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第15話「白い月が微笑むとき(2)」

 ホワイトムーンの利用価値は高い。なので多種多様な店で取り扱ってはいるが、希少なために取り扱っている店は少ない。

 ルーファスも顔が広いわけではないので、とりあえずやって来たのはマジックポーションショップ。

「いらっちゃいませ~♪」

 童顔巨乳の三角帽子を被った魔女マリアが出迎えてくれた。

「マリアさんこんにちは」

 軽く挨拶してルーファスはカウンターの前に立った。

「今日はルーファスたんのために特別な胃薬も用意してますよぉ」

「あの、えっと、じゃあその胃薬をもらおうかな」

 それを買いに来たんじゃないだろルーファス。押しに弱くて無駄な買い物をしちゃうタイプだ。

 セツが前に出た。

「胃薬のほかに、ホワイトムーンは取り扱っていないでしょうか?」

「こちらはどなたですかぁ?」

「ルーファス様の妻になるセツと申します」

「ブフォッ、つ、妻ーっ!?(世界の破滅!)」

 衝撃を受けるマリア。

 そこにビビが割ってはいる。

「全部妄想だから!」

 ビビのどアップを前にマリアが後退る。

「あっ、えっと、こちらはどなたですかぁ?(これって三角関係!?)」

「あたしの名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル、愛称はビビ、よろしくね♪ ルーちゃんとはマブダチだよっ! この女はただのストーカー女だから!」

 ピキッ。

 なにかがキレる音がした。

「だれがストーカーですか、だれが? ちょっと外に出なさい!」

「あたしとヤル気? 人間の分際で悪魔のあたしとマジでヤル気なの?」

「まるで人間が悪魔よりも下等とでも言いたいようですね」

「力も魔力も、知識だって、あたしたち歴史に比べたら、人間なんて笑っちゃうもん」

 鼻で笑ったビビは、チラッとルーファスを横目で見た。

 うつむいているルーファス。どこか哀しげだ。

 ビビは自分がどんな発言をしたのか、それを思い返してハッとした。

「違うの、そんなつもりじゃ……ルーちゃん」

 種族格差。

 アステア王国は異種族に対して寛容である。表向きは。

 人間と異種族の抗争は今でも各地で起きている。その歴史は根深いものであり、敵であり、奴隷であり、家畜であり、世界中を巻き込む大戦も数多く繰り広げられてきた。現在は人間と魔族は均衡を保って、大きな衝突こそないものの、それでも差別意識は社会に根強くあるのだ。

