第16話「伝説のドラゴンスレイヤー(4)」
ルーファスが辺りを見回す。
「ハガネスは?」
いた!
遠くで5人の敵に囲まれている。
即席チームによる連携攻撃。腕試し、名声、予選突破、さまさまな思惑を胸に秘めながら5人が襲い掛かってくる。
魔弾を撃つバズーカ砲での遠距離攻撃。
「あんな武器もアリなの!?」
と、ルーファスが遠目からツッコミを入れている間に、ハガネスは砲撃をかわしていた。魔弾が地面に開けた穴は人が潜れるほどだ。1発でもくらったらアウトだろう。
ハガネスが逃げた先には鞭使いの鞭が放たれていた。
「くっ!」
声を漏らしたハガネス。足が鞭に取られた。転倒する!
片手の剣は絶対に手放せない。ハガネスは地面についた片手で全体重を支えた。そこで支えて留まっただけではない、地面を押し上げてバネのようにすぐさま立ち上がった。すぐに敵が仕掛けてくる。
背後からは短剣二刀流、左右からは棒術使いと剣士が攻めてきた。
ハガネスの長剣が円を斬る。
剣士が飛び退いた。
短剣二刀流が高くジャンプした。
最後の棒術使いがハガネスの剣を受け止めた。
止めと言わんばかり短剣二刀流がハガネスの頭上に降りてくる。
剣士も体勢を立て直し、鞭使いは隙を狙い、バズーカは遠くからいつでも標的を狙っている。
発射!
魔弾が短剣二刀流を吹っ飛ばした。
即席チームの仲間割れか?
違う、バスーカを放った男は地面に倒れていた。
額の汗を拭ったルーファス。
「ふぅ、当たってよかった(しかも、ついでにもうひとりもやっつけられたミラクル)」
今日は絶好調のルーファスがバズーカ男も狙撃したのだ。
ビビとセツも動いていた。鞭使いをフルボッコ。二人かがりでブッ倒していた。
バズーカ男も鞭使いもハガネスとの戦いに集中していて、隙を突いてうまく倒すことができた。かなり運がよかったと言える。
ハガネスの相手は2人。
棒術使いに突きをお見舞いして、剣士には長剣の柄の底で突き飛ばした。
突きを喰らった二人はかなりの距離を飛ばされ、剣士のほうが闘技場の壁に打ち付けられた。
棒術使いは軽装だったため、一撃でノックアウトされたが、剣士は軽鎧で守られたのか剣を構え直してハガネスに挑んできた。
「ウォォォォォォォォン!」
まるで猛獣のような雄叫び。
剣士は一撃を振り下ろした!
紙一重でかわしたハガネスだったが、その顔に土塊が飛んでくる。さらに足をなにかに取られた。地面が割れている、亀裂の走った地面に足を取られたのだ。
人間のパワーを越えている剣士の攻撃力。武器が成せる業か、それとも……。
急に剣士がうずくまった。
「ウググ……」
不気味な呻き声。
様子がおかしいのは明らかだ。
予選のようすを特別展望席から観戦していたクラウスの元へ、警備兵が飛んできた。
「大変です! 防御結界が停止しています、さらに警護に当たっていた者が数名行方不明に!」
「まずは予選の一時中断のアナウンスを! それから消えた者たちの捜索、怪しい人物も見つけ出せ!」
クラウスはすぐさま命令を下した。
会場に流れるアナウンス。
《防御結界に不具合が発生したため、予選を一時中断します。参加者は速やかに武器を下ろし戦闘を中止してください》
ルーファスはほっと胸をなで下ろした。
「よかった(このまま大会そのものが中止になっちゃわないかな)」
混乱を避けるために、観客や参加者に危機は知らせなかった。ルーファスも軽い気持ちで休憩モードに入ろうとしていた。観客たちも頭から水をかけられたようにシラけてしまった。
しかし、それは超巨大モニターに映し出された。
大きく宙を舞って飛ばされるハガネスの姿。金属の鎧ごとを抉った傷から血の珠が飛び散っている。
観客席で若い女が悲鳴をあげた。
闘技場に君臨した巨大な影。
ルーファスは目を丸くして尻餅をついた。
「……ど、どどど、ドラゴンだ!」
コロシアムに響き渡る地竜の咆哮!
