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第10話「華の建国記念祭(2)」

 災難に遭わずに済んだルーファスは、すっかり忘れていた食事をとることにした。

 たまたま目の前で空いたベンチにルーファスは腰掛けた。

 嗚呼、なんて青く澄み渡った空なんだろう。

 ファミリーやカップルや友達同士がとっても楽しそうに行き交ってる。

「(あれ……なんだかみんなキラキラ光って見える……)」

 ルーファスは熱くなった目頭を抑えながら、飲み物でも飲んで落ち着こうとした。

 マリアから購入した妖しげなドリンク。

 グビッと♪

「ブハーッ!!(まずっ!?)」

 ちょっと口に含んだ瞬間に、あまりの不味さに噴き出してしまった。

 例えるなら納豆の臭いがする赤身のドリップを飲んでる感じだ。さらにバニラエッセンスの香りまで混ざっていて、非常に不快なハーモニーを奏でている。

 ルーファスは残りのドリンクを花壇に流した。

「滋養強壮って言ってたし、きっと綺麗な花が咲くと思うよ、うんうん」

 ドボドボドボ〜。なんか液体がサラッとしてない。口当たりも最悪。

 口直しにルーファスはやけ食いをすることにした。

 美味しそうなカルボナーラをフォークで食べ……食べようと……食べようと?

「フォークもらうの忘れた!!」

 食器はセルフサービスだったのだ。

 が〜ん……。

「(今からもらいに行くのもなぁ)」

 でもこのままじゃ食べられない。

 だが、そこに果敢にも挑戦するルーファスだった。

 フォークを使わずにカップを傾けて啜る。

 ――果敢というか無精だった。

「(出て……こ、な、い)」

 トントントンっとカップの底を軽く叩いてみる。

 グチャ!

 勢いよくカルボナーラが顔に降ってきた。

「…………」

 ソースでべっとり。

 最悪だ。

 しかも拭くものがない。

 さらに最悪だ。

 このまま顔をべったりしたままじゃいられない。

「(服で拭こうかな)」

 ダジャレではなくて、やむを得ない手段だ。

 そんなとき、女神がルーファスに手を差し伸べた。

「ハンカチ貸しましょうか?」

 白いワンピースにつばの大きな丸い帽子。清らかな水のような肌をした可憐な少女。ブロンドの髪も輝き星のきらめきのようだ。

 思わずルーファスは言葉に詰まる。

「あ、ありがとうございます(綺麗なひとだなぁ)」

 レースハンカチを借りて顔を拭くと、ハンカチがべっとり、顔もまだ不快感が残っている。

 すっかり汚くなってしまったハンカチを返すに返せないルーファス。

「ごめん、すごい汚れちゃったので洗って返したいと思うんですけど?」

「それは愛の告白ですか?」

「は?」

「ごめんなさい、結婚とかまだ考えていません。まずはデートからはじめましょう」

「は?」

 アレ……なんかのこの少女、ちょっとアレな人?

 少女はガシッとルーファスと腕を組んだ。

「さあ、デートを楽しみましょう」

「……いや、その、ハンカチを返そうと……」

「ハンカチなんて洗えば済むことです、お気になさらず」

「だから洗って返すって言っただけなんですけど」

「そんなにハンカチを洗いたいのなら、そこの水飲み場で洗いましょう。ハンカチを洗い終わったらデートをしてくださいますよね?」

 ……エロゲフラグだとしてもヒドイ。

 詐欺か、結婚詐欺じゃないのかルーファス?

 大丈夫か? 騙されてないかルーファス? お金を貸したり印鑑押したら最後だぞ?

