第14話「鉄扇公主はラブハリケーン(3)」
ルーファスは真剣な顔をした。
「じつは今までみんなに黙ってた秘密があるんだ……じつは、あたし女の子なの!」
が~ん。
セツショック!
「ルーファス様がおなごだったんなんて!」
ローザショック!
「どうして今までお姉ちゃんに教えてくれなかったの!」
カーシャはルーファスの後ろに回り、パンツごとズボンを一気に下ろした!
「これのどこが女だ!」
パオ~ン♪
ポッとセツは顔を赤らめた。
「まあ可愛らしい」
続けてローザは聖母の笑みを浮かべた。
「幼いころとぜんぜん変わらないのね」
なにがデスカ?
慌ててルーファスはズボンをはき直した。
「な、なにするんだよ!」
下半身大露出で作戦失敗。てゆか、信じかけたローザっていったい。
ルーファスに残された婚約解除法はあと2つ。
構えるルーファス。
「(別の女の子とキスなんて……)」
セツとのキスが脳裏に過ぎってしまったルーファスは、あの柔らかな唇の感触を思い出して――ブフォッ!
鼻血が出た。
「(キスなんてできるわけないじゃないか。そうなるとセツに勝たなきゃいけないんだけど、女の子に手を上げるなんて)ところでなんで強い者と結婚しちゃいけないの、普通逆なんじゃ?」
「元々は男子の代に作られた掟だからです。強い嫁を貰うと、尻に敷かれるということらしいですわ」
と、セツが答えてハッとした。
「まさかわたくしを倒すおつもりじゃ!?」
「そんなつもりじゃないから安心して!」
ルーファスは否定したが、その言葉はセツの耳には華麗なるスルー。
「これが愛の試練なのですね。ルーファス様がその気なら、わたくしも本気を出させていただきます」
鉄扇を構えたセツはヤル気満々。
その姿を見てルーファスは逃げ腰。
「(ヤバイ、あの殺気……殺される)」
「ルーファス様、そちらから来ないのなら、わたくしから――旋風!」
軽くひと扇ぎされた鉄扇からつむじ風が放たれた。
ルーファスが風に飛ばされた!
「うわぁっ!」
うまい具合に地面に着地したルーファスは、飛ばされた弾みを利用してそのまま逃走!
走り去るルーファスの背中姿。
…………。
しばらくしてセツはハッとした。
「逃げられ……逃げられたやないかド阿呆!」
ゴリラのような顔をしてセツが怒鳴り散らした。
そのあまりの変わりようと気迫に唖然とするカーシャとローザ。
だがすぐにカーシャは納得した。
「(美人のクセにルーファスを追い回すくらいだ。このくらいの欠点はあって当然か)」
自分に向けられている奇異な視線に気づいて、セツはすぐさま顔を元に戻して微笑んだ。
「ど、どうかなさいました?(み、見られた。見られてはあかんものを見られてしもうた)」
ササッとそっぽを向くカーシャ。
空気を読んだローザも本に夢中になった。
「まあ、こんな立派なモノが……きゃっ♪」
だからどんな本読んでんだよ。
し~ん。
3人無言。
変な空気が流れはじめた。
堰を切ったように慌ててローザが口を開く。
「そうだ夕飯の買い物に行かなきゃ!」
カーシャも続いた。
「そうだペットにエサをやらんと」
そして、便乗してセツも。
「そうだルーファス様を追わないと」
そして3人は頭を下げて別々の方向に進みはじめたのだった。
だいぶセツを巻くことに成功したルーファスは、若者が多く集まるオサレストリート、通称にゃんこ通りに来ていた。
クラウス魔導学院は週休1日だが、多くの企業や学校は週休2日のところも多く、ハリュクの今日は休みの若者も多い。
オサレファッソンのブテックを立ち並ぶ通りは、若者でひしめき合っている。ルーファスは人混みに紛れる作戦だ。
しかし、そんなルーファスの浅はかな知恵が悲劇をもたらすことになるのだった。
片膝をついてバズーカを肩に構えたセツ。
「科学の力でルーファス様を捜して見せますわ!」
発射!
