第15話「白い月が微笑むとき(4)」
ザッバーン!
いきなりの着水。
魔導衣が海水を吸いこんで、いきなり溺れかかるルーファス。
「ぶへっ……うっぷ……死ぬ……」
必死に藻掻いてルーファスは海に浮かぶ人工の浮島に這い上がった。
海藻まみれなりながらルーファスが顔を上げると、そこにはスリットから覗く生足が!
「そのまま覗いたら、わかってるなルーファス?」
カーシャが冷たい視線でルーファスを見下していた。
「わかってます、絶対にパンツなんか見ません!」
「はっきり言うな、はっきり!」
カーシャキック!
ルーファスの顔面にカーシャの蹴りが入り、再びルーファスは海の藻屑に。
「ルーちゃんのことは忘れないから! ぐすん」
大粒の涙を流してビビが迫真の演技。
そして、ビビは一瞬にしてケロッとした顔になった。
「カーシャさんどうするの?」
「浮きに立てられた旗の目印に従うなら、ここをまっすぐだが」
カーシャは何もない海を指差した。いや、よく見ると遠くに陸地っぽいものがある。そこまでの間は海があるだけ。
真剣な目をして海を眺めるカーシャが、いきなり噴いた。
「ぶふぉっ!」
遅れて海を上がってきたセツを見て。
「酷い目に遭ってしまいました。海水を吸ってしまって、これでは機動力に問題が……あっ、あなたたち」
顔を向けられたカーシャとビビは瞬時に目を反らせた。
瞳は静かなのに、口元が引き攣るカーシャ。
「(ぷぷっ……こいつ自分で気づいてないのか?)」
ビビは腹痛を起こしたように腹を押さえてうずくまった。
「(なんで顔黄色いの!?)あはっ(だめっ、笑っちゃう)ぷっ」
周りの変な空気を察してセツは不機嫌そうな顔をした。
「どうしたのですか、お二人とも?」
カーシャは真顔だが口元を引き攣らせながら、ビシッと手のひらをセツに向けた。
「いや、なんでもない!(ぷっ)」
それにビビも続く。
「あはは……なんでも……なはっ……ないから!(ウケる!)」
海に蹴落とされたルーファスも再び浮島に戻ってきた。
セツがルーファスに駆け寄る。
「大丈夫ですかルーファス様!」
「だ、だいじょうぶですよセツさん」
平静を装い何故か敬語のルーファス。もちろん顔は伏せてセツは見ない。
が、見てはイケナイもの系のモノは、見たくなってしまうのが心情。
ルーファスはチラッとセツを見た。
「ぶはははははっ!」
抱腹絶倒。
ルーファスは膝から崩れ落ち、床を叩いて涙を流した。
黄色かったセツの顔が、まだら模様になっていた。
どうやら水性だったらしい。
ビビは持っていたハンカチを顔を見ずにセツに差し出す。
「どんまい♪」
「はい? なんですかこのハンカチは?」
「気にしないで受け取って、ぷっ」
女の友情さ!
