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第18話「トランスラヴ(2)」

 小銭戦争のやりとりですっかり忘れていたが、現在女体化絶賛公開中!

 ルーファスはハッとして廊下の影に隠れた。

 このフロアには実習室も多くあるせいで、放課後も生徒たちがチラホラいる。

 学園都市と言ってもいいほどの生徒在籍数なので、知らない顔とすれ違う確率のほうが高い。とは言っても、知り合いじゃないからって、今の姿はあまり見られたくないものだ。

 今回のミッションを確認しよう。

 目的は二つ。

 その1、飲み物を買ってくる。

 その2、パラケルスス先生に助けを求める。

 飲み物は学院内のいたるところに自販機があるので、ミッションレベルは高くないだろう。ただ4本も持ち歩くのが大変そうだ。

「(しかもローゼンクロイツはコーラって)」

 炭酸は振ると危険だ。

 廊下をそろりそろりと気配を消して進む。

 ルーファスはビクッと背中をさせて振り返った。後ろから男子生徒が歩いてくる。

「(バ、バレないかな)」

 男子生徒に背を向けながら、壁の掲示物を眺めるフリをしてやり過ごす。

 とくに男子生徒はルーファスには気を止めずに歩き去っていく。その後ろ姿をチラ見したルーファスは、ほっと胸を撫で下ろして溜息を吐いた。

「(心臓に悪い)」

 ひととすれ違うたびにこの調子だったら、かなりの心的負担だ。加えて、こんな調子じゃいつまで経ってもミッションをクリアできない。

 さっさとミッションを終わらせてしまいたい。

「クイック!」

 一時的に瞬発力を高め高速移動を可能にする魔法を唱えた。

 ルーファスが廊下をダッシュする。

 そこの角を曲がれば自販機はすぐそこだ!

 一気にカーブを曲がった瞬間、目の前に人影が飛び込んできた。

 ぼにょ~ん!

 ルーファスの爆乳に男子生徒がダイビング!

 相手は尻餅をついて倒れ、ルーファスは咳き込んだ。

「げほっ、げほげほっ……いった~」

 声帯も変わっているため、あげた声まで女の子っぽい。

 高速移動していたためかなりの衝撃で、ルーファスは胸を押さえてうずくまった。

「(胸を潰されるとすごい痛い……はっ!?)」

 押さえている胸が自分の胸であって自分の胸でないことに、ハッと気づいて顔を真っ赤にして離して立ち上がった。

 頭から湯気を出して呆然とパニックになっているルーファスには、男子生徒が頭を下げながら声をかけてきた。

「すみません! 大丈夫でしたか?」

 ポロシャツにジーンズ姿のラフな格好で、腰のバッグにはいろいろな魔導具が詰め込まれていた。

 そして、顔を上げた彼はサラサラの髪を靡かせながら、メガネの奥の優しそうな瞳で笑った。

 キラリーンと光る白い歯。

 その精神的なまぶしさにルーファスはたじろいだ。

「だ、大丈夫です(人間と接触してしまった)」

 さっさとこの場から立ち去りたい。

 逃げるように背を向けて小走りで駆け出すルーファスに声がかけられた。

「待って」

 呼び止められたが振り返りたくない。声すら出したくない。できれば関わりたくない。

「キミの名前は?」

 名前を聞くなんて興味津々過ぎる。

 本名を名乗れるわけもなく、気の利いた偽名も浮かばず、ルーファス逃亡!

「マギ・クイック!」

 ルーファスは魔法を唱えた。マギはメギを最上級として、メギ・マギ・ラギ・ピコの上から2番目。ルーファスが扱える中では高等だ。

 目にも止まらぬ早さで一気に廊下を駆け抜け、クイックの効果が切れた瞬間、今までの勢いに体がついていけず、ルーファスはロケットのようにぶっ飛んで壁に激突した。

「ぶべっ!!」

 潰れたトマトにはならずに済んだが、全身を強打してかな~り痛そうだ。

 力なく床に倒れたままルーファスは動けない。

「(死ぬ)」

 学院内で壁にぶつかって死ぬなんて、しかも女体化したまま。

「まだ死ねない!」

 声をあげてバシッと立ち上がった。

 女体化したままなんてイヤすぎる。友人知人家族にまで、ルーファスは女として死んだと心に刻まれてしまう。

「(とくに父に知られたらと思うとゾッとする)」

 ただでさえ見放されて勘当寸前なのに、女になりましたなんて知られたらどうなることか。

「(世間体とか気にするひとだから、絶対に存在自体が歴史から抹消される。お墓も建ててもらえなくて、モンスターのエサにされて骨まで溶かされるとか)」

 最悪すぎる。

 そうならないために早く男に戻らなくては!

