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第8話「アイツの姉貴はセクシー美女(3)」

 食事が運ばれてきてから無言で食べ続けるリファリス。

「(ったく、なんで親父がいんだよ。食事が不味くなる)」

 とか思いながらもガツガツ喰っている。血の滴るレア肉だ。隣のルーファスの肉と比べると3倍以上のボリュームだ。

 一方、食が進まないルーファス。顔は依然として真っ青のまま。腹痛も治まらないが立つに立てない。なぜなら立とうとすると、リファリスにガンを飛ばされ『逃げるなよ?』のアイコンタクトを送ってくるからだ。

 股を開いて椅子に座り、フォークとナイフでガツガツ音を立てながら食べるリファリスは、この店の雰囲気にそぐわない。真後ろでシカトしているルーベルのこめかみに、ピクピクと青筋が立っている。

 そして、やっぱり空気を読まないディーナ。

「パパもシャイなんだから、こっちでみんなで食事したらいいのに」

 それを聞いていたリファリスの手が滑ってナイフが飛んだ――ルーベルのテーブルまで。

 これには思わずルーベルもお偉いさんも動きを止めた。

 SPは状況を見ながらいつでも動けるように構えている。

 ルーファスの顔もさらに青くなっている。

 当の本人も『やっちまった』という表情をしているが、謝らずに身動き一つしない。自分が悪いのがわかっていても、父親に謝ることが嫌なのだ。

「(どうする……ここは親父に出方を待って様子を見るか)」

 だが、ここで動いたのは次女のローザだった。

 すぐさまローザは席を立ち、深々とルーベルに頭を下げた。

「申しわけございませんルーベル・アルハザード様」

 あえて“父”とは呼ばなかった。

「構わんよお嬢さん」

 ルーベルもまた“娘”とは呼ばなかった。

 これでルーベルの面子などが保たれる。

 が、ここで緊急事態が起きた!

 ブッ!

 小規模な爆発音がした。

 SPがすぐさま動く。

 そして、拘束され床に押さえつけられたルーファス。

「あ、ええっと……ちょっとお腹の調子が……(オナラ出ちゃっただけなのに)」

 完全にやっちまったルーファス。

 ナイフが飛んだだけなら穏便に済まされたものを、捕り物を演じてしまっては周りの客たちの目を完全に惹いてしまった。

 紳士淑女たちも人が床に押さえつけられている光景を見たら、そのまま食事を続けるというわけにもいかないだろう。ざわざわと色めき立つ。

 そして、ついにルーベルが切れた。

 席を立ちルーファスを指差した。

「ルーファスどうしておまえはいつもそうなのだ!」

「ご、ごめんなさい父さん(ヤバイ、父さんの髪の毛が逆立ってるよ。マナフレアまで出てるぅ〜)」

「謝って済むものかっ。いつもいつもわしに恥をかかせて楽しいのか!」

「そんな楽しいだなんて……(思ってるわけないじゃないか)」

「愚図で鈍間の出来損ないの異形め。その髪の色はなんだ、我が赤の一族は代々赤髪が受け継がれておるというのに、貴様と血が繋がっていると考えるだけで気持ちが悪い。どうしておまえのような息子が生まれてきたのか、何度間違いだと思い検査をしたことか、それでも我が息子という事実は変えられず、どんなにわしが一族から白い目で見られてきたかわかるかっ!」

 怒濤の勢いでルーファスを貶したルーベルは、血圧が上がり肩で息を切っている。

 だが、まだ口を開く気だ。

「それでも待望の男児が生まれてきてわしは喜んだものだ。髪の色などにこだわらないようにしようとも思った。だが、貴様はわしの期待を裏切り、なんと無様に育ったことか。運動もできず、勉強もできず、貴様は我が一族の面を汚すために生まれてきたのかっ!」

「生まれて来てごめんなさい……全部……僕が悪いんだ……」

 言葉を受け入れてしまったルーファス。

 歯を食いしばったままリファリスが席を立った。

「黙って聞いてりゃいい気になりやがって……ルーファス、あんたはわっちのかわいい弟だよ。だがなっ!」

 リファリスの拳が風を切り、ルーベルの頬を抉った。

「この男はクズだ!」

 激しい衝撃を受けながらルーベルは床に手をついてしまった。

 すぐさまSPがリファリスに攻撃を仕掛けようとしたが、それをルーベルは手で合図を送って制した。

「どこの小娘だか知らんが、暴力でわしを痛めつけ気が済んだか?」

「いいや、まだ殴り足りないね!」

「ふん、国防の観点からもこのような野蛮人は入国させるべきではないのだ」

「ならあんたのような口の汚い男も国外追放だな!」

「うぬぅ〜っ」

 言葉に詰まりながらルーベルは唸った。

 そして、凄まじく空気を読まないディーナ。

「みんなお料理が冷めちゃいますよぉ」

 ふわ〜んとした声で、なんだかルーベルの肩から力が抜けた。ルーベルにとってディーナが安定剤になっているのかもしれない。老人のルーベルと若妻のディーナ。いくつになっても男は女に弱いのか。ちなみにルーベルは66歳、ディーナは36歳である。

