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第12話「ルーファスエボリューション(3)」

 リューク国立病院で騒動があった翌日。

 今日は学院も休みのガイアの休日で、ルーファスは目覚ましをかけずにスヤスヤ安眠。

 ――のハズだったのだが。

「ルーちゃんおはよーぐると!」

 部屋に飛び込んできたビビがルーファスの腹にエルボー!

「うげぶっ!!」

 奇声を上げてルーファスがエビのように飛び上がった。

 激痛で目を覚ましたルーファスだったが、目の前にいるビビがぼやけて誰かわからない。

「だれ? リファリス姉さん……じゃないよね」

 ルーファスビジョンでは、ビビの頭がちょっとカニっぽく見えている。ツインテールがハサミの部分だ。

「ちょ~可愛い仔悪魔のビビちゃんに決まってるでしょ~(やっぱり目よくなってないんだ)」

「あぁ~、ビビか。ってなんで人の部屋に勝手に……」

「勝手じゃないよ、ちゃんとお姉さんに入れてもらったし」

「僕より先に起きてるのか……リファリス姉さん」

 まるでいつも自分の方が先に起きているような言い方だが、いつも先なのはルーファスの目覚まし時計の音で起こされているリファリスだ。

 朝――と言っても昼近いのだが、元気ハツラツなビビちゃん。

「よしっ、張り切ってメガネ屋さんに行こーっ!」

「……めんどくさいよ」

 テンションが低いルーファス。

「ルーちゃんもっと元気出さなきゃ1日がはじまらないよ!」

「低血圧なんだから仕方ないよ。きのうは遅くまでネットやってたし(レベル2も上げられたし)」

 まったく目をいたわる気ナッシング。しかもやってたのはおそらくオンラインゲームだと思われる。

 だるそうにルーファスは上半身を起き上がらせた。無精全開なので、髪の毛が結わいたままだ。結わいたままで寝たせいで、ボサボサに毛羽立っている。しかも年季の入ったTシャツの襟がヨレヨレなのがチャームポイントだ。

 ボリボリとルーファスは頭を掻いた。

「めんどくさいよ。眼鏡屋さんどこにあるか知らないし」

「それならちゃんと調べてきたよ! そこのお店今なら全品20パーセントオフだって!」

「ふ~ん」

 と言った直後に再び就寝。

「ルーちゃん起きて!」

「あと5分、いやあと10分、やっぱり1時間」

 伸びている。

「ルーちゃん起きてってば!」

 身体を揺するが起きてくれない。

 ビビちゃんエルボーはリファリスの目覚ましボールより効果が薄いらしい。

 しばらくがんばったビビだが、大きく息を吐いてあきらめた。そして、部屋を出て行ってしまった。

 部屋も静かになって安眠パラダイスに浸るルーファス。

 だが、そこに恐怖が忍び寄っているとは思いもしなかった。

 ビビがリファリスを連れて帰った来た。

「起きろルーファス!」

 リファリスはルーファスの両足首を掴んで、グルンと遠心力をつけて投げた!

 投げた! 投げた! 投げたーっ!

 カメラアングルが3カット切り替わるかのごとく3回言ってみましたが、投げられたのは1回です。

 投げられたルーファスは壁に激突して、そのままマンガの山に落ちた。

「いっ……ててててて……リファリス……姉さん……今のはちょっと……やりすぎ」

「ハァ? アンタがこんなカワイイ女の子を寝坊して待たせるのが悪いんだろう」

「(べつに寝坊したわけでもないんだけどなぁ。勝手に家まで来たんだけど)」

 あえて口には出さない。口に出したところで、リファリスを前にしたら意見は消されてしまう。

 とりあえず目も覚めてしまったので、ルーファスは仕方なく出掛ける準備をすることにした。

「顔洗ってくるね。ビビはリビングで待ってて」

「うん、じゃあお姉さんとお昼ご飯食べてるね!」

「(ひとんちに押しかけて来て、昼ご飯まで食べる気なんだ。まるでカーシャだ)」

 カーシャのほうがもっと厄介で、ルーファス宅にはカーシャ専用の食器が勝手に置かれていたりする。


 昼食と身支度を済ませて、ルーファスとビビは街に出た。

 王都での公共の移動手段はいくつかある。

 十数年前に全路線が開通したアステア鉄道は、王都の外周を一周する路線にある4つの駅と、王都のほぼ中央にあるアンダル駅とが繋がっており、さらに外周の4つの駅からはほかの街への移動も可能だ。

 もっと細やかな移動をするなら、乗り合い馬車だ。馬車は一定の路線を運行しているものと、自由に行き先を指定できるものとに分かれている。この馬車を引く馬は実際の馬ではなく、馬を模った魔導具である。なぜ馬の形をしているかというと、街の外観を損なわないための配慮である。

 近年になって人口の増加などに伴い、乗り合い馬車を大幅に削減して、バスを導入する案が検討されている。

 ルーファスとビビは馬車に乗って商店街までやって来た。

 この場所は王都の中でも古くからの商店が建ち並んでいる場所で、ここにあるドラゴンファングという鍛冶屋は王都アステアでも3本の指に入る名工がいる。

 という場所でひときわ目立つ新装開店の電飾。古くからの店が並んでいるとはいえ、たまには新参の店があったりする。

 しかも、そのお店がビビの見つけてきたメガネ屋だったりする。ちゃんと20パーセントオフののぼりも出ている。

 店内に一歩足を踏み入れると――。

「おめでとうございます!」

 店主がすっ飛んできて、こう続ける。

「開店から10人目のお客様でございます、コケッコー!」

 もしかして景品とかもらえちゃったりするんだろうか?

