第13話「パンツに願いを(2)」
急いで召喚実習室を飛び出したが、もちろん妖精たちを見失ってしまったルーファス。
とりあえず辺りを探してみると、廊下の壁にらくがきを発見した。
――リリ様参上!
と、スプレーかなにかで描かれたらくがきは、若気の至り臭がぷんぷん臭っていた。
「本人が描いたのかな?」
学校関係者でこんな大胆なマネをする者はないので、とりあえずあの妖精の仕業に間違いないだろう。
ここから妖精はどこに向かったのだろうか?
ぼーっとらくがきをルーファスが眺めていると、だれかが後ろから近付いてきた。
「あーっ、ルーちゃん壁にらくがきなんてイケナイんだぁ!」
「わ、私じゃないよ!」
ルーファスが振り返った先にいたのはビビだった。
「わかってるよ、ルーちゃんにこんな大胆な犯行できないもんね」
「あの妖精が描いたんだよ、きっと」
「あの妖精?」
「召喚の追試で……」
「もしかしてまた失敗しちゃったのぉ?」
「で、でもまだ不合格って決まったわけじゃないんだ!」
「ふ~ん(もう召喚とか一生しないほうがいいんじゃないの。また騒動にならなきゃいいけど)」
騒動にならないわけがない!
そーゆー期待をルーファスは裏切りません!
少なくともルーファス含めた4人が、妖精と追いかけっこをしている。この輪が広がれば大騒動に発展するのは間違いない。
そして、ここでビビと出会ってしまったために、ビビの参戦フラグが立ってしまった。
ルーファスは騒ぎが大きくなる前に、さっさと事態を収拾しなきゃいけない。参戦人数が増えれば増えるほど、ルーファスは不利になっていく。
「じゃ、私は追試の続きがあるから!」
駆け出したルーファス。
「ちょっと待って!」
ビビが呼び止めた。
「そっち召喚室じゃないよ?」
首を傾げたビビ。
「逃げ出した妖精2人組を捕まえなきゃいけないんだよ。召喚は失敗したけど、使役できたら合格にしてもらえるんだ」
「だったらあたしも手伝うよ!」
「ホントに!?」
「うんうん、だってルーちゃんに合格して欲しいもん」
「ピンクの服を着た少女の妖精と、青い服の少年の妖精なんだけど、空を飛んでるから見たらすぐわかると思うんだけど、とにかく二人を捕まえて欲しいんだ。それで私が二人のお尻に触って願い事をすれば、どんな願いも叶えてくれるから、それで追試試験を合格にしてもらおうと思って」
ギラ~ンとビビの眼が妖しく輝いた。
……しまった。
うっかりルーファスは全部説明してしまった。
「願い事が叶うってホント?」
「そ、そんなことを言ってないよ!」
慌ててルーファスは否定するがもう遅い。
「絶対言ったもん。でもお尻に触るってどーゆーこと?」
「二人組の妖精のお尻を触るっていうのが、願い事を叶えてくれる条件らしいんだ」
「ルーちゃんのえっちぃ」
「しょ、しょうがないでしょ! そういう条件なんだから!」
否定したにも関わらず、質問に答えてうっかり認めたも同然。
ビビはヤル気満々だった。
「あたしも願い事叶えてもーらおっと♪」
ルーファスを置いて駆け出したビビ。
「ビビ!」
急いで呼び止めようとしたが、もうビビはどっかに行ってしまった。
こうやって騒ぎはどんどん大きくなっていくのだ。
ライバルがまた独り増えてしまって、ルーファスはグズグズしてられない。
一刻も早く妖精を見つけたいが、手がかりもない。
廊下の向こうから女子生徒二人が雑談しながらやって来た。
「今の話本当かな?」
「本当なら、さっき見つけたときに触っておけばよかったー」
「でも1人だけじゃダメなんでしょ?」
まさかこの話って?
