3-12 白に猫 その2
屋上から聞こえてきた銃声を思い出す。
どれも、4発ずつだった。
ジェシカさんは自分の髪を自在に操ることができるのだ。
肩で息をするジェシカさんは全身から血を滴らせ、まるで血の雨に濡れたようになっていた。
再びルシファーに攻撃を仕掛ける。
髪と腕、計4つの剣から放たれる剣戟がルシファーに襲いかかるが、ルシファーは全てを避け、いなしている。
釘付け状態の僕たちの横に、裂け目が現れる。
「あれが《キャトルのジェシカ》の由来。キャトルはフランス語で《4》を意味する言葉よ。でも今の彼女は、力に飲み込まれそうになっている。」
裂け目から出てきたのは小次郎さん。
力に飲み込まれてしまったら、どうなるんだ。
「そうねぇ。実際の事例で言うと、『自我を失い、敵味方関係のない殺戮兵器と化した。』と報告書にはあるわ。この人は、その場で仲間に殺されたわ。」
そんなことさせる訳にはいかない。なんとか止める方法は無いのか。
「ジェシカさん!目を覚まして!」
叫ぶ中村さん。
しかしジェシカさんに反応はない。そもそも聞こえているかどうかも分からない。
「一瞬でも、動きを止められれば・・・」
いつもクネクネしている小次郎さんだったが、今の表情は真剣そのもので、少し焦りも見えた。
小次郎さんが言っていたことだが、ジェシカさんは協会でも指折りのエクソシスト。もし力に飲み込まれて暴走してしまったら、手に負えなくなってしまうのかもしれない。
僕の首筋を嫌な汗が流れる。
かくいう僕には、2枚の切り札があった。
うち1枚は恐らく成功する。ほとんど確信めいたものがある。しかしこの力だけは絶対に使いたくない。もう使わないと心に誓った。
もう1枚は、さっきの中村さんの呼びかけに対する反応から察するに成功するかどうか分からない。それにこれを使ってしまうと、僕の社会的地位が著しく低下してしまう恐れがある。
まあ、やるけどもね。
「小次郎さん、試したいことがあります。僕が何か叫んだら、全力で僕を守って下さい。あと中村さん。ちょっと耳を塞いでいてくれると嬉しいな。」
2人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに希望に満ちたような顔に変わり言った。
「わかったわん♡」
「わかった!」
耳を塞ぐ中村さん。
僕の隣でクネクネしている小次郎さん。
僕は深く深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
そのまま、大きく息を吸い込み、あることを叫ぶ。
「白地に猫なんて、子供っぽいよなー!!実年齢は、僕と変わらないのになー!!」
何のことかは、ご想像にお任せする。
叫んだ瞬間、僕の喉と顔面目掛けて、物凄い勢いで2本の剣が飛んできた。
「伏せろっ!」
小次郎さんに押し倒されるような形で僕は地面に伏せる。
僕に命中しなかった剣はそのまま飛び続け、後ろにあったビルを6棟ほど貫くと止まった。
「やっぱり見てたんじゃないですかっ!!」
叫ぶジェシカさんに、小次郎さんは半透明の障壁を展開する。
ジェシカさんは髪で剣を持ったまま両手に拳銃を生成すると、こちらに発砲してきた。
「バカバカバカバカばかぁ・・・っ!」
放たれた幾つもの弾丸は障壁に食い込むようにして勢いが無くなると、ガラスのペーパーウェイトが砕けるようにはじけて消えた。
そんなことをしている間にジェシカさんの髪は元の白い色に戻り、ふわりと下に垂れた。髪が握っていた2本の剣もそれと同時に地面に落ち、燃えるように消えて無くなった。
ひとしきり撃つと、地面にぺたんと座り込むジェシカさん。お嫁にいけないとかなんとか嘆いている。さすがにまずかっただろうか。
怒涛の攻撃がやんだルシファーは「なんだ?テメェら仲間じゃねえのか?」と心底不思議そうにこちらを見ている。
「ま、なんでもいいけどよぉ。」
ルシファーがジェシカさんに手をかけようとしたとき、その進行を拒むように弾丸が足下を穿つ。
ルシファーが後方に飛び退くと、その間に割って入るように上空から登場したのはモンファさん。
「ジェシーには指一本触れさせへんで!」
「ッチ、5人相手じゃ分がわりぃか。またな!人間!」
ルシファーはもう一歩後ろに大きく飛び退き、そのままゆっくりとどこかに消えてしまった。
消えていく中、一瞬こちらを見たような気がするが、気のせいだろう。
静かになった結界には、嘆くジェシカさんの声だけが響いていた。




