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第17話「目覚めのキスは新たな予感(2)」

 巨大なマジックハンドは街中でかなり目立つ。しかも、そこにひとが握られている。

「あのぉ、降ろしてくれないかな?」

「逃げないと約束して、ワコクに同行してくださるなら」

 というルーファスとセツの会話。ほぼ同じような内容ですでに10回ほどやり取りをしていた。

「トイレ行きたいから降ろしてくれないかな?」

「我慢してください」

「どこまで?」

「ワコクまで」

「それはさすがに無理です」

 今のところ逃げ出すチャンスはなさそうだ。

 ルーファスは話題を変えることにした。

「ところでどうやってワコクまで行く気?」

「この都には空港があったはずです」

 三大魔導大国の首都である王都アステアは、都市としての発展もめざましく、多くの公共施設のインフラも進んでいる。

 交通面での整備は、王都の西を流れる大運河シーマスにある港から船が出ており、都市の東西南北と中心にあるアンダル広場の5ヶ所に駅があり、これから向かおうとしているアステア国際空港は第2東地区という運河の向こう側にある。

 現在位置から空港まではかなり遠い。

「走っていくには遠いよ?」

「道をよく知りませんから、馬車を拾おうと思います」

「今すぐじゃなくて、旅行の準備とかしたりして、あしたとかじゃダメかな?」

「時間がありません」

 もうセツの気持ちは頑なだ。

 今は他人の気持ちなど考えない。ルーファスの気持ちすら今はいい。今は自分の気持ちのまま行動する。

「(わたくしは母上のように後悔しない)」

 母?

 セツの母に過去になにかあったのか?

 どうやらセツを突き動かしているのは、ルーファスへの想いだけではなさそうだ。

「セツが本気なのはわかるけど、私よりもいいひと見つかると思うんだよね。自分で言うのもなんだけど、そこら中にいると思うんだ」

「ルーファス様はわたくしが自分で決めたひとです」

「次に決めたひとが見つかると思うよ」

「次という選択肢がなかったらどうします?」

「それは困るなぁ」

「わたくしはルーファス様を強引にでも連れて逃げることにしました」

「でもさ、今回の場合は次があると思うよ。絶対、必ず(たぶん)」

「今はルーファス様のことをお慕い申し上げております。それがすべてです」

 今はそれがすべて。今はセツの気持ちが変わることはないだろう。なにか切っ掛けがなければ、もしくは刻が過ぎ去らなければ、ひとの気持ちは変わらない。

 恋は盲目!

 次の恋を考えているようなら、もうすでにその恋は終わっているのだ。

 逃亡を続けていると、セツたちの前に人影が立ちはだかった。

「ストォーップ!!」

 ビビではない。

 スーパーの袋を片手に持った巨乳の女。残念ながら人妻主婦ではない。カーシャだった。

 思わず足を止めてしまったセツ。

「いきなり大声で驚いてしまったではありませんか」

「どういう状況なのだ?」

 変な物を見るような目つきで、カーシャはマジックハンドと捕まってるナマモノを確認した。明らかに変だ。

 自力で逃げ出せないルーファスの頼りはカーシャしかいない。

「(素直に助けてくれるかな?)」

 頼るには不安いっぱいだった。

 ルーファスは不安を抱えながらも、助けを求めることにした。

「じつはさ、セツが私と結婚するためにワコクに連れて行こうとしてるんだ。だから助けてよカーシャ」

「嫌だ」

 即答。

「そんなこと言わないでよぉ、カーシャぁ(ぐすん)」

「(嫌だと思ってなくても言いたくなってしまう妾の悪いクセ……ふふ)条件によっては助けてやらんこともないが(どうせヒマだし遊んでやるか)」

「どんな条件?」

「ここにカレーの材料がある。が、うっかりルーを買うのを忘れてしまった。甘口のルーを買ってウチに届けてくれたら、そのあとで助けてやろう」

 ……あと?

「今捕まってるんだけど?」

「見ればわかる」

 平然とカーシャはルーファスの問いに答えた。

 助ける気ナッシング!

