第10話「華の建国記念祭(3)」
青空に浮かんだように見える丸い帽子。
ハナコがこちらを覗き込んでいる。
気絶からやっと目を覚ましたルーファス。
「ううっ……ここどこ?」
枕とは違う柔らかさを持っていて、とても心が安まるような温かさ……。
「膝枕!?」
ルーファスは顔を隠して慌てて飛び起きた。
「大丈夫ですかルーファスさん?」
「だ、大丈夫です!」
ベンチに座っているハナコの姿。ここで膝枕をされていたようだ。
で、ここってどこ?
賑わいを見せるお祭り会場が少し遠くに見える。木陰にあるベンチで休んでいたようだ。
「あれ……大食い大会は?」
「もう終わりましたよ。ローゼンクロイツという方が予選を突破して決勝戦でも大差を付けて優勝しました」
「私は気絶したんだよね? 医者に変なこと……」
「黒衣のお医者さんに貞操を奪われそうになっていましたが、どうにかわたくしが連れて逃げました」
「(……貞操って)あ、ありがとう」
いったいディーはルーファスになにをしようとしたんだ?
というか、ハナコはルーファスを連れてよく逃げられたものだ。
ルーファスはぐったりしながらハナコの横に腰掛けた。
「はぁ……お祭りなんて来るんじゃなかった」
「わたくしはよかったですよ」
やさしい顔をしていたハナコを見て、ルーファスはふっと笑みを溢した。
「そうだね」
「では次の場所に参りましょう」
「は?(なんかもう十分満喫したというか、疲れたんだけど)」
断固としてベンチから立ちたくないルーファス。
ハナコはガシッとルーファスの腕をつかんでグイグイっと引っ張った。
「まだまだお祭りはこれからですよ」
「そ、それはそうなんだけど……」
二人がこんなやり取りをしていると、そこへある女性が現れた。
「まあ、ルーファス。そこにいるUFOハットのお嬢さんは彼女さんかしら?」
ルーファスの母親ディーナだった。
……また家族に見られた。
「はい、婚約者です」
またこのパターン!!
慌ててルーファスが割って入った。
「違うから、今日初めて会ったひとだから!」
否定はしてみたが、ちゃんとディーナに伝わっただろうか?
「今日初めて会ったのに結婚なんて、ルーファスも隅に置けないわね、うふっ」
伝わってなかった。
勘違いの修正がめんどくさいので、ルーファスは話題を変えることにした。
「ところで母さん、なにしてるの?」
「それがローザとはぐれてしまって困っていたところなの」
「(家族と会うなら、せめてローザにだけ会いたかった)そうなんだ、いっしょに探そうか?」
「そんな悪いわ、彼女とのデートを邪魔しちゃ。それじゃあまたねルーファス、ファイト♪」
両手にこぶしを握って応援された。
恥ずかしさのあまりルーファス大ダメージ。
もうルーファスは一刻も自宅に早く帰りたかった。
王都を挙げてのお祭りで規模も大きいのに、なんで知り合いに高確率で会うのだろうか?
ルーファスは変な方向に運が良いらしい。
「それでは参りましょう、次はお父様にご挨拶ですね」
突然なにを言い出すんだこのハナコは。
「どういうこと?」
「結婚をするのであれば、ご家族全員に会うのが筋かと」
「会わなくていいから、それよりお祭りはどうするの?」
「あっ、そうですね。今はお祭りのほうが大事でした。ではなにか楽しいことを探しに参りましょう」
「…………(しまった)」
父親との面会は避けたが、代わりにやっぱりお祭りからは逃げられなかった。
再びお祭り会場に戻ったハナコはさっそく楽しいことを見つけたようだ。
「ルーファスさんあれを見てください。のど自慢大会ですって」
「……まさか」
「ぜひ出場してください。わたくし歌も大好きですから」
「自分が出ればいいんじゃ?」
「大変です、早くしないと受付が終了してしまいます!」
ぜんぜんルーファスの話を聞いてなかった。
そんなわけで強制的にエントリーさせられたルーファス。
「……最悪だ、歌とか苦手なんだけど」
考えただけでお腹が痛くなったきた。
「大丈夫ですよルーファスさん。歌は魂さえこもっていればみんなに伝わります」
「そういうものかなぁ」
「そういうものです」
「ジャイアントゴーダっていう歌手は魂で歌ってるけど、ひどい音痴って話だよ。話に聞くと、その歌声は生きとし生けるものを震え上がらせて、発する音波はガラスをも砕き、戦場でその歌を聞いた敵の兵士たちは絶叫しながら死んでいったとか」
「あ、予選がはじまりましたよ」