 なんて淡い期待を抱くとか抱かないとかの問題ではなく。語尾に『コケコッコー』がついてたとかいう些細な問題ではなく。

 店主の顔が変だ!!

 仮面舞踏会でよく看る鳥さんの羽根がいっぱいついた目元を隠すマスカレードマスク。よ~く見ると、目の穴にレンズがはめ込んであって……歴としたメガネだ!

「景品はとくになにもございませんコケッ」

 景品云々とかよりも、やっぱり語尾にも注目したくなる。

 ちょっと帰ろうかどうか迷い出すルーファス。

「(このお店怪しすぎる……とくにこの店員なのかよくわかんない人が)」

 でもビビはすでに店内を物色しはじめていた。

「ライブのときとかサングラスかけたらカッコイイかなぁ」

 さっそくビビは良さそうなデザインのサングラスを手に取った――瞬間、店主が駆け寄ってきた。

「お客様はお目が高いコケコッコー!」

「もしかして売れ筋のなの? でも売れてるのだと、被っちゃうアタシの個性が引き立たないしー」

「いえいえ、なんとお客様が開店以来はじめて手に取った商品でございますコケッコー」

 新装開店で10人目の客ということなので、ほとんどの商品がそうだろう。

「じゃあどこがお目が高いの?」

「お目が飛び出るほど高いの略でございますコケ」

「高いってどのくらい?」

「10万ラウルでございますコケ」

「高っ!」

 自分の国に帰ればお金なんてどうとでもなるが、今のビビはなかなか貧乏だったりする。当面の生活費は、身につけていた高額なアクセサリーを売ってどうにかしたのだが、収入はゼロなのでそのうちお金が底を突く。

 悩むビビちゃん。

「(来月から仕送りしてもらおうかなぁ。でも家出したのに仕送りなんてカッコ悪いし。パパに頼んだら、お金じゃなくて国ごと奪ってやろうなんて言いかねないし。学費のこともあるし、ちょっとだけ、ちょっとだけママに仕送りしてもらおうっと)」

 というわけで、現時点ではこのサングラスを諦めるしかない。

 ルーファスもメガネ選びをしていた。でも見つけたのは双眼鏡。手に取ると店主がすっ飛んできた。

「お客様、素晴らしい商品を手に取りましたねコケッコー」

「この双眼鏡そんなにいいの?」

「もちろんですともコケ。なんとその双眼鏡は他人の視界が見える双眼鏡なのですコケ」

「へぇ~」

 と、ためしにルーファスが覗いた瞬間、見えてしまった光景は?

 おっぱい!

 銭湯の女湯の光景だった。

「ぶはっ!」

 鼻血ブー!

 こういうことに免疫力のないルーファスだったりした。

「だいじょぶルーちゃん!」

 すぐに床に倒れたルーファスにビビが駆け寄ってきた。べつの場所でメガネを見ていたので、なにが起きたのかさっぱりわからない。

 ルーファスがうわごとつぶやいている。

「ジャングルが……秘境が……小高い山や巨大な山脈が……」

 このヒントから店主は答えを導き出した。

「ジャングル探検隊の視界を見たコケ。それできっとおそろしい魔物に遭遇したコケ」

 ある意味魔物だ。

 いったいルーファスになにが起きたのかビビはまだわからない。

 そこでビビも双眼鏡を覗いてみることにした。

「きゃーーーっ!」

 叫び声をあげたビビ。

 なんとビビが見たものとは……?

「ルーちゃんのえっち痴漢変態!」

 ルーファスの視界(ビビのスカートの中)だった。

 床に倒れていたルーファスから、たまたまビビのスカートの中が見えてしまったらしい。ちなみにピンクに白の水玉だ。

 ここで店主が説明。

「見える視界はランダムですコケ。覗く度にどこかのだれかの視界が見えるコケ」

 ルーファスの視界を当てたのは奇跡だ。

 どうにか秘境から帰還したルーファスだったが、記憶がプッツリ途切れていた。

「あれ、ここどこ?」

 そこからプッツリだった。

 こんな店に新たな客が入ってきた。

「わぁ、こんなところに新しいメガネ屋さんができてたんですね!」

 登場したメガネっ娘[コ]にルーファスは見覚えがあった。

「あっ、ローゼンクロイツのストーカーだ」

 その名もアイン!

