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第13話「パンツに願いを(1)」

 運命の日。

 珍しく凜とした表情をしているルーファス。

 その前には薄ら笑いを浮かべるファウスト。

 しんと静まり返った召喚実習室。

 ルーファスが息を呑んだ音が響いた。

 そして、ファウストが重々しく口を開く。

「わかっているな?」

 強烈なプレッシャーを含んだ声だった。

 ルーファスの顔から滝のような汗が流れた。

「や、やっぱり今日はやめにしませんか?」

「ならば即、赤点決定だ!」

「……ですよねぇー(ぐすん)」

 温情に温情を重ねて、どうにか追試を受けられることになった。

 これまでの失敗を考えれば、とっくに愛想を尽かされ、不合格にされているところだ。

 そこをなんとか、不慮の事故ということで、追試に追試を重ねてきたが、さすがにそろそろ次はない。ファウストがそういうプレッシャーを放っているのだ。

 ここでルーファスの召喚戦歴を振り返ってみよう。

 9月4日シルフ――普通に召喚失敗で、追試が決定。

 9月7日ハリュク――呼んでもないビビを呼びだしてしまう。

 9月22日ガイア――練習中に未知との遭遇をしてしまい王都を巻き込んだ事件に発展。

 9月23日ノーム――呼んでもないビビの母親を呼び出してしまう。

 10月2日ノーム――呼んでもないユーリを呼びだしてしまう。

 ユーリとは諸事情から地元を飛び出した女装ッ娘なのだが、ルーファスは未だにユーリが男ということを知らなかったりする。現在ユーリはカーシャの偽装工作によって、クラウス魔導学院に編入手続きをしている最中だ。詳しくはマ界少年ユーリを読んでね!

 そして、本日10月4日シルフ。発端となった召喚試験から1ヶ月。ルーファスにとっては、怒濤の流れで過ぎ去る早いような、内容が濃いために遅いような1ヶ月だった。

 ファウストが1枚の契約書をルーファスの顔面に突き付けた。

「ここにサインするのだ!」

「……え?(これってファウスト先生お得意の悪魔の契約書じゃ)」

「今回の追試はいかなる理由があろうとも、失敗は許さん。言い訳ができぬように、ここにサインするのだッ!!」

 ファウストの気合いに押され、物怖じしたルーファスは契約内容をよく読まないでサインしてしまった。

 満足そうに微笑んだファウストは、すぐに契約書をしまってしまった。

 サインをしてしまって、時間が経ってからルーファスはじわじわと恐怖が湧いてきた。

「……しまった(とんでもない契約書にサインしちゃったよぉ。カーシャとのやり取りを見てれば、取り立ての厳しさは知ってたのに)」

「では召喚の準備に取りかかるのだ」

「いや……心の準備が……」

「何度目の追試だと思っているのだ。心の準備など無用だろう!」

「は、はい! 今すぐに取りかかります!」

 焦って準備をはじめるルーファス。この焦りが失敗に繋がらなければいいが……。

 召喚の成功率を高めるための魔導具を並べ、魔力が注入されている召喚用の水性ペンキのバケツに巨大な筆を浸けた。

「用意できましたファウスト先生!」

「うむ、準備だけは上達しているようだな」

「魔法陣もテキストを見なくてもバッチリ描けます!」

「自慢できるほど難しい魔法陣ではないぞ。初歩の初歩の魔法陣だ。あんなもの、空で描けて当たり前だ」

「ですよねぇー」

 一気にルーファストーンダウン。

 どんどん自信が失われていく。

「なんかもう召喚術とか一生成功する気がしないんですけど」

「召喚士[サモナー]に弱気は禁物だ。召喚相手によって、こちらの態度を変えることは、契約成立の大きな要素である。無償の契約となれば、なおさらこちらの態度が重要なことを忘れるな。力に従う者には威圧や武力で接する必要がある」

「武力とか威圧とか苦手なんですけど」

「ならば、はじめから友好的な相手を召喚するのだな」

 呼び出したい相手をちゃんと呼び出せるなら、これまでの失敗だってなかった。

 なかなか魔法陣を描き始めないルーファス。ペンキが乾いてしまいそうだ。

 ファウストが痺れを切らせる。

「早くしろ」

「トイレ行っちゃダメですか?」

「却下だ」

「追試内容をレポート提出とか変更できませんか?」

「却下だ」

「そこをなんとか……」

「ならんな。召喚を成功させる以外は認めん」

 だが、ここでファウストは悪魔の笑みを浮かべて続ける。

「しかし、私とて悪魔ではない。サービスしてやろう」

「どんな?」

「どんなモノを召喚しようと、使役できたら合格にしてやろう。もしも魔王級を使役できたら、A++をやってもいいぞ、クククッ」

 また不慮の事故で予期せぬ相手を召喚してしまっても、とにかくその相手と召喚しろというのは、ある意味難易度が上がっているような気がする。最悪、生き物ですらないものを呼びだしてしまったら、使役とか契約以前の問題だ。