カーシャは何事もないように、セツの存在はなかったことにしたようだ。
「さて、では先に進むとしよう」
絶対にセツのほうをチラリとも見ない。
そして、カーシャは構えた。
辺りの気温が下がり、カーシャの周りにマナフレアが浮かんだ。
ルーファスがいち早く危険を感知した。
「伏せて!」
だが、ビビとセツは反応できなかった。
「メギ・フリーズ!」
カーシャが海に指先を浸けた瞬間、そこは氷河時代になった。
瞬く間に凍り付く海。
波がその形を残したまま、飛び跳ねた魚が氷の彫刻と化し、浮島からその先に見える目的地まで、約500メートルの歩道ができた。
セツはカーシャの実力を目の当たりにして感嘆を漏らさずにはいられない。
「すごい……これが魔導の最高峰、クラウス魔導学院の教師の実力」
「妾はその中でもさらに特別……ぷっ」
一瞬、カーシャはセツの顔を見てしまって、すぐに顔を氷の道に戻した。
「行くぞ!」
何事もなかったようにカーシャは優雅足取りで氷の道を歩き出す。
すぐにビビが着いていく。
「カーシャさんってやっぱすご~い」
「当たり前だ(まあ、実際はこの空間が魔導でつくられた人工空間ということもあって、普段よりも魔力を集めやすいというのもあるがな。そのことはこいつらには教えてやらんが)」
先に進むカーシャたちに遅れて、セツもルーファスを引っ張って進もうとする。
「わたくしたちも参りましょう!」
「……う、うん」
ルーファスはセツの顔を見ない。
「(ルーファス様が冷たい。先ほどからわたくしの顔をまったく見てくれない。まさかルーファス様……)浮気ですか!」
「は?」
よくわからないが飛躍しすぎだ。
「わたくし以外の女に目移りしているのですね、そうなのですね!」
「はぁ?」
「でもいいのです。たとえそうだとしても、そんなことではくじけたりしませんから」
「はぁ(独りで妄想して突っ走りし過ぎだよ)」
「さあ、このバージンロードを進めば、その先に待っているのは結婚!」
「はぁ!?」
話についていけないルーファスをセツが強引に引っ張って走り出す!
力強く地面を蹴るセツ。
ピキッ。
バキッ!
なにか不穏な音が聞こえた。
ルーファスが振り返る。
「ぎゃーっ、氷が割れてる!」
氷が割れて後ろから海が迫ってくる。
立ち止まったカーシャ。その横をセツに引っ張られながらルーファスが通り過ぎる。
ビビがカーシャの腕をつかんだ。
「早く逃げないと!」
「マギ・エアプッレシャー!」
カーシャが圧縮した空気をルーファスの背中に放った。
「ぎゃああああ!」
ぶっ飛ぶルーファス。
セツは慌ててルーファスにしがみついた。
「嗚呼、ルーファス様」
空かさずカーシャはさらに魔法を放つ。
「エナジーチェーン!」
手から放たれた鎖がルーファスの足に絡みついた。
カーシャの足下が海に沈む。
同時にカーシャは宙に浮いていた。
ルーファスをハンマー投げにして目的地まで引っ張らせようとしたのだ。
慌ててビビはカーシャに抱きついた。
「ううっ(おっぱいデカイ)」
ビビ涙目。
放物線を描いていたルーファスは浮島に落下。
「ぐへっ!」
この場合、海に落下したほうがマシだった。
そして、ルーファスの上に腰掛けるセツ。
「ルーファス様、身をていしてわたくしを庇ってくれたのですね」
本人がそう思ってるなら、それでいいと思います!
負傷したルーファス放置で、カーシャ&ビビペアはサイコロを振って先に進んでしまった。
「ルーファス様、わたくしたちも急ぎましょう!(優勝して賞品さえ手に入れてしまえば、カーシャになにを言われようと、渡さなければいい話)」
セツがサイコロを振る。
――8!
コマを進めたルーファスとセツ。
マップを確認すると、そこはクイズのマスになっていた。
気づけば解答席に立たされ、手元には押しボタン。そして、頭には謎のシルクハットが被されていた。
ボタンがあれば押したくなる!
ルーファスは取りあえずボタンを押した。
ポン♪
シルクハットからパーの形をした札が飛び出した。回答者を現す挙手マークだろう。
ブッブーッ!
明かな不正解の音。
どこからともなく声が聞こえてくる。
《不正解です。原点1マス》
いきなりの原点!
慌てるルーファス。
「間違い、今の間違いだから! それにクイズはまだはじまってないし!」
《それではルールを説明します》
ルーファスを無視して天の声がルール説明を続ける。
《これから3問が出題されます。1問正解するごとに、次に振るダイスに1マスプラスされます。逆に不正解をしてしまうと、1マスマイナスになります。それでは第1問!》
「ちょっ!」
ルーファスが口を挟むがクイズは止まらない。
《1+1=》
ポン!
ルーファスがボタンを押した。
「2!」
《――ですが、アステア王国の現国王の名前をフルネームで答えなさい》
ルーファスが身を乗り出す!
