第9話「角笛を吹き鳴らせ(4)」
どうにかモレチロンの角を手に入れ、再びグラーシュ山脈まで戻ってきた。
が、ここで問題発生。
「知らん」
と言ったのはヴァッファート。
なにがというと――クラウスが改めて尋ねる。
「ヴァッファート様が加工したのではないのですか? 以前はどうやって加工したのですか?」
「腕の良い魔楽器作りの名人に頼んだのだ。風の噂ではとうの昔に死んだと聞いたが……?」
「ほかに加工の出来る者はいないのですか?」
「さてな、あと数時間で加工できるほどの腕を持つ者がこの国にいるとは思えんが」
なにそれ、今になってそれ!?
日数を掛けて加工していいなら、この国にも多くの職人がいる。だが、日が開けるまで2時間を切っていた。この制限時間は刻々と迫っているのだ。
ビビがじとーっとした瞳でヴァッファートを見た。
「もしかして間に合わないの気づいてた?」
「角笛を手に入れようという心意気が友の証なのだ。祭りの知らせはレプリカでよかろう。零時に妾が飛んでいけばいいこと。実際に毎年、角笛の音を行く前に近くまで行っておるしな」
うわっ、テキトー!
結局それ?
それで誤魔化すつもり?
はじめにレプリカで誤魔化そうとしたクラウスは自分を羞じたというのに、結局同じ方法で誤魔化しかいっ!
ここでクラウスが食い下がった。
「本当に間に合わないのでしょうか? まだ少しでも時間がある以上は、最後まで諦[アキラ]めたくはないのです」
真摯な眼差しをするクラウスを見てヴァッファートはなぜか笑った。
「似ておるなあの者の瞳に……。実は一人だけ可能かもしれぬ者がこの国におる」
まさかクラウスを試したのか?
てゆか、時間がないんだからそれを先に言えよ。
クラウスはヴァッファートに詰め寄った。
「それはどなたでしょうか!?」
「偉大なる母の娘。その名は――」
急いでルーファスたちは王都アステアまで戻ってきた。
目的の人物はこの街にいる。
クラウスがケータイを片手に首を横に振る。
「駄目だ、マナ源が切られている」
通話が繋がらないようだ。
ルーファスはここを立つ前のことを思い出していた。
「あの……もしかしたら私の姉といっしょにお酒を飲んでるかも」
それってまさか、あの人?
あのときに聞いたヴァッファートの言葉がリフレインする。
――偉大なる母の娘。その名はカーシャ。
唯一の心当たりとはカーシャのことだったのだ。
ビビがルーファスに尋ねる。
「お姉ちゃんのケータイ番号知らないの?」
「リファリス姉さんもそういうの持ち歩かない人なんだ(てゆか、ウチの家族だれも持ってないんだよね。リファリス姉さんは縛られるのがイヤな人だし、ローザ姉さんと母さんは機械音痴だし、父さんは連絡は秘書を通してで不便してないみたいだし)」
ちなみにルーファスがケータイを持っていないのは、よくなくすから。
とにかくカーシャを探し出さなくてはいけない。
「酒の飲める場所を当たろう!」
クラウスは言うが、すぐにマイナス点を見つけてしまうルーファス。
「酒場だけでも大変なのに、今日はお祭りでどこでもお酒が飲めるよ。家で飲んでるって可能も捨てきれないし」
もしかしたらもう飲んでない可能性もある。
ヴァッファートはレプリカで誤魔化しても良いと言ったが、やはりクラウスは最後まであきらめたくなかった。
「仕方がない人手を割こう。僕の私用ということにするので、あまり人数を使うことはできないけれど、僕らで探すよりは断然良いだろう」
3人はすぐに街に繰り出した。
前夜祭の盛り上がりは夜が更けるほどに高まり、人混みで溢れかえっている。この中にカーシャがいたら、探し出すなんて奇跡に近いかも知れない。
二人と別れたルーファスは辺りの屋台を見回した。
ソースの匂いや、肉の焼ける匂いなど、食欲をそそる強い香りが漂ってくる。
ぐぅ〜っとルーファスの腹の虫が鳴いた。そう言えばまだ夕食を食べていない。
「おなかすいたなぁ」
腹が減っては軍[イクサ]はできぬ。とはどっかのだれかが残した言葉だ。
とりあえずルーファスはお腹を満たすことにした。
タコ焼きは先日のエロダコ事件があったのスルーして、ルーファスはバーガー屋の列に並んだ。
アンダル広場や中央広場に設置された屋台は仮設店舗が多く、なかなか本格的な料理メニューを取り揃えている。
ぼーっと列に並びながらメニューを決め終わると、ルーファスはビアガーデンに目を向けた。
酒飲みたちは建国記念祭よりも、前夜祭の方が盛り上がる。理由は簡単で、建国記念祭の翌日は平日だからだ。明日も祭りのこの日は、夜遅くまで思う存分、酒を飲んで盛り上がることができる。
「ああっ!!」
突然ルーファスが叫んだ。
大の大人が宙に飛ばされたのを見たのだ。しかも、ルーファスの目と鼻の先まで落ち来た。こんな出来事つい昨日もあったような気がする。
「オラオラ! クソ野郎どもかかって来な、いくらでも相手になってやるよ!」
あ〜あ、間違いない。
リファリスはビールジョッキ片手に、数人に男どもと殴り合いのケンカをしていた。殴り合いと言っても、リファリスは一発も食らっていないようで、男どもが一方的に殴られているようだが。
さらにルーファスは目を丸くした。
リファリスとタッグを組んでいる相方がいたのだ。
「カーシャ!!」
ついに発見!