科学の力がどーとかこーとか以前に、どー見ても無差別攻撃です。
必死にミサイルを避ける若者たち。ひとの群れが左右に割れ、その先にルーファスが見えた。
ド~ン!
そして、結果は大爆発。
爆発に巻き込まれたルーファスは、ボロボロになりながら立ち上がった。
「うう……死ぬかと思った」
とか弱ってる間にセツは目の前まで迫っていた。
「ルーファス様、召し上がれトリモチ!」
バズーカからミサイルではなく、今度はトリモチが発射された。
避ける避ける避ける!
運動神経のないルーファスだが、避けるのは得意だったりする。ドッジボールで最後まで残っちゃって、ボールも取れずに困るタイプだ。
ルーファスが避ければ避けるほど、周りの若者たちがベットベトのトリモチに捕らえられていく。
「うわっ、なんだこれ!」
「きゃっん、助けて!」
「取れないぞ!」
君たちの犠牲は忘れない!
逃げるルーファス。
逃がさないセツ。
「メイドインワコクは甘くありませんわよ!」
巨大な魔人の手がルーファスに襲い掛かる。違う、それは機械の手だ。セツの左腕に取り付けられたメカニカルアームが意のままに動く。
避けられたルーファスの替わりにポストがメカニカルアームが握られた!
ぐちゃ。
あ、ポストが潰れた。
顔面蒼白になるルーファス。
「あんなのに握られたら死ぬし!」
一瞬で死ねればいいが、下手に死ねないと、関節が逆方向に曲がったり、内臓が××で××な状態でしばらく死ねない可能性もある。まさに生き地獄だ。
セツが鉄扇を扇ぐ。
「逆風!」
放たれた風を受けた者が、進行方向とは逆方向に飛ばされてしまうという必殺技。
ひとたびルーファスが逆風を受ければ、あっという間にセツの前に飛ばされてしまうが。
が!
風を受けた若者たちが大津波になってセツに襲い掛かる。
「きゃあっ……って、おんどりゃに用はないんじゃアホ!」
ゴリラの形相でバズーカ発射!
晴れときどき人。
驚いたルーファスは振り返ろうとした。瞬間に、セツは顔を元に戻す早業だ。ルーファスはセツの変貌に気づいていない。
セツはもう目と鼻の先。
「ルーファス様!」
「うわっ、お願いだからあきらめて!」
襲い来るメカニカルアーム!
紙一重でかわしたルーファス!
だが、メカニカルアームから網が発射された。
ルーファスに避ける余力はない。
「にゃあ」
突如、セツの目の前に現れたネコ。
ゴクンとつばを飲み込み固まるセツ。
「にゃあ」
「きゃぁぁぁ~~~っ!」
血相を変えてセツは逃げ出してしまった。
尻餅をつくルーファス。
「ふぅ……助かったの?」
通称にゃんこ通りのゆえんは、野良猫が多いことからその名がついたと云われている。
「はい、お待ちどおさま」
クレープ屋台の兄ちゃんから、ストロベリーチョコ生クリームクレープを受け取り、ビビは笑顔で歩き出した。
「(仕送りがあると無駄遣いが多くなっちゃう。けど、いっか♪)」
あ~ん、と大きな口を開けてクレープを頬張ろうとしたとき。
「どいてどいて、ビビ!?」
飛び込んでたルーファス!
グチョ。
「ああっ!」
ビビが叫んだ。
チョコとクリームまみれになったルーファスの顔。せっかくのクレープが台無しだ。
「ルーちゃんひど~い!」
「ご、ごめん、でも今はそれどころじゃ……」
すぐ後ろからはセツが追ってきていた。
「鬼ごっこは終わりですわよルーファス様。でもその前に一言申し上げたいことが……両目についたいちごは取った方がいいですわ」
変態イチゴ男!
ルーファスは指摘されて、目についたイチゴをパクリと口に放り込んだ。
続けてビビがルーファスにハンドタオルを手渡す。
「顔も拭いたほうがいいよ」
「ありがとう」
受け取ったハンドタオルで顔をゴシゴシ。
しかし!!
水で落とさないとベトベトです。
ブーン。
虫の羽音。
ハチだ!
