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第18話「トランスラヴ(3)」

 一方そのころカーシャは――。

「妾のプロテインはまだかーッ!!」

 注文の品が変わっていた。

 薄々わかっていたかも知れないが、じつはこの性転換は肉体のみの転換だけでは済まないようだ。

 つまり、ルーファスの一連のキモイ思考や行動も、決してルーファスが変態化したわけではなく、この性転換の仕業だったのだ。

 しかもどうやら、内面の変化は自然なモノというより、ちょっと振りすぎ――行きすぎてしまうようだ。

「妾の筋肉を見よ!」

 両腕に力こぶをつくってマッスルポーズ。

「この美しい筋肉を見るのだーッ!(ふふっ、筋肉バカ)」

 自分の筋肉に惚れ惚れしてニヤニヤするカーシャ。もう不気味すぎて勘弁して欲しい。

「この筋肉が目に入らぬかーッ!」

 マッスポーズを次々と変化させながら、自称美しいボディを見せつける。

 その見せつけられている相手はというと――無反応!

 黙々と調合実験を続けているローゼンクロイツ。

 彼、いや彼女、いや、彼……とにかくローゼンクロイツも性転換して、女体化しているハズなのだが、乙女チックに内面がなってないようだ。というより、なっていてもよくわからない。ローゼンクロイツはどんなときでも例外扱いだ。

 華麗にシカトするローゼンクロイツにカーシャが迫る。ついに服を脱いでその全裸まで披露した。

 ちょっとした過ちなので、カーシャの名誉のために詳細な全裸描写は控えよう。その変わり、その全裸をやっと顔を上げて見たローゼンクロイツの表情から察してみることにしよう。

 無表情。

 3秒後――無表情。

 5秒後――無表情。

 10秒後――無表情。

 30秒後――無表情。

 この間、瞬きもせずカーシャを見つめていた。

 そして、顔を下げて黙々と調合に戻る。

 この間、何十回とポージングを変えたカーシャは、相手の無反応っぷりに怒りを通り越して、ただただショック!

「(もうローゼンクロイツとは遊んでやらんも~ん)」

 傷心を背負いながら、猫背でカーシャはいそいそと服を着始めた。

 と、カーシャが見ていないところで、ローゼンクロイツは一瞬ニヤリと笑った。

 そして、何事もなかった空気感が流れる。

 無駄な筋肉披露に飽きたカーシャはお茶を啜る。

「やはり茶に限る」

 てか、飲み物あるじゃん!

 しかもイチゴジュースじゃなくてもいいのかよ!

 ホントもうテキトーだな!

 そして、一服を終えたカーシャがビシッとマッスルポージング!

「妾の筋肉を見よーッ!」

 と、結局筋肉を見せることをやめなかった。

 こんな強制筋肉披露会がイヤで、ビビは教室を飛び出してルーファスを探しに行ったんだったりする。


 そのころ逃走を続け、学院を飛び出していた。うっかり女体化のことを忘れ。

 街中で立ち止まったルーファスは苦しそうな顔をした。

「うう、胸が重い……(引き千切れそうだし、なんだか擦れて……)」

 思春期あたりで女子が急に足が遅くなったりするアレですね!

 周りを見回すと、人々の視線を感じた。まるでジロジロ見られているような感覚がする。

「(みんな僕の胸を見てる気がする)」

 まあ、たしかにそこに巨乳があれば見るのは当然!

 もはや脊髄反射的な反応と言ってもいい。

 が、女体化してしまっているという恥ずかしさで、必要以上に視線が気になっているということもある。

「(うう、恥ずかしい……)」

 学院方向を見渡し、さらに逆方向も見渡す。

「(戻ろうかな、でもまた彼や知り合いに会うかもしれないし。ここにいるのもイヤだし)」

 とりあえず学院に向けて歩いてみる。なるべく人と目を合わせないように、うつむきながら不安そうな顔で。

 しばらく歩くと、甘味料のよい香りが漂ってきた。

 ふと顔を上げると、クレープの販売馬車だ。

 秋の新作クレープののぼりが風でひらひら揺れている。

 瞬く間にルーファスの瞳が輝いた。

「チェックしてたのに忘れてた!」

 女体化する前からスイーツ好きの一面がある。

 さっそく短い列に並んでクレープを購入しようとする。

 秋の新作はマロンを使ったものや、

 どれにしようか迷いながら心が躍ってしまう。

 注文の順番が回ってきて、口を開こうとした瞬間、横から影が割り込んできた。

「ここは俺がおごるよ」

「げっ」

 思わずイヤな気持ちが声に出た。隠し事が苦手なので、思いっきり表情にも出ている。

「俺はチョコイチゴスペシャル。君は?」

「え、え~っと(ここまで並んでいりませんとは言えないし、かと言ってここで答えたらおごられてしまう)」

 男性店員がニコニコと笑っている。

 ふとルーファスが振り返ると、後ろには列ができている。

「○○、いや、××、やっぱり△△!」

「じゃあ、○○と××と△△」

「え……(3つも頼まれた)」

 けっきょく新作クレープを3つ頼み、しかも流されるままにおごられてしまった。

 で、なんだかわからないうちに並んで街を歩いてしまっている。

 ルーファスの両手にクレープ2つ、ルシの手にも2つ。

 じーっとルーファスはルシのクレープを見た。

「(あのクレープを最初に食べたいんだけど)」

「俺のこと見つめてどうかした?」

 すっげぇ勘違い!