ついにっていうか、あっさり発見。
「妾の胸を触ったのはどいつだ! 触りたいなら正々堂々正面から……ヒック……来い」
カーシャは完全に足下が覚束ない。普段は青い血管が見えるほど白い肌も、すっかり紅くなってしまっている。しかも、片乳が今にも服から溢れそうになっている。
唾を飲み込んだルーファスはその場で動けなくなった。
「(リファリス姉さんは普段からあんな感じだけど、カーシャは完全に酔ってるよ。あの人酔うとホント手がつけられないんだよね)」
普段から学院の廊下で高等魔法をぶっ放す不良教師が、もしも酔って手が付けられなくなってしまったら、どんなことが起きるのか想像しただけでも恐ろしい。
ふらつきながらカーシャが呪文の詠唱をはじめた。
「ライララライラ……ヒック……うっぷ……げっぷ……びゅーんっと……びょーんっと」
高等魔法ライラを唱えようとしているが、詩がまったく詠めていない。こんな滅茶苦茶な詠唱では、魔法なんて出るわけがないのだが――。
カーシャの手が輝きはじめ、大量のマナフレアが辺りを照らす。
そして、ついにカーシャが魔法を放った。
「どーん!」
なんじゃその呪文!
あきらかにギャグとしか思えない呪文だったが、まさかの発動。
カーシャの手から輝きが放たれた。
それはまるで煌めく星の川のように、キラキラ〜っと宙に放出された。
周りに集まって人々から歓声があがった。普通にキレイだったのだ。
見事な宴会芸を披露したカーシャ。
一息カーシャがついているとき、ルーファスはここがチャンスと急いで駆け寄った。
「カーシャ!」
「……ん、へっぽこか?」
「探してたんだよカーシャのこと」
「おまえも妾のおっぱいが触りたいのか?」
「そんなこと一言もお願いしてないし」
こんな感じでカーシャのペースに飲まれている時間はない。
だが、ルーファスの前に立ちはだかる新たな刺客!
「かわいい弟よー! おまえも飲め飲め〜っ♪」
上機嫌のリファリスが並々に注がれた大ジョッキを両手に持って駆け寄ってきた。
冷えたビールジョッキがルーファスの頬にグイグイ押しつけられる。しかも両サイドから。
まるでタコみたいな口をしたルーファスが、
「リファリス姉さん、やめてよぉ〜(なんだよ、なにがしたいんだよこの人)」
べつになにがしたいってわけじゃなくて、とくに理由はないと思われる。
「わっちの酒が飲めないってのかい? オラオラ、た〜んのお飲み!」
いつにリファリスは強硬手段に出た。
必殺ビールかけ!
どぼどぼ〜っとビールがルーファスの頭からかけられた。本当にありえない。
ルーファスの長い髪は見事なまでの吸水力。ビール臭いったらありゃしないし、目は開けられないくらい染みる。
「痛いっいったーっ、目が目が開かない!」
手探りでルーファスは辺りのようすを探った。
ふにゅ。
ルーファスの手がなにか柔らかいものに触れた。
いったいこれはなんだろう?
確かめるために、ふにゅふにゅっともう一度触ってみた。
流動性があって柔らかく、そうかと思えばほどよい弾力性もあって、人肌のようにほんのり温かい。
「ルーファス!」
ルーファスのすぐ近くでカーシャの怒号がした。
ようやく視界が開けたルーファスの目の前にしたのはカーシャ。そしてもちろん触っていたのはスイカップ。
「あががっ、ごめんなさーい!」
ルーファスは謝ったが、もう遅いだろう。
「妾の胸を揉みしだくとは何事だーッ!」
あんたさっき触りたいなら正々堂々と来いって言ってたじゃないか。
目と胸の先の距離でカーシャが魔法を放つ。
「びゅーん!」
なんじゃその呪文!
