第16話「伝説のドラゴンスレイヤー(1)」
10月の守護神は鍛冶の神であるゾギア。
そして、10月10日の今日は鍛冶の日である。
王都アステアでは今日の日にちなんで、武術大会が行われる。古くからある大会で、軟派なアステア王国には珍しい血なまぐさい大会だ。
「こういう大会苦手なんだけど……もう吐きそう」
ぼやいたルーファス。
5万人を収容できるコロシアムは熱気で溢れている。多くは野郎客だが、女性の客も多くいる。とは言っても、万人に受けるような場所ではない。
なぜこんな場所にルーファスが来ているかというと――。
カーシャがめんどくさそうに、生徒たちの前に立った。
「これから1時間は自由行動だ。今になって大会にエントリーしたい者はこの間に済ませておくように、ほかの者は試合がはじまる前に席に戻ってこい。以上、解散」
クラウス魔導学院の社会科見学で来たのだ。
「ねぇ、ルーちゃんは出場しないの?」
と、ビビがなんの疑問もない表情でたずねてきた。
「するわけないじゃないか! これがもし魔導大会でも絶対にしないよ(痛いのイヤだし)」
「だったらアタシ出ちゃおうかなぁ」
「危ないよ絶対!」
「だいじょぶだよ、アタシどっちかっていうと魔導より武術のほうが得意だし、武器はなんでもいいんでしょ?」
「剣術、槍術、弓術、棒術、魔法を唱えたりはダメだけど、魔導技術の使われてる武器と防具とかはオッケーだったかな」
「んじゃ、アタシのはオッケーだね!」
いきなりビビは亜空間から大鎌を取り出した。
ビュン!
ルーファスの眼前で刃が風を切った。
「うわっ! ひとの多いとこで危ないから!」
「あ、ごめん」
すぐにビビは大鎌を亜空間にしまった。
たしかにビビは大鎌使いではあるが、観客の収容規模からもわかるように、とっても大きな大会である。獅子の群れの中に子猫を放つようなもの。取って食われる程度で済めばいいほうだろう。
二人が話していると、クラウスがやって来た。
「ビビちゃんも参加するのかな?」
「やっほークラウス。楽しそうだし、危険はないんでしょ?」
「最高峰の防御結界と、防御魔法が出場者にはかけられてるとはいえ、強い攻撃を受ければ衝撃と反動は計り知れないな。僕の代になってからは死亡者は出ていないけれど、それでも毎回重傷者は多数出ているし、ビビちゃんみたいなかわいい子には進められないね」
「えっ、そんな怖い大会だったの!? 会場の外に屋台もいっぱいあったし、お祭り感覚だと思った」
お祭り感覚であることには違いないが、盆踊り大会の雰囲気ではない。
ルーファスは心配そうな顔をクラウスに向けた。
「今回も出るの?」
「ああ、もちろん。王としてではなく、ひとりの剣士として。去年は1回戦からまさかヴェガ将軍と当たるなんて、しかもボロ負けで大けがまで……(あのお陰で前の大会での八百長疑惑は晴らされたけど、王としての威厳は下がったな)」
ひとりの剣士として出場したくても、そこにはどうしても王という肩書きが付きまとってしまうのだ。
周りにいた人々の動きと声が止まった。
燦然と輝く白銀の鎧。太陽のように輝くブロンドヘアの女騎士。人々の視線からも今大会の注目度がわかる。
「第1予選の準備と開会宣言の準備がありますので、お戻りください」
その女騎士が仕えるのはクラウス。魔導騎士エルザ、クラウスの側近中の側近であり、クラウス魔導学院の卒業生でもある。つまりルーファスたちの先輩だ。
エルザが話しかけたことによって、クラウスも注目されはじめた。
「不味いな、バレたかな。それでは僕は失礼するよ。ビビちゃん、僕の応援頼むよ」
足早にクラウスがエルザと共に去っていく。
「任せといて♪」
ビビはクラウスの背に投げかけた。
《あと30分で当日参加の受付を終了したします》
会場にアナウンスが流れたが、ほとんど人々の大波のような声に掻き消されてしまっている。
「ルーファス様ーっ!」
荒波を越えて少女が駆け寄ってくる。
嫌そうな顔をするルーファス。
「……げっ」
それとは対照的なニコニコ笑顔のビビちゃん。
「セッたん、こんちわわー!」
「おはよう……ビビ」
ビビの顔をあまり見ないようにセツはあいさつを返した。少し頬が桜色だ。
二人ののようすを見てルーファスは、
「(相変わらず仲悪いみたい)」
きのうのビビとセツの温泉秘境大冒険を知らないルーファスは、そんな風にセツの態度を見たようだ。
気を取り直したセツが元のテンションに戻る。
「ルーファス様、大変です!」
「(セツが現れるといつも大変なんだけど)どうしたの?」
「この大会の優勝賞品は純正ホワイトムーンのトロフィーです!」
「……へぇ(まさか出場するとか、出場しろとか言わないよね?)」
「いっしょに出場しましょう!」
予想的中!
