第19話「首ちょんぱにっく(2)」
ファウストだ!
「何事だ?(見たところルーファスだが……)」
ルーファスだが生首だ。
明後日の方向には胴体が倒れている。
「見世物は終わりだ」
ファウストは片腕で半円を描くように振って生徒たちを追い払う。相手がファウストということもあり、生徒は早々に散り散りに去って行く。
残されたのは2分割されているルーファスとビビ。
ファウストがビビに顔を向けるとエヘッと笑いかけてきた。
「説明したまえ」
「首ちょんぱです!」
「首ちょんぱ……だと?(そんなことは見ればわかる)私が聞きたいのは、どうして首と胴が離れているかだ。切り口を見たところ通常ではく、しかも生きているようだ」
ファウストは臆することなく平然と生首を拾い上げ、首から脈を測って生存を確かめた。
ほっと溜息を吐いたビビ。
「(よかった、殺ってなかった)え~っと、その剣で切られたみたいで、ちょうどファウスト先生のところに相談に行こうとしてたとこなんです」
と、血塗られた剣を指差した。
どうやらルーファスは気絶しているらしいのだが、ブンブンしたままだ。
やはり、剣は勝手に動いているらしい。
「(まったく、サボってないか見に行くつもりが、もっと大きな問題を起こして)この剣は倉庫にあったものか?」
「はい、ド…ドラ……ドラドラの剣?」
「ドゥラハンの剣だな」
すぐに訂正された。
ファウストは辺りを見回してなにかを探しているようだ。
「鞘はどこだ?」
「えっ……たしか倉庫に……」
「どうして抜いたのだ?」
「抜いたっていうか、ガレキの山が崩れて……気づいたら首ちょんぱっていうか」
「瓦礫の山だと?」
「はい、ゴミみたいな塊が……(ヤバッ)」
言いかけて口を両手で塞いだ。
相手を殺しそうな勢いでファウストがガンを飛ばしている。
「……ゴミ?」
「違います! スゴイ、スゴイ……え~っと価値のある魔導具様のガレキ……じゃなくて宝の山が!」
「もういい。つまりルーファスがいつもどおりヘマをしたということなのだな(問題は……)」
考えながらファウストは生首をビビに差し出した。
「これを運びたまえ」
「え……(キモイ)」
鼻血を垂れ流して白眼まで剥いている。キモさアップ!
「私は胴体を運ぶ」
「え……ちょっと……」
嫌がりながらも渡されてしまったので、仕方なくビビは生首を両手で持った。本当にイヤなので、両腕をめいいっぱい前へ伸して首を遠ざけている。
血だらけ(鼻血)の生首を抱えてるなんて、明らかに殺ちゃった狂人にしか見えない。しかも、ビビは大鎌を装備として使用することもあるので、それを見たことがある者はついに殺ったかと思うだろう。
ファウストは胴を背負って先を歩き出していた。
「保健室に運ぶぞ」
「は、はい!」
放課後でも生徒は多く残っており、胴体を運ぶ大男と血だらけの生首を運ぶ少女は奇異な目で見られた。二人が通り過ぎたあとにみなヒソヒソ話をはじめる。
「いくらファウスト先生でも人殺しはしないと思ってたのに」
「それにしても人殺してるのに堂々としすぎだよな」
「後ろの子は生首だぞ、しかも血だらけ」
そんな会話などがなされていた。
ひとよりちょっと耳のいいビビは、会話が漏れ聞こえてくると、ズキズキと胸が痛んだ。
「(注目されるのスキだけど、これはイヤ)」
しかも、通った道に血痕(鼻血)が残っている。
保健室の前までやってくると、ドアが自動的に開いた。
中に入るとだれもいない。ビビはほっと溜息をついて安堵の表情を浮かべた。
ルーファスの胴体はベッドに寝かされ、頭部はその傍らに置かれた。
生首は顔面血だらけでおぞましいことになっている。
「うん、洗ってあげよう!」
ビビは生首を持って、室内に設けられた水道に向かった。
近くの戸棚にはガーゼなどが置いてある。明らかに目につく位置にある。ビビの目にも映ったハズだ。
が、生首は蛇口の真下に位置された。
ファウストは止めずに生温かい視線で見守っている。
「(まさかな……)」
と思った瞬間、なんとビビが蛇口をひねった。
バジャジャジャジャッ!
傾斜角90度の滝のごとし放水!