あきらかにギャグとしか思えない呪文だったが、まさかの再び発動。
カーシャの手から放たれたのは、ビールの噴射だった。
そこら中にあるビールを手元に集め、一気に放出したのだ。
まるで消防車の放水のようにところ構わずビールがまき散らされる。
最初の一撃をモロ喰らったルーファスは水圧で男たちが飲むテーブルに突っ込んでしまった。
テーブルを滅茶苦茶にされた男どもとルーファスの目が合う。
「(殺される)」
ルーファスは確信した。
ボコッ、ドゴッ、ぐへっ!
カエルが潰れたような呻き声があがった。
頭を抱えてしゃがみ込んでいたルーファスが恐る恐る顔をあげると、そこにはコテンパンにのめされた男どもの姿が。
「だいじょぶかい?」
ルーファスに声をかけて手を差し伸べたのはリファリスだった。どうやらリファリスに助けられたらしい。
が、リファリスの手をつかんで立ち上がろうとしたルーファスが、なんとそのままリファリスに腕を引かれて投げ飛ばされたのだ。
「行って来ーい、ルーファス!」
「ぬーっ!!(なんでこーなるのーっ!)」
叫びながらルーファスは次のテーブルに突っ込んだ。
そして、男どもがルーファスを睨む。こうしてさっきと同じパターンが繰り広げられることになった。
一方カーシャはビール放水を続けていた。
「ふふふふふふふ、ふふふふふふ、飲め飲めーっ、酒は飲んでも呑まれるな!」
あんた一番呑まれてますが?
いつの間にかあたりはビールかけ&乱闘合戦になっていた。
騒ぎは大きくなる一方で、どっかのだれかがロケット花火を飛ばしたり、爆竹まで鳴らしはじめた。
完全に収集がつかない状況だ。
ルーファスは高く積み上げられた人の山から、命からがら這って出てきた。
「死ぬ……圧迫死するとこだった……」
顔からは血の気が引いてしまっている。
アンダル広場全体にサイレンの音が鳴り響いた。
聖リューイ大聖堂を警備していた治安官たちが広場に押し寄せ、さらに広場の周りからも続々と治安官たちが集まってきた。
騒いでいた人の中には果敢にも治安官にケンカを売る者もいたが、ほとんどは捕まる前に一目散に逃げ出した。
まだ石床でへばっているルーファスの腕を何者かがグイッと引っ張り上げた。
「逃げるぞルーファス!」
カーシャだった。
我に返ったのかと思いきや、挙動が酔っている。
ルーファスの腕をつかんでいるカーシャは、そのまま上空に飛び上がろうとした。
「レビテーション!」
二人の空が浮き上がる。
魔導具などの補助を使わずに空を飛ぶ魔法は、熟練者かセンスのある者しか使いこなせない。魔法そのものの発動は容易なのだが、自分を取り巻くマナを安定させるのが至難の業で、さらには身体的なバランス感覚も優れていなければならない。人を乗せて飛ぼうなんて無謀で、酔って飛ぶなんて死を覚悟しているとしか思えない行為だったりする。
「うぎゃーっ!」
ルーファスの叫び声が夜空に木霊した。
ジェットコースターなんて目じゃない蛇行運転。
夕食を口にしたら絶対にリターンしていた。
「カーシャ下ろして!」
「ふふふふ、風が気持ちいいな。体がベタつく……シャワー浴びたい」
いきなりの急降下。
眼下に迫るシーマス運河。
ジャバーン!!
クジラの潮吹きみたいな水しぶきをあげて二人は河に沈んだ。
酔って水に入るなんて自殺行為だ。
さらに服が水を吸い込んで泳げるハズがない。
「ぶほっ……もげ!」
水面でアップアップしながらルーファスは死相を浮かべた。たぶん下半身はすでにあの世に浸かってしまっている。
体力がもたない。
ついにルーファスは力尽き、手を最後に残して河に沈んだ。
「ルーファス!」
何者かの声が響いた。
ルーファスの手をつかんだ熱い手。
小型船舶の上にルーファスの体が引き上げられた。
「大丈夫かルーファス!」
「ううっ……クラ……ウス?」
目を開けたルーファスを覗き込んでいたのはクラウスだった。
「よかった、生きていたか」
安堵のため息をクラウスは漏らした。
体を起こしたルーファスはあたりを見回した。
「カーシャは!?」
「それが……二人が共に河に落ちるところまでは見たのだが……」
重い表情を浮かべるクラウス。
だが、闇の中から女の声がした。
「妾ならここにいるぞ」
いつの間にか甲板に立っていたカーシャだった。全身ずぶ濡れだが、肌の赤みを消えて
表情もいつもどおりだ。どうやら酔いが抜けたらしい。
ルーファスとクラウスはほっと胸をなで下ろした。
しかし、ほっとしているヒマなんてなかった。
クラウスが懐からモレチロンの角を取り出して見せた。
「カーシャ先生にお願いがあります。この角を角笛に加工してもらいたいのですが?」
「うむ、妾に頼んでくると思っていたのですでに準備は整えてある」
あんた飲んだくれただけじゃないんだな!