「うん、出ないよ♪」
ルーファス笑顔で即答。
ビビが獅子の群れに子猫なら、ルーファスはネズミだ。
ならばセツは?
「いいえ、絶対に出場します。予選はバトルロイヤルですから、二人で出場したほうが有利です。愛の力でがんばりましょう!」
ヘビだ。しつこいの代名詞のヘビ。そして、ヘビに睨まれたカエルのように、ルーファスは強硬なセツに対抗できない。あ、ルーファスはネズミだった。どちらにせよ、ネズミだろうがヘビにかかれば、丸呑みだ。
「アタシも出るー!」
ビビちゃんが挙手した。ヤル気満々だ。
バトルロイヤルとは、3人以上が同じ舞台で戦い乱れる勝ち残り戦だ。出場者同士が強力し合うことも可能なため、セツはルーファスと出場しようとした。ここにビビが加われば、さらに強力して戦うことも可能だ。
が、セツはほそ~い目でビビを見つめた。
「足手まといになります」
「ならないよっ!」
すぐにビビが食い付き、ルーファスがコソッとパクッとする。
「それを言うなら僕のほうが足手まといになると思うけど」
「ルーファス様はわたくしがお守りいたしますから心配なさらずに!」
ソレッテ足手マトイナンジャ?
万が一、バトルロイヤルの予選を通貨できたとしても、その先には本戦がある。
ルーファスの顔は心配一色。
「予選は毎年運良く勝ち残っちゃう人がいるみたいだけど、本戦は1対1。実力がなきゃ1回戦で負けるに決まってるよ。この大会は規模も大きくて、国内外から実力者が出場してし、当日に参加受付をした出場者は、多く戦わなきゃいけないんだ」
勝ち残る可能性は低くなるばかり。
なにか良い手はないものか?
……と考えるのはセツだけ。ルーファスは出場したくないし、ビビはノリでなにも考えていない。
「優勝候補はどなたかわかりますか?」
と、セツ。
「前大会はだれが優勝したんだっけ?」
と、ルーファス。
「アタシに聞かれてもわからないよぉ」
と、最後に顔を向けられたのはビビが答えた。
近くにいる男たちの声が漏れ聞こえてきた。
「A組予選はゼッケン86は本命だろうな」
「俺は11番の子に2000ラウル賭けたぜ」
「おまえ顔で選んだろ。これ美女大会じゃなくて武術大会だぞ」
賭の対象になっているのだ。
ルーファスは観客席に来る前に通った広場のことを思い出した。
「そうだ、この大会は運営本部が公式で賭をやってるんだ。優勝候補は一目でわかると思うよ」
3人は賭けが行われている広場に向かうことにした。
お目当ての優勝の賭は、1回目の締め切りが予選A組と同時に行われる。まだ1つも予選が行われていないため、参加者全員が賭の対象となる。ただし、最終予選は当日参加組なので、まだ参加受付の最中ということもあり、全参加者が出そろっているわけではない。当日参加組はリストに登録された者から順次、賭の対象となる。
広場に設置された超巨大ディスプレイに、現在の人気優勝候補者とオッズが表示されている。
ディスプレイに表示された6番目の名前をルーファスが指差した。
「エルザ先輩の名前だ(6番人気なんてさすがだなぁ)」
「知り合いですか?」
セツが尋ねた。
「あれ……さっきエルザが来たとき、いなかったんだっけ?」
「ああ、さっきすれ違いました。前にもお会いしたことある方ですね。ルーファス様のお知り合いなら話を付けやすいですが、6番人気では心許ない。手を組なら優勝できる方がいいのですが……」
「手を組むの?」
「わたくしたちだけでは予選は通過できても優勝は不可能でしょうから(最終的には優勝者にトロフィーを譲ってくれるように頼むつもりだけれど、優勝の証を簡単に手放してくれるかどうか)」
後ろにいた男たちの声が漏れ聞こえてきた。かなりのヒソヒソ話だ。
「なあ聞いたか、伝説の男が出場するって聞いたぞ」
「伝説の男ってだれだよ?」
「ドラゴンスレイヤーの〈地鳴りの大狼[たいろう]〉だよ、出場したら優勝間違いなしだろ」