「行きましょう、ルーファス様」

 時間の無駄をしたと言わんばかりの溜め息を漏らしてセツが歩き出す。

「まてぇい!」

 ヒマ人カーシャ立ちはだかる。

 しかしセツシカト!

 スタスタとセツはカーシャの横を通り過ぎようとした。

「だからまてぇい! っと言っておろうが!」

 右手にニンジン、左手にはタマネギを構えて立ちはだかるカーシャ。明らかな不審者だポーズだ。

 こんな不審者とお友だちだと思われるとアレなので、さらにセツの足は速まってこの場から立ち去ろうとした。

 しかし、逃げようとする相手を逃がすハズがないのだ。そういうひねくれ者のカーシャなのだ。

「ライララライラ、大地の加護を受けしお野菜さんたちよ以下略、精霊ドリアードとか力を貸したまえ以下略!」

 呪文詠唱がかなりテキトーだった。通常ならこんないい加減な詩で魔導が発動するはずがない。だが、そこはいにしえの魔女カーシャだった。

 ニンジンとタマネギがカーシャの手を離れ巨大化し、なんと手と足がニョキニョキっと生えてきたではないか!?

「ふふふっ、ニンジンさんとタマネギさんから逃げ切れるか?」

 もはや勝ちを確信して不敵に笑うカーシャ。

 背丈は大人と同じくらい。ニンジンさんとタマネギさんにセツは挟み撃ちされてしまった。

 セツは眉をひそめてよろめいた。

「うっ……わたくしが大のタマネギ嫌いだと知ってのことですか!」

「(知らん)ふふっ、敵の弱点を突くのは兵法の基本中の基本!」

 知らないのかよっ!

 相変わらず今日のカーシャさんはテキトーである。

 しかし、たまたまタマネギが弱点というのは、セツにとってピンチである。

 そして、マジックハンドに捕まっている上空のルーファスもゲンナリしていた。

「ニンジン苦手なんだけど」

 ルーファスはニンジン嫌いだった!

 …………で?

 たしかに嫌いな食べ物に追い詰められたセツ&ルーファスペアだが、嫌いな食べ物が巨大化して目の前に立ちはだかってるからって、食べなきゃいけないわけでもなし、だからどうしたっていう状況である。冷静に考えれば。てゆーか、野菜さんたちはどの程度の戦力なのだろうか?

 カーシャがビシッとバシッとセツを指差した。

「ゆけっ、ジアリルスルフィドアタック!」

 タマネギさんがセツにビュッと液体を飛ばした。

 素早くそれを交わしたセツ。が、液体はすぐに気化して、猛烈な目の痛みでセツは目元を押さえてしまった。

 ジアリルスルフィドとはつまり硫化アリルのことである。だからその硫化アリルってなんじゃって話になるのだが、つまりタマネギを切ると目に染みる成分である。この成分は加熱すると甘みに変わり、カレーを美味しくしてくれたりするのだ。

 目つぶし攻撃を受けたセツは前が見えずに逃げることもできない!

 カーシャが笑う。

「ふふふっ、思い知ったかジアリル以下略攻撃を!」

 そーゆーカーシャも目元を押さえてフラフラしていた。すっげーダメ攻撃だ。

 このタマネギガスは、さらになんちゃってテロ攻撃として広がろうとしていた。

 辺りを歩いていた人々が目元を押さえながら次々と倒れていく。それを見た人々は悲鳴をあげたりして、さらにパニックは広がる。

「テロだ!」

 誰かが叫んだことでさらに辺りは混乱状態が激化してしまった。

 さらに最悪なことに、ジアリルスルフィドは可燃性があり、引火点が46度だったりする。気温が46度まで上がるなんてことは、アステア市中ではありえないことだが、たとえばちょっとした摩擦熱とか――。

 巨大なボディのタマネギさんが放出した液体は、放水したように道路に水溜まりを描いた。ちょうどそこへブレーキをかけた自転車がやってきて、車輪が水溜まりに突っ込んで炎上。