ぜんぜんルーファスの話を聞いていなかった。
老若男女が出場するのど自慢大会では、歌のバリエーションも豊富だ。
流行りの曲からムード歌謡まで、楽しそうだったり、真剣そうに歌っている。
そんな出場者たちのヤル気を見て、どんどんヤル気が失われていくルーファス。
「やだなぁ、みんなの前で歌うなんて恥ずかしいよ」
お腹が不穏な音が立てている。
ここでルーファスはある重大なことに気づいた。
「そういえばなにを歌えばいいの?」
勝手にエントリーを進めたのはハナコで、その際に曲目も勝手に決められていた。
「それはイントロがかかってからのお楽しみです」
「いやいやいやいや、歌えない曲だったりすると困るし、少しは練習しておきたいんだけど?」
「大丈夫ですよ、歌は魂ですから」
ぎゅるるる〜っとルーファスのお腹は激しく不穏な音を鳴らした。
出たくもない歌自慢に出ることになり、曲目も本番までヒミツという嬉しくないサプライズ付き。ルーファスは今にも即倒しそうだった。
そんなルーファスの耳に聞き覚えのある歌声が届いた。
舞台裏からそっと会場を覗くと、そこには一族の証である赤系の髪色――ローズ色の髪をなびかせて歌っているローザの姿があった、
澄み渡る清らかな歌声。ローザが歌っているのは聖歌だった。
老人たちがローザに向かって拝んでいる。
「ローザ姉さん、また歌がうまくなってるなぁ」
感心するルーファスの顔をハナコが見た。
「あの方もルーファスさんのお姉さんなのですか?」
「私は3人姉弟なんだ。長女のリファリス姉さん、次女のローザ姉さん、そして私が3番目」
「わたくしとしたことが、お姉様となる方をもうひとり知らなかったなんて、今すぐご挨拶して参ります」
舞台に飛びだそうとしたハナコの腕をルーファスはつかんだ。
「今歌ってる最中だから、あとにしようよね、あとにさ?」
「ご挨拶はなにかと早めに済ませておいた方が印象もよくなりますし」
「予選の邪魔した方が印象悪くなると思うけど」
「ルーファスさんがそこまでおっしゃるなら、今回は特別に妥協して差し上げましょう」
なんか知らないけど上から目線。
それにしてもローザの歌声はすばらしく、心が洗われる気分だ。もしもこの場所に犯罪者がいたら、自首しそうなくらい心に染みいる歌だ。
「じつは俺、さっき爺さんからサイフをすったんだ。だれか捕まえてくれよ!」
「実はオレも、オレオレ詐欺のリーダーなんだ!」
「俺なんて今から人殺しをしようと思ってたところなんだ」
「なんだよみんなそんなことぐらいで、俺なんて前科100犯の大悪党だぜ。早く捕まえてくれよ!!」
なんかいっぱい釣れた。
「す、すごいよローザ姉さん」
ルーファスは姉の才能に感嘆した。
そして、姉弟の中でなんの才能もない自分を思ってネガティブになった。
「姉さんたちはあんなにすごいのに、僕なんか僕なんか……生まれてきてごめんさい」
ルーファスの両手をハナコの温かい手がぎゅっとつかんだ。
「凡人であるほうがよっぽど珍しいと思いますから、ルーファスさんも誇りを持って生きてください」
ぜんぜん励まされてないし、ルーファスは凡人というよりへっぽこだ。ハプニング吸引体質で、平凡とはほど遠い。
今だって変な押し掛け女房に憑かれてるし!!
ローザが歌い終わると、感動のあまり会場は静まり返った。
ハッと我に返った審査員が100点満点の鐘を鳴らした。本戦出場が決定した。
次に参加者もルーファスの知り合いだった。
「あ、パラケルスス先生」
「お知り合いの方ですか?」
ハナコが尋ねた。
「うん、私が通っている魔導学院の先生なんだ」
「まあルーファスさん、魔導学院の生徒さんなのですか?」
「いちようクラウス魔導学院に通ってるんだけど」
「あ、綺麗なちょうちょが飛んでますよ!」
スルーされた。
この都市には多くのクラウス魔導学院の生徒が住んでるとはいえ、名門である学院名前を出せばそれなりにみんな食い付いてくる話題なのに……。さらに『まさかルーファスが!?』みたいな感じで、みんなけっこう驚いてくれる話題なのに……。
「僕の話ってそんなにつまらないかな……」
すっかり落ち込んでしまった。
そんなルーファスをほっといて、予選は進んでいく。
パラケルススが渋い歌声で歌い出した。
歌詞の内容はおおよそ、酒に肴に義理人情、男女の色恋沙汰の舞台は港町。
こぶしを回す上級スキルを駆使して歌われているのは演歌だ!