「そりゃすげぇ、大剣[たいけん]1本で超巨大なドラゴンを殺したって男か。しかも1人で。竜塚[りゅうづか]があまりにデカイもんで、地図を書き換えた話だな」
「けどさっきっから名前探してるんだが、どこにも載ってないんだよ」
「ならガセだな。それにそんな男が出たら賭けにならないだろ」
二人の男が話していると、知り合いらしき男がやって来た。
「おいお前ら、マジでいたぞ。今酒場に行ってきたんだが、ありゃ間違いねえよ、絶対本人だ」
「落ち着けよ、だれがいたんだ?」
「〈地鳴りの大狼〉に決まってんだろ、周りにいたヤツらも絶対そうだってコソコソ話してたぞ」
話を聞いていたセツがルーファスの腕を引いた。
「行きましょう」
「どこへ?」
「いいから、早く。参加受付が終了してしまいます」
「げっ、やっぱり出場するんだ」
てっきり受付まで引きずられるものだと思っていたら、ルーファスが連れて来られたのは酒場だった。
コロシアム内にある酒場。ここにいるのは観客がその大半だが、戦闘前に酒を煽っている出場者も少なくない。
盛り上がりを見せる店内だが、店の奥――角の席だけ空気が違った。人が寄りつかない。大剣を背負った黒髪の若い男がひとりで飲み物を飲んでいた。
「あの方だと思います」
セツが言って、気負いすることなく男に近づいていく。
ルーファスが前に立ちふさがる。
「まずいって、声かけない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、近づいただけで斬られそうだし」
「近づいただけで人を斬っていたら、今ごろ全世界で指名手配されていると思います。話をして、手を組んで欲しいと頼むだけですから」
「ダメだって、なんかあの人一匹狼っぽいし、手とか組んでくれないって」
二人があれこれ言っているうちに、ビビの姿が消えていた。
「どもども~、アタシビビっていうのよろしくねっ♪」
もう声かけとるーっ!
すでにビビは二人を放置して男に声をかけていた。
男は一瞬だけビビに目をやったが、すぐに視線を戻して無視を決め込んだ。話したくもないようだ。
「ねぇねぇ、その剣一本でちょ~でっかいドラゴン倒したってホント? 魔法も使わずに、生身の人間が剣一本で? アタシこう見えてもちょ~カワイイ悪魔なんだけど、人間って魔族とかに比べたらちょ~脆弱じゃん? なのにドラゴンに勝っちゃうなんてすごくない?」
一方的にしゃべりまくったビビちゃん。
しかし、男はシカト。
そこへセツが遅れてきた。
「あなたが〈地鳴りの大狼〉でしょうか? そうならば、ぜひ力をお貸しいただきたいのですが?」
男がセツに顔を向けた。
「たしかに……〈地鳴り大狼〉と人は呼ぶ。わかっているなら声をかけるな」
鋭い眼だ。男は鋭く荒んだ眼でセツを睨んだ。
睨むのならばセツも負けていない。
「用件だけでも聞いてくださいませんか?」
口調は丁寧だが、声に凄みがきいている。
男はセツから視線を外し、
「名前は?」
と飲み物を口に運んだ。
「セツ・ヤクシニと申します」
「用件だけ聞こう。俺の名前はハガネス」
セツは柔和な顔をして、ルーファスはほっとした。
ビビはちょっぴり膨れ顔。
「(アタシのなにが悪かったのかなぁ?)」
態度。
受け付け終了まで時間がない。さっそくセツは本題から切り出すことにした。
「この大会の優勝トロフィーを必要としています。地位や名誉が欲しいと言っているのではありません、トロフィーの素材であるホワイトムーンが必要なんです」
「ホワイトムーンならべつのところで買えばいいだろ」
「街で探しましたが、ホワイトムーンが不足しているらしく、わたくしの求めている良質な物となると見つかりません。長い時間をかければ手に入るかもしれませんが、あまり時間がないもので、ぜひあのトロフィーが欲しいのです」
