2-3 もうだいじょうぶだから
リュフワ家 書斎
「…もう少し遠征の回数は減らせないのか」
「すみません。ご迷惑おかけします」
「私達は構わない。ただ、ジェシカちゃんやライアン君が寂しくないかと、ね」
「ええ。わかってはいるんです。でもどうしても…」
2人の男性が話をしていた。
1人はリュフワ家当主。
もう1人は、ジェシカとライアンの父その人だった。
「はぁ。もうわかったよ。ただし、今回の遠征が終わったら、長い休暇をとることだ。それができないのなら、当家では預かれない」
「わかりました。話をしてみます」
◇◇◇
翌日
「パパもママも、もう行っちゃうの…?」
ジェシカは、自分の両親に訪ねた。
前回の遠征があってから、まだ日が浅かったからだ。
2人は別々の仕事をしているので、一緒に何かをする、というわけではないのだが、遠征の行き先が近かったりすると、途中まで一緒に行く、というのがよくあった。
寂しそうにしているジェシカを見て、母が声をかける。
「ごめんね。でも、このお仕事が終わったら一緒にどこか遊びに行きましょう」
「パパも一緒?」
「え、ああ!もちろんだとも!」
不意打ちだったので聞き慣れない口調で父が返事をした。
どこがそんなに面白かったのか、ジェシカは笑い転げてしまった。
そんなジェシカを見て、ライアンも笑ってしまう。
結果的に、みんな笑っていた。
リュネットとリュフワ家当主も、門のところまで見送りにきていた。
「じゃあ、うちの子達を頼みます」
リュフワ家当主は、しっかりと頷いた。
門の前にはもう迎えの車が来ていて、2人は旅行鞄を持って車に乗り込んだ。
車はさっさと出発してしまったが、ジェシカは、車が見えなくなるまで手をふっていた。
◇◇◇
ジェシカはその日、夢を見た。
リュフワ家当主と、自分の両親、それから、誰か知らない男の人が喋っている夢だ。
真っ暗な闇の中、その4人の姿だけがはっきりと見えた。
あまりにも真剣な表情で何かを喋っているものだから、近づけなかった。
目を覚ましたジェシカは、屋敷の様子が普段と違うことに気づく。
騒がしい。
メイドやや執事が、あっちへこっちへ動き回っていたからだ。
気になったので、その辺のメイドを捕まえて聞いた。
「申し訳ありません。只今たてこんでおりまして・・・ジェシカ様はお着替えをなさったら応接室に行ってください。あ、クローゼットに黒いワンピースがあったと思いますので、そちらを着てください」
言われたとおり、黒いワンピースを着て、一階にある応接室にいった。
応接室に入るや否や、リュネットが抱きついてきた。
リュネットも黒いワンピースを着ていた。
そしてリュネットは、泣いていた。
「じぇしかちゃん・・・あのね・・・お父様が・・・お父様が・・・っ!」
「りゅ、りゅねっと、どうしたの、おじさまが、どうかしたの?」
ジェシカはリュフワ家当主のことをおじさまと呼ぶ。
嗚咽で全く説明できていないリュネットのかわりに、側にいた女の人が答えた。
「死んだのよ」
その女の人は、ジェシカがおばさまと呼ぶ人、つまり、リュフワ家当主の妻だった。
おばさまは特に悲しむ様子もなく、淡々と説明を続けた。
「ちょっと前から重い病気にかかっていたのよ。医者に見せたらもう治らないって。心配かけないように屋敷のみんなには黙ってたんだけど、ねぇ」
おばさまは、薄く笑いをうかべていた。
ジェシカは、ちょっと変だな、と思ったけれど、きっと悲しいのを我慢しているんだと納得した。
それからはあっという間だった。
当主の亡骸の入った棺桶を持って埋葬地まで行き、棺桶の納められる穴に花を手向けた。
リュネットはずっと泣きっぱなしだったが、ジェシカはずっと、おばさまを見ていた。
時々目が合いそうになって、慌てて目を逸らしたりした。
◇◇◇
ジェシカが、両親が飛行機の事故で亡くなったのを知るのは、リュフワ家当主が亡くなってからちょうど一週間後の事だった。
飛行中、操縦士が意識を失った。原因はわかっていない。
そのまま飛行機は墜落。乗員乗客は全員死亡。ということになっているらしい。
ライアンは、信じていなかった。そんなことで、死ぬはずがない、と。
ライアンは、自ら真相を突き止めようと考えた。
だからライアンは旅に出た。たった一枚の書き置きを残して。
『ジェシカへ
勝手にいなくなってしまう僕を許してください。
でも僕は、父さんと母さんが飛行機の事故で死んだなんて、信じられません。
真相を突き止めるまでは帰ってこないつもりでいます。
それまでお元気で。
ライアン』
このときのライアンはまだ8歳だった。
ジェシカは、何もかもを飲み込めないでいた。否、飲み込まなかったのかもしれない。
お腹いっぱいなのに次々と口の中にパンを詰め込まれたような感じだった。
リュネットみたいにずっと泣いている、ということはなかったが、1人でぼーっとしている時間がふえた。
時々森に入って、師匠と一緒にいた。
ジェシカは、師匠の前でだけ大粒の涙を流すのだった。
リュネットには心配をかけたくなかった。
ひとしきり泣くと、屋敷に帰ってくるのだった。そして、リュネットに向かって言うのだった。
「もうだいじょうぶだから」
◇◇◇
そんなジェシカを、薄い笑いを浮かべながら見つめている人影があった。
思えば、この瞬間からジェシカの運命の歯車は少しずつ、しかし確実に、狂っていったのだった。