咆哮だけで地竜は地面に亀裂を走らせた。
ドラゴンと一口に言っても各の違いがある。最高峰は〈精霊竜〉と呼ばれる他の生物を凌駕する力と知識を兼ね備えた神に等しきドラゴンたち。それに続くのがマスタードラゴンたち。さらにそこからA級、B級、C級と続き、ワニに毛が生えたようなドラゴンがE級にランクされる。
「ハガネス! その程度でくたばってもらっては困る。貴様はもっと苦しみながら死ななければならんのだ!」
地竜が人語を発した。それなりの知能も持っている証拠だ。さきほど見せつけた咆哮で大地を割る力、全長は軽く12メティート(約14.4メートル)以上はありそうな巨大、それらを考慮して少なくともB級以上のドラゴンだ。
参加者たち、観客席にいたクラウス魔導学院の教員たち、多くの者が戦闘体勢に入っていた。
地竜は自分を狙う者たちを見回した。
「無駄な血を流すつもりはない。俺はハガネスだけに用がある。それでも俺に手を出すというのなら、俺もただでは済まんが、貴様らに出るであろう死傷者を想像してみろ!」
たったひとりの犠牲で話は済む。下手なマネをして犠牲者を増やす必要があるだろうか?
果たしてひとの命は計ることができないのか?
逃げ出す観客たち。いつでも戦える構えをしていた魔導学院の教員たちも生徒の避難を優先させた。
そんな中、残る者もいる。
倒れているハガネスの前にビビが立って地竜と対峙した。
「友達をこれ以上傷つけたら許さないんだから!」
その後ろから屈強な戦士たちがぞくぞくと現れた。
「こんなちっこい嬢ちゃんにカッコいいとこ持って行かせるわけにはいかんだろ」
「ドラゴンと一度戦ってみたかったんだ」
「止めを刺せば名を上げられる」
「こんなおもしろいことを前にして逃げ出せるか、ふつー」
「ドラゴンハントの基本は連携だが、これでは何人死人が出る事やら」
総勢20名はいるだろう。参加者たちも各々の思いでドラゴンに戦いを挑む気だ。
倒れていたハガネスがゆっくりと立ち上がった。
「俺一人でやる」
周りがざわついた。
伝説のドラゴンスレイヤー。話には聞いていても、すべてを鵜呑みにはしてなかったのだろう。それが『俺一人でやる』と宣言した瞬間、本物かもしれないという衝撃が走ったのだ。
「〈地鳴りの大狼〉の御手並拝見だな。その背中の大剣、抜いて見せてくれるんだろ?」
「おいおい、楽しみを独り占めなんてずるいぞ、俺にも戦わせろ」
「ドラゴンさんもハガネスをご指名してんだ。1対1の決闘に横やりなんて野暮だぜ」
口々に戦士たちはしゃべりながら、結局はハガネスひとりに任せ見守った。
ハガネスは重症を負っている。地竜の一撃は鋼鉄の鎧を穿つほどの威力。その攻撃もおろらくは手加減している。地竜はハガネスが苦しみながら死ぬことを望んでいるからだ。
長剣を構えるハガネスを見て地竜はあざ笑った。
「宝剣ヴァルバッサブレードを抜かないのか? 貴様にその資格などあるはずもないがな」
地竜はハガネスの背で沈黙を続ける大剣についてなにか知っている。
「俺になんの恨みがある?」
ハガネスは尋ねた。だが、おそらく気づいている。
「この姿を見てもわからぬのか? ヴァルバッサの名を出してもわからぬのか? この竜殺しの略奪者めっ!」
「いや、一目でわかっていた。老竜ヴァルバッサの面影がある。ヴァルバッサを殺したのを俺だ、しかしそれには訳が……」
「聞く耳など持たぬ!」
地竜は毒液を口からまき散らした。
すぐに飛び退いたハガネス。その目の前で炎の柱が上がった。毒液が気化して火がついたのだ。
気がつけば辺りは火の海だ。
地竜の狙いはハガネスだ。だが、周りが巻き添えを食うのは時間の問題。決着を早急につけなくては!
爆風を起こしたセツの鉄扇が炎を掻き消す。
その風は追い風となるか?
ハガネスは長剣で地竜に斬りかかる。巨大な地竜を前にしては、長剣など縫い針に過ぎない。さらに地竜の皮膚はまるで硬い装甲に守られるように、針の一本も通さぬのだ。
長剣では歯が立たない!
