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第17話「目覚めのキスは新たな予感(3)」

 ルーファスを追っている猛者どもが、ポップコーンが弾けるように、次々と宙へ跳ね飛ばされていく。

 なにかが、なにかが猛スピードで群衆を撥ね除け、嵐のごとくやってくる。

 それは馬だ。暴れ馬だった。白く輝く美しい白馬だった。

 その光景を見たルーファスは思わず唖然とした。

「……え(ローゼンクロイツ?)」

 白馬に乗るローゼンクロイツの姿。

 乗るっていうのは跨るっていう意味ではない。暴れ馬をサーフボードのように、2本脚で立って乗っかっているのだ。超人的なバランス感覚である。

 これだけでも衝撃的な光景であるが、異様なものがもう一点あった。

 なんとローゼンクロイツは暴れ馬の上で納豆をかき混ぜていたのだ!

 もはや意味がわからない。電波な住人のローゼンクロイツに意味なんてもとめちゃイケナイのかもしれない。さすがのルーファスも長い付き合いながら理解に苦しんだ。

「(どういう状況でそうなる?)」

 いくら考えてもわかりません。

 ローゼンクロイツは遠い目をしている。ルーファスのことなんか目に入っていないようすで、追ってきたわけでもないらしい。つまり通りすがりの暴れ馬に乗るひとってことだね!

 相手はただの通りすがりなのでスルーしとけばいいものを、ルーファスは声をかけずにはいられなかった。

「ローゼンクロイツ!」

「ふに(にゃ?)」

 ローゼンクロイツと目が合ったと同時に、ルーファスは馬とも目が合っていた。

 暴れ馬が突進してくる!

 ズドーン!

 ルーファスを跳ね飛ばして暴れ馬が去っていく。パカラッ、パカラッ!

 地面に這いつくばって息絶え絶えのルーファスの元へ空色ドレスの影が近づいてくる。

「そんなところで寝ていると風邪をひくよ(ふにふに)」

 いつの間にかローゼンクロイツは暴れ馬から飛び降りていたのだ。しかも、納豆を1粒も溢さず、かき混ぜ続けている。

「ね……寝てるんじゃ……なくて……暴れ馬に……ぐふ」

「ちょっと擦っただけなのに大げさだよ(ふあふあ)」

「えっ……ホントだ、ぜんぜん痛くないや」

 体を確かめルーファスは立ち上がった。ケガはまったくないようだ。服が少し破けて汚れたくらいで済んでいた。

 そこへやっとセツが追いついてきた。

「どうなさったのですかルーファス様!」

「べつにたいしたことないよ、ちょっと転んだだけ(げ……追いつかれた)」

 内心では隙を狙って逃げようとしている。

 チラッとローゼンクロイツはセツを見て目が合った。

「ルーファスの知り合いかい?(ふにふに)」

「わたくしのことお忘れですか!?」

「覚えてない(ふにぃ)」

 他人を覚えるのが苦手なので仕方ない。いつも通りの反応だ。けれど、その少し前にローゼンクロイツは普段と違う反応を示していた。

 ルーファスはそぉ~と片足を下げた。それにすぐさま気づいて鋭い視線を向けるセツ。

「もう逃がしません。絶対にルーファス様をワコクに連れて帰ります。逆らうというなら、爆弾をポンとさせます」

 ポンとされたら大変だ……たぶん。ポンだけにポント大変に違いない!