「ルーファス様、これが悪魔の本性です。人間と悪魔は相容れない存在なのです」

 冷たくセツは言い放った。

 大粒の涙を瞳に浮かべるビビ。

「……セツのばかぁ!」

 涙をこぼしながらビビは店を飛び出して行ってしまった。

 すぐに追おうとするルーファスの腕をセツがつかむ。

「さあルーファス様、デートの続きいたしましょう」

 満面の笑みのセツは、力を込めた手を離さない。

 絶対にルーファスを逃がさない。

 絶対に逃がさないというのが、セツの瞳の奥からひしひしと感じられる。

 困った顔をするルーファス。

 強引に引き止められて、それを振り切るようなことができるルーファスではない。

 だからルーファスは……はぁ。

 目の前の男女関係など気にせず、マリアは自分の仕事をしている。

 カウンターの上に並べられるホワイトムーン。

 研磨されてないため、形は石ころにすぎないが、輝きは陽光を浴びて白銀の雪。

「うちにあるのはこれだけですぅ」

 マリアが並べた数は3つだけ。大きさはどれも拳よりも小さい。

 セツが1番大きな物に手を伸ばす。

「手に取って見てもよろしいですか?」

「どうぞぉ」

 魔力を帯びた物は、魔導に通じる者であれば、その魔力を計ることができる。

 ホワイトムーンの原石を握り締めたセツ。

「もっと良質な物はないでしょうか?」

「うちは魔法薬屋だから、これ以上の物はないんですぅ」

「そうですか。ありがとうございました。ルーファス様、ほかの店を当たりましょう」

 セツが背を向けて歩き出そうとすると、マリアが慌てて手を伸ばした。

「お客ちゃま! お時間とお金を頂ければ、裏ルートからご希望に添える品をお取り寄せしまうぅ!」

 言葉を受けたセツはそのままルーファスに顔を向けた。

「だそうですけど?」

「いいんじゃないの?」

「Sランクの物が欲しいのですが、どのくらいで手に入ります?」

 セツは再びマリアに顔を向けた。

「Sランク!?(さすがにそれは……この子、金持ってるの? それとも世間知らず?)予算はいかほどですかぁ?」

 尋ねてきたマリアにセツは耳打ちした。

 輝くマリアの瞳。

「4ヶ月もあれば用意できますぅ!」

「う~ん、それでは年が明けてしまいます」

「だったら3ヶ月で!」

「またの機会に」

「2ヶ月で!」

「それではごきげんよう。行きましょう、ルーファス様」

 セツはルーファスを連れて店を出て行った。

 店に舌打ちが響く。

「ちっ……逃がした魚は大きい」


 店を出てすぐにセツが尋ねる。

「ほかによいお店を知りませんか?」

「う~ん……ジュエリーショップはよく知らないし」

「見た目ではなく、中身が重要ですから、特別な宝石店でないと見つからないかもしれません」

「学院に行けばいい情報があるかもしれないけど、休日だしなぁ」

「ドラゴンファンングという鍛冶屋があると聞いたのですが?」

「ああ! 王都で有名な鍛冶屋さんだから、ホワイトムーンもあるかもね。でも材料を分けてくらるかなぁ、店主が頑固オヤジってウワサがあるよ?」

 とりあえず2人はドラゴンファングに向かうことにした。

 王都の繁華街である中央広場。そこに近い良好な立地条件の場所に店を構えているドラゴンファング。この辺りは老舗が多く、独自のプライドを持った店も多い。

 店に入ると煙草の匂いがした。

 骨太の女が店の奥でふんぞり返っている。

「あんたら客かい? 冷やかしなら帰んな、しょんべん臭いガキの来るとこじゃないよ」

 あまり歓迎されていない。

 それでもセツは物怖じせずに女の前に立った。

「良質なホワイトムーンがあれば、少し分けて欲しいのですが?」

「ウチは鍛冶屋だよ。原料ならほかの店を当んな」

「そこをどうにかなりませんか?」

「大事な原料をどこのだれとも知れないやつに売ると思うのかい? それに残念だけど、良質なホワイトムーンはウチにはないよ」

「そうですか、ありがとうございました」

 頭を下げて立ち去ろうとするセツの背に女が声をかける。

「待ちな。ひとつ教えといてやるよ」

「なんでしょうか?」

「ここ最近、王都の市場には良質なもんは出回ってないよ。あるならウチが買ってるよ……ったく(鍛冶勝負まで時間がないってのに)」

 女に頭を下げてセツとルーファスを店の出口に向かって歩き出した。

 セツがそっとルーファスに耳打ちをする。

「あの方は奥さんでしょうか? 良い方でしたね」

「私はちょっと怖かったけど(女の人ってみんな怖い)」

 二人が出口を出ようとしたとき、店にだれかが飛び込んできた。

「ただいま!」

 店に入ってきた女の子とルーファスが目を合わせる。

「あっ、ローゼン様の背景のルーファスさん」

 ローゼンクロイツ信者のアインだ。

「背景って……(ただいまって言ったよね?)」

 ここはアインの実家なのだ。

 そして、店の奥にいる女はアインの母親だったりする。見た目は20代後半だが、2児の母だ。

「なんだいアインの知り合いだったのか」

「はい、こちらはクラウス魔導学院の先輩です」

 と、アインが紹介した。

 アインの母――アルマが考え込んでうなる。

「娘が世話になってるなら、ホワイトムーンを分けてやりたいとこだけど……」

 すぐにセツが食い付く。

「ぜひ!」

「さっきも言ったろ、ウチにはないって」

 そこにスーッとアインが割り込んできた。

「あのぉ、なんの話をしてるんですか?」

「良質のホワイトムーンを探してるんだ」

 と、ルーファスが答えた。

 アインは困った表情をした。

「もうすぐ鍛冶対決があるんですけど、それに使おうと思ってる良質なホワイトームーンがなくて困ってるんですよぉ。だからお父さんってば、自分で採りに行くとか言って独りでグラーシュ山脈に……」

 ホワイトムーンは希少であり、貴重である。採取には危険を伴い、命を落とすこともある。

 セツは難しい顔をしている。

「わたくしも自力で採取するしか……」

 それを聞いたルーファスは正直思ってしまった。

「(さすがにそこまで付き合えない)」

 ルーファスにとってグラーシュ山脈は思い出の地だ。悪い意味で。

 ヌッとアインがルーファスとセツの間に入った。

「自力で採りに行く気満々のところ悪いんですけど、良質なホワイトムーンを使ったペンダントがレースの商品になってましたよ。ウチで使うには少なすぎるんですけど、本当にいい石でした」