ルーファスは二人に声をかける。
「あのちょっといい? その話ってもしかして妖精のお尻に触るとって話?」
「そうですけど」
肯定されてルーファスショック。
すでにウワサが広まってしまっている。
慌てるルーファス。
「その話だれから聞いたの!?」
「ピンク色のツインテールの子からですけど。妖精を見なかったって聞かれて、願い事の話をしてくれました」
ビビだ。
ウワサを広めるのが早すぎる。このペースでビビが生徒たちに聞いて回ったら、あっという間に学院は大騒ぎになりそうだ。不幸中の幸いは、放課後で生徒たちが少なくなっていたことだろう。
しかし、妖精たちが学院の外にまで飛び出したら、ウワサもいっしょに街に飛び出してしまう。
ルーファスは二人の女子生徒に頭を下げた。
「ありがとう、じゃ!」
急いでルーファスは駆け出した。
女子生徒たちと別れてから、ルーファスはハッとした。
「(慌てて妖精をどこで見たか聞き忘れた)」
闇雲に探すよりも聞き込みをしたほうが早そうだ。きっと追いかけっこをしている姿は目立っているだろう。けど、人に尋ねるときは、願い事のことは伏せたほうが良さそうだ。
――という考えは甘かった。
ルーファスは新たな壁のらくがきを見つけた。
デカデカと描かれているリリとララの似顔絵に添えられている言葉。
――ウチらのお尻にタッチできたら、どんな願いも叶えてあげるよ(ハートマーク)。
「似顔絵……うまい」
そんなとこに感心してる場合じゃないぞルーファス!
辺りを見回すと、そんな感じの参加者を募って煽るようならくがきがいっぱいあった。
妖精たちにとってはゲームなのだ。
中庭から声が聞こえてきた。
「おい、妖精見つかったか?」
「いちごパンツなのは確認できたけど、触る前に逃げられた」
さらに別の生徒がその輪に駆け寄ってきた。
「ファウスト先生が妖精を捕まえようとしたところに、カーシャ先生が乱入して大騒ぎになってるらしいぞ!」
その話を遠くから聞いたルーファスは青い顔をした。
「またカーシャったら……はぁ」
犬猿の仲の二人はいつも顔を合わせるとそうだ。
こうやってどんどん騒ぎは大きくなっていく。
再びルーファスが捜索を開始しようと足を一歩出すと、ちょうど校内放送が流れてきた。
《全校生徒のみなさんお知らせします。妖精が校内に紛れ込んでいますが、くれぐれも捕まえようとしないでください。生徒のみなさんは節度のある行動を心掛けてください》
騒ぎは驚異的なスピードで広まっているらしい。校内放送で注意がされるほどだ。
廊下で地鳴りがした。
ルーファスは眼を丸くした。
ララがこっちにやって来るではないか!?
またとないチャンスだが、その後ろからはトップを走るユーリと、その後ろにはバッファローの群れのような生徒たち。
ルーファスは命の危険を感じた。
「こっち来ないで!」
ドドドドドドドド!!
生徒の群れに呑み込まれたルーファス。
「ぎゃああぁぁぁぁ~」
ルーファスの悲鳴も足音の地鳴りに呑み込まれる。
ドドドドドドドド!!
