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第12話「ルーファスエボリューション(4)」

 ルーファスはビビの前で膝をついた。

「こんな可愛らしいお嬢さん、今まで見たことがない。私の心は今、チョコレートのように甘く、そして少しほろ苦い恋に落ちてしまった!」

 まさかルーファスの口からそんなセリフが出るなんて……。

 ビビは驚きのあまり声も出ない。

 でも、ちょっと時間が経ってくると、ビビは顔を真っ赤にしてはにかんだ笑顔になった。

「えへへ、ルーちゃんどうしたの急に?」

「なんて素敵な笑顔なんだ。まるでひまわりのようだ……いや、ひまわりを照らす温かい太陽の光のような笑顔だ。君は天使なのかい?」

「天使じゃなくて悪魔だけど……え……っと、なんだか恥ずかしくなってきちゃった。もぉ、ジョーダン言わないでよルーちゃん」

「ジョーダンなんて口が裂けても言わないよ。君は僕と出会うために生まれて来たんだ。運命というエンゲージリングが僕たちを結びつけてくれたのさ!」

 あきらかにおかしい。いつもルーファスじゃない。そうはわかっていても、ビビは悪い気はしなかった。

 ビビのニヤニヤが止まらない!

 だが、次の瞬間にはルーファスがひざまづいていたのはアインの前!

「こんなところに女神様が!」

「えっ、わたしのことですか!?(ルーファス先輩……頭でも打ったんじゃ?)」

「その健康的な肌、身体、短い髪、健康美に溢れている。まさに自然の芸術だ!」

 アインをくどくルーファスを見てビビは白くなりかけていた。

「ルーちゃん(あんな軽い男の人だったなんて……今まで知らずに過ごして来ただけなのかな……実家に帰ろうかなぁ)」

 ルーファスの新たな一面発見かっ!?

 困ったアインは店主に助けを求めた。

「ルーファス先輩になにがあったんですか!?」

「わからないコケ」

「わからないって、さっき必死で止めようとしたじゃないですか!」

「どんな眼鏡がわからなかったから止めたコケ」

 そんなメガネを店に置くなよ!

 店主が肩をすくめた。

 アインが店主と話していると、再びルーファスはビビの元にいた。

「どうしたんだい可愛らしいお姫様?」

 お姫様というのは誉め言葉ではなく事実だ。

 ビビがどんよりした空気を背負いながら、しゃがみ込んで動かず口も開かない。

「黙っていてはわからないよ。もしかして悩み事があるのかな? ならば君の進むべき道を僕が示してあげよう。さあ、この舵を握って進路を取るんだ!」

 ルーファスが親指で指し示したのは自分の股間だった。

 下ネタかっ!!

 閉鎖空間に入ってしまっているビビはツッコミもしないし、目の前にいるルーファスも目に入っていなかった。

 アインが駆け寄ってきた。

「しっかりしてくださいルーファス先輩!(ここでルーファス先輩を正気に戻せたら、きっとローゼンクロイツ様の好感度があがるハズ!)」

 素晴らしい動機だ。

「また逢ったね女神様。どうだい今夜は飲み明かそうじゃないか。君のためのこのボトルも空け――」

「言わせませんよ!」

 アインは言葉を遮り、ルーファスの腕を掴んだ。

 絶対にルーファスは自分の股間を指すつもりだった。

 ルーファスに起きた異変。性格に変化が起きたことは明らかだ。原因はおそらくメガネ。

 アインはルーファスのメガネに手を伸ばした!

 だが、手を掴まれた。しかもただ掴んだだけではなく、互いの指と指をガッシリと組まれて離れない。

「嗚呼、レディからダンスの誘いをさせるなんて失礼した。改めて僕からダンスを申し込もう。踊ってくださいますね、太陽の女神様」

「えっ、その……」

 とか口ごもっていると、無理矢理踊らされた。

 アインのダンスはぎこちなかったが、ルーファスは優雅に躍っている。

 いつの間にか復活していたビビは、復活と共に冷静にもなって、その状況は注意深く観察していた。

「(ルーちゃんが踊ってる。運動神経のないルーちゃんがダンスなんて……?)」

 それもメガネの力なのか?

 ビビはそ~っとルーファスの背後に近付いた。

「(メガネさえ奪っちゃえば……)」

 そ~っと、そ~っと、ビビは気配を消して――ルーファスに飛び掛かった!

 が!