「引っかけ!? しかも、前振りぜんぜん関係ないって!」
ブッブーッ!
《不正解です。原点1マス。計2マス原点です》
1問目にして2点マイナス。残るは2問。
セツは冷静な顔をしている。
「ルーファス様、落ち着いてください。2問正解すれば差し引きゼロです」
天の声はクイズを続ける。
《第2問! 1+1=2ですが、トビリアーノ国立美術館にこの秋やってくる『素っ転んだ貴婦人』の作者は?》
ポン!
思わずルーファスはボタンを押してしまった。
「知るか! なにその変な題名、間違ってボタン押しちゃったじゃないか!」
ピンポーン!
《正解です。加点1マス。計1マス原点です》
まさかの正解。
きょとんとするルーファス。
「どうして正解?」
「あの有名な絵画『素っ転んだ貴婦人』の作者はシルカです。さすがルーファス様!」
「あ……あぁ(なんかバカにされてる気がする)」
そして、ついに最終問題!
《第3問! 1+1=2ですが》
そーですね!
《秋の大還元祭実施中のトリプルスターの提供でお送りします》
コマーシャル!?
《トリプルスターのトップダンサーの名前は――アイーシャですが、彼女の好物と言えば?》
カチ、カチ、カチ、カチ……時計の刻む音がする。
セツがルーファスを顔を見つめる。
「わかりますかルーファス様?」
「あんなお店行ったことないしわからないよ」
「あんなとは?」
「過激な衣装を着た女の人たちのダンスを見ながらお酒を飲むお店とか聞いたけど」
「まあルーファス様、ふしだらですわ」
「だから行ったことないから!」
カチ、カチ、カチ……。
二人が話している間にも時間が過ぎる。
《あと10秒で爆発します》
天の声を聞き流したルーファスとセツ。
《あと5秒で爆発します》
天の声をわざと聞き流したルーファスとセツ。
《3、2、1――うっそでーす》
「ウソかよっ!」
思わずルーファスがツッコミを入れた。
《ウソです。制限時間はありませんし、そんなルールはありませんが、ヒマだったので》
ルーファスが尋ねる。
「もしかして、天の声さんって中の人がいるの?」
《はい、日当2000ラウルのバイトです》
王都アステアの物価では、2000ラウルあればうめぇ棒が1000本買える。
ピンポンパンポ~ン♪
違う天の声が聞こえてきた。
《ゼッケン26が1位通過しました》
……え?
一瞬の思考停止状態に陥ったセツはすぐに復帰。
「優勝を逃したらホワイトムーンが手に入らないではないですか!」
「まあ、そういうことになるよね。天の声さん、リタイアってできないの?」
《空間の構成上、基本的にリタイアはできません。ゴールしていただくか、ふりだしに戻っていただくか、レースの終了時間まで待っていただくか、とマニュアルには書いてあります》
この空間に新たな訪問者が現れた。
「終了など待っていられるか」
冷気をまとったカーシャ。傍らにいるビビは青い顔をして瀕死状態だ。
《新たな解答者がこの空間を訪れたので、追加ルールを説明します》
「ルールは壊すためにある(ふふっ、デストロイヤー)」
カーシャが構えた。周りに発生するマナフレア。
次になにが起こるのかは予想できる。
解答席にルーファスは身を隠した。
冷たい瞳。
「マギ・アイスニードル!」
鋭い氷柱が目に見えない壁に当たった。
空間に蜘蛛の巣のようなヒビが走る。
ガラスが木端微塵に吹き飛ぶように、世界が――魔法で構築された空間が崩壊する。
原色が渦を巻く世界。
眩暈[めまい]がする。
アメーバのようなモノが7つの眼を光らせ、吸盤のような牙を剥く。
ねじれた顔のカーシャが叫ぶ。
「○×□□△▽×××!」
聞こえるのは奇怪な音。
吸いこまれる。
スパゲティほどしかない穴に、ルーファスたちは吸いこまれた。
そして――。
ドス!
