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第19話「首ちょんぱにっく(1)」

 床や棚に並べられた品々は、アンティーク屋の倉庫を思わせるが、ここはクラウス魔導学院のとある倉庫だ。

 アンティークというのはあながち間違いではなく、ここには古い時代の魔導具も多く眠っている。ちょうどルーファスが棚にしまおうとしているランプは、今から300年ほど前にアラジンという召喚士[サマナー]が召喚に使用していたとされる魔導具だ。

 足下に何気なく転がっている壷も蠱毒と言って呪殺の怨念を練り込むのに使用する物だ。

「ねぇねぇルーちゃん、見てみて!」

 ルーファスの背後からビビの声がした。

 振り返ると小さな箱を開けて、中身をこっちに見せているビビの姿。箱の中身はキラキラと輝く宝石が美しい指輪だった。

「ダメだよ勝手に開けちゃ!」

「いいじゃん、ちょっとつけてみよぉっと」

 真紅の宝石が妖しくきらめく。

「ダメだって、呪われてるかもしれないし!」

「えっ?」

 もう指先にリングが通る寸前だった。

 慌ててルーファスはビビの手をつかむ!

 ドン!

 ルーファスがビビを押し倒す形になり、ビビの手から指輪が放り出された。

 ピューンっと飛んだ指輪がコロコロっと床を転がる。

 そして、整理されていない魔導具の山の中に入ってしまった。

「もぉ、ルーちゃんが押すからだよぉ!」

「はいはい、すぐに探しますよ(呪われてたら大変なことになってたのに、なんで僕が悪いみたいな)」

 いい加減な返事をしてルーファスは魔導具の山を覗き込んだ。

 粗大ゴミ置き場状態の隙間の奥のほ~~~っの床に、真紅の輝きが見えた。

 しゃがみ込んだルーファスは隙間に片腕を差し込んで、ググッと懸命に伸した。

「届かない……たぶんあとちょっとで届きそう……なんだけど……」

 腕に力が入ってプルプルと震える。

「ルーちゃんガンバレっ!」

「ビビのほうが身体小さいし届くんじゃ?」

「アタシよりルーちゃんのほうが腕長いからイケるよ! ほら、がんばって!」

「がんばってるよ……ん、指先に当たった……あと……ちょ……っと」

 さらに奥へと腕を入れようと、瓦礫の山を身体ごとグッと押したとき、微かにガタッと物音がした。

「リングに指先が入ったからこのまま……」

 そのときだった!

 ガタガタッ、ゴゴゴゴゴゴゴッ!

 瓦礫の山が崩れたのだ。

「ルーちゃん!」

 積もっていたホコリが部屋中に舞って視界を覆い隠す。

 しばらくして、ホコリの中で長身のシルエットが立ち上がった。

「ゲホッ、ゲホッ……あったよ、指輪」

「ルーちゃんだいじょうぶ!?」

「どうにか。でもホコリが目に入って、目が開けられない」

 やがてホコリの煙幕も晴れてきた。

 そして、事件は起きた。

「きゃーーーっ!」

 声量たっぷりの悲鳴をあげたビビ。その表情は凍りつき、見開かれた視線の先にあるモノを、震える腕をゆっくりと上げて指差した。

「る、るーちゃん……く、くび」

「どうかした?」

「くびが……」

「(まだめがしょぼしょぼする)あれ?」

 瞳を開けたルーファスはきょとんとした。

 床が直角に立っている。

 顔が横になっているのだ。

 しかし、ルーファスの足の裏はしっかりと床について立っている。

 再びビビが叫ぶ。

「首がない!」

「ええええええぇぇぇっ!!」

 ゴロンと転がったルーファスの頭部が叫んだ。

 その傍らには首から下が立っていて、あたふたしたようすで足踏みをしている。

 いったいなにが起きたのか?

「ルーちゃんとにかく首、首拾わないと!」

「え、どこ、ここどこ?」

 あわてふためくルーファスは突然走り出し、その勢いで壁に激突した。

 ドン!

「イタっ!」

 身体とは離れた場所から声がした。

「僕の頭! どこ、ここどこ?」

 身体がどこにいるのかもよくわからない。

 切り離された頭部と身体は意識が繋がっているらしいが、見えている景色と身体の位置関係

が合っていないので、思うように身体が移動してくれない。

「うまく拾えないよ!」

 あさっての方向でどじょうすくいのような動きをするルーファス。

「ぜんぜん拾えないから代わりに拾ってよ」

「ヤダよ、ちょっと(気持ち悪い)」

 生首だ。しかも生きている。

 ふらふらしていたルーファスの身体が、なにかにつまづいた。

「おっと!」

 すぐに足下を見たが、そこには足がなかった。慌てて自分の身体を泳ぐ視線で探し、床に落ちていた長い物体を見つけた。

 剣だ。

 錆びて今にも朽ち果てそうな長剣だった。その刃にこびりついたどす黒い痕。血だ、剣が吸った血だった。

 まさかこれで首を落とされたのか?

