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第1話「桃髪の仔悪魔(4)」

 部屋の中は実験機具などが整理整頓され、一目でどこになにがあるのかが確認できるようになっていた。パラケルスス先生の人柄が人目でわかるようになっていた。

 ホムンクルスは部屋の中にいくつもあるガラス管の中にいた。

 ガラス管の中は液体のような物で満たされ、下から小さな気泡が上へ上がっている。そして、時折大きな泡がホムンクルスの口から吐き出される。

 これを見たルーファスは困り果てた。

「そうだった、この装置ごと運ばないといけないんだった……」

 1つでも大変な物を二つもどうやって運ぶ? しかもばれないように……?

 困った表情をしているルーファスの影から、ニョキっと出て来たビビが、ルーファスの顔を覗き込み自分を指差した。

「アタシがいるじゃない?」

「どーゆーこと?」

「ルーちゃんの魂さえ少し食べさせてくれれば、カーシャの部屋まで装置ごと瞬間移動させてあげるよ」

「…………(困った)」

「でも、ルーちゃんの寿命が3ヶ月ほど減るけどねv」

 満面の笑みで明るく言われても困る。

「3ヶ月も減るの? 1日とかに負けられないの?」

「無理だよそんなのぉ」

 支払う魂と願い事の質の大きさは比例しているので、負けろというのは無理な話だ。

 半人前の魔導士であるルーファスにこの装置をカーシャの部屋に運ぶ術はない。ローゼンクロイツももうここにはいない。

 ビビはルーファスの服の袖をぐいぐい引っ張りながら、ルーファスの瞳を仔猫のような瞳で見つめている。自称ちょ〜可愛いと言っているほどのことはある――激マブ。

 ルーファスはしぶしぶビビの申し出を受けることにした。激マブに負けたわけではない、ルーファスには本当に成す術がなかったのだ。

「よろしくお願いします(3ヶ月か……)」

「オーケー♪」

 ビビは別空間に保管してあった大鎌を取り出し、その切っ先を天高く構えた。

「痛くないよね?」

「さあ、アタシ切られたことないし?」

「えっ、ヤダよ痛いのは!?」

「ウソだよ。痛くないから心配しないで……」

 合図なしでいきなりビビはルーファスに大鎌を振りおろした!!

 ルーファスは殺されると思い目をぎゅっとつぶったが――死ななかった。恐る恐る目を開けると、そこには何かを飲み込むような仕草をしているビビがいた。

「ごくん。あ〜、おいしいぃ〜(やっぱり魚なんかより、人間の魂だよね〜)」

 ごくんと何かを呑み込んだ様子のビビはお腹を摩りながら満足そうな顔をした。ビビは大鎌によってルーファスの魂の一部だけを切り取り補食したのだ。

「え? 今のでおしまい?(呆気なかったな)」

「うん」

 ルーファスは実感が沸かなかった。本当に自分の寿命が3ヶ月減ったのだろうか?

 魂を喰らい魔力を得たビビの足元の下から目に見えないオーラが発せられ、ゴスロリ服が揺ら揺らとゆらめく。

 魔力の解放。ルーファスは正直恐怖さえ覚えた。

「(な、なんてマナなんだ……こ、これで3ヶ月?)」

「いくよぉ〜!」

 全てを呑み込んだ。ビビから発せられた影が、闇がこの部屋にあるものを全てを呑み込んだ。

 グォォォッ!! 耳元で鳴り響く風の流れるような轟音。

 気づくとそこはすでに薄暗いカーシャの研究室だった。魔力を得たビビは瞬時にホムンクルスと装置、そして、自分たちまでも一瞬にしてカーシャの研究室に運んだ。

 灯ったロウソクの中からカーシャが浮き出るように現れた。

「よくやった。すぐにビビをホムンクルスに移す儀式を執り行うぞ」

 ルーファスとカーシャは直ぐさまビビをホムンクルスに移す儀式の準備をした。

 カーシャの研究室は薄暗くてよく分からないが実際は異様なまでに広い、それはこの部屋でいろいろな儀式や実験をするためだ。

「ルーファス、本棚から魂移しの儀の描かれた魔導書を取ってくれ」

「オッケー」

 部屋の中を忙しなく動き回るルーファスをあごで使うカーシャは、こちらはこちらで魔方陣を描くので手一杯だ。何もすることがないビビはルーファスの影の中で邪魔にならないように静かにしている。

 そして、その広い部屋一杯に儀式の準備をして、ようやく準備は整った。

 魔方陣の真ん中にルーファスとビビが立つ。カーシャはロウソクを付けながら二人の周りを円を描くように歩き呪文を唱える。が、しかし、カーシャが思わぬビックリ発言を突然した。

