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第11話「古き魔晶の闇(1)」

 在校生や学院で働く者を合わせると、2200人以上にもなるクラウス魔導学院。

 昼休みともなると喧噪はまるで人混み溢れる市場のようだ。

 さらに昼の授業がはじまる間近となると、その喧噪は地響きのようになる。

 ぎゅるるるるるぅ〜〜〜!

 ここにも不吉な地響きが……。

 青ざめた顔をしてその場にうずくまってしまったルーファス。

「おなかい〜た〜い〜よ〜」

「だいじょぶルーちゃん?」

 心配そうな顔をしてビビがいっしょにしゃがみ込み、ルーファスの顔を覗き込んだ。

 もうすぐ授業がはじまるというのに、ルーファスのおなかはそれどころではなかった。

 午後はじめの授業は召喚室での実習で、授業担当はファウストだった。

 ルーファスは召喚の授業はただでさえ温情により、赤点ギリギリのところなのに、ここでファウストの印象を悪くするのはマズイ。

 トイレに行って遅刻するのもマズイし、授業中におなかが痛くてロクに授業が受けられないのもマズイ。

 もぎゅるるるるぅ〜〜〜!

 ルーファスのおなかが限界だった。選択の余地などない。

「ちょっとトイレ行ってくる。先生来ちゃったらどうにか言い訳しておいて……ううっ」

 ルーファスはお腹を押さえたまま、前のめりになってゆっくりゆっくりと召喚室を出ていった。

「ルーちゃんだいじょぶかな?」

 ルーファスが苦しそうに去った方向を眺めながらビビがつぶやいた。

「彼の胃腸の弱さはいつのもことさ。心配していたらこっちの身がもたいないよ」

 とビビの横に来て言ったのはクラウスだった。

「でも今回はルーちゃんの胃腸のせいじゃないんだよ、だれだってあんなの食べたら……」

 なにかを思い出したビビはゾッと顔を青くした。

 クラウスが尋ねる。

「なにかあったのかい?」

「聞いてよ、今日ねアタシとルーちゃんとローゼンでお昼食べてたんだけど」

「うんうん」

「ルーちゃんがローゼンの七味唐辛子たっぷりのうどんを間違って口にしちゃって……。あれはうどんってゆーか、七味唐辛子のところしか口に入れてなかったんだけど」

「まったくルーファスのその手の話は事欠かないね(僕といるときもいつもそうだからな)」

 溜息を吐いたクラウスはふと辺りを見回して、不思議そうな顔をしてビビに尋ねる。

「ところでローゼンクロイツは?」

「あれ、途中までいっしょだったんだけど?」

「まあ彼が突然いなくなるにもいつものことさ。とくに移動教室のときは周りが気をつけてあげないと」

 ……迷子になるのだ。

 キンコーンカーンコーン♪

 授業開始のチャイムがなった。

 ルーファスは戻って来られなかった。

 しかしファウストも来ない。

 先生が来ないことに生徒たちは雑談を続ける。

 3分が過ぎ、5分が過ぎ、10分になろうとするころ、さすがに心配になってきたビビ。

「どうしたんだろう?」

 クラウスも同じように心配した。

「たしかに遅いね」

 そして、二人は声を合わせて――。

「ルーちゃんだいじょぶかなぁ?」&「ファウスト先生が遅れるなんて……」

 違う心配をしていた。

 まん丸な瞳でビビはクラウスを見つめた。

「えぇ〜っ、ルーちゃんの心配じゃないのぉ?」

「ルーファスはいつものことさ。それよりもファウスト先生が授業に来ないときは、だいたいなにか問題が起こるときさ」

「どーゆーこと?」

「ちょうど先週もあったろ? ほら、ファウスト先生が授業を放り出して古代遺跡に行ってしまってみんなを巻き込んだことが」

「あーあれね。古代兵器とか言って大変だったんだけど、ただの花火だったんだよね」

「そう、ファウスト先生は魔導具などのことになると周りが見えなくなるんだ」

「そんな先生クビにしちゃえばいいのに」

「魔導士としては優秀だからね。それに我が学院には総勢73人の講師がいて、彼らはみな一癖も二癖もある者ばかり、ファウスト先生が特別というわけでもないし、生徒も多いから講師がひとりいなくなるだけでも大変なのさ」

「ふ〜ん」

 そんな話をしつつ、また少し時間が過ぎた。

 ビビは不安そうな顔をしている。

「まさかルーちゃん行き倒れになってるかとか!?」

「過去に何度かあったね、そんなこと」

 さらっとクラウスは言った。

「ええ〜っ、だったら今すぐ探しに行かなきゃ!!」

「そこまで心配しなくても――あっ」

 クラウスの話も聞かずにビビは走って召喚室を出て行ってしまった。

 だいたいそれと入れ替わるように、召喚室に紅い衣装を着た女性が入ってきた。

 講師だろうか?