ちょっとは見直したぞカーシャさん!
が、次の言葉は、
「いくら出す?」
金の話かい!
カーシャが慈善でやってくれるわけがない。
クラウスは考え込んでしまった。
「……(このような物は相場があってないような物)いかほど払えば?」
「そうだな、さっきの騒ぎで出た被害額でどうだ?」
「……やはり貴女が起こした騒ぎだったのですね」
「出すのか出さないのか?」
「(仕方がない)出しましょう。今すぐお支払いはできませんが、直接こちらが被害額を立て替えると言うことでどうですか?」
「うむ、よかろう。ではこれが完成した角笛だ」
おもむろにカーシャは胸の谷間から角笛を取り出した。
それを見た二人は目を丸くした。
「「え?」」
なにが起きたのか理解できない。
採ってきた角はたしかにクラウスが持っている。
なのにカーシャは完成品を持っているのだ。
「こんなこともあろうかと、出来た物をすでに用意しておいたのだ」
3分クッキングかっ!
てゆか、ヴァッファートの元へ行き、さらに苦労して角を採ったのが、すべて取り越し苦労に終わった瞬間だった。
唖然とするクラウスからカーシャが角を奪い取った。
「これは妾が預かって置こう。そして、これを受け取るのだ」
そして、角笛を渡した。
ここでカーシャがボソッと。
「あと5分もないぞ」
それは日が開けるまでの時間だった。
焦るクラウス。
そこへエルザが駆けつけた。
エルザの顔は見るからに怒っていた。
「クラウス様、どこをほっつき歩いていたのですか!! しかも大事な〈誓いの角笛〉まで持ち出して!」
壊れたことはバレていないらしい。
「その……すまんエルザ」
「神器をお持ちしました、すぐに装備して鐘楼までお急ぎください!」
初代国王ラウルがヴァッファートから贈られた三種の神器。
1つはすでに装着している〈ウラグライトの指環〉。
エルザがクラウスに手渡したのは〈竪琴の杖〉。
そして、空を飛べる〈白輝のマント〉。
「これがあれば間に合う!」
歓喜にクラウスは打ち震えた。
〈誓いの角笛〉と三種の神器を装備したクラウスが空に舞い上がった。
「行ってくる!」
瞬く間にクラウスの姿が消えた。
残された3人は空を見守る。
3分を切った。
もうクラウスは鐘楼に辿り着いただろうか?
1分を切った。
本当に間に合ってくれただろうか?
ルーファスは懐中時計の秒針を見つめ、零時ちょうどに空を見上げた。
もし角笛が鳴らされても、ここまでは聞こえてこない。
まだわからない。
鐘の音が聖リューイ大聖堂の方角から鳴り響いて来た。
やがて鐘の音は街のあちこちから響きはじめ、夜空には壮大な花火が華を開かせた。
そして、咆吼と共に空を舞う国の守護者ヴァッファート。
「やったー!」
ルーファスは叫びながら両手を高く挙げた。
無事に建国記念祭が幕を開けたのだ。
一方のそのころビビは――。
「わっちの酒が飲めないってのか〜い!」
「ちょっと、もうキスとかしないでぇ〜!!」
涙目を浮かべながらリファリスに絡まれ襲われていたのだった。
カーシャさん日記
「前夜祭」997/09/25(シルフ)
待ちに待った前夜祭だ。
今日は飲むぞ、食うぞ……と思ったら、ルーファスがやってくれた。
今度は国宝を壊したぞ、ふふふ。
笑いが止まらん。
そのうち国でも崩壊させるんじゃないか?
妾がいなかったらどうする気だったのか、へっぽこめ。
今回は貸しだ、そのうち利子をたっぷりつけて返してもらうぞ。
それはともかく明日……いや、もう今日か、建国記念祭が楽しみだ。