雜だ、洗い方が雜だ。てゆーか水攻めの拷問だ。
ルーファスがカッと眼を開いた。
「ひゃああああっ、な、ぶへっ!」
口から水をぶへっと拭きだした。
「ルーちゃんじっとしてて」
「ごぶっ、おぼれる……鼻と口に水が……」
陸上でおぼれるルーファス。
三途の川が見えそうになっていたところで水は止められた。
蛇口のコックには浅黒い手が添えられていた。
「本当に死ぬぞ」
「首ちょんぱでも死なないんだからへーきへーき♪」
無邪気にビビは笑っていた。
「死ぬし! ファウスト先生ありがとうございました」
ビビに向かって声を荒げ、救世主に向かってお礼を言った。明後日の方向に顔を向けながら
血は洗い流せたが、びしょびしょだ。頭髪が思う存分水を吸っている。
ビビはじーっとルーファスの後頭部から長く伸びている髪を見た。そして、何気ない顔をしてキュッとつかんだ。
「遠心力で水が飛ぶかも」
「頭が飛ぶし! その考え絶対危険だからね! オリンピックにこんな競技あるけど違うから!」
ルーファスは早口で声を荒げた。
はじめのうちは怖いだとかキモイだとかで生首をイヤがっていたビビだが、だんだんと熟れてきておもしろがっているフシがある。
「ぎゃははははっ!」
突然ルーファスが笑い出した。ビビがなにかをしたのかと思われたが、犯人はファウストだ。真顔でルーファスの胴体をくすぐっていた。
「物理的には切り離されているが、空間は繋がっているな」
切り離されていても、胴になにかをすれば首が反応する。呼吸をしたり、血を流したりできるのも、胴と首が完全に切り離されていないことを意味している。
「ぎゃははははっ!」
またルーファスが笑い出した。
今度はビビだった。
「わぁ、おもしろ~い♪」
「ひひひっ、ひゃ、ひゃめて……苦しい」
ジタバタと胴体がベッドで暴れる。
ついでにブンブン!
刃が何度もベッドに打ちつけられたが、まったく切れるようすはない。血塗られさびついた剣では、物を切ることはできない。
ガシッ!
なんとファウストが刃を素手で受けた。
ルーファスとビビは唖然とした。
――切れてない。
やはり切れないのだ。
ファウストは冷静な顔つきだった。
「この呪われた剣は首しか斬れないのだ」
「やっぱり僕はこの剣で首をはねられたんですか?」
「そうだ。封印していた鞘から抜いたせいでな」
「(抜きたくて抜いたんじゃないんですけど)どうやったら呪いを解くことができるんですか?」
「まずは鞘を持ってこい、話はそれからだ」
「ちょっとビビお願いできる?」
顔を向けられずに話しかけられたビビはあからさまにイヤそうな顔をした。
「えぇ~、めんどくさぁ~い」
まただ、めんどくさい。
「お願い、一生のお願い!」
一生とは生まれて死ぬまで。現在生首で半分死んだようなもんだ。
「しかたないなぁ、スイーツ1個ね」
うわっ、がめつい!
ビビは部屋を飛び出して行った。
残された生首は……。
「(スイーツかぁ。おなかすいたなぁ、この状態でなにか食べられるのかな?)」
血流などもイケるのだから、おそらく大丈夫だろう。
ファウストがルーファスをガン見している。正確にはその症状を観察していた。
「本当に斬られた者ははじめて見たが、ふむ……体調などにはなんら異変はないようだ」
「あの鞘さえあれば元に戻るんですよね?」
「戻らんな」
「はぁ?」
先生に向かって『はぁ?』とか言ってしまった。ヤンキーのごとく『はぁ?』だ。
ファウストはすました眼で生首を見た。
「鞘は剣を封印するにすぎない。次の被害者を出さないためのな」
「また切るってことですよね(僕の手から離れないのに、この状態で切ってしまった殺人鬼じゃないか)」
もう十分にブンブンしたので、目撃者にはかなりヤバイ殺人鬼モンスターだと思われただろう。
「ならどうやってたら元に戻れるんでしょうか?」
続けて尋ねた。
「それそのものは簡単だ。他人の首をはねればいい」
「……はい?(僕に殺人鬼になれってこと?)」
「風邪は他人にうつせば治るというだろう、それと同じだ。その剣で他人の首をはねれば、その者が新たに呪われ、今のおまえと同じ状況になる。そして、おまえは元通りというわけだ」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
口ではそう言っているが、手元はブンブンヤル気だった。
もちろん口だけでなく頭でもそんなこと思っていない。思っていない――でも、身体が抑えきれない。
ベッドで寝ていた胴体がバッと立ち上がったかと思うと、剣を振りかざしてファウストに斬りかかった、
「逃げて先生!」
「フンッ!」
逃げるまでもなくファウストは片手でルーファスの胴体を押し飛ばした。狂気に駆られ、凶器をブンブンするルーファスなので、肉体はひ弱なのだ。
床に叩きつけられるようにして転が回る胴体。首も苦痛を浮かべている。
「先生、なにするんですか!(思いっきり腰打ちつけた、尾てい骨を打つとか……うう)」
胴体と切り離されていても、詳細な痛みが脳まで届くらしい。
「ルーファス!」
「は、はい!」
名前を怒鳴られルーファスの胴体がピタッと止まった。