 と、その前に、ルーファスは床に落ちていた小銭に気づいた。壁に激突したときに、預かっていた小銭を落としてしまったらしい。

「ジュースなんか買ってる場合じゃ……」

 ぶつぶつつぶやきながら小銭を拾い、最後の1枚に手を伸したとき、男の手が伸びてきてルーファスの手に触れた。

 ゾゾゾっと寒気がして素早く手を引いて、顔を上げて見るとさっきの男子生徒がいた。

「はい、これで全部?」

 最後の1枚を拾った男子生徒が、さわやか笑顔で小銭を差し出している。

「ありがとう……ございます」

 手のひらを出して小銭を受け取った瞬間、手と手が触れた。

 ルーファス滝汗!

 心臓がバクバクして、その場から動けなくなってしまった。

 男子生徒は輝く眼差しでルーファスを見つめている。

「俺の名前はルシ・ハグラマ、魔導工学科の4年生。キミは?」

 魔導学院は4年生から魔導普通科と魔導工学科に分れる。ちなみにルーファスは魔導普通科の4年生だ。

 また名前を聞かれてしまって、やっぱり気の利いた偽名も浮かばない。

 そして再び逃走!

「マギ・クイック!」

 目にも留まらぬ速さで廊下を駆け抜けたが、途中で筋肉が悲鳴を上げた。この魔法は身体の負荷がハンパないのだ。

 グギッ!

 足首をひねってルーファスが転倒。

 そこへちょうど人影が通りかかった。

「危ない!」

 叫んだルーファスに顔を向けた人影。

 ぼにょ~ん!

 相手の顔面に爆乳アタックが決まった。本日2度目である。

 尻餅こそつかなかったが、片手を廊下に突いて、そのまま立ち上がろうとしている人影。

「廊下を走るのは危険だよ、お嬢さ……ん?」

 途中まで言いかけて唖然とした。

「ルーファス、ルーファスか!?」

 知り合いだった。爆乳アタックを食らわせてしまったのは、同級生のクラウスだ。

 その爆乳をガン見して驚くクラウスは、ハッとして顔を赤らめて背けた。

「(思わずレディの胸を直視して……レディではなくルーファスか)どうしたんだルーファス?」

「あはは、どうしたって……なにが?」

 言い訳すら思い付かなかった。

「なにがって、その……胸になにか入れているのか?」

「ちょっと腫れちゃって」

「声も高いというか、体付きも丸みがあるというか……」

 奇異なモノを見るような目つき。完全に疑っている。

 二人の間に微妙な空気が漂っているところへ、ルシが追いかけてきた。

「ハァ、ハァ……まだ名前を……」

 肩で息を切って膝に両手をついている。

 クラウスはルシを一瞥した。

「だれだいルーファス?」

 ルーファス。

 たしかにそう言った――ルーファス。

 気づいたルーファスはマズそうな顔をした。

「げっ(聞き逃してないかな)」

 聞き逃すハズがなかった。

「ルーファスっていうんだ。まるで男の子みたいな名前だね」

 てゆーか、男の子です。

 ササッとクラウスはルーファスの横に立ちそっと耳打ちをする。

「彼、ルーファスのことレディだと思っているのかい?」

「まあ、なんていうか、事故っていうか……(体は女の子だし)」

 コソコソ話をする二人にルシがニコニコしながら近づいてきた。

「仲がいいんだ、王様と」

 キリっとした目つきでクラウスは一瞬ルシを見た。

「(敵意を感じた)ただの友人だ」

 なぜか慌てるルーファス。

「そ、そうだよ、だたの友人だよ!」

 なぜか焦る。

 変なところで焦るものだから、すっごい疑惑の眼差しを向けられた。

「てっきり、王様のめかけかなって」

 クラウスのこめかみがピクッと動いた。

「妾とは失礼な。そもそも僕は未婚だ」

「王様は女遊びがお盛んだってもっぱらのウワサだから」

「どこの噂だ!」

 身を乗り出して声を荒げたクラウスをルーファスが小声でなだめる。

「まあまあ、ほらクラウス女の子に優しいから勘違いされてるっていうか(実際、ストーカーっぽい子とかに付きまとわれたり、自分が彼女だって名乗り出る子も多いし)」

 親密なふたりのようすをルシは表面的な笑みで見つめている。

「ルーファスさんが王様のモノじゃないなら、別に俺がモーションかけてもいいよね?」

 モーション――異性の気を惹こうとする振る舞いのこと。うん、わかっていたけど確定だね!

 コイツ、ルーファスに惚れたなッ!

 ゾゾゾっと寒気がしてルーファスは後退りクラウスの後ろに隠れた。このクラウスを頼る行為が、絶賛疑惑を強めちゃいます。

 ルシが強引に出た。ルーファスの腕をつかんだのだ。

「院内にあるカフェで休まない?」

「えっ、えっ、えええ(な、なんだこの状況)」

 言葉に詰まるルーファスに変わって。クラウスがルシの腕を振り払った。

「レディはもっと優しく扱いたまえ」

 何気ない一言だったが、ルーファスの胸にズキューンと来た。

「(クラウスが僕のこと、レ、レディって……クラウスまでそんな目で……)」

 身体の芯から発汗してきて、顔は蒸気を噴きそうなほど真っ赤だ。心臓のバクバクが止まらない。

 そして、気づけばルーファスはクラウスの袖をギュッと掴んでいた。

 無意識だった行動にハッとして手を離すと、クラウスも気づいて微妙に顔を赤らめた。ふたりを包む微妙な空気。恥ずかしいやら、気まずいやら。知らない第三者からすると、どう映るのだろうか?

