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第10話「華の建国記念祭(4)」

 青空に浮かんだように見える丸い帽子。

 ハナコがこちらを覗き込んでいる。

 気絶からやっと目を覚ましたルーファス。

「ううっ……ここどこ?」

 枕とは違う柔らかさを持っていて、とても心が安まるような温かさ……。

「膝枕!?」

 ルーファスは顔を隠して慌てて飛び起きた。

「大丈夫ですかルーファスさん?」

「だ、大丈夫です!(さっきと同じパターンだ)」

 どうやらまたベンチで膝枕をされていたらしい。

 とりあえず目を覚ます前の記憶は舞台に上がったあたりから途切れている。

 気絶する前から緊張で記憶が飛んでいたのだ。

「のど自慢大会はどうなったの?」

 ルーファスが尋ねると、

「セットが壊れ、運営者も病院に運ばれたことから一時中止になりました」

「ぼ、ぼくのせい?」

「はい、そのとおりです。怒った観客が暴動を起こしてルーファスさんを襲おうとしましたが、どうにかわたくしがお連れて逃げて参りました」

「あ、ありがとう」

 逃げ切ったのはいいが、今度のことが心配だ。

 ぐったりしたルーファス。

「もう十分すぎるくらいお祭りを満喫したし……帰ろうかな?」

「さあ参りましょう」

 華麗にスルー。

 祭りが終わるまで解放されないかもしれない。

 会場に戻り、今度はなにをやらされるのかとドッキドキのルーファス。ハナコがなにを見つけないのを祈るばかりだ。

「ルーファスさん、あれを見てください!」

 見つけてしまったか……。

 ハナコが指差す垂れ幕を見てルーファスはゾッとした。

「あれは無理だから、絶対に僕なんかじゃ無理だから勘弁してよぉ!」

「そんなことありません。やる気があればなんでもできます。夢はきっと叶うんです」

「べつに夢じゃないし」

「それに噂によると魔導学院に通っていらっしゃるとか」

「噂じゃなくて私自身が君に言ったんだけど」

「魔導学院の生徒さんならきっと良い成績を残せるでしょう!」

「だから無理だってあんなの!」

 ルーファスがビシッと指差した垂れ幕には、『天下一魔闘会〜アステア王杯〜』の文字が。

 魔導な盛んなアステア王国では、魔導の腕を競い合う大会が多く開かれている。その中でも天下一魔闘会とは、魔導だけはなく肉体も駆使した、魔導+武闘の格闘技大会なのだ。


「花火と喧嘩は王都の華と言われていますから、きっと楽しめると思いますよ」

「そんな言葉あったっけ?」

「今考えました」

「そ、そうなんだ……でもとにかく少年漫画みたいなバトルは私にはムリだよ」

 たしかにバトルマンガにルーファスは向かないだろう。

 そんなバトルマンガによくある展開がルーファスを待ち受けているのだ。

 もやしっ子のルーファスがそんな大会に出場したら……。

「殺されるよ。ルール上は殺人とかダメってなってるけど、魔法を食らった痛いし、殴られたら痛いし」

「それでも男ですか、軟弱者!」

 バッシーン!

 ハナコの平手打ちがルーファスの頬に炸裂。

 ルーファス気絶。

 軟弱すぎるルーファスだった。


「それでは予選、第3回戦――はじめ!」

 レフリーの声でルーファスはパッと目が覚めた。

 気づいたらリングの上。

 目の前にはよく知ってる先輩の姿。

「すまないなルーファス。たが私はここで負けるわけにはいかない(今年こそはクラウス様の前で優勝してみせる!)」

 クラウスの護衛任務などをしているエリート中のエリート魔剣士エルザだった。

 今日はルール上、剣こそ装備していないが、普通にやってルーファスが勝てる相手ではなかった。

「えっ、えええ〜っ!?(なんでエルザさんと戦うハメになってるの!?)」

 しかもリング脇にはカーシャの姿まであった。

「負けたら承知せんぞルーファス!」

 エルザとカーシャは仲が悪い。そんなことにまで巻き込まれてしまったルーファス。

 さらにハナコからエールが飛ぶ。

「負けても勝っても結婚しましょうね!」

 もう雁字搦[ガンジガラ]めで逃げられない感じだ。

 ルール上は負けを認めるか、ダウンするか、リングから落ちると負けになる。

 ここでもし負けを宣言したら、きっとカーシャに殺られる。

 言い訳をするためにも、善戦をしなくてはいけなかった。

 かと言ってルーファスはひとに攻撃を仕掛けるようなマネはしたくなかった。

 そこで取った行動は、やっぱり逃げる!