欲望に駆られた生徒たちに眼中にはルーファスなど映っていなかった。
生徒たちが去った廊下には、服がボロボロになって潰れたルーファスが残されていた。
「うう……みんなヒドイよ」
そんなルーファスに手が差し伸べられた。
――違った。
手を差し伸べるのではなく、襟首をつかまれて強制的に立たされた。
「妖精はどこだ?」
尖った氷のような脅すように尋ねてきたのはカーシャだった。
「ファウスト先生ともめてたハズじゃ?」
「ヤツと遊んでいるヒマなどない。足止めしてさっさと逃げて来たところだ」
どんな足止めをしたかわからないが、ファウストもなかなかの使い手だ。きっとすぐに復帰してくるに違いない。そうなったら、同じ妖精を追いかけてカーシャと張り合うことになるだろう。そしてまた鉢合わせしたら、甚大な被害が出ることは間違いない。
校内で攻撃魔法を容赦なくぶっ放すダメ教師には困ったものだ。それでも首にならないのは、実力主義のクラウス魔導学院の人事ならではだろう。つまりカーシャもファウストも、かなりの実力者ということだ。
クラウス魔導学院には教師以外の生徒も、かなりの実力者が勢揃いしている。
つまり今回の騒ぎが多くなれば実力者たちも参戦して、ルーファスのライバルがどんどん増えてしまう。ルーファスの追試合格なんて絶望的だ。
ギラリとカーシャがルーファスを睨んだ。
「わかっているなルーファス?」
「えっ……なにが?」
「妖精を捕まえたら妾の前に差し出すに決まっているだろう」
「(決まってるってなにそれ)どんな願い事する気なの?(あんまり聞きたくないけど)」
「世界征服に決まってるだろう!」
きっぱりはっきり断言された。
決まってるとか言われても困る。世界征服とか子供ですら言わないような夢を語られても困る。しかもマジなところが本当に困る。
ケツを触って世界征服。そんなことで世界征服の願いが叶ってしまったら、征服されるほうは堪ったもんじゃない。
いちごパンツと赤ふん触ったら世界征服って……。
たしかにいちごパンツには夢がいっぱい詰まっているとはいえ、そんな方法で世界征服って……。
せめて7つのボールを集めて世界征服のほうがいい。
ふんどしの先には2つのボールしかない。5個も足らないじゃないか!(つっこむところを間違っている)
カーシャのほかにも、とんでもない願いをする者がいるかもしれない。そうなる前にルーファスが願いを叶えて欲しいところだ。追試合格というスケールの小さくて、わざわざせっかくのチャンスを使って願うことなのかと思うが、世界の平和を考えるならだれにも迷惑をかけない良い願いだ。
だがしかし!
ルーファスの目の前に立ちはだかる巨大な壁。
カーシャ!
「妾を出し抜こうと思うなよルーファス、ふふふっ」
そんな恐ろしいことルーファスにできるハズがない。ハズがないけど、カーシャに世界征服されるのも困る。そして、追試が不合格になるのも死活問題として困る。
こうなったら仕方ない。ルーファスの頭に過ぎる考え。
「もう不合格でいいよ。妖精も探すフリだけしよう」
ルーファスが願いを叶えれば、カーシャが出し抜かれたと思って報復してくる。かと言って、世界征服の手伝いもできないので、手伝うフリしてだけしてあとは、だれが平和的な願いをしてくれることを祈る。
追試をあきらめたルーファスは、他人任せを決め込むつもりだった。
だが、ルーファスは期待を裏切らない!
運命の女神はいつもルーファスを渦中に投げ入れる。
ルーファスの躰が宙に浮いた。
「な、なに!?」
驚くルーファスはカーシャの肩に担がれていた。
「行けルーファス!」
「はぁ~~~っ!?」
意味もわからないままルーファスミサイル発射!
ルーファスが投げ飛ばされたのは、生徒の群れの中だった。その先頭を走って逃げているリリの姿!
ここまま行けばルーファスとリリが正面衝突。
あくまでリリがその場を動かなかった場合の話だ。
ひょいっとリリが避けた。
ルーファスはリリの真横を飛び抜け、勢いよく生徒の群れに突っ込んだ。
ドーン!
まるでボーリングのピンのように次々と倒れる生徒たち。
叫び声や呻き声は廊下に響いた。
そんな生徒たちを見ながらリリが笑いながら去っていく。
「ばーか! オレを捕まえるなんて1000年はぇんだよ、あははははは!」
逃げられた。
生徒たちに潰されているルーファスは、死にそうな顔をして手を伸ばした。
「圧迫死する……うう……」
伸ばされたルーファスの手に触れた柔らかい感触。
ぷにぷに。
思わずルーファスはそれを揉んでしまった。
生徒たちが立ち上がってはけてくると、ルーファスは自分が触っているものが、なんだか見えはじめた。
ピンクのストライプのパンツ。
そう、ルーファスが触っているのはお尻だった。
ついにルーファスは女の子のお尻に触れたのだ!