 しかしそこはルーファスクオリティ。

 押されると弱い。

 ハンカチを洗って、食べられなくなったカルボナーラを処分して、すっかりデートの準備万端。

「では参りましょう」

 少女はルーファスの腕に自分の腕をからめながらグイグイっと。

「いやいやいやいや、そうじゃなくて。私たちまだ会ったばかりで名前も知らないわけだし」

「名乗ればデートをしてくださるなら名乗りましょう。ハナコとでも呼んでください」

「珍しい名前だね」

「はい、適当に考えた偽名ですから」

「…………」

 偽名って。明らかに怪しいだろ。

 またグイグイっとハナコはルーファスの腕を引っ張った。

「では参りましょう」

「いやいやいや、まだ私が名乗ってないんですけど?」

「名乗るのはあなたの自由です。勝手に名乗ってもらって結構ですよ」

「(君のトークのほうが自由だよ)ルーファスです」

「まあ素敵な名前!」

「(勝手に名乗れって言ったたわりには反応が大きい)」

「では参りましょうか」

「いやいやいや」

 またも腕を引っ張られるルーファス。

 そんな二人の押し問答を木陰から見つめていた桃髪の少女。

「(ル、ルーちゃんが女のひとといるなんて……しかも美人!?)」

 そんな視線を浴びているとはつゆ知らず、ルーファスはついに負けてしまった。

 腕組みをして、まるでカップルのように歩き出すふたり。

 こんなスキャンダルをクラスメートに見られたら、絶対に明日学校で茶化されるに違いない。というか、ビビも転入済みなので、クラスメートだったりする。

 ハナコは楽しそうに屋台を眺めている。

「わたくし射的がしたいです。バンと音がなったり、火花が出るようなものが好きなもので」

「射的は今ちょっと危険だから行かない方が……(カーシャまだいるのかな?)」

「危険な香り……素敵ですよね。ぜひ行きましょう!」

「どうしてもって言うなら別の会場で見つけようよ?」

「どうしてもというほどでもないのでやめにします」

 自由人だ。

 とってもルーファスは疲れていた。お祭りを楽しんでいるわけでもないに、なんか別の疲労が色濃く顔に出ている。

「……はぁ」

 溜息をついたルーファスにハナコが、

「もしかしてわたくしといっしょではつまらないですか?」

「えっ、そ、そんなことないよ!」

「べつにあなたが楽しくないのは自由です。わたくしは勝手に楽しんでいますから」

 フリーダムだ。

 ぐぅ〜っとルーファスの腹の虫が鳴いた。

「そうだ、ごはん食べ損ねたんだった」

「あらあらお腹がお空きでいらっしゃるなら早く言ってくださればいいのに。ぜひあれに参加すればよろしいと思いますよ」

 ハナコが指差した先にある垂れ幕には、『マッハ大食い選手権』と書かれていた。

「そこまでお腹空いてるわけじゃないんだけどぉ〜」

 なんてルーファスが言ってもムダだった。

 ハナコにグイグイっと引っ張られて、受付で名前を強引に書かされて、いざ出場へ!

 華麗に鮮やかにテンポよく事が進んでしまった。

 もはやルーファスは流されるプロだ!

 予選会場に集まっている参加者たち。参加費は無料ということもあり、ただ飯食らいも多い。そこで歴代予選突破者以外や推薦枠の参加者以外は、クジ引きというルールが設けられていた。

 こういうときだけ、逆方向の運が良いルーファスはもちろん予選参加権を獲得。

 Cグループの予選に出場することになり、ルーファスはその会場へハナコと足を運んだ。

 予選会場にはいかにもな人から、そうでもない人、ルーファスの知り合いまでいた。

 なぜかいつも学校で突っかかってくるオル&ロス兄弟。いつも二人でいるのに、今日はどっちかわからないけど1人しかいなかった。

「おうルーファスじゃねえか。まさかおまえも参加するのか?」

「成り行きで……。ところで髪の毛どうしたの?」

 オル&ロスといえば、レッドとブルーがトレードマーク。その色でどっちがどっちだか区別できるのだが、今日は髪の毛が黒髪なのだ。

「なんだよ、黒くしちゃいけねえのかよ?」

「に、似合ってると思うよ!」

「似合ってるわけねーだろ!」

「(褒めたのに怒られた)ご、ごめん」

 オル?ロス?はハナコに気づいたようだ。

「まさかおまえの彼女か?」

「ち、違うよ!」

 ルーファスが慌てて否定した横でハナコはさらっと。

「はい、婚約者です」

 衝撃の一言でオル?ロス?は凍り付いた。

 その隙にルーファスは慌てながらハナコをその場から連れ去った。

 オル?ロス?の姿が見えなくなったところで、どっちルーファスは溜息を吐いた。

「はぁ……寿命が縮まるかと思ったよ」

「そんなにわたくしと結婚できることがうれしいんですか?」

 疲れすぎてつっこむ気力もなかった。

 ルーファスがぐったりしていると、その肩をだれかがポンと叩いた。

「よっ、ルーファス!」

 その知りすぎてる女性を見てルーファスが凍り付く。

 ある意味、今は1番見られたくない相手だった。

 一族の証である赤系の髪色――カーマイン色の髪をなびかせているリファリス。

「その娘[コ]ルーファスの彼女かい?」

 家族に見られた!!

「はい、婚約者です」

 ぐおーーーっ、勝手に答えてるしハナコ!