「エルザさん攻撃しないでくださぁ〜い!」

「逃げるくらいなら負けを認めろルーファス!」

 ルーファスはチラッとカーシャを見た。

「(ルーファス、負けたらヌッコロスぞ……ふふふっ)」

 口に出さなくてもカーシャの声はちゃんとルーファスに伝わった。

 エルザが魔法を繰り出そうとしていた。

「すまんなルーファス、できる限り痛くはしないつもりだ」

「痛いのイヤです」

「ピコ・エアボール!」

 空気の塊がドッジボールのようにエルザから投げられた。

 ルーファスは昔からドッジボールで逃げるのだけは得意だった。

「うわっ!?」

 叫びながら紙一重でエアボールをかわした。

「まだまだゆくぞルーファス! ピコ・エアボール3連発!」

 バレーのレシーブのようにバシン、バシン、バシンっとエアボールを飛ばした。

「痛いのイヤです!」

 ルーファスは必死に1発目をかわし、2発目もかわしたが、3発目は逃げたその場所に飛んできた。

「ぐわっ!」

 腹を殴られたような衝撃。

 ルーファスの身体がリングサイドギリギリまで吹っ飛んだ。

 かかとがリングからはみ出し落ちそうになる。

「おっととととと……落ち……ない!」

 ルーファスはどうにか踏ん張った。

 さっきのエルザの攻撃は最初の2発が誘導だったのだ。わざと相手に逃げ道をつくることにより、逃げ場を絞り込んだのだ。

 エルザが構えた。

「食らえルーファス!」

 リングサイドでもう一度エアボールを食らったら、確実にリングアウトだ!

「エルザさんのヒミツ言いますよ!!」

 咄嗟にルーファスの口を突いて出た。

 思わずエルザの動きが止まった。

「なにを言う気なのだルーファス?」

「エルザさんの初恋の相手も知ってますし、どうやってフラられたかも知ってますし、はじめてのチューの相手とその場所も僕は知ってるんですよ!!」

「ひ、卑怯だぞルーファス!」

 慌て出すエルザ。

 そのようすを見ていたカーシャはルーファスに親指を立てて見せた。

「グッジョブだルーファス(ぜひ妾もエルザの弱みをつかみたいものだ)」

 まさかの卑怯な戦法にエルザは葛藤した。

「(こんなところで負けるわけには……)」

 しかし、エルザの目にチラッと入ったその姿。

「(クラウス様!?)」

 クラウスが予選の視察に来ていたのだ。

 エルザは戦意を失った。

「私の負けだ。ルーファスに勝ちを譲る。しかしルーファス、今後の試合で無様な戦いを見せたら承知せんぞ!」

「は、はい!」

 なんか勝ってしまった。

 しかもスゴイプレッシャーを掛けられた。

 勝ったのにちっとも嬉しくない。

 ルーファスが試合を終えて戻ってくると、別のリングではファウストとセイメイが激突していた。

 魔導学院の教師対決だ!