「呪われているとはいえ、それに屈するとはなにごとだ。精神を統一して魔力を制御すれば、呪いに自由を奪われることはないのだ」
「は……はい(そんなこと言われてもムリだよ)」
「その呪いはごくごく弱いものだ。なぜなら本体の呪いではないからだ」
「と、言いますと?」
ファウストは溜息を落とした。そんなことも知らないのか、仕方ない説明してやろうという顔つきだ。
「ドゥラハンとは首なし騎士の妖魔だ。おまえが呪われたのは、その剣に過ぎない。ドゥラハンがその剣で首を狩り続けることで、その剣事態が魔導生物のように意思を持ちはじめたのだろう。長らく封印されていたことで魔力が抜け、現在は微力の魔力しかもっていないことは、おまえでもわかるでしょう?」
「(わからないです)はい、わかります」
心で思ってもわからないだなんて言えなかった。
この世界の魔力の根源はマナと呼ばれるものである。微量の状態では目で見ることはできないが、多く集まることでだれの目でも確認することができる。小さな光球としてフレア化したり、宝石や鍾乳洞のようなものとして結晶化することもある。
魔導士などは、一般人が見えないようなマナを感知、もしくは視覚として視ることができる――ように鍛錬しているのが当たり前だ。
ルーファスはドゥラハンの剣に宿った呪いの根源になっているマナを視ようとした。が、そもそも現在、首が明後日の方向を向いているため、マナを視る以前の問題だった。
しばらくすると、ビビが駆け足で保健室に戻ってきた。
「なかったよーっ!」
元気な声でご報告。
「ちゃんと探したの?」
ルーファスが不満そうに尋ねた。
「ちゃんと探したよぉ、一生懸命がんばったもん。疑うなら自分で探したらぁ?」
ビビはぷぅっと頬を膨らませた。
鞘がなければ封印ができない。封印ができなければ――。
「(どうせ僕の身体はこのままなんだけど)」
とくにルーファスには影響はないようだ。
と、思われたのだ――。
床で倒れてた胴体が勢いよく起き上がり、ブンブンしながらビビに襲い掛かったのだ。
「こないでっ!」
両手を突き出しビビはドンと胴体を跳ね飛ばした。
簡単に胴体は床に倒れて難は逃れられた。やっぱり弱い。弱いのだが、問題は徐々に凶暴化していることだ。
倒された胴体はムクッと立ち上がり再びビビに襲い掛かった。
「ルーちゃんヤダッ!」
「ヤダって言われても身体が言うこと聞かないんだよ!」
「こないでって言ってるのにっ!」
ビビちゃんが顔を背けながらグーパンチを放った。
「ぐえっ」
見事、ルーファスの柔らかい腹部にヒット。呻きながら両手で腹を押さえて、ゆっくりと後退りながら倒れた。
バタッ。
ルーファスは目を開けたまま気絶していた。
辺りは真っ白だ。
ぼんやりとした視界。
だれかが呼ぶ声がする。
――ルー……ルー……ス……ルーファス!
だんだんと声がハッキリとしてくると共に視界も開けてきた。
「立つんだルーファス!」
その荒ぶり懇願のこもった声でルーファスはカッと眼を開けた。
「だれだよ!」
いの一番でルーファスは叫んでしまった。
目の前には眼帯出っ歯のハゲオヤジ。
「立つんだシジョー!」
「いや、ジョーじゃないから(ジョーってだれだよ)」
ジョーがいったいだれなのかわからないが、気づいてみればルーファスの格好が変だった。
真っ赤なボクサーパンツに傷だらけのグローブ。格好はボクサーなのだが、身体が貧相すぎ。真っ白ボディはもやしっ子の鏡。ちょっと最近おなかがぷくっとしてきたのが悩みの種だったりする。
「えっ、なに、この格好で僕にどうしろと?」
「行け、ジョー!」
「だからジョーではないんですけど」
いったいなにを行けと?
ここはリングの上だった。顔を上げると、その先には馬に乗った首なし騎士。
「ボクシングじゃないし!」
対戦相手はボクサーではない。
ドゥラハンだ!
「ん?」
ルーファスはなにかに気づいた。
ドゥラハンが抱えている生首。
「僕じゃないか!」
抱えられている生首はルーファスだ。
さらのおかしなことに自分の視線の高さだ。まるで胴体に首が乗っているような。慌てて頭を手探りで触ろうとしたが空振りするばかり。だが、視線の高さはいつもの頭の位置なのだ。
微かな声がする。
《……ルーファス……マナの流れを……のだ》
少し高圧的だが、聞き覚えがあって安心する。ファウストの声だ。
姿は見えずとも声がする。まるで心の中に直接語りかけてくるような感覚。そして、ルーファス理解した。
「精神界だ。僕の心の世界……いや、ドゥラハンの剣と僕の精神がせめぎ合う世界だきっと」
ファウストの声は現実世界からの声に違いない。
また声が聞こえる。
《……ようでは……落第だぞ》
途切れ途切れだが、最後のキーワードはハッキリと聞こえた。
ルーファスはだいたい理解した。
この世界に迷い込む前にファウストが言っていた。
――精神を統一して魔力を制御すれば、呪いに自由を奪われることはない。
つまりそんな簡単なこともできないなら、落第だぞ。と、いうことだと思われる。
ルーファス対[バーサス]ドゥラハン!
戦いの熱い火ぶたが今切って落とされる!