 シカト&気を紛らわせるため、ルーファスはクレープにがっついた。

「(美味しいけど味わえない。さっさと食べ終えて逃げよう。彼の持ってるクレープはどうしよう)」

 またルーファスがじーっと見ていると、ルシが微笑んだ。

「そのクレープも美味しそうだね」

 と言った唇が大きく開いて近づいてくる。

 間近まで迫ったルシにドキッとしてルーファスは一歩下がる。

 パクっ。

 ルーファスが食べかけだったクレープを一口。

 顔を離したルシは、唇の端についたクリームをぺろりと舐め取って、ニッコリと微笑んだ。

「美味しいね」

 瞳を丸くしてルーファスは地面に足を引きずりながらどんどん後退る。

 ルーファスの脳内でエコーするフレーズ。

 ――関節キス、関節キス、関節キス、関節キッス♪

「ひゃ~ん!」

 不気味な声をあげて、顔を真っ赤にしたルーファスが逃げ出す。

「(もう耐えられない……居ても立っても居られない、穴があったら生き埋めになって死んでしまいたい)」

 ズボッ!

 忽然とルーファスの姿が消えた。

「いたたた……」

 ルーファスが見上げる青空が広がっていた。

 穴だ、工事通の穴に落ちたのだ。

 どこからか声が聞こえる。

「オーライ、オーライ!」

 なにかを誘導するかけ声だ。

 穴の仲で立ち上がったルーファスは、壁に手を掛けた。

「(微妙に高い、登れるかな)すみませ~ん、だれか……イッ!?」

 言葉を詰まらせて眼を剥いた瞬間、空から生コンクリートが振ってきた。

「ぎゃぁぁぁっ!」

 埋もれるルーファス。

「死ぬ、死んじゃう!」

 望みが叶ったじゃないかルーファス!

 もう目も開けられない。口を開くとこもできない。ただ必死にもがきながら、手を高く地上へと伸した。

「つかまれ!」

 だれかの声。

 生コンからかろうじて出ていたルーファスの手をだれかがつかんだ。

 ルーファスの腕が引っ張られるが、まったく持ち上がらない。

「大変だべ、だれか埋まっちょる」

「そりゃ大変だぁ、早く引き上げてやらんと」

「現場監督に怒られちまう」

「んだんだ」

 男たちの会話が終わり、ルーファスの身体が一気に持ち上げられた。

 地上に放り出されたように生還したルーファスはドロ怪人と化しており、見るも無惨な有様だった。すぐに固まることはないだろうが、このままだと怪作の彫像ができあがってしまう。

 急にルーファスの身体が浮いた。抱っこされた、お褒め様抱っこだ。

「シャワーを借りれませんか? そうですか……」

 ルーファスは目が見えずその声と抱えられていることで状況を判断するしかなかった。

 小刻みにルーファスの身体が揺れた。彼が走り出したようだ。

「学院まで戻ろう」

 生コンにまみれながらも、相手の温もりが感じられた。肌からだけではなく、その声からもだ。

「(きっと僕を助けてくれたのは彼だ)」

 その声でわかる。

 生コンの仲から助けられ、汚れを落とすために学院に運ばれる。お姫様抱っこで、こんなにも身体を密着させながら。相手の身体も生コンで汚れてしまっているだろう。けれど、きっと彼はそんなことなど気にしてもないだろ。

 ただ、ルーファスのことを想ってくれているだけなのだ。

 なんだかルーファスは胸が苦しくなった。嬉しさと言うより、なんとも言えない辛さが込み上げてくる。切なさとでもいうのだろうか……。

「(今まで女の子にだって、こんなに好かれたことないのに……彼は男だけど……どうしよう、もし彼が僕が男だって知ったら……)」

 決して相手を騙そうなんて思ってはいない。けれど言い出せない。はじめは女体化したなんて――という恥ずかしさで言い出せなかったが、今は別の意味で言い出せない。

「(どうしよう……)」

 モヤモヤとしながら考えていると、どうやら学院まで着いてしまったらしい。

「この先は着いていけないけど、ひとりで大丈夫? ゆっくり降ろすよ」

 丁寧に廊下に降ろされたルーファスは、目をこすって薄目で当たりを確認した。

 シャワールームの入り口だ――女子の。

「……………(ヤバイ)」

 男子と女子のシャワールームは隣接すらしておらず、離れた場所に部屋事態があるため、ここから入って男女のシャワールームに分れてるなんてころはない。つまり、途中で男子のほうにコソッと入るなんてこともできない。

 ここはまっすぐ行ったら、確実に女子のシャワールームに直行だった。

「(男子のシャワールームに……いや待てよ、男子のとこにこの身体で入ったら……)」

 絶対ムリ!