甘い香りに誘われてハチが現れた。狙いはもちろんルーファス。
「ぎゃ~っハチ!」
逃げるルーファス。
すぐさまセツが追いかける。
「どうして逃げるのですかルーファス様!」
ハチに追われているからです。
都会のハチは花の蜜だけではなく、人間の食べ残した甘い物、溢れたジュースなども採取してたくしく生きているそうです。
とかミニ情報をはさんでいる間に、ハチはいつの間にか大群に。ちょっと不自然に多くありませんか?
ところで――。
「なんでいっしょに逃げてるの?」
と、ルーファスは並走するビビに尋ねた。
「なんとなくその場の雰囲気で……。てゆか、ルーちゃんあのハチ大変だよ、どうにかして!」
「どうにかって言われても」
「そういえばルーちゃん、今日授業で使った魔法薬[マジックポーション]ちゃんと洗い流した?」
「えっ?(今日の授業で……)あっ!」
「ハチなどの動物が寄ってくるからちゃんと落とすようにって注意されたじゃん!」
クレープの匂いではなく、授業で使った魔法薬が大群のハチを引き寄せたらしい。
前方に見えてきた噴水。
「あれだ!」
叫んだルーファスは一目散に噴水の中に飛び込んだ。なぜかビビの腕を掴んだまま。
「なんであたしもーっ!」
バシャーン!
噴水の池の中でハチをやり過ごす。
「「ブハーッ!」」
息が続かなくなって二人同時に水飛沫を上げて池から出た。
どうにかハチはやり過ごしたらしい――が。
「今度こそ、鬼ごっこは終わりですわ……ルーファス・さ・ま」
満面の笑みでセツに出迎えられた。
辺りを急いで見渡すルーファス。
噴水の周りに立てられた謎の柱たち。柱から発せられた電磁フィールドが檻を形成していた。
逃げられないと悟ったルーファスは、ビビの瞳を真っ正面から見つめて、深く頷いた。
そして、バシッとセツに顔を向けた!
「ビビと私はすでに結婚してるんだ!」
衝撃告白!
でも、明らかにウソです!
セツは鼻で笑った。
「ならば、今ここで二人の接吻を見せてくださいまし!」
切り返しに切られるルーファス。
「うぐっ!(ビビとキ、キスなんて……)」
横を見るとビビがこちらを潤んだ瞳で見つめていた。
ルーファスはガシッとビビの両肩を掴んだ。
頬を真っ赤にするビビ。
「ル……ルーちゃんのばか!」
グーパーンチ!
強烈なグーを頬に食らったルーファスはぶっ飛び、さらに電磁フィールドに当たって感電した。
「ギャアアアアアアアッ!」
ビッショビショだったので電気をよく通す。うん、ルーファスツイてないね♪
可哀想なルーファス。彼に手を差し伸べたのは、セツだった。
「ルーファス様、なぜあんな嘘をおっしゃったのですか。あのおなごに嫌われているのは、明らかではありませんか」
ガーン。
「ぼ……僕ってビビに嫌われてたのか」
ルーファスショック!
セツはルーファスに肩を貸して立たせた。
「さあルーファス様、あんなおなごのことは忘れ、わたくしと結婚いたしましょう」
密着するセツとルーファス。
ビビは背を向けて走り出した。
自然とルーファスの手がビビの背に伸びた。
「待ってビビ!」
「ルーちゃんなんて、ルーちゃんなんて……デデデデデッ!」
ビビちゃん感電。
「危ないって言おうとしたのに」
ボソッとルーファス。
前を見ないで走ったビビは見事に電磁フィールドに体当たりしたのだ。
ビビは気を失ってしまった。
電磁フィールドが解かれ、セツにルーファスがズルズルと引きずられていく。
「ルーファス様のお父上にもごあいさつをしないと」
「(それは絶対に困る!)だ、だったらお土産のひとつも持って行かないと」
「お父上はなにがお好きなのですか?」
「これなんだけど……」
ルーファスは懐から大量の写真を出して手渡した。
「きゃぁぁぁ~~~っ!」
叫び声をあげたセツは、ルーファスをほっぽり出して、はるか後方まで神速で後退った。
地面にバラまかれた写真。その写っていたのかわいらしいにゃんこたち。
セツの反応にルーファスは一汗拭った。
「ふぅ、生じゃなくても効果あるんだ、よかったぁ」
ここまでくればセツのネコ嫌いは確定的だろう。
震えるセツは全身の毛を逆立てていた。
「たばかりましたわね、ル~ファスさま~」
亡霊のような声を発したセツの毛はさらに逆立った。
それはまさに怒髪天。怒髪上って冠を衝く。頭髪が逆立ち、怒りに充ち満ちている。ただしゴリラ顔ではないが、頬がピクピクしているので時間の問題だろう。
今セツは壮絶な戦いを繰り広げていた。
「(ルーファス様に見られている……駄目よ、駄目よ、怒っては駄目よ)」
類人猿→ヒト→類人猿→ヒトの繰り返し。
最後に勝つのはヒトかサルか!