「俺とはダメなのかい?」

 寂しげな瞳。子犬の眼差しのような、キラキラうるうるの目からビーム攻撃。

 思わずルーファスはたじろいだ。

「ちょっとだけなら……」

 と折れたルーファスを身体ごとクラウスが遮る。

「いや、僕と約束があるんだ」

 ねぇーよ!

 ルーファス初耳。

「えっ、そんなのあったっけ?」

 ないない。

 クラウスがソッとルーファスに耳打ちする。

「彼とデートしたいのか? 僕に会話を合わせろ」

「デ、デデデ、デート!」

 目と口を丸くして声を張り上げたルーファス。ぷしゅーっと頭から湯気が出てふらっとしたところを支えられた。

 ルシがクラウスを睨む。

「離せよ」

「君こそ」

 クラウスは精悍な瞳で返した。

 ルーファスはサンドイッチ状態で二人に支えられたのだ。

 先に引っ張ったのはルシ。

「俺といっしょに」

 負けずとクラウスも引っ張り返す。

「僕と来るに決まっているだろうルーファス?」

 綱引きの縄状態でルーファスは両手を右へ左へ引っ張られる。

「ちょっと二人とも……(なにこの展開、男二人が僕を取り合ってる)」

 ポッと頬を赤らめ恥じらうルーファス。

 ルーファス、ルーファス正気を保て!

 おまえは男だッ!

「イチゴケーキと飲み物のセットおごるよ!」

 ルシが声を荒げながら今まで以上にグイッと引いた。

「店ごと、いや国中のケーキを買ってあげよう!」

 クラウスが乗せられてる。魔導産業で国を豊かに導いている名君が、国中のケーキとか暴言過ぎる!

 ルーファスは眉尻を下げてクラウスの身体を揺さぶる。

「クラウス、クラウス、君はそんなキャラじゃないだろクラウス!」

「はっ(僕としたことが、冷静さを欠いていた)」

 ふっとクラウスがルーファスから手を離した瞬間、ルシがグッと引っ張り抱き寄せた。

 熱く逞しい胸板に顔を置く形になったルーファス。

「(鍛えられてる)」

 同じメガネでもエライ違いだ。もやしっ子ルーファス。

 トク……トク……。 

 ルーファスの耳に微かな音が聞こえた。

 耳をすませば音は大きくなる。

 ドクドクドク……。

 脈打つ心臓の音色。早く力強い。

「(もしかして僕のことを想って……)」

 なぜかルーファスは胸がキュンとした。

 顔を上げるとルシがメガネの奥の真剣な眼差しでクラウスを見ている。猫背なので気づかれにくいが、ルーファスもそこそこ高身長だがルシはさらに長身で、こんな間近で殿方の顔を見上げるなんてドキドキものだ。ルーファスは男ですが。

 クラウスが腕を伸してルーファスの手を握った。

「僕と来るんだルーファス!」

 ぽわ~んと脳内お花畑な表情をしているルーファスにクラウスの声は届かなかった。

 勝ち誇った顔でルシがクラウスを見下ろす。

「しつこいよ王様、彼女は僕といっしょに行く運命なんだ」

 運命って!(笑)

 恋愛トキメキキーワードの上位にランクすると共に、スイーツ(笑)な雰囲気も同時に醸し出される魔法の言葉。今のルーファスにはキュンキュンきた。

「(イケメンな彼とデート……きゃは♪)」

 完全にキモイですルーファスさん。

 ルーファスは正気じゃないし、ルシは正気だけど大幅な勘違いに気づいてないし、クラウスは正気に返ったかと想われたが、剣の柄に手が触れそうな位置まできてる時点で冷静じゃない。

 3人とも空気がマトモじゃない!

 そこへ新たな風が吹いた。

 小走りでピンクのツインテールがぴょんぴょんやって来た。

「ルーちゃんおそ~い、カーシャさんがカンカンだよ……(ってなにこの状況)」

 一触即発な感じで乙女(男)を奪い合う構図になっている殿方ふたり。と、その片っぽの殿方に抱き締められているルーファス(絶賛心は乙女)。

 そのようすを見たビビがボソッと。

「キモッ」

 静かな廊下にはその発言は遥か遠くまで響き渡った。

 ルーファスとクラウスがハッと我に返る。

 そして、ルーファスはルシの身体を押し飛ばし、ビビをチラ見すると、真っ赤な顔を両手で覆い隠し小走りで駆けていった――内股で。

 ぜんぜん我に返ってねぇッ!!

 その後ろ姿にクラウスは片手を切なそうに伸した。

「……ルーファス」

 こっちもぜんぜん夢から覚めていないようだ。他人からしたら悪夢だ。

 ルシは呆然としている。

「なぜ逃げるんだ」

 同性だから。

 その事実を知らないルシはルーファスの後を追ったのだった。

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