 黒魔術を得意とするファウストと東方魔導の使い手セイメイ。

 ファウストは間合いを取る。

「クククッ、まさか同じ学院の教師と第1予選から当たるとは」

「ファウストちゃんと手合わせするのははじめてねぇん!」

「イースタンマジックとは初めて戦う。じつに興味深い」

 セイメイの操る魔導は一地域でのみ発達した魔導。元を辿れば同じでも、派生や進化の過程が違えば、主流の魔導では対抗手段を取るのがなかなか難しいのだ。

 直接的な武器の使用は認められていないが、魔導具の使用は3つまで認められている。これが切り札となる。

 魔導具マニアのファウストがなにを出してくるか見物だ。

 ルーファスが食い入るように見ていると、その後ろからだれかが近付いてきた。

「やあルーファス」

「クラウスじゃないか、こんなとこ来て平気なの?」

「主催者ということになっているから、予選の見学くらい平気だろう。ところでエルザに勝ったそうじゃないか?」

「まあ、勝ったというかなんというか」

「ちょうど来たときには勝負はついていたみたいで、どんな負け方をしたか知らないけど、君に負けたせいで酷く落ち込んでね。修行の旅に出るとか言い出して留めるのに一苦労したよ」

「ごめん」

「ルーファスが謝ることじゃないさ。その調子で優勝目指して頑張ってくれよ、応援してるよ」

 そう言ってクラウスは去ってしまった。

 なんか変なプレッシャーをかけられてしまった。

 ぎゅるる〜。

 ルーファスのお腹が不穏な音を立てた。

 休憩もままならないうちに、ルーファスの予選第2回戦がはじまろうとしていた。

 呼ばれてリングに上がったルーファス。

 もうひとりリングに上がったのは黒い翼を持った女。

 ルーファスはツバを飲んだ。

「……今度こそ死ぬかも」

 大会のルール上、殺しは御法度なのでたぶん平気。事故死はあるかもしれないけど。

 ルーファスの対戦相手はエセルドレーダという悪魔だった。

 浅黒の肌に銀の長い髪、金色の瞳が獲物を捕らえ、漆黒の翼でどこまでも追い詰める。

 ボンテージ姿はどこか女王の風格を魅せている。

 しかし、この悪魔は女王ではなく、ある人物の仲魔である。

 その人物こそが、世界で3本の指に入ると謳われる魔導士アレイスター・クロウリー。クラウス魔導学院の学院長その人だ。

 エセルドレーダはクロウリーの秘書であり、その主の力を考えれば当然彼女の実力も計り知れない。

 もうルーファスは心に決めていた。

 レフリーが合図する。

「――はじめ!」

 その次の瞬間にはルーファスは口を開いていた。

「僕の負けを……ボギャッ!」

 ルーファスが言い終わる前に、エセルドレーダは目に留まらぬ早さで、ボディに10発、アッパーを1発、浮き上がった身体に空かさず回し蹴りで1発。

 鼻血が噴き出た方向と左右対称にルーファスがぶっ飛んだ。

 華麗なKO。

 無様なリングアウト。

 そして、大会最速の勝利記録と、同時に敗北記録を樹立したのだった。


 夜は深く染まり、月と星がきらめきながら歌う。

 王都アステアの横を流れるシーマス運河も静かな調べを奏でていた。

 目を覚ましたルーファスはすぐに気づいた。

「またか……」

 気を失って、またハナコに膝枕されていた。

 今度はベンチではなく、運河のほとりの芝生だ。

 今日はとてもルーファスにとって疲れた1日だった。それももうすぐ終わる。建国記念祭はじきに幕を閉じようとしていた。

 ただ一部の人間たちは2次会3次会と称して朝まで飲むつもりだろが。

 膝枕からルーファスは逃げようとしなかった。

 心地良くて溜まっていた疲れが取れていくような気がする。

 微かに聞こえてくる祭りの音が、なぜだか寂しさを募らせる。

 何度も来るんじゃなかった、何度も帰ろうと思ったのに、今はそれをルーファスは懐かしく感じていた。

「お祭り楽しかったよ、君といっしょに回れて」

「わたくしも楽しかったです」

「でも終わっちゃうんだね」

「家に帰るまでがお祭りです」

「それを言うなら遠足じゃ?」

「お祭りも遠足も思い出を家まで持ち帰るのは同じですよ」

「そうだね、思い出はちゃんと忘れず持ち帰らなきゃね」

 なんだか雰囲気バリアをつくっちゃってるお二人さん。

 そんな二人の間に猛ダッシュで割って入ってきた仔悪魔がいた。

「ルーちゃんやっと見つけたよーっ!」

 ピンクのツインテールをジタバタさせながらビビが駆け寄ってきた。

 ビビはお二人さんの前にビシッと立った。

「ルーちゃんこのひとだれ?」

 じと〜っとした眼でビビはルーファスを見つめた。

 答えたのはもちろん! 

