、ある夜、僕は治ったばかりの右腕を、何もかもを握りしめた拳と共に強く壁に打ちつけた。
「どうして僕が生きているんだよ!!」
さらに強く打ちつける。意味のない激痛が右腕を走り抜ける。
屋上に設けられた面会室で、僕は夜の闇に向かって叫んだ。
「どうして!!どうして僕が死んでないんだよ!!」
ーーチリン
その時、すぐ後ろでもう聞き慣れた鈴の音が聞こえた。
振り返るとそこにいるのは、豪華な着物を纏った黒髪の少女《かぐや姫》がいた。
「ふむ。やっと妾に興味を示したか」
僕は、どんな言葉よりも先にかぐや姫に向かって拳を放った。
「くくく。こわいこわい」
拳は顔のすぐ横の壁に当たった。拳はその場に留まり、血がにじんでいく。
「わざと外したクセに、自らの拳を傷めるとは。滑稽じゃな」
「黙れ死神」
「まあ、間違ってはおらんが、その場合お主もそれに当てはまるのじゃぞ?妾と契約したのじゃからな」
「死神には死人がなるんじゃないのか」
「戯けが。誰がそんな事を言った?妾は言ったはずじゃ。お主を死の直前で止めた、と。人は現世を離れる時、その魂が現世で受けたあらゆる物を振りまいて、真に、魂だけの存在となる。お主はその過程で妾に引き留められた。お主の魂からそれ以外の部分が無くなるのを防ぎつなぎ止める役割を担うのが妾のような存在。妾は言わば《器》なのじゃ。じゃからお主は、まだ死んでいないし、死ねない」
不穏な言葉が頭をよぎる。
「死ねないってどういうことだ」
「死神は単体ではないが、輪廻の輪から外された唯一無二の存在じゃ。妾との契約を破棄しないかぎり、お主が死ぬことはない」
それなら話は早い。
「契約を破棄する」
「断る。というか無理じゃ」
なぜか、疑問を投げる前にかぐや姫は答えを出す。
「妾とお主はかなーり相性が良かったからの。くっついたら離れなくなってるのじゃ」
おどけるように答えるかぐや姫に嫌気がさした僕は、その場から離れてベンチに座って頭を抱えた。
「仮に、契約を破棄できたとして、何をする気じゃ?」
「死ぬ。そして、千尋に謝りたい」
「まだあの娘の事を気にしておるのか。まあ、人の子というのは不思議な生き物じゃからの。じゃあ、一度やってみるかの」
一体何をしようというのか。
僕が顔を上げようとしたその瞬間、頬にヒンヤリとしたものがあてがわれているのに気づいた。
「首を落とせば、そのまま死ぬかもしれん」
ゆっくりと顔を上げると、かぐや姫は見た目に似合わない巨大な鎌を手にしていた。
そして、その黒い刃を僕の首筋に当てていた。
「安心せえ。痛いのは最初だけじゃ」
かぐや姫は勢い良くその巨大な鎌を振り下ろした。