 火花が飛び散って、瞬く間に次々と炎上していった。

「(今夜はカレーじゃなくてバーベキューだな、ふふ)」

 なんてカーシャさんは呑気なことを考えてる場合ではない。もうけっこう大惨事である。

 だが、この程度の炎など、氷の魔導に長けたカーシャにかかれば、ちょちょいのちょいだ。

 しかし、セツのほうが迅速に動いていた。

「(芭蕉扇でひと扇ぎすれば)烈風!」

 大きく扇がれた鉄扇から凄まじい風が放たれ、炎を一瞬にして掻き消してしまった。

 人々から歓声が上がる。セツに浴びせられる讃辞の声。人だかりがセツを取り囲んで褒め称えたのだった。

 照れ笑いを浮かべるセツ。

「いえいえ、当然のことをしたまでです」

 なんて対応をしながら、セツはふと気づく。

「あれ?」

 マジックハンドの先にルーファスがいない。

「逃げとるやないけ!」

 ゴリラフェイスで怒鳴り散らしたセツの周りから、サーッと観衆が引いていく。

 周りから人がいなくなり、カーシャの姿も消えていた。とっくにカーシャも逃げていた。残されたのは焼けたタマネギとニンジン。

 このあと、タマネギとニンジンは地域住民が美味しくいただきました。食べ物を粗末にしちゃダメ!


 セツの隙を見て逃げ出していたルーファスは、とにかく東に逃げていた。東には空港がある。つまり逆を突いたルーファスなりの作戦だった。

 しかし、魚屋さんの曲がったところで、セツが立ちはだかったのだ!

「お待ちしておりました、ルーファス様」

 待っていた?

「(完璧な作戦だと思ったのに)どうしてここに?」

 とルーファスが尋ねると、セツはニッコリ笑って受信機を取り出した。

「発信器を頼りに」

 ちょーストーカーッ!

 慌ててルーファスは体中を手探りで発信器を探したが、まったくもって見つからない。

「いったいどこに……?」

「メイドインワコクの発信器は針の先ほどしかありません。肉眼で見つけるのは不可能だと思います」

「見えなくても、体になんかついてると思うと気になるよ」

「では、わかりました。ワコクに来てくださると約束して――」

「イヤです」

 先読みして即答。

「まだ最後まで言ってませんが?」

「約束したら発信器を外してくれるんでしょう?」

「いえ、結婚式を挙げましょうと言おうとしたのです」

「そっちの話っ!?(発信器の話はいつの間にか終了?)」

 セツビジョンは広がり続ける。

「急な式なので、親族のみのこぢんまりしたものでよいと思います。しかし、式はワコクの伝統に則って神前式でお願いします」

「いやいやいやいや、式とか挙げないから」

「新婚旅行は海が綺麗な南アトラス大陸のメスト地方で、美味しい海鮮料理を食べて、夜は浜辺で星を眺めながら、君のほうが綺麗だよ……なんて言われてしもうたら、ウチ、もぉ……」