 けれど、呼び出す相手によったら好条件で物事が運ぶかもしれない。

 ルーファスは思った。

「(人なつっこい犬でもオッケーなのかな?)」

 オッケーだとしても、犬を呼び出す魔法陣を知らなきゃダメだ。もちろんルーファスは知らない。そもそも、今回の試験では、召喚するものは固定されている。

 固定されているのにも関わらず、違うものばっかり呼び出してるから、追試に追試なのだ。

 ルーファスは意を決して魔法陣を描きはじめた。

「よし、どんなものでドンと来い!」

 固定されているのに、なにが飛び出すかわからない気満々だった。

 魔法陣を書き終え、ルーファスが詠唱をはじめようとしたとき、実習室のドアが開いた。

「こちらが召喚実習室になります」

 部屋に入ってきたのは事務員の女性と、そのあとに続いて来たユーリだった。

 事務員はファウストと目が合って慌てた。

「使用中でしたか、失礼しました。編入生に校内を案内していたところでして」

「まだ準備中だ構わん。せっかくだから、見学して行くがいい」

 ルーファスが目を丸くした。

「はっ?」

 ただでさえ失敗確立が高いのに、見学者なんかいたら、ルーファスは緊張でさらに失敗してしまう。

 活発そうでボーイッシュってゆーか、じつはボーイなユーリが瞳をキラキラさせた。

「見学させてもらえるなんて嬉しいです!(オーデンブルグ家の家訓――とりあえず人の好意は笑顔で受けとけ!)」

 ぶっちゃけ見学自体はどーでもいいと思ってるユーリだった。

 慌てるルーファス。

「見学なんてダメダメ、ダメ! ファウスト先生、もしものことがあったら大変ですよ!」

「失敗しなければいい話だ、ククッ」

 その笑いは成功すると思ってない感じだ。

 さらにユーリも白けた眼でルーファスを見ている。

「(あの人そーとー使えないし、失敗確実っぽいなぁ。事故に巻き込まれないようにしなきゃ。あっ、軽く巻き込まれて損害賠償請求するっていうのも手かも)がんばってルーファス!」

 心のこもってない応援だった。

 ルーファスはプレッシャーで押しつぶされそうだった。自分に集まる視線から逃れられない。その視線の1つが『早くしろよ』という感じで睨んでいる。

 ビビるルーファス。

「(怖いよユーリ。なんか僕にだけキツイ気がするなんだけど……気のせい?)」

 きっとそれは気のせいじゃない。

 ユーリは事務員に眼を向けられた途端、スマイルを浮かべた。もちろん営業スマイル。

 犬は群れの中で格付けをする。それはあくまで本能によるものだが、ユーリは打算でそれを行っている。そーゆー子なのです、ユーリちゃんは。詳しくはマ界少年ユーリを読んでね!

 追い詰められたルーファスは、前へ進むしかなかった。

 もうすでに魔法陣は描き終わっている。

「じゃあ呼び出しますから、行きますよ、行くからね、行っちゃうよ?」

「早くしろルーファス!」

 踏ん切りの付かないルーファスにファウストの叱咤が飛んだ。

 急かされたルーファスは勢い任せに召喚した。

「出でよイ――」

 まだ最後まで言葉を発していないというのに、魔法陣が輝き何かが空間の歪みから飛び出してきた。

「「大当たり!」」

 と声を合わせながら現れたぷかぷか浮いた2つのシルエット。

 召喚されたのはピエロのような衣装を着たちっこい少年少女だった。

 唖然とするルーファス。

「……失敗した」

 また予定外のものを召喚してしまったのだ。

 だが失敗は失敗でも、不合格と決まったわけではない。

 ファウストが口を開く。

「使役できたら合格だ」

 そうだ、まだチャンスはあるのだ!

 ルーファスはさっそく契約交渉をしようとした。

「ともだちになってください!」

 友好による契約交渉だった。

 ピンク衣装の少女がイヤそうな顔をした。

「キモイ~」

 ブルー衣装の少年が笑った。

「ぷぷっ、ダッセーメガネ」

 メガネデビューしたばかりのルーファス。レンズはグルグル渦巻く分厚いもので、メガネによるイメチェンのマイナス効果を引き出してしまっている。

 ルーファスはめげずにがんばる。

「ともだちになってください!」

 ……し~ん。

 友好による交渉は無理そうだ。

 ルーファスは気負いを入れてがんばる。

「こ、この野郎、私の言うことを聞いてくださいコンチキショー!」

 たぶん威圧したつもりなのだろうが、ぜんぜんなってない。

 少女は少年と顔を見合わせた。

「変な奴に呼び出されちゃったけどどーするーリリ?」

「決まりなんだからしかたねぇーだろ。さっさとゲームしようぜルル」

 少女のほうがリリ。

 少年のほうがルル。

 ゲームとはいったい?