 ジト目で見ているローゼンクロイツ。こっちじゃない、あっちだ、セツのことをだ。

「旅行に行くのかい、ルーファス?(ふにふに)」

「そうじゃないよ、セツにさらわれそうになってるんだよ。誘拐だよ誘拐、ワコクなんか行きたくないよ」

「そうだね、引きこもり体質のルーファスには海外無理ふにふに。ワコクは納豆が美味しいらしいから、おみやげはそれでいいよ(ふあふあ)」

 他人の話を聞いていないのはデフォルトとして、自分の会話も前後で脈絡が合っていない。

 セツの鼻を刺激する独特の腐った臭い。腐ったというと怒られるので、独特の発酵した臭いが漂ってきた。

「まさか異国で納豆に出会えるとは驚きです!」

 未だにローゼンクロイツはコネコネしていた。

「わたくしは納豆が大好物で、朝は必ず納豆と決めています。もちろんルーファス様とひとつ屋根の下で暮らすことになったら、お召し上がりになってもらいます」

「納豆キライなんだけど……」

 リアルでイヤそうな顔をしてルーファスがつぶやいた。

 が~ん!

 セツショック!

「納豆を否定するのは、わたくしを否定するも同じ。しかし、納豆はわたくしのほんの一部でしかありません。ワコクにはまだまだ素晴らしいものがあります」

 気を取り直して、ビシッとバシッとルーファスを指差しセツが早口でしゃべる。

「王都アステアでも人気の和菓子店ももや本店はワコクにあります。たしかにここで食べる和菓子も美味ですが、本店で食べる和菓子の数々は此の世の至極ともいうべきもの。中でも本店でしか売っていない限定スイーツの本家特製ももどら焼きは、女子校生たちの間で大人気。ティーンエージャーの雑誌で何度も取り上げられるこれを食べなきゃスイーツ好きは語れない定番中の定番。食べてみたいとは思いませんか、ルーファス様ッ!!」

「ぜひ、食べたいですッ!」

 なぜかセツの気合いに押されて、ルーファスも熱がこもった返事をしてしまった。

「では、ぜひともワコクにお出でください」

 サラッとニコッとセツは言った。

「行……行かないよ!」

 サラッと乗せられて『行く』と言いそうになったがセーフ。

 王都のスイーツは食べ尽くしている隠れスイーツ男子のルーファスとして、心が揺さぶられるセツの話であったが、そんな甘い罠で結婚させられてはたまったもんじゃない。

 スイーツだけに甘い罠。

 ジト目で見ているローゼンクロイツ。こっちじゃない、あっちだ、セツのことをだ。

「ふ~ん(ふにふに)。で、ルーファスはおみやげを買ってちゃんと帰ってくるんだよね?(ふあふあ)」

「だから僕はワコクなんか行かないし、だからおみやげも無理だし」

「でも彼女はルーファスを絶対に連れて行くってオーラを発してるけどね(ふあふあ)」

 納豆が糸を引いた!

 その糸は切れない。ローゼンクロイツの魔力が込められ、妖糸[ようし]と化したのだ。これは構えの体勢であった。

 変化にセツも気づいていた。

「ルーファス様を守ろうというのですか、なぜ?」

 そうだ、ローゼンクロイツはルーファスを背にしている。

 ちょっぴりルーファス感動。

「さすがローゼンクロイツ。僕たちやっぱり友だちだよね、うんうん」

「道に迷って家に帰れないから、ルーファスに送ってもらわないと困る(ふにふに)。だからルーファスをワコクには行かせられない(ふあふあ)」

「……そうですよねー、友だちなら家まで送ってあげるの当然ですよねー、あはは(カーナビ体に埋め込め)」

 ルーファス空笑い。

 友情で助けてくれるのかと思ったら、道に迷って帰れないからカーナビをルーファスにやれってことだ。カレーのルー(甘口)を買ってこいというのよりはマシだが。

 真剣な眼差しでセツはローゼンクロイツの背に隠れるルーファスを見つめた。

「わたくしと来ませんか? ルーファス様の周りにはこんな方々ばかりです。わたくしならルーファス様に一生、身も心も尽くします」

 ちょっとローゼンクロイツの肩からルーファスが顔を出した。

「こんなって?」

「短い間ですが、ずっと見てきました。ルーファス様と取り巻く環境を――」

 つまりストーカーしてましたったことだ。

 セツは話を続ける。

「カーシャさんはあからさまにルーファス様を遊び道具としか見ておらず、いつも酷いことをしてきます。義理の姉のリファリスお姉様もルーファス様を家では召し使いのように顎で使っていますし」