 ビビの両手がルーファスに掴まれた。

「君も僕と踊りたいのかい?」

 アインが解放されて、次はビビとダンス。

 足がもつれそうになるビビ。

「あっ、ちょ、待って……ああっ!」

 はじめは見るも無惨な踊りだったが、ちょっとずつビビは可憐なステップを踏みはじめた。

 まるでその一角は王宮の舞踏会。

 ビビは幼い頃の思い出を浮かべていた。

「(社交ダンスの練習させられたんだった。先生がすっごいきびしくて、あのときは本当にイヤだったなぁ)」

 その練習がここで役に立っている。

 気品漂う眼差しでルーファスが微笑んだ。

「まるで君の踊りは蝶の舞いのようだ」

「そんなこと言われると照れちゃうよぉ……あっ」

 ビビの足がもつれた。

 倒れそうになったビビの腰を抱いてルーファスが支える。

 見つめ合う二人。

 唇と唇はすぐそこに……。

 ビビは頬を赤らめた。

「(ルーちゃんの顔がすぐそこに……でも、でもでも、今のルーちゃんはいつのルーちゃんじゃない)」

「海の見える丘にある教会で結婚しよう」

「……えっ、ええええ~~~っ!」

「夜はお祝いのボトルを――」

「だめぇーーーっ!」

 ビビはルーファスを押し飛ばした。

 尻をついたルーファスの瞳は輝いていた。

「なんて強い押しなんだ……押しの強い女性は嫌いじゃないッ!」

 押しの意味が違うような気がする。

 だが、次の瞬間にはルーファスの視線は、破壊されている壁の先を歩いていた若い女の子に向けられていた。

 ルーファスが外の世界に飛び出した!

「貴女はマダルガスの絵画から出てきたのですか!」

 マダルガスとは美人画で有名な画家の名前だ。

 戸惑う女の子。

 しかし、そんな女の子を放置してルーファスは近く似た女性をくどきはじめていた。

 さらにほかの娘、ほかの、ほかの、ほかの、見境なくくどいている!

 ルーファスの節操のない行動を見ていたビビの瞳がギラ~ン!

 イエローアイからレッドアイへ。

 ビビは大鎌を召喚してルーファスに襲い掛かる。

「ル~ウ~ちゃ~んッ!!」

 怒りに燃えている。ビビが怒りに燃えている。

「ばかぁーーーッ!」

 大鎌がルーファスの首を狙う。

 マジだ、マジでヤル気だ。

 ビュン!

 風を切った大鎌。

 だが、ルーファスの首を斬れなかった。

 目を丸くするビビ。

 微笑んだルーファスは片手で大鎌を受け止めていた。正確には手にマナを集中させ、魔法壁で防いだのだ。

「殺したいほど愛されているんだね、僕は」

「……ルーちゃんのばかばかばかぁ!」

 目だけではなく顔まで真っ赤にして、ビビは連続斬り!

 だが、そのすべてを華麗にルーファスは受け止めた。

 ビビは驚きを隠せない。

「(ルーちゃんが……強い!)」

 しかしそう思ったの束の間だった。

 酔っぱらったオッサンが近付いてきて、ルーファスをぶん殴ったのだ。

「彼女とのケンカなら別の場所でやれーッ!」

 パンチを喰らったルーファスは地面に倒れてグルングルン回った。

 倒れたルーファスにビビが斬りかかる。

「ばかぁッ!!」

 その一撃も素早く立ち上がったルーファスの手によって止められた。

 再びそこで酔っぱらったオッサンが近付いてきた。

「だから別の場所でやれって言ってんだろーッ!」

 オヤジの鉄拳!

 またもルーファスは避けきれずに殴られ地面に倒れた。

 この状況に入れずに見守っていたアインは、ある仮説を立てた。

「まさか……女の子には強くても、オヤジには弱い!?」

 あっ、ルーファスが逃げた!

 オッサンから逃げた!

 だが、逃げただけではない!

「君が美しすぎて立ち眩みが……」

 それはきっとぶん殴られたからだ。

 次から次へとくどいていたルーファスの足が止まった。その表情は驚きに満ちあふれている。

「後光が差している!」

 その視線の先を歩いていたのは空色ドレスの麗人。

「まさに君こそ空に輝く真の太陽だ!」

 ルーファスがローゼンクロイツをくどいたーーーっ!!

 ビビ&アインショック!