 ユーリがハッとして眼を丸くした。

「思い出しました! 伝説の妖精ユニットに違いありません。性格が悪いですが、運良く召喚できた者には幸福を訪れるというケツタッチンです!」

 ファウストが頷いた。

「うむ、たしかにケツタッチンのようだ。私もはじめて見た」

 幸運が訪れる妖精ケツタッチン。

 ということは?

「私に幸運を訪れるってこと!?」

 ルーファス興奮。

 チッチッとリリが舌を鳴らした。

「呼びだしただけじゃダメだぜ。オレとルルのケツを触れたら、どんな願いでも叶えてやるよ」

「簡単には触らせないけどー」

 ルルはお尻を突き出し、スカートから覗いたパンツをフリフリ振った。いちごパンツだ。

 女の子のお尻にタッチなんて、痴漢プレイだ!

 そんなことルーファスにできるハズがない。

「でも触れれば追試に合格できるんだ」

 どんな願い事でも叶うというのに、欲がないのか、目の前のことしか見えていないルーファス。

 だがユーリが違った。

 大いなる願いを込めてルルに飛び掛かった。

「アタシは!(本物の女の子になりたい!)」

 ユーリの手が宙をつかむ。いちごパンツまであと一歩で逃げられた。

「きゃはは、捕まえられるもんなら捕まえてみな。ウチのお尻だけ触っても願い事は叶わないよ。ほら、リリが逃げちゃうよ」

 リリは宙を飛びながら部屋の外に出ようとしていた。その後ろ姿は中身丸見え。リリもスカートのような衣装になっていて、空飛ぶ後ろ姿は丸見えなのだ――赤いふんどしが。

 愕然とショックを受けるルーファス。

「あ、あんなの触りたくない!」

 男がふんどし姿の男のケツを触るなんて、変態行為だ。

 ルーファスは痴漢にも変態にもなれず、もはや断念しようとしていた。

 しかし中間のユーリはどっちもイケる口だった。

「絶対に捕まえてやる!(そしてアタシは女の子になる!)」

 どっちのケツを触ることにも躊躇なし!

 部屋を出て行った妖精たち。それを追ってユーリも姿を消した。

 残されたルーファスの眼前に羊皮紙が突き付けられた。

「ルーファス、契約を忘れたとは言わせんぞ?」

 ファウストと交わしてしまった悪魔の契約。

「べつに言い訳とかしませんよ。もう不合格でいいです」

「ならば契約に基づいてあることをしてもらうが、いいな?」

「へ? 言い訳させないための契約じゃ?」

「予定外のモノを召喚し、それに対処できなかったときの契約だ。そう契約書には書いてあったはずだが?」

 ……勢いでサインしちゃったから読んでない!

 が~ん。

 ルーファスショック!

「そ、そんなぁ」

 いつか悪徳商法に引っかからないかと、ルーファスのことが心配になる。

 しかし、ルーファスに残された道はまだある!

 あの妖精を使役できればいいのだ。

 てっとり早い方法は、お尻に触って願い事を念じる。

「がんばろう。お尻に触るだけでいいんだ。でもやっぱりムリですよファウスト先生。男の子のお尻はがんばって触りますけど、女の子はちょっと~」

「こんなところで油を売っているヒマはないぞ」

「なんでですか?」

「編入生もそうだが、事務員も眼の色を変えてケツタッチンを追って行ったぞ。学院中に噂が広まるのも時間の問題だろう」

 どんな願い事も叶えてくれる。そうなったら、だれもが眼の色を変えて妖精を追いかけるだろう。

 さらにファウストは付け加える。

「ケツタッチンに願いを叶えてもらえるのは1人だけだ。願いを叶え終えたケツタッチンはすぐに姿を消してしまうのだ」

「ますます急がないとダメじゃないですか(ますます合格できる気もなくなってきた)」

「わかったら早く行け」

「ファウスト先生は行かなくていいんですか?」

「もちろん行くに決まっているだろう!」

 行くのか!

 ルーファスを置いてファウストも部屋を飛び出した。

 独り召喚実習室に残されたルーファスも慌てて妖精たちを追った。

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