第14話「鉄扇公主はラブハリケーン(1)」
ビビちゃんショック!
猛烈なキッスを道ばたで目撃してしまった。
馬乗りになっている袴姿の女の子。
乗られちゃってるのは、我らがルーファス!
なにこの、ルーファスが押し倒されて襲われちゃってる構図は?
漂白された顔面で硬直しているビビ。
ようやく唇を解放されたルーファスは、目を白黒させてビビと顔が合ってしまった。
「ち、違うんだってこれは、その……事故なんだ!」
慌てるルーファス。
だが、ここで一発、女のは破滅の呪文を唱えた。
「心からあなたのことをお慕い申しております」
「は?」
ルーファス硬直。
代わりにビビの硬直が溶けた。
「ルーちゃんの変態!」
ピンクのツインテールをふりふりさせながら、ビビは走り去ってしまった。
「ち、違うんだって!」
虚しくビビの背中に伸ばされた手。
さてルーファス、この状況をどう釈明する?
まっ、釈明して誤解を解くにしても、目撃者は走り去ってしまったけど。
乱菊の着物に烏羽色の袴。黒髪は後頭部に高く束ねられ、滝のように美しく流れ、ルーファスの首元をくすぐっている。
少し切れ長の目の奥の黒瞳で見据えられ、ルーファスはドキッとした。
「あ、あの、ちょっとどいてくれるないかな?(腿に膝とか当たってるんだけど)」
「離れたくありません」
「でも、今の状況は……(野次馬がいつの間にか)」
下校途中のクラウス魔導学院の生徒たちが、いつの間にやら集まってきていた。
これだけ目撃者がいたら、大スキャンダル確定だった。
若い学生さんたちは、この手の話が大好きですですから、ルーファスも運の尽きですね。まあ元々運なんてないけど!
実力行使でルーファスは女の子の体を押して退けようとした。
が!
強く抱きつかれて状況悪化。
「なぜ拒むのですか、もしやわたくしのことが嫌いになったとか!?」
「キライとかキライじゃないとか、そういう次元の問題じゃなくて、そもそも私たちなにもないよね?」
「結婚の約束は嘘だったのですか!」
野次馬が一気にざわめいた。
さらに鈍器のような罵声がルーファスに投げつけられた。
「結婚まで約束した子を振ろうなんて最悪だな!」
「こんな綺麗な子を振るなんて男じゃねえ!」
「まさかルーファス君がこんなひとだったなんて……」
「振るんだったら俺にくれ!」
「今日のパンツ何色? げへげへ」
「ひとりだけ抜け駆けなんて許さないぞルーファス!」
「お前だけは俺たちを裏切らないと思ってたのによ、ひとりだけ彼女つくりやがって!」
さまざまな声が飛び交った。
慌ててルーファスは野次馬に視線を配った。
「誤解だってば、婚約なんてした覚えないし!」
「今さっきしたではありませんか!」
と、女の子。
すぐさまルーファス反論。
「さっき会ったばかりで、そんな約束するわけないじゃないか。だって君はいきなり空から降ってきて、私とぶつかって……ごにょごにょ」
「恥ずかしがらずにはっきりとおっしゃってください。わたくしと接吻を交わし婚約したと!」
「キスはごめん、事故だったんだよ事故。でも婚約はしてないじゃないか!」
「なにをおっしゃているのですか、その接吻こそが婚約ではありませんか。代々我が家では初めて接吻した相手と契りを交わすという掟があるではありませんか」
「知らないよそんな掟!」
だが、女の子の眼は本気と書いてマジだ。
だが、ルーファスだっていきなり結婚なんて無理な話だ。
掟だかなんだかわかないが、ここはどうにか事を治めなければ。
「出会ったばかりのひとと結婚なんて、君はそれでいいの? 私たちお互いの名前すら知らないんだよ?」
「わたくしは前々からお名前を存じ上げております、ルーファス様。わたくしはセツと申します」
「いつの間に名前を!?」
「さきほど周りの方がそう呼んでおられたので」
「ぜんぜん前々じゃないじゃないか……(この手のタイプは説得とか無理そうだ)」
ルーファスは溜息を漏らした。
周りから野次が飛んでくる。
「結婚しちゃえよルーファス!
「しないよ!」
すぐさま言い返したが、すぐさま言い返してくる。
「ここで逃したら一生結婚できないぞ!」
「好きでもないひとと結婚なんてできないよ!!」
少し怒ったルーファスの声が響き渡った。
耳にした女は固まった。ショックを受けたのかもしれない。
「ルーファス様はわたくしのこと……好きではないのですね……でもわたくしは好きなので問題ありません!」
なんというポジティブ。悪い言い方をすれば、なんて強引なんだ。
野次馬も敵と化している今、ルーファスに残された手段はこれしかあるまい!
「ごめん!」
ルーファスはセツを大きく突き飛ばし、逃走!
困ったときは逃げるに限る。
逃走を図ったルーファスだが、すぐにセツが追ってきた。
体力勝負では女子にすらルーファスは負ける。しかも悪いことに、セツは足が速かった。追いつかれるのも時間の問題だろう。
前方に空色物体発見!