剣が刺さるとすれば、眼や口腔などだろうが、易々とそれを許すとは思えない。
地竜の長い尻尾が鞭のようにしなった。
まるでそれは自分の皮膚に止まった蚊を叩くように、長い尾はハガネスを叩きつけた。
「ぐっ!」
金属の鎧が変形した。ハガネスは体に食い込む鎧をすぐさま脱ぎ捨てた。これで身を守る物はない。次は確実に死ぬ。
見守る戦士たちがざわめき立つ。
――なぜ、背中の大剣を抜かない?
ハガネスはルーファスに語った。抜けないのだと。
地面に血が落ちる。
鎧を脱ごうが脱がまいが、どちらにせよハガネスは長くない。
セツが鉄扇を構えた。
「もう見ていられません!」
地竜に向かっていこうとするセツをルーファスが止める。
「待って無謀だよ!」
「それはわかっています。しかし、目の前でひとが死ぬのを黙って見ていろというのですか!」
「…………(僕だって!)」
しかし、あまりにも無謀な戦いなのだ。
それでもセツはルーファスの制止を振り切って地竜に挑み掛かった。
「愚かな」
地竜は蔑むような瞳でセツを見下し、鋭い爪を振り下ろした。
眼を見開くセツ――避けられない!
ズォォォォォン!!
巨大な手が大地を割った。
次の瞬間だった!
轟音と共に爆発が巻き起こり地竜が煙の中に消えた。
客席に並ぶ魔法連隊。王宮の魔導士たちだ。
セツは!?
「ありがとうございました」
無事だった。
セツを抱きかかえているのはクラウス。
「ひとりのために、多くの者が命を賭ける……人間なんてそんなものさ。観客の避難はすでに済んだ、残った者は覚悟がある者だけだろう(王宮の兵も志願者のみだ)。思う存分、戦えばいい。僕は僕の意思で守りたいものを守る」
戦乱が幕を開けた。
飛び交う魔法。
刃が風を斬る。
人々の懸命な攻撃も地竜にはかすり傷程度だった。
圧倒的なドラゴンの力の前に、戦士たちがひとり、またひとりと倒れていく。
世界が揺れた。
地竜の咆哮。
毒液がまき散らかされ、大地に亀裂が走る。
叫び声がそこら中からあがった。
攻撃などしていられない。守りに徹するだけで人々は精一杯だ。
「ああっ!」
叫んだルーファス。亀裂に落ちた!
伸びる手。
「つかまれ!」
男の叫び。ハガネスだ。
がっしりとつかまれた互いの手。ハガネスがルーファスを亀裂から引き上げている最中だった。
――ルーファスの顔に血の珠が落ちた。
二人の体が浮いた。地竜に噛み付かれたハガネスが持ち上げられたのだ。
ハガネスに噛み付きながら首を振る地竜。ルーファスの体も大きく振られ、今手を離せば大きく飛ばされ地面に叩きつけられる。
「ハガネス! 離して、すぐに離すんだ!」
振り子となったルーファスの比重が加わり、ハガネスの体に牙が食い込んでいく。じわじわと、じわじわと……。
地竜の眼が笑った。
あっさりと地竜はハガネスから口を離した。
大きく放り出される二人の体は、地面に激しく叩きつけられた。
ルーファスは無傷だった。
だが、ハガネスは……。
「ハガネス! ハガネス! 僕のことなんかかばわなくても! 生きてるんだろ、返事してよ!」
ぐったりとして動かないハガネス。
ルーファスの目つきが変わった。絶望と憎しみを宿した鋭い眼。
「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」
形振り構わずルーファスが地竜に飛び掛かった。
あまりにも無力。
あまりにも虚しい。
あまりにも呆気なくルーファスの体を叩き飛ばした巨大な爪。
「ルーちゃん!」&「ルーファス様!」
二人の声は絶叫だった。
ハガネスの真横に落ちたルーファスは、眼を開けたまま動かない。傷はハガネスよりも深い。死はすぐそこに迫っていた。
「俺は……俺は……お前のことを守りたかった……なのに、なのに……うおぉぉぉぉっ!!」
怒りに我を忘れたハガネスは無意識のうちに背中の大剣に手を伸ばしていた。
伝説の宝剣ヴァルバッサブレードが――抜かれた。
世界を覆い尽くす暗い雲。
雷鳴と共に大地が泣き叫んだ。
コロシアムの壁にも次々とひびが走る。
高く舞い上がったハガネスが、大きく振り上げた大剣を地竜の眉間に叩き落とす刹那!