 ルーファスはふたりの間に慌てて割って入った。

「違うから、今日知り合ったばかりのひとだから!」

 否定はちゃんとしたのに、リファリスは真剣な眼差しでルーファスを見つめ、

「愛に時間なんて関係ないよ、大切なのは本当の自分の気持ちさ。彼女さん、出来の悪い弟を頼んだよ」

 ハナコに顔を向けて肩をガシッとつかんだ。

「はい、お姉様」

 なんかふたりの間で成立している。

 もう否定するのもめんどうなのでルーファスは話題を変えることにした。

「ところでリファリス姉さんも出場するの?」

「タダ飯食えるって聞いたら参加しないわけにはいかないだろう? それに優勝賞品の中にビール1年分があるんだよ、1年分だよ、1年分?」

 酒と聞けばなんでも飛びつくリファリスであった。

 そんなこんなをしていると、スタッフが参加者を呼びに来た。

「みなさんCグループ予選が間もなくはじまります。会場に急いでください!」

 いつに予選がはじまってしまう。

 強引に参加させられてしまったが、ここまで来たらルーファスもやるしかない。

「……おなか痛くなってきた」

 緊張するとお腹が痛くなるルーファス。はじめからルーファスが勝てるとはだれも思ってないだろうが、やる前からこれなんて情けない。

 それでもルーファスは予選会場に立った。

 応援席にはハナコの姿があった。

「ルーファスさんがんばって!」

 と言われても、負ける気満々のルーファス。

 立ち食い形式で、テーブルの上には山盛りのカステラ。口の中の水分が吸われる食べ物の代名詞と言っても過言ではない。大会運営者は確実に参加者の命を狙っているとしか思えない。

 山盛りのカステラを見てルーファスの顔がやつれた。

 会場にはなにやらアナウンスが流れていた。

《なお、緊急の場合にはドクターが待機しておりますのご安心ください》

 そのドクターというのが、ルーファスの知り合いだったりした。

 黒衣の医師――リューク国立病院の副院長ディーだった。

 このディーという医師は、いつもルーファスのことをアレな目で見るアレなひとだったりする。今月入院したときもいろいろ大変だった。

「ほう、ルーファス君も出場するのか。ぜひ彼には倒れてもらいたいものだ」

 これは絶対に倒れられなくなった!

 ディーを見つけたせいで俄然ヤル気を失ったルーファス。

 ここで追加のアナウンスが流れる。

《なお、飲み物はコーラのみとさせていただきます》

 炭酸水……しかもコーラって、マジで参加者を殺す気だ。

 そして、ついに予選Cグループの戦いが幕を開けた!

 早くも試合放棄のルーファスはマイペースでカステラを食べ、コーラ飲み、ちょっと休憩!

 次の瞬間、会場からルーファスに猛烈なブーイングが浴びせられた。

 仕方がなくルーファスは大きく開けた口にカステラを放り込んだ。

「うっ!」

 そして見事にのどに詰まらせた!

 呼吸困難で青ざめていきながらルーファスは見た。

 こっちを見て妖しく微笑んでいるディーの姿を……。

 ここで倒れるわけにはいかない!!

 ルーファスはコーラを一気に流し込んだ。

「うぇ……ゲホゲホッ……」

 むせるむせるむせ返る。

 どうにかカステラを流し込んで一命を取り留めた。

 ルーファスが独り喜劇を演じているころ、ほかの参加者たちは激戦を繰り広げていた。

《おおっと、ゼッケン2番のクリスチャン・ローゼンクロイツ選手が現在1位!》

 同じグループにローゼンクロイツも参加していたのだ。

 そして、会場からはメガネっ子の追っかけが声援を贈っていた。

「ローゼンクロイツ様ぁ〜っ!(あぁ、カステラを目に留まらぬ早さで食べる姿も神々しいです)」

 ローゼンクロイツのファンクラブも立ち上げているアインだった。

《2番手につけているのはゼッケン5番オル選手だ! ん、ここで審査員から物言いがつきました》

 オル?がマッチョなお兄さんたちに連れて行かれる。と思ったら、隠れていたもうひとりのオル?も連れて行かれた。

《なんとオル選手、双子で交互に食べていたことが発覚して失格だーっ!》

 やっぱり二人でオル&ロスなのだ。

《オル選手が失格になったことで2位つけたのはゼッケン3番リファリス・アルハザード選手。なんと今回の大会には姉弟で出場、しかし弟のゼッケン13番ルーファス・アルハザード選手は姉に大差を付けられてなんとビリだーっ!》

 アクシデントに見舞われたルーファスがビリだった。

 そして、実はこの予選にはアクシデントに見舞われてむせ返っているのがもうひとり。

 桃髪を揺らして死にそうになっているのはビビだった。コッソリ出場したのだがまったく目立たず。

 カステラ地獄に苦しむルーファス。

「(もう一生食べたくない)」

 そんなルーファスにハナコからエールが贈られる。

「ルーファスさん、負けたらわたくしが結婚して慰めてあげます!」

 応援というか求婚だった。

 ここで負けたら結婚させられる!

 ルーファスはカステラを口の中に詰めて詰めて詰める!

 やわらかかったカステラが口の中で岩のように硬くなる!!

「うっ……ぐ……(苦しい……)」

 ルーファスが白目を剥いた!

 バタン!

 ついにルーファスが倒れた。

 さらに遠くの席では桃髪の少女も倒れていた。

 妖しい副院長の眼がキラーンと輝く。

「ルーファス君、今私が診てあげよう!!」

 救護テントからディーが飛び出した。

 ビビスルー。

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