すぐさまルーファスは駆け寄り、ローゼンクロイツに助けを求めるべく、そっと耳打ちをした。
そして、セツがついに追いついた。
「ルーファス様、逃げるときにちょっとわたくしの胸に触れましたよね。事故など装わずに、触りたいなら触りたいとおっしゃってくれればよいのに」
「えっ、ごめん、触る気なんてなかったんだ!(じゃなくて……ここで相手のペースに呑まれたら負けだ)」
急にルーファスはキリッと真面目な表情になり、ローゼンクロイツの背中を押して紹介した。
「じつはもう結婚してるんだ、このローゼンクロイツと。だから君とは結婚できない、ごめん」
が~ん!
ショックを受けたのは、木陰からローゼンクロイツをストーカーしていたユーリ。
さらに別の木陰にしたアイン。
おまけにたまたま通りかかったビビは再起不能に陥った。
衝撃の波及はこれだけでは済まなかった。このひとまでもショックを受けた。
「そうだったの!?(ふにゃ)」
瞳を丸くしたローゼンクロイツ。
ルーファスは思わず呆気にとられた。
「いやいやいや、そういうことにしてって段取り話じゃないか」
「そう言えばそんな話もあったね(ふあふあ)」
「はっ!? しまったネタバレしてしまった!」
ルーファス自爆。
まあルーファスの考える作戦なんて、所詮は浅知恵です。
ユーリが木陰から飛び出してきた。
「そんなことだろうと思いました。ローゼン様がこんなへっぽこ魔導士と結婚なんて見え透いた嘘もいいところです」
見え透いた割にはショックを受けていたが……。
さらにアインも飛び出してきた。
「そうです、ローゼンクロイツ様はみんなものなんです!」
それを聞いたセツは妄想した。
「みんなのもの……(自主規制)」
ポッとセツの頬が桜色に染まった。なにを妄想したんだ、なにを。
ここでビビも飛び出して――と行きたいところだが、未だショックから立ち直れずに白い灰と化してしまっている。
アインはササっとセツに名刺を差し出した。
「ローゼンクロイツ様のファンクラブ会長のアインです。こう見えてもローゼンクロイツ様は男の娘[こ]なんです。ローゼンクロイツ様に興味がおありでしたら、ぜひこちらのサイトにお越しください」
信者獲得に余念が無い。
セツは名刺を受け取らずにルーファスの腕に抱きついた。
「わたくしにはルーファス様がおりますから、浮気なんてとんでもありません。しかしルーファスは存分になさってもらって結構ですよ、浮気は男の甲斐性ですから」
「浮気とか以前に、私たち付き合ってもないから」
「今こうして付き合っているではありませんか」
「…………(ダメだ)」
ルーファス諦めモード。
口での説得は無駄。ちょっと逃げたくらいじゃすぐ追いつかれる。押し掛け女房の鑑だ。
ユーリはローゼンクロイツの背中を押した。
「(他人の幸せを見てると眼が腐る)ローゼンクロイツ様行きましょう、こんなへっぽこはほっといて」
強引にローゼンクロイツは連れ去れてしまった。アインはまた木陰に隠れてストーカーの続き。
二人っきりで残されたルーファスは心底困った。
「とりあえず、体から離れてくれないかな?」
「嫌ですか?」
「イヤとかイヤじゃないとかじゃなくて」
「恥じらっておられるのですね。まあ、なんと可愛らしい殿方なのでしょう。仕方ありません、ルーファス様がそうしろとおっしゃるなら」
セツはルーファスの体から離れた。でもまだ近い。隙間に手が入るかは入らないかくらいだ。
「ついでにもうひとつ、婚約破棄したいんだけど」
「それは掟ですから、いくらルーファス様の頼みでも聞くことはできません」
「ですよねー(やっぱり持久戦か、でもどうしよ。嫌われればいいのかな、なにかひどいことをして……)」
意を決したルーファス。
震える手でおっぱいタッチ!
「あぁン、ルーファス様ったらお気が早い」
紅潮させた顔でセツは色っぽい声を出した。
ルーファスの作戦では、えっちなことをして、ビンタでも一発食らって嫌われるハズだった。なんと幼稚な作戦。まあルーファスに、女の子にヒドイことしろっていうのも無理がありそうだが。
バシーン!
ルーファスの頬に決まった強烈なビンタ!
まさかの作戦成功かっ!?