 どっちのシャワールームもムリだった。つまり学院のシャワールームを使おうとした時点で詰んでいたのだ。

 お姫様抱っこでモヤモヤ考えていたせいで、うっかり考えが及ばなかったのだ。

「(マズイ……マズイよコレ)」

「どうしたの、早く落としてこないと。俺もシャワーを……そうか、着替えがないな。ともだちの女の子に体操着借りてきてあげるから、それで我慢してくれる?」

「(よし、彼がどっかに行ってくれた隙に逃げよう!)はい、お願いします」

「あとでまたね」

 ルシが笑って手を振りながら歩き去って行く。

 チャンスが到来したルーファスは、ここぞとばかりに満面の笑みで手を振りながらルシを見送った。

「(よし、そのまま、そのまま消えてくださいお願いします)」

 角を曲がってルシの姿が見えなくなった。

 空かさずルーファスはダッシュでこの場を離れようとした。

 床を蹴り上げ一歩出た瞬間、目の前に現われた影に驚いて転倒してしまった。

「いったぁ~い」

 声をあげたルーファスにワラワラと影が近づいてきた。

「だいじょうぶ?」

「うわっ、どうしたのその姿?」

「早く落とさないと!」

 女子3人。

 ルーファスの前に現われたのは女子3人組だった。

 立ち上がって逃げようとしたルーファスが――壮大にコケたっ!

 ズルッ!

 女子たちが驚いて小さな悲鳴をあげた。

「手を貸してあげるから、ほらっ」

 腕をつかまれ脱衣所に連れ込まれる。

「えっ、あの……ちょっと(マズイ、非常にマズイ)」

 あたふたするルーファス。あれよあれよという間に服まで逃がされはじめた。

「これってコンクリートじゃない?」

「えっ、うっそー。なんでこんな目にあったの?」

「表面固まってきてない?」

 口々にしゃべるので、だれがだれだかわからない。

 生コンのついた帯が投げ捨てられ、魔導衣の襟がすっと肩から抜かれた。

「(いやっ)」

 衣がはだけ豊満な胸が波打った。

 脱がせた女子が瞳を丸くして一瞬だけ固まった。

「(デカイ……しかもノーブラ)」

 そのまま衣は下半身まで脱がされようとしていた。

 ルーファスは自分の裸体を直視できず、瞳を固く閉じた。自分の身体であって自分の身体ではない。見ず知らずの女性の身体と言ってもいいくらいだ。

「(恥ずかしい、恥ずかしいよぉ)」

 見ず知らずの女子に、服を1枚1枚脱がされ、しかも絶賛女体化中。

 ここでハッと気づいた。下半身はダメだ、このまま下半身まで脱がされたら――トランクスをはいている!

 相手はルーファスが本当は男だってことを知らない。トランクスをはいているなんて知られたら、変態だと思われる。

 大変だ!

 ルーファスは相手の手を必死に押さえた。

「自分で脱げます、大丈夫ですから、もうホントに……ゆるして」

 相手の顔がきょとんとなった。

 ――許して?

 言葉の意味なんて理解できるわけがない。

「ん~……ごめんね」

 とりあえず相手の子は謝った。

 そこへともだちが声をかけてくる。

「先入ってるよ!」

 と、声に反応してルーファスがそっちに顔を向けると――ポン!

 すっぽんぽん!

 あまりにも無謀な乳房が4つ。すでに服を脱いでいた二人の女子が立っていた。かろうじて、ひとりはタオルで下半身を隠し、もうひとりは前に立つ子が影になって花園は見えなかったが、あの山はしかと見た!

 聳え立つ連山がそこにはあった。

 とは言っても、ルーファスはすぐさま首が折れる勢いで顔を背け、ぶっちゃけほとんど見えてない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーい!」

 脇目も振らず駆けて逃げるルーファスが飛び込んだ先はシャワールーム!

 個室から出てきたボインと鉢合わせ!

 ブハッ!

 鼻血のシャワーを流しながらルーファスが後頭部から倒れた。

 意識が遠くなりかけて視界がぼやけて中で、ルーファッスはシャワールームに飛び込んできたピンクのツインテールを見た。

「ルーちゃんの変態!」

 そして、ルーファスは気を失った。

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