第15話「白い月が微笑むとき(1)」
自宅地下の実験室。
今までにない手ごたえを感じるルーファス。
魔法陣が淡く輝く。
そして、ルーファスは最後の一言を声高らかに叫ぶ。
「――出でよ、インぶはっ!?」
いきなり、魔法陣から飛び出した影に膝蹴りを喰らい、ルーファスは鼻血ブーしながら転倒した。
明らかな召喚ミス。
ルーファスが最後まで言葉を言えなかったことから、無理矢理召喚に乱入してきたことが伺える。
召喚されたのは燕尾服を着たスマートな男が立っている。実にこの男はナゾに包まれている。どこがナゾかって、首から上が黒子の頭巾だからだ。
黒子は腕にはめたパペット人形をルーファスの眼前に突きつけた。
「オイ、ソンナトコニ突ッ立ッテタラ、危ネェーダロ!」
腹話術だった。
「ご、ごめんなさい」
蹴られたルーファスが謝ってる構図。
黒子は自分の首を動かさず、パペットで辺りを見回した。
「此処ハ何処ダ。教ヤガレ、スットコドッコイ!」
「え~っと、国から言ったほうが宜しいんでしょうか?(こ、この人形怖いよぉ)」
「オ前人間ダロ、ダッタラ此処ハのーすダロ。のーすノ何処ダ、スットコドッコイ!」
ノースとは人間界のことを示す言葉であるが、人間たちは自分たちの世界をガイアと呼ぶのが一般的であり、ノースと呼ぶのは別世界の住人である。
「アステア王国の王都アステアですが……ちなみにここは私の家の地下室です」
パペットは手を広げて驚いたリアクションをした。ちなみに黒子はまったく無反応で、見える透明人間に徹している。
「オオ、ヤッパあすてあ王国ナノカ! オイ、ウチノ小娘ヲ見ナカッタカ?」
「小娘ってどのような感じの?」
「世界デ一番ぷりてぃナ小娘ダ。名前ハゆーり・しゃるる・どぅ・おーでんぶるぐッテンダ」
「それなら知ってますけど」
知ってるもなにも、ユーリもルーファスが召喚したのだ。
「オイ、サッサト吐ケ。知ッテルンダロ、サッサト言ワネェート、ヌッコロスゾ!」
黒子は持っているパペット人形を、ルーファスの顔面にグリグリしていた。
「何デ、言ワネェーンダヨ。隠スト、ヌッコロスゾ!」
「そ、それはあなたが僕の顔をグリグリするから……(窒息しそうだったし)」
苦しそうなルーファスは、謎の黒子に追い詰められている。
「ウッセンダヨ、ノロマ! モウイイ、俺様ガ自分デ探ス!」
そう言って、パペットと黒子は嵐のように姿を消した。
「……なに今の人?」
今日は休日で、ルーファスは朝から召喚術の特訓中だった。
そして、呼びだしてしまったのが今のパペットと黒子。
とりあえず召喚は大失敗だ。
気を落としながらルーファスは地下室を上がった。
ピンポーン♪
玄関のチャイムが鳴った。
「ルーちゃんあ~そぼ♪」
「ルーファス様、遊びに参りました!」
不機嫌そうに顔を見合わせるビビとセツ。二人はルーファス宅の玄関前で鉢合わせしてしまったのだ。
覗き窓からその様子を見たルーファスは、居留守を使うことにして回れ右。
そこに立ちはだかる姉の姿。
「未来の妹を邪険に扱うんじゃないよルーファス」
そう言ってリファリスは玄関を開けた。その顔はなぜかニヤけている。
玄関を開けると、何食わぬ顔でセツはビビを押しのけて一歩前へ。
「ごきげんようお姉様。頼まれていた焼酎をお持ちしました」
「よく来たねセっつん、おみやげまで持って来てもらっちゃって、悪いねぇ~。これをみやげにダチとやってくるとしようかね」
むふふ。と笑いながらリファリスは酒を受け取ると、さっさと家を飛び出してしまった。見事なまでに酒で買収されている。
軽くシカトを食らったビビはちょっぴりショック。
「さ、先に遊びに来たのはあたしなんだから!」
「玄関を先にくぐったのはわたくしです」
セツがビビに向けた視線から火花が散る。
このままでは危険と判断したルーファスが間に入る。
「まあまあ二人とも、お茶でも用意するから、奥の部屋で大人しく待っててよ(なんでこの二人、こんな仲悪いんだろ)」
「お茶菓子のおまんじゅうを持って参りました」
と、饅頭を取り出したセツを見て焦るビビ。
「ちょ、ちょっとそこまでケーキ買ってくるね!!」
今からかッ!