「もちろん婚約者です」

 ハナコだった。

「ええぇ〜〜〜っ!?」

 思わず叫び声をあげたビビ。

 ビビちゃんショック!

 慌ててルーファスは否定する。

「今日初めて会ったばかりで結婚なんてとんでもないよ。もちろん付き合ってもないんだし」

「じゃそれなに?」

 ビビはお二人さんを指差して言葉を続ける。

「どう見ても膝枕だよねぇ? ホントのホントはどーゆー関係なわけ?」

 再びじと〜っとした視線。

 慌ててルーファスは飛び起きた。

「誤解だって! 気を失って気づいたらこうなってただけで、不可抗力だよ!」

「ホントかなぁ〜? じゃなんで早く起きないわけ?」

 またもじと〜っとした視線。

 ハナコも立ち上がった。

「それでは参りましょうか?」

「「は?」」

 ルーファスとビビの声が重なった。

 またお祭りで大変な目に遭わされるのだろうか?

 いや違った。

 もっと衝撃的なことが起ころうとしていた。

 ハナコの唇がルーファスの頬に触れた。

 チュッ♪

「今日は本当に楽しかったです。これがわたくしからのお礼です」

 キスがお礼なのか!?

 ビビちゃん固まる。

 しかし、本当のお礼はこれからだった。

 な、なんと、突然ハナコがスカートをめくり上げたのだ。

 しかもノーパン!!

 いや、ルーファスが驚いたのはそんな些細なことではなかった。

「ちんこーーーー!?」

 思いっきり口に出してしまった。

 良かった、口に出したのがビビじゃなくて。

 まさかのハプニング発生。

 すっかり少女だと思い込んでいたら、雄しべがついていのだ。

「ルーファスさんがくれたお汁の力、その力で華を咲かせて見せましょう」

 汁ってなに汁って?

 ルーファス汁?

 そして、さらに衝撃的なことが起ころうとしていた。

 ハナコを雄しべを空に向けた。

「玉屋〜〜〜っ!」

 それって股間についてる……ではなかった。

 ハナコの股間から発射された二つの玉が夜空に大きな華を咲かせた。

 煌めく花火。

 それは魔力の煌めきだった。

 大輪の華が散ったとき、ハナコの姿もどこかに消えてしまっていた。

 呆然と立ち尽くすルーファス。

「…………」

 眼に焼き付いた光景は一生忘れることはないだろう。

 ハナコの花火。

 しばらくしてビビが現実世界に復帰した。

「ル、ルーちゃん……今のって?」

「私に聞かないでよ……それにしても、だれだったんだろう、あの子?」

「変態だったのは間違いないと思うけどぉ」

 最後の最後にだいぶ変態だったことは間違いない。

 気を取り直してビビは笑顔でルーファスの顔を覗き込んだ。

「ねえルーちゃん!」

「なに?」

「来年のお祭りは二人でいっぱい楽しもうね♪」

「え?」

「そんじゃまた明日学校でねぇ〜。ばいば〜い♪」

 ビビはスキップをしながら去ってしまった。

「僕も帰ろう」

 家路につくルーファス。

 ちょうと建国記念祭も終わりを迎えた時刻だった。

 また来年、きっと楽しい思い出がルーファスを待っていることだろう。

カーシャさん日記

「ガンマン」997/09/26(エント)

ちょっと意地になってしまった。

大人げない自分に反省だ。

しかし、勝負にはちゃ~んと勝ったぞ。

また首を洗って出直してくるんだな、ふふっ。

さて、手に入れたゲーム機で遊ぶとするか。

…………。

やられた!

ゲーム機ではなく、巨大消しゴム!!

くっ、今年もやられた。

ネットオークションに出展やる、ふふっ。

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