5-5 運命ってものを
幾つもの朝と夜を重ね、その日はやってくる。
日数のカウントダウンが残り一週間をきった頃、僕はあることに気がつく。
運命の日というのが、千尋ちゃんの誕生日の前日の日曜日だということだ。
そしてその日は、千尋ちゃんの誕生日会が催されるのだ。
しかし僕は、少しばかり安心していたのを覚えている。「外に出なければ死なない」と考えていたからだ。
千尋ちゃんは特に大きな病気を患っているというわけでもないし、自ら命を絶つような子では無かったから、死んでしまう原因としては、おそらく事故死なのだろうと仮説をたてていた。事故死と聞いてまず思いつくのが、交通事故。
だから、家から出なければ、死なない。
安易に、そう考えていたのだ。
◇◇◇
誕生日会の日は、雲一つない快晴の空だった。
まだ梅雨に入っていないせいで、からっとした地上に太陽の光が煌々と射していた。こういう日は、洗濯物がよく乾く。
玄関の扉を破るかの如く家から飛び出した妹は、振り返って、早く来いと催促してくる。
緩んでいた靴のひもをキュッと結び直し、玄関を出る。
「待ってろ神様。今から運命ってものを覆してやるから」
僕は誰に言うでもなく呟く。
妹が不思議そうな顔をするから、ただの独り言だと伝えて、隣の隣の家に向かう。
千尋ちゃんの家のインターホンを押す。
中から「はーい」という声が聞こえてきて、目の前のドアは開いた。
それからはとんとん拍子で、智花ちゃんが風邪を引いて欠席だったことを除いては、何事もなく会は進んでいった。
プレゼントはまたクマの人形。
しかしこれは、このクマのが生まれてから15周年ということで作られた、15周年記念のクマで、15と描かれた血まみれのプレートを持っていた。ちなみにこのクマの名前は《ラリックマ》
プレゼントを渡した後、さてなにをしようかというところで千尋ちゃんが言った。
「三角公園あるでしょ?今日ね、あそこで田山くんたちがドッジボールやってるんだって」
田山君というのは妹たちのクラスメートで、スポーツのできるイケメンらしい。
「ふーん」
「興味ないの?」
「別に」
「田山くん、ゆうらちゃんの事好きだよ」
千尋ちゃんの言葉に、妹は食べかけていたクッキーを喉に詰まらせてむせた。
「え!?なに!?ホントなの!?」
「だってちひろ相談されたもん」
「えぇ……」
最近の小学生はこんな話をするのか。というか僕は聞いていて良かったのか?
僕が席を立とうとしたとき、妹が衝撃的な一言を放った。
「私、好きな人いるもん…」
「え……」
「ええぇっ!?」
二つ目の驚きの声は僕の声。
妹に、好きな人がいる、だと?いや、別にいんだけどね?いいんだけどね?
「ちなみに、誰」
「…お兄ちゃんには、絶対教えない……」
なぜか僕ショックを受けている。
しかしその時、千尋ちゃんが机を叩いて立ち上がった。
「わたし、ドッジボールやってくるから。着替えてくる」
「え…なんで」
妹が言い終わるか否か、千尋ちゃんはリビングを出て、2階の階段を上がっていく。
リビングを出る瞬間、頭上の数字を確認する。残り時間は、30分。
僕が阻止できなければ、おそらく千尋ちゃんは外に出たところで車に轢かれて死んでしまう。
僕はリビングを飛び出して、階段を駆け上がる。
階段をちょうど上がりきったところで、千尋ちゃんの腕を掴んだ。
「急にどうしたの?お誕生日会、続けようよ。きっと悠羅も心配してる」
「お兄さんは…いつもそう」
「え、僕?」
千尋ちゃんのこの行動に僕が関係しているのだろうか。とにかく、外に出るのだけは阻止しなければ。
千尋ちゃんは僕の腕を振り払うと、僕に向き直って言った。
「ゆうらちゃんのことばっかり。ちひろのことなんか……全然……」
「悠羅のことばっかり?妹を気にかけるのは当然だし、千尋ちゃんのことだって、妹以上に気にかけている。だって、僕は……」
君がいつ死んでしまうか知っているんだから。
なんて、言える訳がなかった。
「僕は、何……?……続きを言ってよ……言ってよ!」
「それは…」
僕は言葉に詰まった。
その時、千尋ちゃんは僕を突き飛ばして駆け出そうとしたのだろうか。
僕はその小さな手で体を押されたが、小学生の力では僕を動かすことはできない。逆に、千尋ちゃんがバランスを崩してしまう。
そしてそのまま、階段に。
「えっ……」
千尋ちゃんが呟くのが早いか、千尋ちゃんの小さな体は風に吹かれるように宙に浮く。
このままでは、落ちる。
僕は瞬時に悟った。
千尋ちゃんを庇うように階段に飛び出すが、その手は届かない。
僕と千尋ちゃんは、階段に投げ出される。
声をあげる隙すらなく、階段を転がり落ちていく。
ぐるぐると回る視界。どちらが上でどちらが下か分からなくなる。
しかしそれは一瞬だった。
すぐに階段の一番下まで落ちて、上下がわかるようになる。
「…千尋……ちゃん……」
うなるような声で僕は呟く。結果からいうと、これが精一杯だった。
僕は千尋ちゃんの安否を確かめようと、体を起こそうとするが、全身に力が入らなかった。
なんとか首を動かして、千尋ちゃんを視界に入れる。
千尋ちゃんは、どこか遠くを見つめて動かない。そしてその目に、生気は宿っていなかった。
視界が赤くなり、ピンホールのように狭まっていく。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
妹の声が聞こえる。
聞き慣れたその声は、僕の耳には入っているものの、どんどん遠ざかって行く。
意識が朦朧としてきて、何も考えられなくなる。
僕と千尋ちゃんは、この瞬間、死んだ。