「義理じゃないからね、そこ重要だからね」

「学園でルーファス様の話を聞くと、ドジ、マヌケ、へっぽこ、おまえの母ちゃんでべそ、とみな口々に言っていました」

「母はでべそじゃないから(本当は覚えてないけど)」

「ビビにだって、振り回されたり、たかられて驕らせたり、ルーファス様をいいように使ってるだけなのです」

 この話を聞いてルーファスは静かに瞳を閉じた。なにも言い返さない。

 そして、ローゼンクロイツは納豆に隠し持っていた七味唐辛子を振りかけた。

 思わずセツの気が削がれ、納豆七味唐辛子に視線が向いてしまった。

「納豆に七味なんて邪道です。香辛料はからしに決まっています!」

 七味を納豆に入れて食べるというのはけっこうある話だが、問題はその量だった。

 見る見るうちに七味唐辛子のビンが空になっていく。聳え立つ燃えるような赤い山。ひとビン丸々かけやがった。

「は、はくしゅん!(ふにゅ)」

 なんていか、つまりのところ、七味唐辛子が鼻にキタらしい。かけ過ぎなのだ。

 ぴょんとローゼンクロイツの頭から飛び出たネコ耳。いつものパターンである。そして、本日のビックリどっきり魔法は――。

 ローゼンクロイツの身体から、花粉が吹雪くように飛び出したねこしゃんたち!

 縦横無尽に暴れ回り、街中がパニックに陥る。

 ねこしゃん大行進だ!

 そんな中、ルーファスはとっくに逃げていた。ローゼンクロイツがくしゃみをしたら逃げる。もはや脊髄反射的な行動である。が、ルーファスは長年の付き合いなのにたびたび逃げ遅れて巻き込まれたりする。

 今回は運良く逃げられたルーファスだったが、その要因が大事件だった。

 なんとなぜかルーファスは白馬にまたがっていたのだ。

「ぎゃああああっ、だれかとめて! うわぁっ、ごめんなさあい道を開けてください!!」

 暴れ馬再び。

 ルーファスはロデオマシーンに乗った勢いで、振り落とされまいと滝汗を流して必死だ。ダイエットに効果的だねっ♪

 なんてお茶目に言える状況ではなかった。

 ハッキリ言って、振り落とされたら大ケガ間違いなし!

「とまっててばばばば!」

 夢中のルーファスは無意識のうちに馬の胴体をバシンと平手打ちした。

 ヒヒーン!

 暴れ馬がいなないた次の瞬間、なんと馬に白鳥の翼が生えたではないかっ!?

「ペ……ペガサス!?」

 イエス、ペガサス!!

 翼をはためかせ、天に舞い上がるペガサス。

 あっという間に、ルーファスの視界から見る地面のようすは、人影だが米粒くらいになっていた。

 今落ちたら死亡だねっ♪

「だめだって、高いの苦手なんだよ!(去年の校外学習で塔の上からカーシャに突き落とされそうになってからトラウマなんだ)」

 こんな状況のときに限って、ヤル気を出しちゃうペガサス。宙返りをしてグルンとキメやがった。アクロバットなファンタジーだ――ルーファスが。

 だって、この馬手綱もないんだぜッ!

 なかなか落ちないルーファス。

(空飛ぶ魔法空飛ぶ魔法!)

 空を飛ぶ魔法はいくつかあるが、ルーファスの属性である風を使う魔法での飛行は、かなりコントロールが難しくバランスを崩しやすい。こんな恐怖に彩られた真っ青な顔をしたルーファスの精神状態ではムリだ。てか、通常時でもルーファスは空を飛べない。

 2回転、3回転、4回転、高速5回転宙返り!