地上に落下した4人。
サンドイッチ状に重なった一番下はもちろんルーファス。一番上には堂々と立つカーシャの姿があった。
「……ううっ……重い」
「ふむ、どうにか亜空間から抜け出せな」
冷静なカーシャ。
立ち上がったセツは憤怒しながらカーシャに掴みかかった。
「あなた自分のやったことがわかっいるのですか! 一歩間違えたら死んでるところですよ!」
「死ぬくらいならいいがな、ふふっ」
妖しくカーシャは笑った。
で、ここはいったいどこ?
大きめの表彰台の上。
ルーファスは赤と青の双子と目が合った。
「「オマエら、優勝はオレたちだぞ!」」
見事なユニゾン。
優勝?
ということは、オル&ロスがレースの勝者ということか?
たしかゼッケン26が1位だったはず。
セツが声を上げる。
「あの赤髪が持っているのは優勝賞品のペンダントです!」
ゼッケンの番号も26だった。
そうとわかれば、カーシャが動く。
「そのペンダントは妾の物だ、返してもらうぞ」
オル&ロスが顔を見合わせる。
「あんなこと言ってるぜ、どうするロス?」
「これはオレたちのもんだぜ、正当防衛ってことでやっちまおうぜオル!」
オル&ロスは左右に分かれて、カーシャに殴りかかってきた。
マナフレアがカーシャの周りに集まる。
目を剥くオル&ロス。
「市街での攻撃魔法は原則禁止だろうがッ!」
「やっぱイカれてやがるぜこのセンコー!」
カーシャが微笑む。
「手加減はしてやる、ウォータ!」
水の塊がオル&ロスを呑み込む。
呼吸が出来ない!
青い魔導士ロスが水を操る。
「ごぼっ(クソ)ごぼぼっ(ババア)!」
二人を呑み込んでいた水が渦を巻いて、ヘビのようになりカーシャに襲い掛かった!
「フリーズ!」
水のヘビは一瞬にして氷の彫刻に。
体を濡らしていたオル&ロスの体も表面が凍り付いてしまった。
赤い魔導士オルが魔力を溜める。
「よくもやりやがったな!」
蒸気が立ちこめる。
魔力を熱エネルギーに変換して、体表面の氷を溶かす。
「これでは前が見えんな、トルネード!」
カーシャは風を操り竜巻を発生させて蒸気を舞い上がらせた。
舞い上がったのは蒸気だけではない。オル&ロスも天高く舞い上がった。
そして、空からルーファスの足下に何かが降ってきた。
それを拾い上げたルーファス。
「これって……」
セツが顔を寄せてきた。
「優勝賞品のペンダントです! この騒ぎに乗じて持ち逃げしてしまいましょう」
「そんなの泥棒じゃないか、ダメだよ」
「卒業試験が済んだら返しますので問題ありません。少し借りるだけですから」
「それでもダメな気がするんだけど……」
「ここでカーシャさんの手に渡っていいと思うのですか? わたくしたちはこのペンダントを一時的に保護するのです」
「まあ、そう……なの?(カーシャが手に入れたら、妾の物は妾の物だし。僕たちが借りれば、ちゃんとオル&ロスに返してあげられるしなぁ)」
「そうと決まれば退散です!」
「決まってはないから」
決まってなくてもルーファスに主導権はない。
セツに引きずられて一目散にこの場をあとにしたルーファスだった。
良質なホワイトムーンを手に入れて、ニコニコ顔のセツ。お祝いと称してルーファスの家に上がり込んでキッチンを占拠、料理の下ごしらえをしていた。
「嗚呼、これが新婚というものなのですね(あ~ん、なんて言っちゃって、もぐもぐ美味しいよセツ。でもセツのほうが美味しいけどね、ガバッ、きゃあルーファス様ぁん……なんて)」
海コースでバージンロードも歩きましたからね。次は新婚生活になるのは当たり前。
美味しそうな匂いがリビングまで漂ってきた。
「僕も料理しないし、リファリス姉さんもダメだからなぁ。手料理とか久しぶりかもな」
なんだかルーファスもうれしそう。
そこに!