今、ついにヒトとサルの最終戦争がはじまろうとしていた!
なんていうのはウソで、す~っとセツの毛が静まった。
が、セツの目の前にネコの写真が!?
「きゃぁぁぁ~~~っ!」
膝を付きうなだれるセツ。
写真を見せたのはカーシャだった。
「この写真を見せるとなにか起こるのか?(カーシャちゃんワクワク♪)」
さすがカーシャ。混乱を起こす行動を自らやります。
怒髪天。
「ルーファス様、お下がりになって!」
鉄扇から放たれた強烈な突風によってルーファスがぶっ飛んだ。遠く遠く空のサヨウナラ。
この日、ルーファスは夜空の星になった。
ルーファスがこの場から姿を消したことによって、セツの怒りは解放された。
「おんどれぇっ、地獄見せたる!」
髪を結わいていたヒモがブチッよ音を立ててキレた。
解放された髪が渦巻く。
美しい黒髪が根本から燃えるように紅く変わっていく。
螺旋を描き天を突く紅髪のセツ。
はだけた着物から首筋が覗く。
色気に満ちたセツの肢体――でも顔はゴリラ!
カーシャは後退った。
「な、なんというブサイク!」
言っちゃった。言っちゃったよ。
魔力が多く集まる場所に現れるマナフレア。セツの周りに浮かんでいたマナフレアが、弾け飛んだ。
「ブサイク言うたな、ブサイク言うたな。わしが気にしてることをぬけぬけと!」
鉄扇――怒りの炎の舞い。
扇[あお]がれた鉄扇から炎が風に乗って放たれた。
カーシャの周りにマナフレアが集まる。
「ウォーターカーテン!」
流れる水のカーテンによって炎が防がれた。
カーシャの瞳が冷たい色を放つ。
「妾に攻撃を仕掛けるとは良い度胸だ。お前の結婚なんて手助けしてやるもんか、明日の式もやめだやめだ、や~めた!」
「こっちから願い下げじゃ! 勝手に式挙げたるわ!」
「勝手にやれるもんなやるがよい、妾がぶち壊してやるぞ!」
「ひとの幸せ壊して楽しいか、さてはモテへんな!
「絶世の美女を前にして、お前の眼は腐っとるのか?」
「腐っとるんはおんどれの頭じゃ!」
言い合いをしているだけならいいが、二人の間には熱気と冷気が渦巻き、暴風が発生していた。
怒れる風は噴水の彫刻を破壊し、近くにいた人々も吹き飛ばした。
さら噴水や池の水も暴れ回り、辺りは暴風雨に晒されたように荒れに荒れた。
もはやこの場には何人たりとも近づけまい。
……ハズだったのだが。
空色ドレスが何食わぬ顔でふあふあっと現れた。まったく周りの惨状が見えてないご様子。
しかも、争う二人の間に割って入って、
「聖カッサンドラ修道院がどこにあるか知ってるかい?(ふあふあ)」
その場所はローゼンクロイツが下宿している場所だ。
つまり、道に迷ったんですね!
ローゼンクロイツ君ったら極度の方向音痴だから!
「は、は、はっくしゅん!(にゃ)」
あっ、ローゼンクロイツがくしゃみした。
そう……ローゼンクロイツは方向音痴なだけでなく、クシャミをしちゃうと大変なことになるのだ。
「きゃぁぁぁ~~~っ!」
セツの叫びが木霊した。