でもそれはララのお尻ではなく……。
顔を真っ赤にしたビビと目が合った。
「ルーちゃんのえっち!」
バシン!
ビビの平手打ちが炸裂。
「ぶへっ!」
珍獣の叫びをあげながらルーファスの顔が変形した。
ルーファスが触っていたのは、ビビのお尻だったのだ。
「もぉ、ルーちゃんなんか大っキライ!」
顔を真っ赤にしたままビビが逃げるように走り去っていく。
そして、ルーファスの頬も真っ赤だった。
ルーファスは頬についた手のひら痕にそっと触れた。
「ヒリヒリするし口の中も切っちゃったよ。事故なんだから、あんな力一杯叩くことないのに」
カーシャに投げられ、ビビのビンタを喰らい、散々な目に遭ってしまった。
だが、ルーファスの災難はまだまだはじまったばかりだ。
ルーファスを取り囲む生徒たちの視線。身体がチクチクするほど痛い視線を浴びせられている。
「おまえのせいで逃げられたじゃないか!」
「あとちょっとで捕まえられたのに!」
「どうやって責任取ってくれるんだよ!」
欲望に駆られた人々は怖い。
身の危険を感じたルーファスは咄嗟に遠くを指差した。
「あっちに妖精が!」
ルーファスの叫び声に合わせて、一気に生徒たちの視線が指先に向けられた。
今のうちにルーファスは全速力で逃げた。
だが、すぐに生徒に気づかれた。
「あいつ逃げたぞ!」
「追え!」
数人の生徒がルーファスを追ってきた。
妖精じゃなくて、いつの間にかルーファスが追われる展開に!?
「なんで私が追われてるのさ!」
欲望に目が眩んで、判断能力が落ちている。
ルーファスは1つ学んだ。
「(欲望は人を狂わせるんだなぁ)」
だからこそ欲望に忠実で私利私欲なカーシャはいつも狂ってる。
狂ってっていうか、ぶっ飛んでる。
数々の危機に直面してきたルーファスは、その危険を本能的に悟って急いで伏せた。
カーシャに集まるマナフレア。
「ホワイトブレス!」
校内で攻撃魔法をぶっ放したカーシャ。
妖精を狙うライバルを蹴散らすつもりだ。
ルーファスの頭上を抜けていった凍える吹雪。
このままでは生徒たちが危ない!
ジャラジャラと鳴る魔導具の音。
そんな大量の魔導具を身につけているのはあの人物しかない。
「ファイアブレス!」
ファウストの手から炎の渦が放たれた。
ピンチだったとは言え、校内で攻撃魔法をぶっ放したファスト。
カーシャとファウストは遣りたい放題だ。
放たれた炎によって吹雪が相殺させた。
唇を噛んだカーシャ。
「くっ……また妾の邪魔をしおって」
「カーシャ先生、生徒を殺そうとするとは許せませんねえ」
「殺すわけないだろうが、ばーか。瞬間冷凍なら、適切な解凍さえすれば命に別状はない。おまえだって現にピンピンしてるだろうが!」
「先ほどは、よくも氷付けにしてくれましたね。そのお礼をさせてもらいますよ!」
二人がマジでやり合ったら、そりゃもう大変なことになってしまう。
だが、これはルーファスにとってはチャンスだった。
「(ファウスト先生には悪いけど、押しつけて今のうちに逃げよう)」
コソコソっとルーファスはこの場から逃げることにした。
ファウストに気を取られているカーシャの眼中には、ルーファスのなんて映らない。
ドッカーン!
爆発音が聞けてきたが、ルーファスは決して後ろを振り返らなかった。