「へっぽこはいるかー!」
玄関をぶち破って目の座ったカーシャが乗り込んできた。
「ひっく……ううっ……飲み過ぎた」
少し赤ら顔のカーシャ。
足下がおぼつかないカーシャを慌ててルーファスが支えた。
「カーシャ大丈夫?」
「久しぶりに飲み過ぎた……体中が酒だ……ううっ、気持ち悪い」
「カーシャが酔うなんて珍しいんじゃない?」
「妾は酔っちゃいけないとでも……ひっく、ゆーのか!」
キッチンからセツがやって来た。
「お酒臭い。いい歳をした女がはしたない(しかもルーファス様にべたべたくっついて!)」
カーシャはルーファスの胸に顔を埋めた。
「ううっ……だって、だって妾の大事なペンダントが……絶賛行方不明中なのだ」
鼻をすする音。
まさかカーシャが泣いている!?
「うそぴょ~ん、泣いてないぴょ~ん」
酔っていた。
フラフラ歩いたカーシャはソファに大股を開いてドスンと腰掛けた。
「まあ聞け、あのペンダントはな……妾の思い出の品なのだ」
軽蔑の眼差しを向けていたセツが少し驚いた表情に変わった。
「(ただのジャイアニズムではなかったということ?)あれは本当にカーシャさんの所有物だったということですか、少なくとも過去に?」
「だ~か~ら~、妾の物だとさんざんゆーただろーがー。大事な物ではあったんだがな、かくかくしかじかで質屋に預けて置いたら、流れてしまって……そのまま売られて行方知れずに」
つまり借金が返せなかったからだと。
セツは溜息をついた。
「大事な物だというから、感動話にでも展開するのかと思いましたら、質屋にお金を貸して返せず大事な物を失うろくでもないひとの話ではありませんか。ただただ呆れるだけです」
セツはカーシャに近づいた。
「座るならしっかり座ってください、パンツ見えてますよ(ウサギ柄の)」
そう言いながらセツはカーシャの体を起こした。
ルーファスが目を丸くする。
その瞬間にルーファスは見逃さなかった。
セツがあのペンダントをカーシャのポケットに忍ばせたのを――。
何気ない顔をしてセツがキッチンに歩き出す。
「水持って来ます」
そのあとをルーファスが追った。
「セツ」
「なんですかルーファス様?」
ルーファスはカーシャをチラ見してから、声を潜めてセツに耳打ちする。
「いいの?」
「なにがですか?」
「ペンダント」
「見ていらっしゃったんですか。いいのですよ、ホワイトムーンは世界に1つではないのですから。だってあの方、普段はあんなにも深さ酒なさないんでしょう?」
「かなりお酒に強いひとだから」
「なら、どんな思い出なのか野暮なことは聞きません」
「でもさ、借りるって話だったのに、これじゃあマズイよ」
「もぉ、ルーファス様ったら野暮ですよ。あの双子にはお詫びの品でもわたくしのほうから匿名で送って起きますから心配なさらずに」
リビングのほうから叫び声が聞こえた。
「なぬーっ!?」
ルーファスとセツが振り返った。
もうペンダントを見つけたようだ。
「ナイス妾。いつの間にか小僧どもから奪い返していたのか……記憶にないが、ふふっ」
カーシャが笑った。
いつも妖しげな笑みしか浮かべないカーシャが、このときは冬から春が来たような微笑みを浮かべていた。
――ペンダントを眺めながら。
「へっぽこ祝い酒もってこ~い!」
やっぱりカーシャはカーシャだったりする。
おしまい
カーシャさん日記
「飲み過ぎた」997/10/08(ガイア)
ちょっとショックなことがあって飲み過ぎた。
そして、ちょっと嬉しいことがあって飲み過ぎた。
今日は昔話でもしたい気分だ。
いや、やめておこう。
奴との思い出は人に語ることでもあるまい。
それにして、どうしてポケットに入っておったのだ?
不思議なこともあるものだ。
やはり妾の日頃のおこないがいいからだろうな。