演歌と言えば魂の歌。
また老人たちが拝みだした。
歌が単純に上手い下手という要素のほかに、魔力を持っている者はそれが歌に反映されることがある。今ある魔導の原型は詩による言霊であり、歌と魔導は古くから密接な関係にあるのだ。
会場から声があがる。
「おやじとおふくろを温泉に連れて行ってやろう」
「そういえば、このごろ両親にありがとうって言ってないな」
「昔別れた妻とやり直そう」
「やっぱりわたし、あのひとを追って旅に出るわ!」
なんかいっぱい釣れた。
そんな感じでパラケルススも予選を突破したのだった。
予選は進んでいき、そろそろルーファスの出番も近付いてきた。
ハナコが笑顔でルーファスにある物を手渡す。
「ルーファスさん、急いで衣装を用意しましたから来てください」
「え?(いつの間に)」
「きっと似合うと思います」
「あ、ありがとう……」
衣装を着て歌うなんて本格的だ。下手な歌を披露すると、赤っ恥をかいてしまう。
でもせっかく用意してもらったものを断れないルーファス。
出番も近いので急いで着替えることにした。
舞台裏の影で人に見つからないうちに着替えようとしていると、たまたま誰かが通りかかってきた。
「ルーたんこんなところ会うなんて偶然ですねぇ〜」
現れたのはマリアだった。
「あれマリアさんこんなところで?」
「一稼ぎも終わったからのど自慢を観に来たんですぅ」
「そうなんだ」
「もしかしてルーたんも出場するんですかぁ?」
「まあ成り行きで……緊張してお腹は痛くなるしのどはカラカラだし」
「歌う前にのどがカラカラなんていけませんですぅ。これでも飲んでください、特別定価50ラウルですよぉ♪」
あからさまにルーファスはイヤそうな顔をした。
ぼられるという感覚はなく、ただただあの不味さが蘇ってきたのだ。
「前に買ったドリンク……言いづらいんですけど、ちょっと私の口には合わなくて」
「ごめんなさぁい、口に合わないドリンクなんか勧めてしまって、ぐすん」
まん丸な瞳で涙ぐむマリア。
慌てるルーファス。
「ごめんなさい、きっと僕の口に合わなかっただけで、本当は美味しかったんです」
「そんなフォローしてくれなくてもいいですぅ、ぐすん。不味かったからもう二度とマリアからドリンク買ってくれないんですね、ぐすんぐすん」
「買います買います!」
「600ラウルですぅ、ぐすん」
「……え?」
微妙な値上がり。
ルーファスが若干渋ったのを見てマリアはさらに泣きはじめた。
「ルーたんひどいですぅ、買ってくれるって言ったのに言ったのにぃ〜」
「買います買います買わせていただきます!」
「700ラウルですぅ」
「……買います。700ラウルでいいんだよね(また値上がりした)」
ルーファスはサイフから700ラウルを出して渡した。
今まで泣いていたのがウソのように、というかウソだけど、ニッコリ笑顔のマリアちゃん。
「毎度アリですぅ♪(ちょろいわルーファス)」
やっぱり心の声がダークだ。
さっそく買ったドリンクをグビグビっと飲んでみた。
鼻を抜けるフルーティーな香。甘さもほどよく、さわやかなくらいの酸味もほどよい。
ルーファスは一気に飲み干した。
ちょうどそこへのど自慢のスタッフがやって来た。
「ルーファス・アルハザードさ〜ん! もう出番なので急いでくださ〜い!」
「はいはい、ずぐっ……に(あれっ、のどの調子が……)」
なんだかのどのつまりを感じながらも、今はとりあえす急いで着替えて舞台に向かうことにした。
ついにルーファスの出番がやって来た。
舞台袖から出てきたルーファスを見て観客たちは……失笑。
腕にそうめんの滝みたいなのがついた純白の衣装。パンタロンの丈があっておらず、『殿中でござる!』みたいな場面に出てきそうな、裾を廊下にズルズル引きずる着物状態だ。
この姿を舞台裏からこっそり見ていたビビも幻滅せずにはいられなかった。
「ルーちゃん……ダサい」
じつはビビものど自慢と聞いてコッソリ予選に参加しようとしていたのだ。
「(早食いではダメだったけど、歌ではイイとこ見せるんだから!)」
意気込んでいるビビちゃんであった。
舞台上ではルーファスが緊張と恥ずかしさで泡を吐く寸前だった。
「(早く終わって……このままだと僕の人生が終わる)」
なかなか流れないイントロ。
変な衣装で壇上に立たされ、羞恥&放置プレイだ。
しかも、客席にはローザとディーナの姿が……。
そしてようやくイントロが流れはじめた。
ルーファスは眼を剥いた。
「(この曲って……)」
考えているうちにイントロが終わってしまう!
「(こうなったらめいいっぱい歌ってやる!)」
大きく息を吸いこんだルーファスは、歌い出しと共に大声を響かせた。
「おーれはジャイア〜ント、鬼軍曹♪」
ホゲ〜!
ルーファスの声とは似ても似つかない地の底に棲む悪魔の呻き声。
この世の終わりを知らせる悲鳴。
次々と倒れる観客たち。
揺れる地面、砕ける壁、天を漂う雲が割れた。
そして轟く雷鳴。
ルーファスの歌声、天変地異のごとし!
もともとルーファスはこんなに歌が下手なわけではない。マリアからもらったドリンクのせいだ。
救護隊によって運ばれていく人々。
未曾有の大惨事の中、もっと早く倒れていたのは――ほかならぬルーファスだった。
自分で歌って自分で気絶したのだ。