3-5 ナポリタンとアイスティー
「じゃあ、いこっか」
校門付近で声をかけられた僕とジェシカさんは、中村さんと一緒に1人では入
りづらかったというカフェに入る。
最近新しくできたカフェらしく、キレイな店内に、まばらにお客さんがはいっていた。通り側の壁は全面ガラス張りになっていて、中の様子がよく見える。客層はもちろんカップルばっかりだ。
店内では聞いたことのないジャズが流れていて、外の喧騒とは世界が違うようだった。
通り側の壁に面したテーブルに案内された。
ジェシカさんは僕の隣に座り、中村さんと向かい合うように座る。
ジェシカさんの朝食にナポリタンを注文し、僕と中村さんは、アイスティーを注文した。
しばらくの沈黙。外は様々な人で賑わっていた。
何か重いものを切り出すように中村さんは口を開いた。
「えーっと、実はね、全部覚えてるの。この一週間くらいのこと」
ジェシカさんが聞き返す。
「覚えている、というと、悪魔にとりつかれていたとき、自我があったということですか」
「うん。実はそうなの。私の中に誰かが入ってきて、私の体を勝手に動かし始めて。佐滋君が狙いだっていうのはなんとなくわかってたから、なんとかしようと思ってたんだけど、無理だった。ホントごめん!」
中村さんは悪くない。
家に呼んでもらってお菓子をくれたこととか、悪魔の諸行とは思えない。
あの辺は、中村さんの自我が勝っていた、ということなのか。
「うん。悪魔がやろうとしてることわかってたから、やめて、こんなことしないで!ってずっと言っていたの。そしたら面白がってお菓子を渡ささせてくれたんだ。あのクッキー、暗号が仕込んであったんだけど、気づいた?」
暗号?ごめん全く気づかなかった。貰えたことが嬉しくてパクパク食べてしまった。おいしかったです。
中村さんの中にいた悪魔はジェシカさんが祓ってくれたからいいとして、どうして中村さんの記憶は保たれているんだろうか。
僕やジェシカさんのように病院から逃げ出していないのなら、真っ先に記憶を消されてもおかしくないと思うのだが。
「えーっと、それはね、モンファさんっていう人が来てね、なんとかしてくれたみたい。そのときに色々聞いたの。だから佐滋君とジェシカさんの事情もある程度はわかってるつもりだよ。」
モンファさん、中村さんのところにも行っていたのか。流石は本部の人間、といったところだろうか、手が早い。
そのとき、ジェシカさんのナポリタンと、二人分のアイスティーが届いた。
ジェシカさんはナポリタンを前に合掌し、「いただきます。」と言った。
アーメンとかじゃないのか、と思ったけどここは日本だからこれでいいのかもしれない。
中村さんはアイスティーにシロップを入れ、ストローでくるくるとかき混ぜながら呟いた。
「悪魔、かぁ」
中村さんの言葉に、ジェシカさんはナポリタンを食べる手を止めた。
「……ごめんなさい。関係のない中村さんを巻き込んでしまって……」
慌てて訂正する。
「え!?違うの、そういう意味じゃなくってね、私、ちょっと面白いかもって思ってたの」
面白い?
「私ね、両親の言うとおりの学校に進学して、両親の望む点数をとって、まるで両親のお人形みたい。だからね、こういう非現実に憧れてたのかなぁなんて」
この一件があるまで中村さんとはまともに会話したことなんて無かったが、成績が常にトップなのは知っていた。テストや模試の結果が廊下に張り出されるからだ。
でもそんな背景があったなんて知らなかった。「中村さん頭いいよね、どんな勉強してるの?教えて!」なんていうのは、本人にとっては苦痛でしかないのかもしれない。
ジェシカさんがナポリタンを食べ終わる頃には、僕と中村さんの話のネタも尽きていた。僕の会話のキャッチボールを続けるスキルが低すぎるせいだ。
レジに向かい3人分の会計を済ませる。
中村さんには「奢ってもらうなんて!」と遠慮されたが、こういう時くらい見栄を張りたかった。財布が軽くなったのは言うまでもない。
店のドアを押し、このオシャレな空間から外の喧騒に足を踏み出す。
僕とジェシカさんと中村さん、周りから見たらどんな風に見えるんだろうな、と考えていると、後ろから服の裾を引かれた。
「悠輝さん、よく見て下さい」
服の裾を引っ張ったのはジェシカさんだった。
言われた通り辺りを見回すとあることに気がついた。
さっきまで人の多かった通りには全く人はおらず、ただ、色のない世界が広がっていた。
◇◇◇
色のない世界には見覚えがあった。
ジェシカさんと悪魔が戦っていたあの空間だ。「私達の生きている世界とは違う」そう言っていた。
結界。リュネットにはそう説明していた。
「これ、なに・・・」
中村さんは色のない世界を見て動揺していた。
最初悪魔と戦っていた時中村さんはこの空間にはいなかったから当然だ。
「不覚でした。何者かにこの空間に引きずり込まれたようですね。脱出する方々を探します」
ジェシカさんはは自分の手をお椀のような形にすると、ふぅっと息をかけた。
すると手の中に黒い塊が。
そしてそれには大きな目玉とコウモリのような翼が出てくる。
師匠だった。
「師匠、事情はだいたいわかるよね、行ってきて、お願い」
師匠はジェシカさんの顔の高さまで上昇すると、頷いたようにしてどこかへ飛んでいった。
「私達はこの空間を《結界》と呼んでいますが、正確には違います。私達の生きている世界の裏側にあるパラレルワールドのようなもので、私達の生きている世界の正負のバランスを保っています。正負のバランスというのは……」
ジェシカさんは突然説明を止め、なにもない道の方を見た。
「わかってます。出てきて下さい」
するとジェシカさんの見ている方の空間が裂けた。
裂けたその先にはあるはずのない向こう側があり、その中から人間が出てきた。
その人は胸元が大きく開きピッタリとした白い服を着た男性だった、と思う。
「あらぁ、バレちゃったのねぇ。流石は《キャトルのジェシカ》ねぇ」
一応もう一度、男性である、と思う。