 アインの元へ店主がすっ飛んだ。

「おめでとうございます! 開店から12人目のお客様でございます、コケッコー!」

 とか大騒ぎされると、やっぱりアインも期待してしまう。

「景品とかもらえるんですか!?」

「そんなのないコッコ」

 この発言にアインは軽くショック。思わせぶりな店主だ。

 アインは店内を見回した。

「(ほかの従業員は? まさかこの変質者の仮面野郎さんしかない?)」

 舞踏会でもないのにこの仮面はまさしく変質者!

 まあ、店主が変態だろうと変人だろうと、ニワト……だろうが、商品がよければいいのだ。その商品も双眼鏡の一見で怪しいが、アインはそんなことなど知らない。

 さっそくアインはメガネを手に取った。毎度おなじみのパターンで店主がすっ飛んできた。

「まさかそれをお選びになるとはお客様は通でございますコケッコー!」

「通とか言われるとちょっと良い気分ですね、下町っ子ですから。それでどんな風に通なんですか?」

「まずはそのメガネをお掛けになって、ちょっとばかり目の方に力を入れていただきますとコケ……」

「メガネを掛けてっと」

 言われたとおりにやってみる素直ちゃん。

 だが、次の瞬間、思わぬ悲劇が待っていた。

 目から怪光線ドーン!!

 アインの掛けた眼鏡からビームが発射され、ルーファスとビビの真横を向けて店の壁に大穴を空けた。ルーファスは腰を抜かし、ビビは凍り付いた。一歩ずれていたら死んでいたに違いない。

 撃った本人も固まっている。

 テンションが高いの店主だけだ。

「素晴らしいですお客様コケ! まさかそのメガネをいとも簡単に使いこなしてしまうとは、そのメガネがお客様を選んだに違いないコケ。そこで特別に30パーセントオフで売って差し上げますコケッコッコー!」

「いりません!」

 アインは目から怪光線メガネを元の場所に戻して、自分のメガネをかけ直した。

 そろそろルーファスとビビは帰ろうと本気で思いはじめていた。

 ルーファスは店内を見回した。

「まともなメガネあるのかな?」

「もしかしたらあるかもしれないよっ!(と、思ってもないことを言っちゃった)」

「そうだね、もう少し見てみようか」

「(あ、ルーちゃんが乗っちゃった)う、うん、そうだよっ!」

 こうしてもうちょっとだけメガネを見ることにした。

 さっそくビビが自分用のサングラスを見つけた。

「あっ、このサングラスキュート♪(でもまた変なのだったり、高かったりして)」

 さっそく店主がすっ飛んでくる。

「お客様、まさかその禁断のサングラスを手に取るとは怖い物知らずですねコケ、コケコケ……」

 店主の声がちょっと震えていた。

 ビビは固唾を呑んだ。

「禁断のサングラスって……?」

「お掛けになればわかりますコケ」

 禁断とか言われて掛けるのはちょっと勇気がいる。

 そこでビビはニッコリ笑顔でルーファスに手渡した。

「ルーちゃんきっと似合うよ!」

「えっ……そうかなぁ?(なんか無理矢理押しつけられてる気が)」

 そうです、無理矢理押しつけられているのです。

 でも断ることのできないルーファス。さっそくサングラスを掛けてみた。

「…………」

 黙り込むルーファス。

 ビビは心配そうな顔をした。

「どうしたのルーちゃん?」

「……なんていうか、真っ暗でなにも見えないんだけど?」

 そう、サングラスを掛けた途端、視界が真っ暗。

 店主が禁断の詳細を開かす。

「じつはそのサングラス……掛けるとなにも見えなくなるという恐ろしいサングラスなのですコケッコー!」

 それってただのアイマスクじゃ?

 何事なかったようにルーファスはサングラスを戻した。

 ビビはルーファス用のメガネも見つけていた。

「ルーちゃんこっち来て、このメガネとかどう見ても普通そうだし、掛けたら頭良さそうに見えるよ?」

「ホントだ、至って普通のメガネっぽいね(これ掛けたら、頭良さそうに見えてみんなにバカにされなくなるかな?)」

 バカっぽい人が無理してメガネを掛けると、よけいにバカっぽく見える。メガネは自分にあった物を選びましょう。

 さっそくルーファスはそのメガネを掛けようとした。

 そこにアインの接客をしていた店主が気づいて止めに入った。

「お客様そのメガネはコケッコッコーーーッ!!」

 だが、もうルーファスはそのメガネを掛けたあとだった。

 とくに掛けたと言ってなにも起こらない。

 ビビはニッコリ笑顔を浮かべている。

「ルーちゃん似合うぅ~♪」

「そうかなぁ、ちょっと鏡で……か、あががががが……」

 急にルーファスが全身を硬直させて、そのまま床に手をついてしまった。

「どうしたのルーちゃん!?」

 ビビの叫びが店内に木霊した。

 いったいルーファスになにが起こったのかッ!?

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