 しかし、こびりついている血は古そうだ。そもそも、ルーファスは一滴も血を流していない。首の断面図はまるで異空間に繋がるような深淵が広がっている。通常に切り口ではないことは明らかだ。

 どうにかやっと自分の首を拾って、両手で頭を持ちながら、床の剣をまじまじと見た。

「鞘がないけど……どっかに落ちてない?」

「あったよ、これでしょ?(なんかラベルがついてる)ドゥー、ドラ? ドラハンの剣?」

「読めてないでしょ。ちょっと見せて?」

 ビビは鞘のラベルをルーファスの胸の位置――両手で抱えている頭部の前に出した。

 文字は公用語ではなく、魔導文字の一種だ。ここで管理されている物はこの文字でラベルなどがついている。

「なになに……ドゥラハンの剣?」

 その名に聞き覚えがあった。

 自分の頭を抱えながら考え込むルーファス。う~んという声が腹のあたりからする。

 今日も似たような言葉を聞いた気がする。いったい、いつ。どこで、だれが?

 たしかあれは倉庫の整理をファウストに頼まれたときだ。そこに運悪くカーシャがやってきて、いつもどおり二人は学院内でケンカをはじめた。毎度のことなので、ルーファスはそ~っとその場を離れようとしたのだが、カーシャの放った氷結魔法のツララが飛んできて、すかさずルーファスがしゃがんで避けた直後だった。

 ――ドゥラハンの盾!

 そう叫んだ。ファウストだ、ファウストがツララをガードするために唱えた防御魔法だった。

「ファウスト先生ならなにか知ってるかも」

 ルーファスはつぶやいた。

 ファウストはファウストは召喚士として名高いが、学院では魔導具の授業を過去に受け持っていた。なぜなら彼が魔導具マニアだからだ。ちなみに過去に――というのは、彼があまりにマニア過ぎるので、授業が予定通りに進まないことが多く、魔導具学講師をハズされたからだ。

 ドゥラハンというキーワード、魔導具マニア、ここの整理を頼んだ本人、となればファウストのところに行かないほかはない。

 ビビが大きくうなずいた。

「うん、だったらセンセーのとこにレッツゴー!」

 と明るく元気なビビちゃんだが、傍らのルーファスはどんよりと重い空気を背負って暗い顔だ。

「この姿で人前に出たくないんだけど」

「あ、そうか、キモイもんねっ!」

 グサッ!

 まるで心臓に杭を打つような一言。

「キモイって……なりたくてなったわけじゃないんだけど(鏡がないから自分の姿見えないけど、そんなにキモイのかな?)」

 落ち込むルーファス。

「ルーちゃんごめんね、ぜんぜんキモくないよ、むしろ怖いっていうか、う~ん、ほら、そんな姿で人前に出たらみんなビックリしちゃうよねっ! もしかしたらモンスターと間違えられた攻撃されちゃうかもっ」

「ぜんぜんフォローになってないし」

「でもだいじょうぶだよっ、仮装行列ってことにすれば!」

「たしかに……こういう手品みたことあるけど(それにきのうよりはマシかな)」

 女体化事件の記憶は新しい。アレに比べたら、首がちょっとハズれちゃってるくらい――問題大アリだ。

「やっぱりムリ。ビビがファウスト先生呼んできてよ」

「え~っ、めんどくさ~い」

 めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい。

 ルーファスの脳裏で木霊した。

 自分のピンチを『めんどくさい』の一言で片付けられてしまった。

 ショックで背中を丸め落ち込んでいたルーファスだったが、なにやら思い付いたようすで顔を上げた。正確には頭を持っている腕を上げた。

「そうだ、こうやってさ、腰を曲げてると老人みたいで後ろからだと、頭が見えなくても不自然じゃないっぽくない?」

 まるで世紀の大発見でもしたかのような弾んだ声。

 だが、ビビの反応はひややかだった。

「でも正面から見たら意味ないじゃん?」

 無言のまま見つめ合う二人。まるで時間が凍りついたようだ。

 …………。

「ですよねーっ!」

 堰を切ったようにルーファスが声をあげた。

 このノリのままビビが話はじめる。

「ところでさー、ちょっと聞きづらかったんだけど、聞いてもいいよねっ!」

「どうぞどうぞ、どんどん聞いちゃってよ!」

「じゃあ聞いちゃうけどさ!」

 と、ここまで変なテンションのノリで軽快に会話が進んでいたのだが、急にビビの顔に影が差したようなどんよりした表情で、ず~んと重々しく口を開いた。

「どうしてずっと剣を振り回してるの?」

「えっ?」

「しかもどんどん大振りになってるんだけど……(怖い)」

「……え?(剣を……僕が?)」

 ルーファスは片手で持っていた頭部をもう反対側の手に向けた。

 ブンブンブンブン!

