第15話「白い月が微笑むとき(3)」
息を切らせるルーファス。
結論から言うと黒子は見失ってしまった。
目立ちそうな黒子なのに、情報もプッツリ途切れてしまった。
まさかこの〝地上〟にいないのか?
それはさておき、別の話がルーファスの耳に飛び込んできた。
――空色ドレスの電波系魔導士が大暴れ。
どうやら現場はメルティラヴらしい。
ルーファスは急いでカフェに戻ることにした。
煙が立ち上っているが見えてきた。
人だかりから逃げるように這い出してきたユーリの姿。
その姿を見てルーファスは目を丸くした。
「どうしたのユーリその格好!?」
上着を包帯のようにグルグル巻いた斬新なスタイル。
「ローゼンクロイツ様の愛の鞭に巻き込まれて、服がボロボロになってしまったんです」
ということは、ユーリも現場に?
ビビやローゼンクロイツは?
辺りを見回すルーファスにユーリが気まずそうな顔を向けた。
「ルーファス……」
「なに?」
「……服を買うお金を貸してください(金は貸しても借りるながオーデンブルグ家の家訓なのに!)」
実は良家の出であるユーリ。人からお金を借りることはオーデンブルグ家の者として恥だった。
ルーファスは首を傾げる。
「はい?」
「アタシ、これしか服を持っていないんです(服がないと明日から生活できない)」
「えっ?(……だから毎日同じ服を着てたのか)」
そこに人混みから出てきたビビが割り込んできた。
「あたしの貸してあげるよぉ……あっ、でもユーリちゃんのほうがちょっぴり胸大きいかもあたしより」
ビビは自分の薄っぺらな胸とユーリの胸(偽造)を見比べた。
慌ててユーリは取り直す。
「だ、大丈夫ですよ、胸なんてどーとでもなりますから(元からないもんね!)。ビビちゃんに服を貸してもらえるなんて光栄です、返すときはリボンをつけて返しますね!」
「リボンはいらないけどぉ。返すのはいつでもいいよ♪」
「ありがとうございますぅ!(ビビちゃんの服……嗚呼、幸せ)」
絶対にユーリは貸してもらった服の匂いを嗅ぐ!
断言できる!!
そして、ビビはじと~っとした目で誰かさんに目をやった。
「ユーリちゃんもいろいろ苦労してるんだね、誰かさんのせいで(ルーちゃんのばーか)」
「……そうですね、私が全部悪いんですよね。僕がユーリを召喚したんだもんね、そうそう僕が悪いんだよ……どーせ僕には魔導の才能なんてないし、召喚術なんてした僕が悪いんだよね」
いじけたルーファスはしゃがみこんで、地面にらくがきを描きはじめた。
ビビが呆れたようにため息を吐いた。
「ルーちゃんはなにも悪くないから平気だよ、元気だして♪」
「嗚呼、生まれてきてごめんなさい。そんなこと言って生んでくれたお母さんごめんさい。もう僕なんか生きてる価値もないね……あは……あはは」
「ルーちゃんがあたしのこと召喚してくれたから、こうやって出逢えたんだよ。あたしはルーちゃんに逢えて本当に幸せなの……だから元気だして、ね?」
ルーファスを励ますビビの姿を見るユーリは不機嫌そうだ。
「別に落ち込んでるヤツなんか励ます必要なんてないんです。この世は強い者だけが生き残るんですから(アタシのビビちゃん激励されるなんて、人間の分際で)」
吐き捨てたユーリ。
その前に真剣な顔をして怒っているビビが立った。
「ユーリちゃんなんか大ッ嫌い!」
バシーン!
強烈なビビのビンタがユーリの頬を叩いた。
頬を押さえて呆然とするユーリ。
「(なんで?)」
そして、走り去っていくビビの後ろ姿。
しばらくして、時間差攻撃でユーリはショック!
「ビビちゃんにフラれたぁ~っ。服も貸してもらえな~い……絶望だ」
ユーリは両手両膝を地面に付いた。
横ではルーファスもへこんでいる。
その後、ルーファスの記憶は少し飛んでしまった。
鼻血を出して気絶しているルーファスをセツが抱きかかえた。
「ルーファス様! ルーファス様!」
「うう……ううっ(頭がクラクラする)」
「どうなされたのですかルーファス様!」
「あ~~~、セツ?」
「そうです、あなた様の妻になるセツでございます!」
「それは違うから!」
ちゃんとツッコミはできた。
ちょっとまだクラクラとしているルーファスだが、ツッコミができれば問題ないだろう。
「ルーファス様、どこの刺客にやられたのですか?」
「どこのって(てゆか刺客って)。記憶があんまりないんだけど……とにかく大丈夫だから」
「嗚呼、ルーファス様に万が一のことがあったら。わたくしもすぐに後を追う覚悟はできております」
「そんな重い覚悟しなくていいから(そんなプレッシャーかけられたら、それで死ぬし)」
セツの肩を借りてルーファスは立ち上がった。
ユーリの姿はない。
ビビもどこかに行ってしまった。
黒子はもう知らん。
で、なにしてたんだっけ?