「それで俺に何の用だ?」
「あなたに優勝してもらってトロフィーを譲って欲しいのです。もちろんそれなりの報酬は払います」
「……大会には出ない」
「は?」
と最後につぶやいたのはルーファスだった。
参加名簿に名前がなかったのは、大会に出場しないからだ。
セツも少し驚いたようだ。
「大会の出場するためにここにいるのでは?」
「その……つもりだったが、俺のレベルには合わないようだ」
強烈な酒の臭いがした。
酔った男がこちらに近づいてくる。腰には剣を差している。
「ひっく……おい、〈地鳴りの大狼〉さんよぉ……うっぷ。アステア武闘大会といやぁ、世界から腕自慢が集まる名高い大会だぜぇ? それをよぉ、レベルが合わないだと何様だ……ひっく、参加もしねぇで優勝気取りかぁ、おい?」
酔って絡んできた男。ハガネスは顔すら合わせない。その態度がさらに男を怒らせた。
「おい、剣を抜け……ここでおれと勝負だ、これでもおれはちょっとは知られた剣士だ。ボンジョボン様と言えばわかるだろ、おれがそのボンジョボンだー!」
ビビはルーファスと顔を合わせた。
「ルーちゃん知ってる?」
「さあ、聞いた事ないけど。セツは?」
「わたくしも存じ上げません。少なくともわたくしの故郷まで名前は届いていませんが」
3人とも知らなかった。
周りでこの騒ぎを見ている客たちも、顔を見合わせたり、ヒソヒソ話をしながら、疑問符を表情に浮かべている。
ボンジョボンの顔が酒で染まった以上に赤く燃え上がった。
「おれを知らないだと、さては田舎もんだな! 覚えておけ、〈赤っ鼻のボンジョボン〉とはおれのことだ。おれは強い強いんだぞ、よし剣を抜け、かかってこい、〈地鳴りの大狼〉さんよぉ、おまえの背中のでっけえ剣は飾りか?」
挑発されてもハガネスはシカトを決め込んだ。
ついにボンジョボンが剣を抜いた。
酒場での決闘がついにはじまるのかっ!?
「かかって来いってつってんだろ坊や!」
叫んだボンジョボン。
抜かれた剣が木のテーブルに叩きつけられ、真っ二つに切断された。乗っていたグラスが宙に跳ね上がり、中身がビビの顔に掛かった。
「きゃっ(……あ、アップルティー)」
ハガネスが飲んでいたのは酒ではなく、アップルティーだったのだ!
というのは置いといて、やむなく立ち上がったハガネスは、荒んだ鋭い眼でボンジョボンを似た見つけた。
「…………」
だが、なにも言わない。
「なんか言ったらどうだ、やり返してこねぇのかおい!」
ボンジョボンは切っ先をハガネスに向けながら挑発してくる。
調子にノっているボンジョボンは、さらになにをしてくるかわからない。
「マズイよこれ、どうにかしなきゃ」
ルーファスは不安顔でつぶやいた。
しかし、
「ケンカを売られたのはわたくしたちではありませんし」
と、あっさり言い放つセツ。
「(雇い主として彼の実力も見ておく必要があります)」
セツはそういうことを考えていた。
動向を見守る二人――を見て、ビビは前へ出た。
「よぉ~し、ここはアタシがガツンといっちゃうよぉ!」
なんだか張り切っちゃってるビビちゃん。
「待ちなさい」
セツが腕を伸ばしてビビの行く手を遮った。
ボンジョボンがハガネスに斬りかかった!
ついにハガネスが背中の大剣を抜くかッ!?
すってんころりーん!
「ふげぼっ!」
奇声をあげたボンジョボンが床に落ちていたグラス(テーブルを叩き割ったときに落ちた物)を踏んでコケた(自業自得)。
うつ伏せで大の字になったボンジョボンは動かない。
遠くから声が聞こえてくる。
「おまえたちなにをやってる! 会場でのケンカは御法度だぞ、大会出場者なら即出場停止に処分にしてやる!」
どうやら大会関係者か警備の者だろう。
いち早く動いたのはセツ。ルーファスの腕を引いた。
「逃げましょう!(ここで捕まったら大会に)」
スタコラサッサと〝4人〟は逃げた。