 ドラマーかっ!

 てな勢いで、片手がブンブン叩くように振られていた。しかも、その手にはしっかりと剣が握られている。そう、血塗られたドゥラハンの剣だ。

「ええーっ! いつの間に!?」

 自分でもビックリだ。

 まったくの無意識。

 ブンブンしちゃってる意識もなかったが、剣を拾った記憶すらなかった。

「え、なに、どういうことっ!?」

 目を丸くしながら、助けを求めてルーファスがビビに近づく。

「やだっ、こっちこないで!」

「逃げないで助けてよ!」

「ブンブン来ないで!」

「止まんないんだって!」

 ブンブンブンブン!

 自分の生首を抱えた男が、剣をブンブンさせながら、いたいけな少女を追いかけ回す図。

 もう完全にB級ホラーだった。

「きゃーっ!」

 ピンクのフリフリツインテールが倉庫を飛び出した。

「待ってよ!」

 ブンブンがあとを追う。

 逃げるフリフリ、追うブンブン。

 学院をブンブン、フリフリ駆け回る。

 ブンブン、ブリフリ、ブンブン、フリフリ。

 はいっ、みなさんもごいっしょに、ブンブン、フリフリ、ブンブン、フリフリ。

 ブンブン、フリフリ、ブンブン、フリフリ!

 ブンブン、フリフリ、ブンブン、フリフリ!

 ブンブンブブン、フリフリン!

「キャーッ!」

 どこまっでも続くかに思われたブンブンフリフリだったが、突然の乙女の悲鳴で終止符が打たれた。

 ピタッと立ち止まったルーファス。

 辺りを見回すと人だかりができていた。

 放課後に残っていた学生たちにいつの間にか囲まれていた。

「モンスターだ!」

 だれかが声をあげた。

 声の主を必死に探しながれ、手で持った首であちこち見渡す。

「違うんです、私はこの4年トラス組のルーファス・アルハザードです!」

 口では誤解を解こうとしているが、行動が伴っていない。

 ブンブンブブン、ブンブブン!

 血塗られた魔剣を振り回し、今にも大量虐殺しそうな勢いだ。

「人殺し!」

 だれかが叫んだ。

「だれか先生を呼んで来い!」

「みんなで退治しちゃおうぜ!」

 口々に恐ろしいことを言い出す。ルーファスはゾッとした。

「(マズイ、完全に誤解されてる)」

 ビュン!

 風を切って光球が飛んできた。明らかに攻撃魔法だ。

「ぎゃっ!」

 短く悲鳴をあげてルーファスは避けた。が、その拍子に生首が投げ出される。

 ゴロロン!

「イタッ、イタタ、痛い!」

 顔面から床にダイブするようなもんだ。かなり痛い。

 床に生首が転がるようすを見た生徒たちは、さらに怯え、中には敵対心を強める者もいた。

「くらえっ!」

 炎の玉がルーファスの生首に向かって飛んできた。室内で攻撃魔法をぶっ放すなんて。明らかに悪い教師たちの影響だ。本来は校則で禁止されている。

 生首には手足がないので炎の玉を避ける術がない。慌てて身体が拾いに走るが、明後日の方向に駆け出して壁に激突。

「うぎゃ!」

 もう眼前まで炎が迫っていた。

「ルーちゃん危ない!」

 ビビが叫びながら生首に駆け寄った。

 そして、生首をシュート!

 サッカー選手も顔負けのナイスシュートを放った。

「グギャゲエェェェェッ!」

 この世のものとは思えない絶叫をあげて生首がぶっ飛ぶ。

 ボール――じゃなかった、生首の軌道を見事に描く鼻血。

 そして、顔面から壁に激突。

「ブゲッ」

 潰れながら床にゴトンと落ちた。

 白眼を向いて鼻血を垂れ流す生首。

 もう悲惨すぎる。

 ビビが苦笑いをしている。

「ヤバッ……(殺っちゃったかも)」

 ビビちゃんはぜんぜん悪くない!

 ルーファスを助けようとしただけ!

 ちょっと方法が過激だっただけ!

 首から下の胴体も死んだか気絶したのか、床に倒れたままピクリともしない。

 苦笑いのままビビも動かない。

 そこへ再び炎の玉が飛んできた。投げやがったのは同じ野郎だ。

 もう今度こそ絶体絶命だ!

「ドゥラハンの盾!」

 長身の影が生首の前に立ちはだかり、防御魔法で炎を防いだ。

 いったいこの影はだれだっ!

 わかりきってますが。

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