「さっそくですがルーファス様」
「はい?」
「レースのエントリーしておきましたから」
「はい?」
「優勝賞品のペンダントが展示されていたのですが、あれこそわたくしの求める良質なホワイトムーンでした」
「はい」
そう言えばそんな話もあった。
ここでなぜか身悶えるセツ。
「あぁン!(けれど、ここでホワイトムーンが手には入ってしまったら、わたくしは故郷に帰らねばならない。そうなればルーファス様と遠距離恋愛に、身が裂かれる想い!)」
そもそも付き合ってません。
セツはテキパキと自分とルーファスにゼッケンをつけた。
「ペアルックですね!」
「こういうのはペアルックとは……」
「さあ、早くしないとレースがはじまってしまいます!」
「私はまだ出場するとは言ってないんだけど」
「でもルーファス様のお返事はわかっておりますから!」
プレッシャー。
ルーファスの周りには押しの強い友人知人が多いが、セツが現在ナンバーワンだろう。
そして、これまでナンバーワンに君臨していたのは――。
レースのスタート地点につくと、見覚えのある魔女がルーファスに近づいてきた。
「いいところで会ったなルーファス」
カーシャは不適な笑みを浮かべている。その横にはなぜかビビが?
きょとんとするルーファスにカーシャは勝手に話し出す。
「優勝賞品は妾の物。ルーファスの物は妾の物。わかっているだろうな?」
「は?」
それ以上ルーファスは声が出なかった。思考停止。
ルーファスを押しのけてセツが前へ出た。
「カーシャさん! なにをおっしゃているのですか、優勝賞品は勝者の物。つまりわたくしとルーファス様の物です。そして、あなた!」
セツはビシッとビビを指差して言葉を続ける。
「なぜここにいるんですかっ!」
「え~っとぉ。カーシャさんに無理矢理。このレースってペアじゃないと出場できないからって」
そういうことらしい。
ズン!
っとカーシャがセツの前に立ちはだかる。
「図々しいにもほどがあるぞ」
あんたの言うセリフか。
カーシャはさらに続ける。
「あのペンダントは妾の物なのだ。だれがなんと言おうと、それは変わることのない真理なのだ、アホめ」
今までならこんなカーシャに真っ正面から食ってかかる者はいなかった。
が――。
「アホはあなたです。正々堂々とわたくしとルーファス様は、優勝して商品をいただきます」
気温が1度下がった。
「ふふっ、小娘。わかっておらんようだな、あのペンダントは妾の物だと言っておろう。だれが優勝しようが、あれは妾の物なのだ」
「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの、みたいなガキ大将ですかあなたは」
「おまえもわからん奴だな。あれは昔からずっと妾の物なのだ、バカめ」
「今度はバカ呼ばわりですか?」
ヤバイ。
恐ろしい気配がバチバチと電気を帯びるように肌を刺す。
しかも、目にも見える形でマナフレアが発生している。
気づけばカーシャとセツを中心に逆ドーナッツ型に人々が遠ざかっている。
そして、輪の中心から逃げ遅れたルーファスとビビ。
このまま魔力の嵐に巻き込まれてしまう。
ルーファスが申し訳なさそうに手を上げた。
「あのぉ~、カーシャはどうしてあのペンダントが欲しいの?」
「欲しいのではない。あれは妾の物なのだ」
「そういう言い方をされるとそこで会話終了なんだけど。私たちは良質なホワイトムーンを探していて、あれがどうしても必用なんだよ」
「そういうことなら貸してやらんこともない」
この発言でセツの怒りは爆発寸前だ。しかし、ルーファスの前なので、抑えて抑えて顔の筋肉がプルプル震える。
「貸してやる……貸してやる……ですか?(あとで地獄見せたる、泣いたって叫んだってもう許るさんど!)」
「そうだ貸してやる。1日1000ラウルでいいぞ」
セツの我慢も限界だ。
「おんど――っ!?」
ゴリラ顔に変貌したセツが鉄扇を構えた瞬間、カーシャはしれっとルーファスの首根っこをつかんで盾にした。
きょとんとするルーファス。
引き攣った笑みのセツ。
バレてない!
