5-4 かぐや姫の物語
学校が終わり、新品の教科書の入った鞄を背負い僕が家に帰ると、玄関にある靴が1つ多い事に気付いた。まあ、いつもの事だ。
千尋ちゃんは、悠羅以外に友達がいないんじゃないかと心配になるくらい我が家に入り浸っている。一昨年の誕生日会以降は、夏にはバーベキューを千尋ちゃんの家族ぐるみで行ったし、冬にはお泊まり会なるものもやっていた。
鞄を持ったまま階段を上がり、自室のドアを開ける。
そこにいたのは、分厚い本を囲んで床に座り込む少女が2人。
そのうち1人が僕に気づいて笑顔になる。
「おかえり!お兄ちゃん」
「ただいま。千尋ちゃんもいらっしゃい」
「おじゃましてる…ます!」
最近学校で敬語について勉強したらしく、千尋ちゃんは僕にそれらしい言葉遣いをするようになった。目上の人だと思ってくれるのはありがたいが、きっと敬語をマスターしたらなんとなく寂しく思ってしまうような気がする。今くらいが可愛らしい。
悠羅があっと思い出したかのように自分の勉強机に向かう。
悠羅は机の上から何かを取ってくると、僕に差し出してきた。
「はい!中学生になったお兄ちゃんに、プレゼント!」
悠羅がくれたのは、アクリル板に血まみれの熊がデザインされたキーホルダーだった。
「ちーちゃんと一緒に作ったの!」
「ちひろが熊を描いて、あとはゆうらちゃんが描いたの」
デザインされた熊は右手に斧を持っていて、よく見ると目の焦点も合っていなかった。そして全身が鮮血で染められている。
……なぜこれを……
「お兄ちゃん知らないの!?《ラリックマ》だよ!?悪を倒す正義の味方だよ!?」
この熊が悪を倒すのか。
むしろお前が悪なんじゃないのか?
「戦うときはそうなっちゃうから仕方ないの。普段は普通の熊だよ?」
どうせなら普段の熊が良かったかもしれない。
まあそれはそれでいいとして。
「何を読んでたの?」
「んー?これー」
分厚い本の表紙には《世界童話全集》の文字が。
なぜこんな本を読んでいたのか、こんな本がなぜ我が家にあったのか。いろいろ気になるところはあるが、難しい漢字も多いこの本を、果たしてこの2人は読めたのだろうか?
「全然わかんない」
まあそうだよね。
そんなに童話が読みたいなら普通の絵本があるから、そっちを読みなよ。
「じゃあお兄ちゃん読んでよ!」
「読んで!読んで…ください?」
このままでは千尋ちゃんが敬語をマスターしてしまう。
僕は悠羅から《かぐや姫》の絵本を受け取ると、鞄を下ろし、制服姿のまま悠羅たちと同じように床に座った。絵本の内側を2人に見せるように、かつ、自分にも見えるように厚紙でできた絵本のページを開き、僕は朗読をはじめる。
「昔々、あるところに、竹を取って様々なものを作り、それを売って暮らすおじいさんがいました。」
◇◇◇
昔々、あるところに、竹を取って様々なものを作り、それを売って暮らすおじいさんとおばあさんがいました。
ある日、おじいさんが竹を取りに竹藪へ向かうと、その中に一本、光る竹がありました。
その竹を切ってみると、中には、小さな可愛い女の子がいました。子供のいなかったおじいさんとおばあさんは、「神様からの贈り物に違いない」と大喜び。その女の子に《かぐや姫》という名前をつけ、大切に育てました。
それからは、おじいさんが竹を切るたびに、中か金が出てきました。おかげで、おじいさんはお金持ちになりました。
かぐや姫は、とても美しい娘に成長しました。いろいろな人がかぐや姫をお嫁にほしいと頼みにきますが、かぐや姫はすべて断ってしまいました。
それから何年か経ったある日、かぐや姫は月を見て泣き出してしまいます。
「実は私は、月の世界の者なのです。もうすぐ、月へ帰らなければいけないのです。」
かぐや姫が月に帰ってしまう夜、たくさんの侍がかぐや姫を守りました。
けれども、空から明るい光が差して、侍達は弓が引けません。
かぐや姫は、おじいさんとおばあさんにお礼を言いました。
そうして、かぐや姫は月へ帰って行ってしまったのでした。
◇◇◇
5人の求婚者の話とか、かぐや姫の愛した帝の話とか、省略されている部分が多いなぁと思いつつ、僕は絵本のページを閉じる。
間髪入れずに悠羅が次の絵本を持ってくる。
次はこれ、その次はあれ、と絵本を読んでいるうちに日が暮れていった。
次でおしまいだよ、と言った絵本を読み終え、視線をあげる。
すると、千尋ちゃんの黒いモヤはキレイに無くなっていてその代わりに、頭上には、37という数字が浮かび上がっていた。
僕はそれを無視して、玄関まで千尋ちゃんを見送る。
悠羅が「お兄ちゃん本読むの得意だね!」と言ってきた気がするが、僕の耳には届いていなかった。
運命の日まで、1ヶ月と1週間




