4-3 悠輝って呼んでもいいですか?
3人を見送りリビングに戻ると、ジェシカさんは、起きてきた妹にむにむにされていた。
「お兄ちゃん、私今日ジェシカちゃんとお風呂入るから。変なこと考えちゃダメだからね!殺すからね!」
はいはい。いってらっしゃい。
妹とジェシカさんは風呂場の扉の向こうに消えた。
なんとなくやることが無くなってしまったので、中村さんから貰った紙袋を開けてみる。中には一通の手紙と、中村さんが着るにはだいぶ小さいであろう高校の制服が入っていた。
『今回のことでよく分かったんだけど、きっとジェシカさんを1人にするのは危ないんじゃないかと思うの。協会の人たちもそうだし、今日みたいに暴走しちゃったら、誰か止める人がいないといけないんじゃないかな。でも私達には学校があるじゃない?そしたら、ジェシカさんにも学校にきてもらえば良いんじゃないかと思ったの。名案でしょ?だからね、私の予備の制服を仕立て直してみたの。寸法は見て何となくで作ったからちょっと怪しいけど、学校のこと、考えてみて。じゃあまた明日。』
制服を仕立て直す。この短時間でやったのか、高校生にできることじゃないだろ。
ともあれ、ジェシカさんを家に置いていくのは不安に思っていたところだったから、ちょうどよかった。
にしてもこの制服、よくできているな。
我が校は男子も女子もブレザーなので、基本的には同じものなのだが、恐らく、僕の制服と見比べても相違点はないだろう。肩や脇、いたるところの縫い目は綺麗に整えられていて、裏から見ても違和感は全く無かった。
しかしここで1つ問題があった。
女子用の制服を舐めまわすように見ていた僕を、風呂から上がった妹とジェシカさんが、まじまじと見つめていたことだった。
「・・・もう寝よっか。」
「・・・そうですね。」
ちょっと待ってくれ、何も変なことしてないじゃないか。
なんでそんな目で僕を見るんだ?
「おやすみ、お兄ちゃん・・・」
僕の懇願虚しく、2人は2階に上がって行ってしまった。
どうしようもないので僕も風呂に入り、寝ることにした。
自室に戻り電気を消した僕は、シンプルなデザインのベッドに寝転ぶ。
時計の針がもうすぐ11時をさそうというところで扉がノックされた。
「あの、まだ起きてますか?・・・今日は少し、お話したい気分です。」
◇◇◇
1階に降りると、僕は2人分の紅茶を淹れて、ソファーに座った。
紅茶を一口飲み、ソファーの正面にある低いテーブルにを置くと、同じタイミングでジェシカさんも隣に座ってきた。
ジェシカさんは髪をおろしていて、黄色にデフォルメされたライオンのパジャマを着ていた。恐らく妹のものだろう。袖が少し余っているから、きっと妹よりジェシカさんの方が小さい。
「悠羅さんは、寝相が悪すぎですね。隣で寝るのは難しいです。」
そういうことか。
悠羅の寝相が悪いのは僕も知っている。悪いことをしたな。
「あ、いえ、それはいいんです。えっと、その、今日はありがとうございました。」
ありがとう?
褒められるような事をした覚えはないのだが。
「私、暴走しようとしてたんですよね。方法はちょっとあれですけど、止めてくれたのは悠輝さんですし、転がる岩のトラップも、悠輝さんがいなかったら巻き込まれていたかもしれません。それに、悠輝さんはリュネットは生きていると言ってくれました。そしてリュネットは生きていました。悠輝さんの言うとおりでした。もしあの病院で諦めて、記憶を消されてしまっていたら、何もかも、忘れちゃっていたかもしれないんですよね。」
それは違う、と僕は思う。
たしかにリュネットは生きていたけれど、なんの根拠も示さない僕の言葉についてきてくれたのはジェシカさんだし、今日のことに関しては言えば、モンファさんやヨキさん。小次郎さんの協力があったからこそジェシカさんを止められたのだ。
僕の言葉に少しだけ笑顔になるジェシカさん。
少しの沈黙。
ジェシカさんは少しためらいながら、言葉を切り出す。
「その、呼び方、なんですけど・・・」
呼び方?
「私のこと、ジェシカって呼んでくれて構わないので、その、悠輝って呼んでも、いいですか?」
僕はジェシカさんの額に手を当てる。
熱はない、か。
ということは、本気で言っているのか?
「わ、私をなんだと思ってるんですかっ!もう・・・いいですよ・・・」
むくれてそっぽを向いてしまう。
なんだろう、物凄く悪いことをしている気分になってきた。
「冗談だよ。ジェシカ。」
ジェシカはゆっくり振り向くと、屈託のない笑顔で言った。
「そうですか、ありがとうございます。悠輝。」
それは、夏祭りの夜に見た笑顔によく似ていたが、あのときとは少し違うような気がした。
触れれば壊れてしまいそうだったあの笑顔は、今はまるで天然のダイヤモンドのようで、何よりも固く、何よりも美しい輝きを放っているように思えた。
今思えば、あの時のジェシカは僕に嘘をついていたのだ。旧友を悪魔に殺されたと思っていたジェシカは、僕を囮にして悪魔を祓おうと考えた。その僕は、聞いた事を全て信じたのだから、ジェシカからしてみれば一片の希望を見つけたような気持ちだったのかもしれない。
あの時の贖罪のつもりではない。それでも、僕はジェシカの希望であり続けたいと思う。
ふと隣に目をやると、ジェシカはいなかった。
どこへ行ったのか、後ろに振り返ると、パジャマではなく制服のシャツを着たジェシカがいた。
ちなみに、シャツ以外は特に衣服は身につけていなかった。強いて言うなら、子供っぽいそれ。
「すみません、ちょっと待ってください。」
ジェシカは素早く制服のスカートを履き、リボンを結び、ブレザーを着ると言った。
「ぼーっとしていたので、中村さんに仕立てて貰った制服着てみたのですが。」
あ、うん。
よく似合っていると思うよ。
「まあ、それはそれとしてですね・・・」
笑顔でにじりよってくるジェシカ。
この後めちゃくちゃ説教されたのは、言うまでもない。