「(言わないよ、絶対)」

 頬を赤くしてモジモジするセツを冷めた表情でジトっと見つめるルーファス。

 さてと、セツが妄想に浸っている間にルーファスは、そぉ~っと逃げようとした。

「そういうわけでルーファス様!」

 と思ったら、いきなり話しかけられた。

「うわっ、現実に帰還した!」

 叫びながら後退って、つまずいたルーファスは尻餅をついてしまった。

 ルーファスが立ち上がる前に、セツがジリジリと距離を詰めてくる。

「この方法だけは使いたくなかったのですが……」

「強硬手段なら拉致の時点でそーとーだと思うけど、それ以上のこと?」

「じつは……」

「じつは……?」

「爆弾型発信器をルーファス様の体に埋め込んだのです!!」

「エエェーーーッ!?」

 ルーファスの叫びに周りの通行人たちが反応して、こっちのほうを見はじめた。

 震える腕を掲げるセツの手には受信機型送信機。

 発信器とか、受信機とか、送信機とか、なにがなんだか混沌としてきた。とにかく重要なのは、ルーファスの体に爆弾が埋め込まれているということだ。

「ぼ、僕の体に爆弾だって!?」

「はい、この起爆スイッチを押せば、ポンとなります」

「……ポン?」

「はい、ポンです」

「(なんかポンってあんまり爆発力強そうじゃないけど、体の中っていうし、もしも爆発したら絶対に痛いよ、ヤダよ)」

 ポンの擬音では威力がイマイチわからないが、爆弾は爆弾である。

 そんな爆弾発言を聞いた通行人たちのひとりが叫ぶ。

「爆弾テロだ!」

 いきないこんな発言を聞いても、多くの人はなんのこっちゃとポカ~ンとしてしまうが、次に叫び声があがった瞬間、辺りは一気に騒然となった。

「きゃーっ!」

「助けてーっ!」

 叫んだの女性だ。甲高い叫び声というのは、恐怖心を煽るには最適だ。叫びが風に乗ると同時に、恐怖も伝播していった。

 そして、爆弾騒ぎの伝言ゲームは巡り廻ってこうなった。

「あのひと痴漢よーっ!」

 中年オバサンが叫びながら指を差したのは、もちろん我らがルーファス!

「え……僕?」

 伝言ゲームとはかくも怖ろしいものだ。どこでどう間違って爆弾テロが痴漢になったのか?

 とにかく痴漢犯にされたルーファスへの視線は冷たい。マゾには堪らないほどの尖った氷のような女たちの視線が浴びせられる。

 そして、女の敵となった副賞と男の敵にも認定された。被害者が若い娘とならば、なおさら男どもは張り切る。良いとこ見せたがりの精神だ。

 とにかく逃げようとするルーファス。それを追おうとする被害者セツ。

「あのひとを捕まえてください!」

 この発言が一連の勘違いに拍車を掛けた。

 ギラついた眼をした猛者どもがルーファスを追っかけてきた。

 ダッシュしながら後ろを確認するルーファス。

「ぎゃーっ!(なにあの先頭走ってるひとっ!?)」

 先頭グループから抜きん出て痴漢を追っているのは魚屋のオヤジだった。

 しかも裸にエプロン!

 オヤジは裸にエプロンと聞いて、かなりエグイものを想像した諸君もいるかもしれないが、そこまでひどいものではない。

 小麦色に焼けた筋肉モリモリの上半身が油でベトベトに輝いていて、首からかけるタイプのビニール製の前掛けをしてるってだけだ。裸なのは上半身なだけで、下半身はちゃんと赤ふんを装着しているのでなんら問題はない。手にはモリを持っているような気もするが、アレはモリではないので大丈夫、どう見てもモリではなく魚類だ。魚屋が魚を持っていてもなんら問題はない。

 魚屋のオヤジが魚を投げた!

 まるでそれはヤリのようにルーファスの脚に刺さりそうになった。

 ルーファスジャーンプ!

 ヤリ……じゃなかった、魚はルーファスの股の間の法衣を裾を貫通して穴を開けた。

 冷や汗を流すルーファス。

「(食べたら美味しいのに、刺さったら死ぬ)」

 ルーファスを仕留め損なった魚は、尖った口を地面に突き立てて刺さったままだった。

 じつはこの魚、王都アステアの東を流れるシーマス大運河で捕れるウナギなのだ。死後硬直が早く、その硬さは軍神ノーマスの拳ほどもあると云われ、つまりちょー硬いということである。これらのことから槍鰻[ジャベリンイール]と呼ばれ、250年以上前のアステア革命時には、物資不足の民衆たちがこのウナギを武器にしたなんて逸話も残っている。

 魚屋のオヤジが装備していたジャベリンイールは、もう一匹手元に残っていた。

「そりゃ、よっと!」

 かけ声と共にジャベリンイールが投げられた。

 が、滑って手から抜けた!

 この槍の難点は、ぶっちゃけウナギなので、ヌルヌルして投げるのに適さないってことだ。

 ほっと溜め息を吐いてルーファス命拾い。

 だが、ほっとしたのも束の間、まだルーファスは絶賛追われてる真っ最中。

 しかも、なんだか追っ手の群衆たちが騒がしい。

「馬だ、暴れ馬だ!」

 ……は?

 暴れ馬ですと?

 そして、振り返ったルーファスが眼にしたものとは!?

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