 大鎌がビビの手から落ちた。

「疑惑はあったけど……あったけど……あからさまにやおいなんて!!」

 ローゼンクロイツのストーカーであるアインのショックも計り知れない。

「ローゼンクロイツ様の性嗜好に口出しなんて恐れ多いですけど、だれかのものになるなんて……許せません!」

 アインは恋の炎を燃やした。

「ファイアーボール!」

 炎の玉がアインの手から投げられた。

 その攻撃を防いだのはルーファスではなくローゼンクロイツだった。

「ウォータービーム(ふにふに)」

 一瞬にして炎は水に呑まれて消えた。

 ローゼンクロイツの瞳は目の前のルーファスではなく、アインを見据えていた。

「おいたはダメだよ(ふあふあ)。ライトチェーン(ふにふに)」

「ああんっ、ローゼンクロイツ様ぁ!」

 アインは自らライトチェーンに巻き付いて簀巻きにされた。

 ふあふあしているローゼンクロイツの前で、ルーファスはひざまづいていた。

「君には歯の浮くような飾った言葉なんて必要ない。君を現す言葉はこの一言で十分だ――荘厳!」

 そう‐ごん【荘厳】――重々しくおごそかで立派なこと。威厳に満ちあふれているさま。

 たしかにそのふあふあした感じは悟りの境地を開いたようにも見える。

 その表情はアルカイック・スマイル――口の両端をかるく引き上げる微笑は、上機嫌や陽気や愉快といった感情を超越し、慈悲深い呪術的な神の領域の微笑。単純に若干アヒル口っぽいとも言えるが。

 そのローゼンクロイツの口が言葉を言葉を紡ぎ出す。

「……呪われてるね、そのメガネ(ふにふに)」

 エメラルドグリーンの瞳の奥で輝く五芒星[ペンタグラム]は多くを見通す。

 さらにもう一言付け加えた。

「キミの名前は?(ふにふに)」

 目の前にいるのはルーファス。ローゼンクロイツが知らないハズがない。

 つまり……?

「嗚呼、なんということだ。僕としたことが、己の名前を君の心に深く刻み込んでもらうことを忘れていたなんて。僕の名前は愛の貴公子ことアル・ツヴァン3世!」

 ルーファスじゃない!?

 ビビとアインは大きな誤算をしていた。

 ルーファスの性格が変になったのではなく、ルーファスの身体が別の人格に乗っ取られていたのだ。

 どおりでローゼンクロイツが男だと知らずにくどいたわけだ。

 大鎌をしまったビビがルーファスの顔をまじまじと覗き込んだ。

「ルーちゃんじゃないの?」

「ルーちゃんとはこの身体の持ち主のことかい? 僕はこの身体の持ち主とはまったくの無関係の赤の他人の幽霊さ!」

 おまけ付きならぬ、おばけ憑きのメガネだった。

「早くルーちゃんの身体から出てって!」

 ビビは必死になってツヴァンのメガネを取ろうとするが、ヒラリヒラリとかわされる。やっぱり女の子には強いらしい。

 だったらローゼンクロイツならどうだ!?

 でもローゼンクロイツはふあふあしているだけだった。

 ビビはローゼンクロイツに顔を向けた。

「ローゼンも手伝ってよ、こいつをルーちゃんの身体から追い出して!」

「……めんどくさい(ふぅ)」

 で片付けられた。

「もぉ、ローゼンのばか!」

 頬を膨らませたビビはひとりでなんとかしようと奮闘。

 でもやっぱりダメだ。

 ツヴァンはルーファス以上にルーファスの身体を自由に操っている。息を切らせているのはビビだけだ。

 ほんの一瞬、ツヴァンの動きが止まった。

 ビビの手がメガネに伸びる。

 バシッ!

 その手は呆気なくツヴァンに捕らえられた。

「君に僕の自由は奪えない」

「ルーちゃんの身体から出てって!」

「そんなにこの身体の持ち主が大事なのかい――この僕よりも!!」

「当たり前でしょ!」

 そりゃ当たり前だ。

 ツヴァンはルーファスの顔を借りて真面目な表情をした。

「君とこの身体の持ち主の関係は?」

「……ともだち。ただのともだちだけど、それがなにか?」

 ちょっと怒ったような言い方だ。

「ただの友達か……まあいい。君が本当に僕にこの身体から出ていって欲しいと願うのなら、1つ条件がある」

「どんな?」

「こんな僕だが、この世でただひとり……告白できなかった女性がいる。彼女に告白できなかったことで、僕は死んでも死にきれずに愛用していたメガネの呪縛霊となってしまったんだ。条件は彼女を捜し出し、僕と合わせて欲しい」

 呪縛霊になったいきさつは置いといて、なんでそんなメガネ売ってんだよ!