「どこでどんなレースですか!?」

 セツの食いつきがいい。

「中央広場のほうでやってるみたいです。内容はよく見てこなかったので(配達の途中だったから)」

 それだけ聞くとセツはルーファスの腕を引っ張った、

「行きましょう、ルーファス様! 早くしないとレースに出場できません!!」

 出場する気満々だった。

 もちろんルーファスはしない気満々。


 店を出てすぐにルーファスは立ち止まった。

「あっ!?」

「どうかなさいました?」

「ごめん、急用!」

「えっ、ルーファス様!?」

 セツが止める間もなくルーファスが走り出す。

 いったいルーファスは何を見たのか?

 街中を走る黒い影。

 ヒツジのパペットに引っ張られるように、黒子が全力疾走している。

 ルーファスの召喚に乱入した謎の黒子。どうやらユーリを探しているらしいが、そもそも何者なのだろうか?

 ルーファスの視界から黒子が消えた。

 そして、ルーファスの体力が消えた。

「ううっ……(もう走れない)」

 ちょっと走っただけでルーファスリタイア。

 息絶え絶えになりながら、ルーファスが顔をあげると、ピンクのフリフリが近づいてきた。

「ルーちゃん!」

 ビビがツインテールを揺らして駆け寄ってくる。

「やっぱり探しに来てくれたんだ!」

「えっ……いや……(そういうわけじゃないんだけど)」

 でもハッキリ否定しないルーファス!

 とりあえずビビは満面の笑顔だ。

「(セツもいなくなってくれたみたいだし)よぉ~し、美味しいスイーツ食べに行こう♪」

「はい?(なんでそうなるの?)」

「ルーちゃん覚えてる?」

「なにを?(心当たりがない)」

「こないだ約束破ったでしょ?」

「そんなことあったような、なかったような」

 これはぜんぜん心当たりがないリアクションだ。

 ビビがルーファスに腕組みした。

「とにかーく! 今からメルティラブに行くんだからねっ!」

「ええーっ!」

「しゅっぱーつ!」

 強引な展開になるとルーファスは弱い。

 ビビに引きずられて馬車に乗り込み、揺られながクラウス魔導学院方面に移動する。

 クラウス魔導学院は1つの都市ほどの規模と生徒数を誇り、学院周辺には数多くのショップがひしめき合っている。

 学生たちに人気のカフェ――メルティラヴ。普段は生徒たちの溜まり場だが、今日は休日なので一般客の方が多いようだ。

 席についたビビはさっそくスイーツを注文。しかも片っ端から。

「ここから~っ、ここまで。あとこれとこれとこれも食べたいなぁ」

「ちょっと頼みすぎじゃあ」

「心配しないで、全部あたしが食べるから♪」

「そういう問題じゃないんだけど」

 溜息をつきながらルーファスは窓の外を見つめた。

 セツを置いてきてしまって、黒子は見失い、ビビとカフェ。

 とりあえず、ここにセツが現れたら大波乱だね!

 テーブルに並べられていくスイーツの山。

 ルーファスの表情がどんどん不安げになっていく。

「あのさぁ、私は人を追ってる最中でさ、こんなところでスイーツなんか食べてるヒマないんだけど(僕のサイフからお金が消えていく)」

「別にいいじゃん。こないだ約束破ったルーちゃんなんだよ、今日はルーちゃんのおごりでいっぱい食べるんだから!」

「はぁ、ついてないなぁ」

 このごろ出費が多い。

 というのも、ユーリを召喚してしまったので、その生活費やらなんやらを出してあげたりと。

 ここでルーファスは気づく。

「(あの黒子からも生活費せびられたらどうしよう)」

 倹約のためにルーファスはスイーツを食べたくても食べられない。

 目の前では美味しそうに頬を膨らませるビビ。

 見ていても辛いだけなので、ルーファスは窓の外に目を向けた。

 街を行き交う人々。

 そして、若者にからんでいる黒頭巾の変態。

「……あーっ!(あの人だ、やっと見つけた!)」

 大声をあげたルーファスは席を立った。

「どこ行くのルーちゃん?」

「ちょっと急用!」

「行っちゃダメだよ、約束破る気?(せっかくのデートなのにぃ)」

「ごめん、サイフ置いていくから、じゃあね!」

 ルーファスはサイフをテーブルに叩きつけて店を出て行ってしまった。

「もぉ、ルーちゃんったら!」

 ビビはほっぺたを膨らませてケーキにフォークを突き刺した。

 ヤケ食い開始!

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