「べつにおまんじゅうだけでいいよ」
何気ないルーファスの一言。
グサッとビビが致命傷を負ってうずくまった。
勝ち誇った顔でセツが冷笑を浮かべビビを見下す。
ルーファスはどうしたのかと慌てる。
「ビビ大丈夫? 具合でも悪い?」
「だ、だいじょぶ……こんなことじゃへこたれないもん」
ビビのことを心配するルーファスは、セツに取って都合が悪い。
「ルーファス様、本人が大丈夫だと言っているのですから、放っておいて、ささっ、行きましょう」
セツはルーファスの腕にガシッと腕組みをして、無理矢理奥の部屋に連れて行ってしまった。
残されたビビは、廊下の冷たい風に当たりながら、その場からしばらく動けなかった。
リビングでお茶でも出す予定が、気づけばセツはルーファスの部屋まで乗り込んでいた。
「ここがルーファス様の部屋なのですね。父上以外の殿方の部屋に入るのは、これが初めてです」
言葉にプレッシャーが含まれている。
「そ、そうなんだ……(殺気にも似た雰囲気が漂ってるのは僕の気のせい?)」
おそらく気のせいではないだろう。
今、この部屋には狩りをする動物がいる。
セツは素早い動きでドアを閉め、カギを閉め、密室空間を作りあげた。
「殿方の部屋で二人っきり……こんなこと、初めての経験です」
「そ、そうなんだ……(なんかキラキラした瞳で僕のこと見てるよぉ)」
セツはルーファスの腕に両手でしがみつきながら、上目遣いでルーファスに熱視線を送っている。
「(さあルーファス様、いつでもいらっしゃってください。ガバッと、ガバッと!)」
「(胸が腕に当たってるんですけど)」
ツーッとルーファスの鼻から血が出た。免疫力のないルーファスには、これ以上の攻撃は生死に関わってくる。
瞳を閉じたセツは顎を出して唇を少し上向きにした。
まるで瑞々しい果物のようだ。
唇が食べて食べてと誘っている。
ぷしゅ~っと空気が抜けるような音がしたような気がした。
次の瞬間、ルーファスが気を失った。
そして、ドアを蹴破って乗り込んできたビビ!
「不純異性交遊禁止!!」
鉄拳制裁を放とうとビビがセツに飛び掛かる。
だが、倒れたルーファスを起こそうとセツがしゃがんだため、見事にビビはセツの真上をダイビング。そのまま腐海の森に激突。
ちなみに腐海の森とは、あまりにも散らかった部屋を指す揶揄である。
大きな物音で意識を取り戻したルーファスは、ガラクタの山に埋もれているビビを見た。
「なにやってるのビビ? 散らかしたら片付けておいてね」
ビビショック!
「(このまま山に埋もれて朽ち果てよ……もう疲れたよパト○ッシュ)」
ビビ――ここに眠る。
されはさておき、邪魔が入って水を差されたので、気を取り直してセツは部屋を物色。
「ルーファス様! まさかこれは!?」
驚きを隠せないセツ。
「えっ、なに?(変な物とか別にないハズだけど)」
「メイドインワコクのパソコン! さすがルーファス様ですわ」
「う……うん(だから?)」
「家電と言えばワコク、ワコクと言えば家電。科学水準トップクラスの我が国のパソコンを使っていただき、ありがとうございます(しかも運命的なことに……これは黙っておきましょう)
」
どんな秘密があるのだろうか?
いつの間にかセツはルーファスと至近距離にいた。運命の名の下に熱い視線を送ってる感じだ。
そこにビビが割って入った。セツを押し飛ばして。
「そう言えば! なんでセツがここにいるの?」
「それはここが将来的にわたくしとルーファス様の愛の巣になるからに、決まっているからですわ」
「はいはい……そーじゃなくって、きのうの事件で連行されたんじゃなかったの?」
きのうの事件とは、ルーファスとセツの追いかけっこである。町中で甚大な被害で出たので、セツは治安官に連行されて行ったのだ。
「幸い怪我人が名乗りでなかったので、賠償金だけで話をつけました」
言い回しが少し引っかかる。
なんらかの力が働いたっぽい。
そーゆー力に自分の素性のこともあって気になるビビ。
「セツって何者なの?」
「今はただの学生ですけれど、将来的にはルーファス様の妻となる身です」
そーゆー言い方ならビビもただの学生ではある。
ルーファスも学生で、今日は休日のガイアなので学校は休み。
だが、セツは?