 ビビは条件を呑むことにした。

「うん、わかった。それでその女性の手がかりは?」

「運が良ければまだこの街に住んでいると思う。名前はクリスチャン・アリッサ」

 少ない手がかりだ。

 しかし、この名前に反応した者がいた。

「……知ってるよ(ふにふに)」

 ただふあふあしてるだけじゃなくて、ちゃんと話を聞いていたらしい。

 ツヴァンは驚いた。

「知ってるのかい!?」

「知ってるよ、どこで働いているか(ふにふに)」

「会わせてくれ、会わせてくれたら成仏でも何でもしてやる!」

 必死に訴えたツヴァン。

「いいよ(ふあふあ)。そこに行く用事があったから(ふにふに)」

 こうしてローゼンクロイツの案内でアリッサの元へ行くことになったのだった。


 案内された場所は目と鼻の先だった。

 アンダル広場を見下ろす聖リューイ大聖堂。

 この場所は観光のために一般開放されている部屋と、関係者以外立ち入り禁止の部屋に分かれている。

 ローゼンクロイツが進んでいく先は関係者以外立ち入り禁止の場所。

 先頭を歩くローゼンクロイツの姿を見ながら、ビビはとても心配そうな顔をしていた。

「(あのローゼンが自信満々に歩いていく……絶対に迷うはず!)」

 方向音痴と言えばローゼンクロイツ。彼の知り合いだったらみんな知っている。

 そして、ふとローゼンクロイツの足が止まった。

「……迷った(ふにゅ)」

 やっぱり!!

 わかっていた、わかっていた結果だ。なのにローゼンクロイツを先頭に歩かせたのが悪かった。

 この場所にいるということまでわかっていれば、あとは簡単に見つかるかもしれない。聖リューイ大聖堂に来たこと自体が迷った結果という可能性も捨てきれないが。

 ツヴァンは近くにいたシルターに尋ねることにした。

「宗教画に描かれた天使のようなお嬢さん、クリスチャン・アリッサがどこにいるかご存じありませんか?」

「アリッサ様ならご自分の部屋でお仕事をなされていると思います。よろしければ部屋の目までご案内して差し上げましょうか?」

「ありがとうございます。君のような美しい方にエスコートしていただけるなんて、僕は天の階段を昇る心地です」

 ぜひともさっさと駆け上って成仏して欲しいものだ。

 シスターに案内され、ついに部屋の前まで辿り着いた。

 ツヴァンはノックをすると、返事も待たずに部屋の中に飛び込んだ。

「僕が本当に愛していたのは君なんだ!!」

 その視線の先には枯れ枝のようなバアさんが……。

 ローゼンクロイツはペコリと頭をさげる。

「こんにちはアリッサふあふあ

 どうやら本物のアリッサらしい。

 どこからともなくピュ~と風が吹き、ツヴァンは白くなった。

 アリッサは笑った。

「ふぉふぉふぉっ、わしもまだ捨てたもんじゃないみたいだね。若い子に誘われたんじゃ、デートのひとつもしてやらんとな」

 骨と皮の腕がルーファスの腕に回された。

 このときルーファスは呪縛から解放されて意識を取り戻した。

「えっ、なに、どうなってるの!?(なにこの満面の笑みのおばあさん!?)」

 アリッサに連れられてルーファスは行ってしまった。

 呆然と立ち尽くすビビ。

「どーゆーこと?」

 どうやらもうツヴァンは消えたらしい。

 ローゼンクロイツは床に落ちていたあのメガネを拾い上げた。

「昔はずいぶんと美人だったらしいよ(ふにふに)」

 そう、じつはツヴァンが生きていたのは何十年も昔のことだったのだ。

 愛した相手の変わり果てた姿。

 共に同じ時間を過ごしていたら、違う結果になっていたかもしれない。

 呪縛霊とは時間に取り残された存在なのである。


 一方そのころ、どっかの道ばたでは。

「助けてくださいローゼンクロイツさま~ん!」

 アインは簀巻きにされたまま放置されていた。

カーシャさん日記

「グルグルメガネ」997/10/01(ガイア)

ふふっ、あれはない。

ちょっと繁華街まで遊びに行ったら、ルーファスがビビと歩いていた。

奴らは休日もいっしょなのか、というのはさておき。

あのメガネはない。

ルーファスの視力が落ちたらしいことは知っていたが、あのメガネはない。

ダサすぎる。

牛乳瓶の底みたいな分厚いグルグルレンズ。

妾だったら、あんなメガネで外なんか歩けん。

自殺するレベルだな。

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