「待て!」
覆面剣士がハガネスの地竜の間に入った。
そして……。
目を開けたルーファス。
次の瞬間、セツが抱きついて来て二人はベッドの上で大きく跳ねた。
「ルーファス様!」
「いたたたた……ちょっと離れてよ」
さらにビビまで抱きついてきた。
「ルーちゃん!」
「ビビまで……なに、どうしたの!?」
状況が把握できなかった。
多く並べられているベッド。病院とは少し違うらしい。横になっているのは、ほとんど屈強な男たちだ。
「コロシアムの医務室です」
と、セツが説明した。
ルーファスの脳裏に気を失う寸前のことが、叩きつけられるように思い出された。
「そうだ、ドラゴンは? ハガネスは大丈夫なの!」
心配で胸がはち切れんばかりのルーファ。
顔を向けられたビビは顔を下に向け、つぶやくように静かに言う。
「……ハガネスは……逃げた」
「は?」
唖然とするルーファス。
「どういうこと?」
と、ルーファスはセツにも顔を向けたが、
「わたくしはよく知らないんです」
逃げたとはいったい?
ビビが悪戯そうな笑みを浮かべ、ルーファスにそっと耳打ちをする。
「本人の意思に反して伝説がまた増えちゃって、居づらくなったからこの地を離れるって。ルーちゃんによろしくって言ってたよ」
「伝説って?」
ビビはルーファスの耳から離れた。
「ついにあの大剣を抜いたんだよ。それからなにがあったのか、なんかみんなよくわからないんだけど、とにかくすごい光に包まれた、気づいたらドラゴンもいなくなってて」
「……どーゆーこと?」
「だからさっぱり」
「そういえば、僕のケガは?」
「それもさっぱりなぜだか」
そして、全部ハガネスに押しつけられた。
すべてハガネスのお陰だと。
雪の積もる霊山。
グラーシュ山脈の山頂に地竜はいた。
「なぜ邪魔をした?」
その横には覆面剣士の姿。
「この国の守護者ですもの、当然よっ」
女のような声。いや、女と言うより……。
覆面剣士の体が光に包まれ、姿が徐々に変化していく。
白銀の美しい毛に包まれた霊竜ヴァッファート。
「それに無駄な血は流すことはない……あのとき、触れてみてわかったでしょう?」
「愚かな過ちを犯した、今ではそう思っている。あの剣には祖父の魂が宿っていた、封印から解放された剣がすべてを教えてくれた」
地竜の額には大きな傷痕があった。すでに治っているが、痕は残りそうだ。
ヴァッファートは教師のようにうなずいた。
「わかればよろしい。ならアンタの隠してる財宝の一部を渡しなさぁい!」
「なぜだ?」
「アンタが起こした顛末の損害賠償に決まってるじゃなぁ~い!」
「人間っぱいな……あんた」
「国の守護者である前に人間が好きなの」
2匹のドラゴンは気配を感じて振り返った。
唖然とする男の姿。
「……貴様は!」
叫んだのはハガネスだった。
神々しいまでに凜としたヴァッファート。
「人間よ、慌てるな。まずは客人としてそちに茶でも振る舞おう」
「あァ?」
あまりの事にハガネスは呆然とした。
地竜にも今や殺気の欠片もない。ハガネスと見つめる瞳に鋭さはなく、どこか呆れているようにも見える。
「あんた方向音痴か?」
そんな質問をされるなんてハガネスは思いもしなかった。
雪が溶けそうなほど、なごやかな笑い声が響き渡った。
戦いを終えた男たちは、酒を酌み交わして友となる。
……ヴァッファートはオカマだが。
おしまい
カーシャさん日記
「ぼろ負け」997/10/10(アンダイン)
へっぽこのせいでだいぶ負けた。
とんだ番狂わせだ。
来年は自分が出場して自分に賭けてやる。
腹が立ったのでルーファスの家に忍び込み、ネットブラウザのブックマークを全部消去してやった。