 それとも生徒だろうか?

 講師の数が多いため、ほとんどの生徒は講師たちの顔を把握していない。異種族や留学生、高年齢で入学してくる者も多い。そのため見た目で判断するのは難しい。

 紅い女性は生徒たちを見回した。

「みなさんお静かに、お静かに」

 雑談をしていた生徒たちが少し静かになったが、まだざわめきは収まらない。構わず紅い女性は話をはじめる。

「ファウスト先生は急に体調を崩されまして、わたくしが代わりにこの授業を受け持つことになりました」

 どうやら講師らしい。

 ただクラウスは少し不思議な顔をしている。

「(あんな講師いただろうか。それと本当に体調を崩したとも限らないだろうな。ファウスト先生が問題を起こしたのを隠している可能性もある)」

 クラウスは考えたあと、手を挙げた。

「先生、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「マダム・ラ・モットとでも呼んでください」

「失礼ですがラ・モット先生、僕はこの学院の講師はすべて把握しているつもりだったのですが、先生の顔も名前も存じ上げませんが?」

 多くの生徒は講師たちを把握していなくても、こういう例外もいる。

 ラ・モットはにこやかに微笑んだ。

「本日から赴任してまいりましたから」

「なら僕のところにも書類が来るはずなんだけど……」

「あなたのところへ書類が来る?」

「僕も学院の運営関係者のひとりですので、就職者の書類は僕のところにも持ってくるように言ってあるんですが」

「……そうですか。なにか事務に不備があったのかもしれませんわね。ただそれはわたくしの仕事ではないのでなんともわかりかねますわ、クラウス王」

 最後に言葉にクラウスは反応して、爽やかな笑みを浮かべた。

「赴任してきたばかりで聞いていなかったのかもしれませんが、学院内では王と呼ばないように学院職員には伝えてあります。ラ・モット先生も僕のことを一生徒として扱ってください」

「それは失礼しました。ではさっそくですがクラウスくん、今日の授業のお手本になってもらいましょう」

「はい、わかりました」

「みなさん授業をはじめます、こちらに注目してください」

 早々に授業をはじめるラ・モット。

 召喚室に保管されていた召喚用ペンキの中から、最高級の物を選んでラ・モットは床に魔法陣を描きはじめた。

「みなさんも知っての通り、召喚術というのは極めて難しい術です。その難しさを緩和するために多くの下準備が必用となるわけです。場所、日時、道具、召喚するものと自分との相性、ほかにもいろいろと要素があります。この学院では3年生から召喚術の実践基礎を学び、今年からみなさんは中級の実践となります。そして5年生で上級、6年生で応用となります。すべての課程を終えたとしても、外に出て召喚が容易に使えるとは限りません。なぜならここで行う召喚はじつに恵まれた環境だからです」

 ここでまずは魔法陣を書き終えた。大きさは30人ほどが中に入れるほど。

 さらにラ・モットはもう1つ魔法陣を描きはじめた。

「本日は2つの召喚を同時に行います。なにかが起きるかはそのときのお楽しみです」

 2つ目の魔法陣はすぐに書き終えた。大きさは1人がちょうど入れるほど。

 ラ・モットはクラウスに顔を向けて口を開く。

「ではクラウスくん、こちらの小さな魔法陣の中に入ってください。危険ですからなにが起きてもじっとしているように」

「はいわかりました」

 言われたとおりクラウスは魔法陣の中に入った。

 通常、召喚は呼び出すのであって、魔法陣に入ることは召喚とは違う術を使うときに多い。

 ラ・モットは腕時計を見た。

「あと1分。召喚は相手の都合も考えなくはなりませんから」

 大きな魔法陣が独りでに輝きはじめた。

 ラ・モットは微笑む。

「近代における召喚はもっぱら移動手段として使われることが多くなりました。それでも高度で不安定なために一般に普及するほど実用的ではありませんが……5、4、3、2、1」

 大きな魔法陣が光の柱を放つと同時に、ラ・モットはクラウスの入った魔法陣に魔力を注ぎ込む。

「出でよ我が忠実なる仲魔となるモノよ!」

 ラ・モットがそう叫んだときには、すでに多くの者たちがこの場に呼ばれていた。

 大きな魔法陣の上に立つざっと30人ほどの魔導士。ロッドなどを構え、戦闘態勢を整えていた。その標的は生徒たち。

 クラウスは思わず魔法陣から出ようとした。

 しかし、ラ・モットの大声がそれを制止させる。

「動くなクラウス!」

「ッ!?」

 瞬時にクラウスは動きを止めた。

 ラ・モットの視線はクラウスの背中を見ていた。

「そう、そのまま動かないで。ほかの生徒さんたちも決して動かないように。クラウス、あなたの背中を見てご覧なさい」

「なに!?」

 クラウスは肩越しに自分の背中を覗き込んだ。

「!?」

 眼を剥いたクラウス。

 植物か、それとも動物か、形は蜘蛛に似ている。なぞの物体がクラウスの背中に張り付き、不気味な鼓動が伝わってくる。

「僕になにをつけた!」

 明らかに良いものとは思えない。

 ラ・モットは嬉しそうに微笑んだ。

「簡単に言ってしまえば爆弾よ。わたくしに逆らえば爆発、無理に外そうとしても爆発、あなたはわたくしの言いなりになるほかない。たとえあなたが自分の命など惜しくないと言ったとしても、そちらにいる生徒さんも人質であることはお忘れなく。そして生徒さんたちも、クラウスが人質であること、そしてご自分たちも勝手な真似をすれば殺されるということをお忘れなく」