ルーファスが尋ねる。
「学生なら学校があるはずだよね、いつまでいるの?」
「卒業試験に向けて研究発表をしなくてはいけないのですが、それに必用な物を探しに来たのです」
「卒業って何年生?」&「なに探しに来たの?」
同時にルーファスとビビが声を発した。
「中学3年生です」
ルーファスの質問に答えてビビのことはシカト。
首を傾げるルーファス。
「中学ってなに?」
ルーファスは魔導幼稚園、魔導学園、魔導学院と進学した。
「わたくしの国では満6歳から満12歳までが小学校に通います。その後、中学校に3年間、計9年間が義務教育になります。さらに高校に進学すると3年間の修業期間があります」
魔導学院は満13歳から満18歳が基本的に通っている。
ビビが鼻で笑った。
「な~んだ、あたしよりも1学年下ってことじゃん!」
少し何かを考えるように黙り込んだセツは、しばらくしてお返しとばかりに鼻で笑った。
「この国のことは渡航前に調べましたが、年度のはじめは9月だそうですね。わたくしの国では4月からなので、わたくしがクラウス魔導学院に通っていたとしたら、同学年になりますが?」
「え?」
きょとんとビビはした。
ややこしい計算だが、セツの言っていることは正しい。
「わたくしの誕生日は聖歴982年7月2日です。この国では981年9月1日から、982年8月27日生まれまでが同学年になります。この点でもわたくしとルーファス様は運命の糸で結ばれていると言えますね、うふ」
ここでルーファスは難しい顔をして考え込んだ。
そして、恐怖するのだ。
「まさか僕の誕生日とか知ってるの!?」
「未来の夫ですもの。981年9月4日、現アステア国防大臣のルーベル・アルハザードとガイア聖教のシスター・ディーナとの間に生まれる。ケルトン魔導幼稚園卒、アルカナ魔導学園卒、現在はクラウス魔導学院の4年生ですよね?」
「あってるけど(個人情報が漏洩してる……怖い)どうやって調べたの?」
セツ恐るべし。
「インターネットで調べました。ルーファス様のパソコンと同じメーカーのパソコンで!」
ちょくちょくルーファスとの繋がりを挟んでくる。
ビビちゃんはなんだかつまらなそうな顔をしている。
「パソコンの話なんてどーでもいいよぉ。それよりルーちゃんのど乾いたぁ」
それを聞き捨てならないセツ。
「どうでもよくありません。このパソコンはメイドインワコク。ワコクと言えば科学大国。科学はこの世界を支える2つの支柱の1つなのですよ!」
「科学ってよくわかんなし~。ねえルーちゃん?」
顔を向けられルーファスきょどる。
「えっ、科学だよね科学、科学はすごいよ、うん(魔導の勉強しかしてこなかったからなぁ)」
三大魔導大国に数えられるアステア。世界的に見ても、魔導は支柱であり、生活であり、根源であり、この世界その物とも云える。それに比べると科学はこの世界では……。
セツが熱く語り出す。
「古くからある国では、魔導は全ての根源でしょうけれど、我々の国では魔導は科学の一分野に過ぎません。科学によって魔導は最大限に生かされ、効率的に使うことができます。ここにあるパソコンは、動力や基本概念こそ魔導によるものですが、ほとんどは科学によって構築させているものです。科学とは人類の知恵と知識の結晶なのです」
ルーファスもビビもぽけぇ~とした顔で、セツの話をぜんぜん理解してないっぽい。
なのでビビは話を変えることにした。
「ねぇねぇ、さっきも聞いたけどセツってなにか探しに来たんだよね?」
「…………」
セツは笑顔で無言。華麗なるシカトだった。
びみょーな空気が流れて焦るルーファス。
「そ、そういえば、セツってなにか探しに来たって行ってたよね?」
「はい、良質なホワイトムーンを探しに来ました」
ルーファスの質問にはちゃんと答えるセツ。ルーファス的には場を取り持ったつもりだったが、まったくの逆効果。ビビちゃん頬を膨らませて不満顔。
ホワイトムーンとは、アステアのグラーシュ山脈のみで採取できる希少な鉱物である。魔力を帯びているため、利用価値は高く幅広い分野で使われるが、希少なために輸出には制限があり、アステア国内であっても取引は困難である。
このような魔力を帯びた希少物質は世界各地にある。大きな魔力は自然に影響を及ぼし、その土地々に多彩な気候や特産をもたらす。極端な例を挙げると、砂漠のど真ん中にある氷の湖などがある。
「ねぇねぇ、だったら今から探しに行こうよ! せっかくの休日だし、お店もいっぱい出てるよ」
ビビがはしゃいでお出かけを提案するが、もちろんセツはシカト。
すぐにルーファスが取り持つ。
「せ、せっかくの休日だし、ホワイトムーンを探すの手伝うよ!」
「まあルーファス様が手伝ってくださるなんて!」
この態度の差。ビビちゃんちょ~不満顔。
セツがルーファスの腕を引っ張る。
「ではさっそく参りましょう!(でも、ホワイトムーンが見つかってしまったら、国に帰らなくてはいけなくなってしまう。だからと言って、いつまでもここにいるわけにもいかず)」
ルーファスと離れたくはないが、そうとばかりも言ってはいられない。
一方のビビは、
「(つまんない。この子がいると、なんかつまんない。早く帰ってくれないかなぁ)」
そしてルーファスは、
「(せっかくの僕の休日が……休みの日くらい引きこもりたいのに)」
思惑が交差する中、3人はホワイトムーンを探しに出掛けたのだった。