「ルーちゃんの変態!」
ルーファスを打っ叩いたビビは、ピンクのツインテールをふりふりさせながら走り去ってしまった。
「ご、誤解だってば!」
鼻血を垂らしながら虚しく伸ばされたルーファスの片手。一方はビビの背に、一方はセツの胸に。ちなみに鼻血はおっぱいタッチの負傷だ。
ハッとルーファスは手の中の感触に気づいた。
「ご、ごめん!」
すぐさまルーファスはセツの胸から手を離した。
「謝らなくとも、セツの身も心もルーファス様のものでございます」
「クーリングオフとかないの?」
「掟ですから」
そんなに掟とやらが大切なのだろうか。
「掟じゃなくてさ、君の気持ちとかもあると思うんだけど」
「ルーファス様のことを好いておりますゆえ、なんの問題もないかと」
「(問題大アリだよ)なんども言ってるけど、会ったばっかりなんだよ私たち?」
「時間など些細な問題ですわ。好きなものは好き、それでよいではありませんか」
「(よくないよ)そもそも私のどこが好きなの?(って、聞いてて恥ずかしくなる!)」
「乙女の口からそんなことを言わそうなどと、さてはルーファス様、ドSなのですね!」
「違うよ!」
SかMかで言えば、きっとルーファスはMだろう。自称Sと言い張ろうと、周りのいじめっ子たちがそれを許さないだろう。とくに某魔女とか。
ドッとルーファスは溜息をついた。疫病神に憑かれたわけではないが、こんな押し掛け女房といたら疲れてしまう。ルーファスに気がない限りは、疫病神と同じかもしれない。
だってなんだか突き刺さる視線が痛いんだもん!
下校途中の男子学生たちが、ルーファスに鋭い視線を向けている。
「と、とにかく場所を変えよう!」
ルーファスをセツの腕を引っ張り走り出した。
学院に戻り、人気のない教室に飛び込む。
なぜか恥じらいを見せて、落ち着かない様子のセツ。
「こんなところに連れ込んで、どんなプレイをなさる気なのですか?」
「ブハッ!」
鼻血を噴き出すルーファス。
「ご、誤解だよ! ひとに見られると変なウワサが広まるから!」
「ひとに見られるか見られないか、そのドキドキがルーファス様はお好きなのですね」
「違うから!」
叫んだせいでさらに興奮して、ビュっと鼻血がさらに出た。
おっぱいタッチに続き、放課後の教室に連れ込み。裏目裏目だ。
ルーファスはセツの腕を掴んで走り出す。
人気のないところで二人っきりになるから、イケナイのだ。ひとの多い場所、多い場所――とルーファスがやって来たのは、学院近くにあるカフェだった。
軽くメニューを注文して、一息ついたルーファスは向けられているセツの視線に気づいた。なんだか嬉しそうなのだ。
「どうしたの?」
「だって初デート……人生初のデートですもの」
ドッカ~ン!
ルーファスの脳ミソ爆破。
あまりにも迂闊すぎるぞルーファス。
どう見てもデートです。
しかも、ここはケーキが美味しいと女の子に人気のカフェ。その名もメルティラヴ。
甘い物好きのルーファスは、いつも周りの視線も気にせず来てるもんだから、うっかりこの店を選んでしまった。いつもは気にならない視線も、今日はちょっと刺さります。
ルーファスにその気がなくても、セツが醸し出すラヴの香りが、あれが絶対にデートだと周りに確信させてしまっている。
どこにセツを連れて行っても裏目。メニューも注文してしまったし、ルーファスはここで決着をつける決意をした。
「やっぱり結婚なんてできないよ」
ルーファスの発した言葉で店内が一気にざわめいた。そして、す~っと静まる。
次の展開に人々は耳を傾けている。
セツは真剣な顔をした。
「わたくしが間違っておりました」
「だったら婚約は破棄で」
「まずは結婚を前提にお付き合いをするのが道理。しかし、ここでこうしてデートをしたのですから、次のステップは結婚ですわ!」
「…………(もうすごすぎるよ、君)」
完全にルーファスが押されている。出会ったときからずーっと押されっぱなしだ。
だが、ここで負けちゃダメだ!
ルーファスは踏ん張りを見せる。
「何度も言ってるけど、知り合ったばかりだし、お互いのことよく知らないし」
「そんなにもわたくしに興味を持ってくださるなんて、愛を再確認いたしました」
「いやいやいや、なんでそうなるのさ」
「生まれはワコク、ここよりずっと東にある小さな島国です。しかし、メイドインワコクと言えば、どの国でも知られる安心安全超高品質のブランドと言っても過言ではありません。そんな国に生まれたわたくしは、当然のように科学者としての英才教育を受けました」
「科学者って意外だなぁ。東方のワコクって言ったら、うちの学校にも学生や先生がいるよ。そうそうちょっと行ったところにあるももやさんっていう和菓子屋さんも、ワコク出身だって言ってったっけ」
「歳は15、7月2日生まれのAB型」
「って君、私の話聞いてないでしょ?」
「好きな男性のタイプはルーファス様」
「ちょ、ちょっと」
「将来の夢はルーファス様のお嫁さんになること」
「聞こうよ人の話を」
「ルーファス様のお話なら一字一句漏らさずに聞いております。『科学者って意外だなぁ。東方のワコクって言ったら、東方のワコクって言ったら、うちの学校にも学生や先生がいよ』続きも復唱しましょうか?」
「しなくていいから」
ずっとセツのペース。
流れを変えようにもルーファスのやることはこれまで裏目裏目。ここでだれかが流れを変えてくれないものか?
そこへちょうどケーキと飲み物が運ばれてきた。
「ご注文はこれでいいな?」
なにこの接客する気ゼロのプレッシャーは?
まったく、この店員の教育がなってないったらありゃしない。
――と、ルーファスはメニューを運んできた女を見た。