 完全に制圧されたのだ。

 クラウスが叫ぶ。

「なにが目的だ!」

「第一の目的はあなた自身よ」

「僕を使ってなにをする気だ?」

「それはまだお楽しみよ」

「……っ(僕としたことが気を抜いていた。学院内でこんな事態が起こるとは、しかも召喚実習室がこんな形で使われるなんて)」

 学院の関係者は多く、侵入してさえしまえば疑われることはまず少ない。その侵入前のリスクを考えると、大人数で侵入することは難しい。そこで使われたのがこの召喚実習室だった。大人数を外部から移送させるのに、こんなうってつけの場所はない。

 ただし、外部から直接ここに〈ゲート〉を開くことはできない。魔導学院側もその処置は当然している。ただし、内部からも〈ゲート〉をつくってやれば話は別だ。

「遅いわ」

 と、つぶやいたラ・モット。まだなにか起ころうとしているのか?

 ラ・モットは仲間の魔導士に顔を向けた。

「なにか連絡は?」

「まだありません、ルビーローズ様」

 ラ・モットではなくルビーローズと呼ばれた。ラ・モットは偽名か、だとしてもルビーローズも本名とは限らない。

 人質にされたクラスメート、爆弾を取り付けられたクラウス、敵の目的はクラウスを使ってなにかをすること。そして、さらに何かが起こることをルビーローズは待っている。

 クラウスは情報収集に努めようとした。

「政治的目的か? それとも身代金目当てか? たかが身代金なら僕でなくてもいいだろう。いったいなにが目的なんだ?」

 ルビーローズは妖しく微笑んだ。

「ここでわたくしがそれを言うことは、あなたも困ることになるわよ?」

「どういうことだ?」

「とある機密に関わること。次の作戦段階が成功したときに、おのずと見えてくるかもしれませんわね」

 そして数秒、それは起きた。

 学院全体に鳴り響く緊急警報。さらにオペレーションシステムによる自動音声が流れた。

《緊急防御コードが発令されました。学院全体を結界で覆い、ただちにすべての扉をロックします。危ないですので扉などに近付かないようにお願いします》

 この召喚実習室だけではない。学院全体が完全封鎖されたのだ。

 クラウスはつばを呑んだ。

「なぜ……このコードの存在を……莫迦な、外部に漏れるはずが……」

 王都全体を守る結界ではなく、たかが学校施設になぜこのようなシステムがあるのか?

 国王であるクラウスがそれを知らないはずがない。この学院はクラウスの名が冠された学院だ。

 ルビーローズはクラウスに問いかける。

「比較的平和なこの時代、そしてこの地域、しかしいつ戦争が起こるとも限らない。世界三大魔導国家と呼ばれるこの国は、表向きは産業で栄えているけれど、軍事面においても抜かりはなく、いざというときの本拠地はこの場所、そうでしょうクラウス?」

「それは違うな。学院は国外の者がほとんだ、それを守らなくてはいけない。ここは戦うための施設ではなく、守るための施設だ」

「物は言いようね。攻撃は最大の防御とは良く言うわ。この学院設立の真の目的は戦える魔導士をひとりでも多く育て、国でそれを雇い入れること」

「妄想もいいところだ。設立目的は魔導による豊かな暮らしの実現。それに貢献することに尽きる」

「本当かしら?」

 ルビーローズはなにを知っている?

 そして、クラウスはなにかを隠しているのか?

「さあ行きましょうクラウス」

 ルビーローズは出口へ手を向けた。

「僕をどこに連れて行くつもりだ?」

「すぐにわかるわ。今この状況でロックを解除しながら部屋を行き来できるのはあなただけ。生徒さんが人質になっていることは、何でも言っているからわかっているでしょう?」

 クラウスは従うしかなかった。

 防御システムが発動して、すべてのドアにロックが掛かったという状態。それは外部からの侵入も拒むことになるが、教室などにいた生徒や教職員なども、部屋に閉じ込められることを意味していた。授業中の今、ほとんどの学院関係者がルビーローズたちの邪魔立てをできなくなったのだ。

 この部屋だけでなく、学院全体をほぼ制圧したに等しい事態だった。

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