「うぇぇぇぇっ」

 吐き気を催した瞬間、思わず抱きついていた馬の首から手を離してしまった。

 慌ててたてがみを掴むが、暴れ馬は痛みでさらに大暴れ。首を縦横無尽に振り回し、反動でルーファスはついに振り落とされてしまった。

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ~~~」

 ルーファスの声が落ちて小さくなっていく。

 さよならルーファス。

 地面に向かって死のダーイビング!

 ――じゃない!?

「水っ!?」

 ルーファスの瞳に映る水。それは海のように大きいが違う。大河だ、王都アステアを流れるシーマス運河だった。

 これで助かるかもっていう甘い考えはルーファスにはなかった。案外、ここまで危機的状況だとスッと冷静だった。

「(この高さと速度で水に衝突したら……)」

 速度と重量があればあるほど、ぶつかった衝撃は大きくなる。つまり、見た目は水でも、ぶつかったときの硬度は石ってことだ。

「なんか魔法を!」

 この危機を脱する魔法はいくらでもあるだろう。が、冷静っぽく見えてもやっぱり焦って脳は必要以上に高速回転で情報が取り出せない。脳が回るたびに、びゅんびゅん情報が飛んで行ってしまってる状況だ。

 もうダメだ!

 ルーファスは水面まで顔を出していたお魚さんと目が合った。

 ぶつかる!!


 風が吹く。

 まるでその風は羽布団のように、ルーファスをふわっと乗せ、宙に浮かばせたまま、一隻の小舟まで運んだ。

 手こぎボートの上に仁王立ちして鉄扇を構えているセツ。その鉄扇が起こした風であることは言うまでもない。

 風から落ちたルーファスをセツがポトンとお姫様抱っこで受け止めた。女の子なのに以外というか、やっぱり力持ち。キレたときのセツを考えると、その腕力もあってもおかしくないとうなずける。

「お帰りなさいませルーファス様」

 ニコッと笑顔。

「た、ただいま(助かったのはいいけど、また振り出しに戻る)」

 ルーファスは苦笑した。

 見つめ合う2人。

 このときの心を覗いてみよう。

「(嗚呼、ルーファス様)」

 それしか頭にないセツ。

「(早く降ろしてくれないかな?)」

 という目をしているルーファス。

 掛け違う2人の視線だが、結果として見つめ合う状況になっている。

 しばらくその状態が続き、やっとルーファスが口を開く。

「降ろしてくれないかな?」

「わたくしなら平気です」

「僕が平気じゃないから、早く降ろして」

「どうしてもですか?」

「どうしてもお願いします」

「そんな瞳で見つめられたら断れないではありませんか」

 べつにどーって目をしているわけではなかった。ただただルーファスは降ろして欲しいだけだ。

 仕方なくセツはルーファスを降ろした。小舟が少し揺れる。

 大河の真上に浮かぶ一隻の小舟で二人っきり。

 逃げようと思えば泳いで――

「(いけないよね)」

 と、ルーファスは溜め息を吐いた。ちなみにルーファスは泳ぎが得意ではない。この王都アステアは海には面していないが、大河あるので幼いころから泳いで遊んで育つので、住民の多くは泳げる。

 河の流れに沿っていくと、このまま飛空場に辿り着きそうだ。

 不安を覚えながらルーファスはセツに横目をやった。和服のところどころが破れていることに気づく。煤や灰などの汚れも目立っていた。

「大丈夫?(あのあとローゼンクロイツに巻き込まれて大変だったんだろうな)」

「なにがでしょうか?」

「服が……あっ、手見せて!」

 ルーファスはセツの手を取った。その手の甲についた軽い火傷の痕。

「ご心配はなさらずに!」

 慌てて身を引いたせいで、セツは足下のバランスを崩して、よろめいて小舟から落ちそうになってしまった。

 すかさずルーファスは手を伸ばした。セツも手を伸ばす。目を丸くして見つめ合うふたり。互いの指先が触れ合った。

 まるで時間が止まったような感覚。

 そして――。

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