「違う儀式の呪文だ(準備の段階からなにか変だとは思っていたんだ)」

 呟いた。聞こえるか聞こえないほどの声で呟いた。だが、ルーファスとビビの耳にはしっかりと届いていた。

「なんだって!?」

「うっそ〜!?」

 この儀式に使う呪文の書かれた魔導書は、儀式を始める前にカーシャが本棚の中からルーファスに頼んで取ってもらっただった。

 ――儀式は見事失敗した。そして、辺に爆風が吹き荒れ、業火がルーファスたちの周りを包み込んだ。

「もしかして私のせいなの?(うそでしょ!?)」

 もしかしてではなく、ルーファスのせいである。最後まで気づかなかったカーシャにも責任はあるような気もするが、弱い立場に罪が擦り付けられる。

「ルーちゃんどうにかしてよ!?」

「どうにかって、カーシャどうにか……」

 慌てふためくルーファスはカーシャに助けを求めようと彼女のいた筈の方向を振り向いた筈だった。そう筈だった。

「マジでぇ〜!!」

 ルーファス叫ぶ。

 ルーファスは唖然とした。カーシャの姿はそこには無かった。いたのはうさぎしゃんのぬいぐるみと書き置きだった。書き置きにはこう書かれていた。

 ――すまん、暑いのは苦手だ。

 ルーファス的大ショック!

 カーシャは一目散に逃げたのだ。騒ぎに巻き込まれるのはゴメンということなのか?

「ルーちゃん、あの人どこ行ったの? もしかして逃げたの!?(もう、サイテー!)」

「たぶん、逃げたのかなぁ〜、よくあることだから……あはは(笑えないよ、毎回毎回いざってとき逃げて!!)」

 火に手は部屋中に広がって行く。それに比例してルーファスとビビは部屋の隅へと追いやられて行く。しかも、ついてないことに部屋の入り口からだいぶ離れてしまっている。

 ルーファスの額から冷たい汗が流れ出る。

 ビビは火に向かって大鎌をぶんぶんと振って、火を追い払おうとするが、それは無意味としか言い様がない。

 いつになく真剣な表情なルーファスの手から吹雪が出た。

「これでどうだ!!(……お願いだから消えて)」

 ルーファスの作り出した吹雪は猛吹雪だった。しかし、眼前に広がる業火にあっさりと呑み込まれてしまった。

「ルーちゃんダメじゃん(なんだ、ルーちゃん普通の魔法使えるんじゃん)」

「まだまだ、これでどうだ!」

 ルーファスの身体にマナが集められる。しっかりと腰を据えて詩を詠んだあとに呪文を唱えた。

「ブリザード!!」

 この呪文は今世界で使われている簡略化されたレイラなどの原型になったライラと呼ばれる呪文だ。

 レイラなどの呪文は唱えなくても簡単に出すことができる。だがライラはいちいち詩を詠み呪文を唱えなくはならない。しかし、その威力はレイラなどは比べ物にならない強力なものだ。ライラは別名『神の詩』と呼ばれている高等呪文だ。

 業火を呑み込まんばかりの猛吹雪。背筋がゾクゾクするほど気温も下がっている。

「ルーちゃんがライラを使えるなんて!?(学生の分際でライラを……!?)」

 猛吹雪が業火を呑み込んでいく。火は風前の灯火になった。

「治まったか……?」

「ルーちゃんカッコイイ♪」

 が、この業火はただの業火に非ず、悪魔の炎だった。

 一時は勢いを失った火が再び業火となり吹雪を丸呑みにした。ルーファス愕然、ビビ唖然。

 切る札とも言えるライラを使ってもなお、火を消すことはできなった。ルーファスは決断を迫られていた。

「(もし、私がここで死ねば、私の影に依存関係にあるビビもたたじゃ済まないな」

 そう、恐らくルーファスが消滅すれば、ビビも解放されるのではなくともに消滅してしまうだろう。

 悪魔の契約は絶対。その契約のチカラが大きければ大きいほど、リスクは大きくなり、悪魔自身の力ではどうにもならない。まさにルーファスとビビの間に成されてしまった契約はそれだった。ビビは完全にルーファスの一部として存在している。

 不安そうにビビがルーファスを見つめる。

「ルーちゃん、どうしよう?(このまま消えちゃうのかなアタシたち)」

「(ここでもし私がビビに魂を全て捧げたら……)」

 もし、ここでルーファスが魂をビビに全て捧げたら、火災は治まり全てを終えたビビはルーファスの影から解放されるだろう。

 真剣な眼差しでルーファスがビビを見つめた。

「私の魂を全て狩るんだ。そしてこの火を止めれば……」

「ダ、ダメだよ。そんなことしたらルーちゃんが死んじゃうし、火を消すのに魂全部貰うなんて、契約を結んだ悪魔は必要以上の代償を求めちゃいけんんだよ、だから……だから絶対ダメだよ!!」