どうやらルーファスはセツの本性には気づかなかったらしい。
完全にセツはカーシャに弱みを握られている。これではカーシャに勝つことができない。
カーシャは妖しく笑う。
「ふむ、一致団結して妾のために妾のペンダントを奪い返しに行くぞ!」
……しーん。
きょろきょろと周りを見回したビビは、笑顔をつくって拳を上げた。
「おーっ♪」
……しーん。
慌ててルーファスも拳をあげた。
「お、おーっ!」
……しーん。
3人を置いてスタスタと歩き出していたセツが振り返る。
「なにやってるんですか、あなたたちは。もうレースは開始してますよ」
……しーん。
気づけばスタート地点には4人しか残っていなかった。
レースに出場することになってしまったルーファス。
が、どんなレースなんだかさっぱりだった。
わかっていることは、優勝賞品がホワイトムーンのペンダント、2人1組のペア戦らしいこと。
セツは握っていた手のひらを広げ、そこに乗ったサイコロをルーファスに見せた。
「ルーファス様が振りますか?」
「はい?」
「レースはこのサイコロを振って進めていくそうです」
「ならべつに急がなくてもいいんだ」
人間すごろくということだろうか?
「いえ、急がなくては勝てません」
「はい?」
「すごろくに似ていますが、サイコロは競技者が順番に振るのではなく、止まったコマで出される問題や障害を乗り越えると再び振ることができるそうです。つまり早くクリアすればするほど、先に進めるそうです」
だったらこんなところでグズグズしていられない!
サイコロは8面体だ。8を出せば多く進める。だが、多く進めばいいというわけではないのが、すごろくだ。
セツは折りたたんでいた紙のマップを広げた。
「これがすごろくのマップです」
1コマ目、灼熱コース。
2コマ目、極寒コース。
3コマ目、クイズ。
4コマ目、ドクロマーク。
5コマ目、4コマ進む。
6コマ目、クイズ。
7コマ目、5コマ戻る。
8コマ目、海コース。
とりあえず1回目で行けるのはここまでだ。
気になるのは4コマ目のドクロマークだろう、なにかはわからないが、とりあえずそこには止まりたくない。
「ではルーファス様、4と7には止まらないようにお願いします」
と、セツはルーファスにサイコロを託した。
「僕が振るの!?」
「やはりここはルーファス様が振るのがよいかと。妻は3歩下がって夫についていくものですから」
「夫でも妻でもないけど、がんばって振りたいと思います」
サイコロを握り締めるルーファスに緊張が走る。
握った拳が汗ばむ。
「ルーファス様、早くしてください。もうわたくしたちだけですよ?」
「え?」
周りを見回すと、スタート地点にはルーファスとセツだけ。
が、突然スタート地点に人が降って湧いた。
赤と青の双子の魔導士。
赤髪のオル悔しそうに地面を蹴飛ばす。
「んだよスタートに戻るって!」
「自分でサイコロ振ったんだろ、今度はオレが振るぜ……って、へっぽこ!」
青髪のロスがルーファスに気づいた。
そして、ユニゾン。
「「てめぇもこのレースに参加してやがったのかっ!」」
なんだかよくわからないが、いつもこの二人に因縁をつけられるルーファス。
早く逃げようとしたルーファスは勢いでサイコロを振った。
「えいっ!」
――4。
ええっと、4コマ目はたしか……ドクロマーク。
今日も期待を裏切りませんルーファスは。
愕然とするセツ。
「いったいこのマスに止まると……(まさかいきなりの失格?)」
それはすぐにやって来た。
ぎゅるるるるるぅ。
ルーファスの腹の虫が鳴いた。
「ううっ……いきなりお腹が痛く……」
「はっ!? まさかこのコマはステータス異常を起こすのでしょうか!?(しかし、わたくしには何の変化も)」
本当に何の変化も起きていないのか?
まさか、ルーファスのお腹が痛くなったのは偶然?
腹を押さえるルーファスが、苦しそうに顔を上げた瞬間、鼻水を飛ばしながら噴いた。
「ぶふぉっ!?」
「どうかないさいましたかルーファス様!?」
「ぷぷっ……いや……なんでも……あははははは」
「今度は笑いが止まらないステータス異常ですか!?」
「ぷぷっ……だいじょう……ぶっ!(顔が……セツの顔が……)」
真っ黄色になっていた。
ステータス異常はランダムらしい。
ルーファスは腹痛。
セツは顔が真っ黄色。
当の本人であるセツは自分の顔が見えないので、なにが起きているのか理解していない。
オル&ロスもセツの顔を見て、腹を抱えて笑った。
「「ギャハハハハハハ!」」
突然、周りが笑い出してセツは何が何だかわからない。
「いったいどうしたというのですかっ!」
ちょっと怒ってるようだ。
でも原因はわかっていない。
ルーファスはセツの顔を見ないように、必死に笑いを堪えている。
「さ、先を……ぷっ……急ごう」
強引にコマを進めようとルーファスがサイコロを振った。
――8!
もっとも多い数。コマは海コースとなっている。
ルーファスとセツの体がスタート地点から消えて転送される。
果たして海コースでルーファスたちを待ち受けているものとは!?
そして、優勝はだれの手にっ!