2-5 パパの力
ジェシカとリュネットは、怪物の後を追っていた。
怪物の歩いた後は窓やら壷やらがことごとく壊れさているので、追うのは意外と簡単だった。
「リュネット…悪いんだけど、この服、ちょっと恥ずかしい。」
「え、どうして?可愛いのに!」
「ちょっと、丈が…」
ジェシカが着ているのはリュネットのクローゼットにあったもので、リュネットがジェシカに着せるために買ったものだという。
基本的には、ノースリーブの黒いワンピースだったが、あちこちに白いレースがついていて、スタイリッシュなゴスロリ、という表現が似合った。
丈に関しては、短い、というと別にそうでもない。
ジェシカは、学校の制服とメイド服くらいでしかスカートをはかなかったうえに、どちらも膝丈以下だったから、膝よりうえに裾が来ているとなんというか違和感しかない。スースーする。
それに比べ、リュネットは、というと、2つのお団子の下にツインテールをつけ、胸元に大きな赤いリボンのついた見たことのない白と青のセーラー服を着ていた。
なんて不思議な格好だろうとジェシカは思ったけど、リュネット本人がルンルンで着ていたので、言わないでおいた。
「ジェシカ、師匠の事、覚えてる?」
唐突にリュネットが口を開いた。
「師匠…?ああ、森で見つけた?」
確かそんなのがいたな。とジェシカは思っていた。
メイドになってから、忙しくて森になんて行く暇がなかったからだ。
正直、今の今まで忘れていた。
「そうそう。あれのこと、最近気になって調べてみたんだけど…」
「グオオオォォォォォォッッッッッ!!!」
そのときだった。まるでリュネットの声を遮るように怪物の咆哮が聞こえた。
「急がなきゃ!」
◇◇◇
廊下の角を曲がったところに、その怪物はいた。
ジェシカは剣を構えた。
壁に飾ってあった装飾品なので、本当に斬れるかどうかはわからない。
しかし、ジェシカには切り札があった。
ジェシカは目を閉じて大きく深呼吸する。
ジェシカを中心に風が巻き起こる。
ジェシカが目をあけたとき、その瞳に宿っている十字架はいつもより色を増し、はっきりと見てとれた。
「リュネット、それなに?」
リュネットは謎のポーズをとってキメていた。
「月の代理執行人よ!」
知らないわよ。と言いたかったけど、我慢した。
ジェシカの気配に気づいたのか、月の代理執行人に気づいたのか、どちらかはわからないが、怪物はこちらを見てもう一つ大きく咆哮した。
「来るよ!」
◇◇◇
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
ジェシカもリュネットも、とても消耗していた。
リュネットは基本的に逃げ回っているだけだったが、ジェシカはそうではなかった。
ジェシカは、吸血鬼狩りとしての力を発揮していた。
それは人知を越えた力。目にも留まらぬ速さで斬りつける。
しかし、それでも怪物にダメージを与えられているような気はしなかった。
「…っ!これじゃらちがあかないよ!」
「どうしよう…このままじゃ…」
そのときだった。
戦闘の中で破壊されてしまった壁の向こうから師匠が飛んできて、ジェシカに体当たりをかました。
「わっ!師匠!なんでこんな時に!ちょっとリュネット!これなんとかして…リュネット?」
リュネットから返事はなかったが、それ以上に違和感があった。
音がしない。それどころか、比喩ではなく、すべてのものが止まって見えた。
「え、もしかして私、死んじゃった?」
「違う」
聞いたことのない声で否定された。
それは、声というにはあまりにも不思議で、頭の中に直接響いてくるような感じがした。
で、声の主は、というと、
「師匠?」
まわりのものが止まっている中、師匠だけがパタパタと羽ばたいて浮いていた。
パッとみた感じ口は見当たらないので、本当に頭の中に直接話しかけているのだろう。
「あまり時間もないので手短に説明する。私はお前の悪魔祓いとしての力が具現化したものだ」
「エクソシストとしての力・・・パパの力ってこと?」
「そういうことになる。そして、目の前にいるあの怪物こそが、その悪魔だ。」
「悪魔…つまり師匠を食べるなりなんなりして私の体に取り込めば、あいつを倒せるってことね!」
「まあ、そうだが。1つ問題がある。お前の中にはすでに完成された吸血鬼狩りの力がある。この2つの力が混在するのは非常に危険だ。何が起こるかわからない。だからこそ、お前は本能的に悪魔祓いの力を体から切り離したのだろうからな」
「もう何でもいいわよ!このままじゃ私もリュネットもあの怪物…悪魔にやられちゃう。私にはまだやることがあるんだから」
そう言ってジェシカは、師匠を掴んだ。
「え、ちょ、ホントに!?ホントに食べるの!?あ、待って、待って!…」
師匠の懇願虚しく、師匠はジェシカの口の中に消えた。
激しい目眩とともに、ゆっくりと時間が動き出す。
はっきりと意識を取り戻した時、目前には悪魔の屈強な腕が。
「いけない!」
ジェシカが慌てて剣を振ると、悪魔の腕はすっぱりと斬れた。
「グワアァァァァァァァッッッ!」
後ずさりしながら吠える悪魔。
ジェシカは、これは好機と、心臓と思わしき場所に剣を突き立てた。
もう悪魔が吠えることはなく、ジェシカが剣を突き立てた場所から、煙のように消えて無くなっていった。後に残っていたのは、一匹の狼の死体だった。
「ジェシカ、その髪…」
思わずリュネットが声をかける。
ジェシカが何事かと髪を触った。
しかしジェシカが思っていたよりも早く髪の感触が手に伝わった。
銀色だった髪はまるで雪のような白さに変わり、床に垂れてしまうほどに伸びていたのだ。
この日ジェシカは、大きな代償とともに、それ以上に大きな力を手に入れることとなった。
しかしこの力が、ジェシカを更なる悲劇へと導くことになることは、まだ誰も知らなかった。