 自分の魂を全て狩るように言われたが、ビビは困惑した。それが使命のはずなのに……。

「このままだと二人とも死んじゃうから、だから私の魂を……(……短い人生だったな、でも仕方ないよね)」

 確かにルーファスの魂を狩ることは彼女の使命のようなものだ。しかし、彼女はルーファスと長く一緒にい過ぎた。

「できないって、ルーちゃんのこと……ダメだよ絶対」

「お願いだから……」

 大鎌をルーファスの頭上へと振り上げた。しかし、鎌はそこから微動だにしない。

 ガタガタと大鎌が震えている。ビビの目は少し潤んでいた。

 ルーファスはビビを見てやさしく微笑んだ――。

「(これがアタシの使命だから……)」

 そして、大鎌はルーファスに振り下ろされた。

 ルーファスの魂は肉体と切り離せれ、白い煙りのような物となり、大気中を漂い目を閉じたビビの柔らかそうな口の中へと吸い込まれようとしている。

 その時、ゴォォォン!! という轟音とともに爆発が起きた。

 ビビが目を丸くして辺を見回すと、そこにはカーシャと初老の男性――パラケルススが立っていて、火は瞬く間に消え部屋には硝煙だけが残されていた。

 パラケルススが叫んだ。

「ルーファスを早く!!(身体に戻さんと大変なことになる)」

 ルーファスの魂は未だ大気を煙りのように漂っていた。

 魂は肉体を離れて長い時間存在することができない。このままではすぐに消滅してしまう。一刻の猶予も許さない事態だ。

 床を滑るようにしてカーシャが一早く動いて、ルーファスの魂を封じた。

 ルーファスは助かったのか? しかし、カーシャの顔は蒼ざめていた。

「……しまった(カーシャ不覚……ふふ、笑えない)」

 呆れ顔でパラケルススはカーシャに向かって言った。

「自業自得じゃな(わしのホムンクルスを盗むからじゃ)」

「…………(ふふ、笑えない)」

 無言のカーシャにパラケルススは話を続ける。

「罰として1週間そのままでいるように、2人ともわかったな?(ひさしぶりに高等魔法を使ったんで疲れたわい)」

 “2人”にそう命じたパラケルススは頭を抱えながら部屋を足早に出て行ってしまった。

「ヤダよそんなの(カーシャと1週間このままなんて)」

 どこからかルーファスの声が発せられた。――カーシャは間違ってルーファスの魂を自分の影に封じてしまったのだ。

「妾だってルーファスとこのままなんて御免だ(トイレやお風呂もいっしょなのかもしかして!?)」

「カーシャがミスったんでしょ?」

「これでは、ビビと同じでは無いか……ふふ」

「まあ、私は死なずに済んでよかったけどね(ふぅ〜命拾いした)」

 ……この状況を見ながらビビはきょとんとしてしまっている。そんな彼女の元へ、パラケルススが再び姿を現した。

「忘れとったわい(この子をどうにかしてやらんと)」

 笑いながら現れたパラケルススはルーファスの抜け殻となった身体の横に立ち、ルーファスの影からいとも簡単にビビを解放してして、ルーファスの肉体を魔法で宙に浮かして運び、カーシャに微笑みかけるとすぐに行ってしまった。

「あれ、もしかしてアタシ自由になったの? やった〜♪」

 ジャンプしながらはしゃぎ回るビビを見ながら、カーシャは肩をがくんと落として、ひどい頭痛に襲われた。


 これから1週間の間、カーシャは頭痛に悩まされることとなり。ルーファスはビビの時とは違って影から出ることが全くできなかったために、暇を潰すためにカーシャに一日中話し掛け、カーシャの頭痛は酷くした。

 パラケルススの実験室にビビはいた。

「ねぇパラケルスス先生」

「ん、なんじゃな?」

「ルーちゃんが元に戻るまで、パラケルスス先生の助手としてここに置いてくれない?」

「ふぉほほほっ。まあ、いいじゃろう。ルーファスの肉体をしっかりと管理しておくれ」

「やったーっ! ありがとう♪」

 ビビは、ルーファスの魂から解放されたあと、パルケルススの助手として学院に少しの間居座り、ホムンクルスと一緒に保管されているルーファスの肉体の大切に管理をしていたという。

 それから、もちろんルーファスの悪魔召還のテストは赤点が付いたらしい。


 桃髪の仔悪魔 おしまい

カーシャさん日記

「共同生活」997/09/08(ガイア)

こいつがやっと寝てくれたので、ようやく日記を書くことができる。

事の発端はへっぽこが悪魔に取り憑かれたのが原因だった。

いや、この際、そんな話はどうでもいい。

今はどうしてこいつがここに一緒にいるかが問題なのだ。

しかもだ、パラケルススの奴、呪文を暗号化し、この妾でも解呪するのに時間が掛かりそうだ。

奴は1週間とかほざいておったが、知らんなそんなこと。

明日にでも解呪してみせる。

それまでは風呂もトイレも我慢せねばならんな。

……ふふ、笑えん。



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