 さらにローザが後押しする。

「ルーベル様、大事なお客様の前ではないのですか?(また血圧上がったら大変)。お姉ちゃんもお肉冷めたら美味しくないよ?(ほんと手の焼けるお姉ちゃんなんだから)」

 母親に顔がそっくりの娘に言われるのもルーベルには効くようだ。

「食事の席を騒がせてしまって、ここにおられる皆さんにもご迷惑をおかけした。そこでわしからのお詫びの印として、今日の食事代はわしに持たせていただきたい。よろしいかな?」

 客たちは頷いて見せたり、小さな拍手をした。

 が、そんな中でただひとり――。

「なんでも金で解決か」

 ボソッとつぶやいたリファリス。

「お姉ちゃん!」

 ローザが小声で注意した。

 さすがにルーベルは聞き流して、何事もなかったように席についた。

 ルーファスも無事解放され、空気はまだギクシャクしているが、再び食事が続けられることになった。

 今まで出るに出られなかったウェイターが替わりのナイフを持って現れた。

「新しいナイフをお持ちしました」

 ナイフをリファリスのテーブルに置き、ルーベルのテーブルからナイフを回収した。

 殺気!

 ナイフを手に取ったウェイターが、なんとルーベルを人質に取ったのだ。

「貴様何者だ!」

 ナイフを首に突きつけられながらルーベルが叫んだ。

 辺りが騒然とする。

 SPたちも動けない。

 まさかの事態にルーファスの顔面は真っ青。

 ウェイターは自ら着ていたジャケットを脱ぎ捨てた。その下に着ていたベストに縫い付けられている謎の物体。すぐさまルーベルは気づいた。

「爆弾か!?(自爆も覚悟の上ということか!)」

「そうだ、下手に手出しをすれば木端微塵だ。我らアルドラシルの使徒は崇高な目的のためなら死など恐れない!」

「アルドラシルだと……(テロリストどもか!)」

 国防大臣であるルーベルでなくとも、その名を知っている者がほとんどだろう。

 邪教集団と広く認知されているアルドラシル教団。彼らが崇拝する神の理想郷を築くため、過激なテロ活動を行う残虐非道な団体として、アステアのみならず世界中から危険視されている。

 アルドラシル教団の主な標的はガイア聖教である。彼らはガイア聖教こそ邪教として、総本山である聖都アークや、それ以外のガイア聖教を信仰する国々に攻撃を仕掛けている。

 しかしアステアの国防大臣に手を出してくるとは――。

 理由はつい先頃にあった事件の可能性がある。アステア国内でアルドラシル教団のナンバー3と目される男が拘束されたのだ。

「この度の我らの目的は、アステア国内で拘束された同志の身柄解放にある。速やかに我らの要求を呑んでいただきたい!」

 やはりそうだ。

 ルーベンスは冷淡な眼をしていた。

「我がアステア王国がテロなどに屈すると思うておるのか?」

 教団員は眉をひそめた。

「貴様の命、我が手中にある。己が命、恋しくないというのか?」

「おぬし、自分の言うたことを忘れたか。わしも恐れなどしない、それだけのことだ」

「歳は取っても〈赤鬼のルーベル〉か。貴様の肝が据わっていることは認めるが、貴様の

命の価値は貴様が決めるのではない。交渉相手は貴様ではなく、政府である」

 〈赤鬼のルーベル〉とは、彼が若かりしころにつけられたあだ名だ。緋色の髪と、怒号の性格、そして前線で戦うその姿が鬼のようであったから、揶揄される名前がつけられたのだ。

「ならば国防大臣として言おう。テロリストとの交渉には応じない、と」

 ルーベル言い切った。

 拘束されているのはルーベルだが、人質はルーベルだけではない。

 こっそりと逃げ出しそうになった客を教団員は見逃さなかった。

「その場を動くな! この爆弾は店ごと吹き飛ばすことができる。ここにいるだれか一人でもおかしな真似をすれば、命の保証はないと考えてもらいたい!」

 人質はここにいる全員。

 ルーベルは教団員に悟られないように、ほかの客たちを観察していた。

「(単独で行うなら無謀な作戦だ。仲間がいる可能性がある)」

 端から自爆するつもりであれば数が少なくてもいいだろうが、目的が同志の解放である以上は、成功させるための採算を練ってくるだろう。ならば単独で行う犯行としてはリスクが大きすぎる。

 客の中に仲間がいるのか、店員の中にいるのか、それともルーベルの読みが間違っているのか。

 リファリスはずっと教団員を睨み付けていた。

「(親父……なにかできることはないのか……)」

 どんなに嫌っていても、最後は父の身を案じる。リファリスも“子”であった。

 汗が床に落ちた。

 だれのってルーファスのだ。

 父親が命の危機に晒されている中、ルーファスは敵と戦っていた。

 敵の名は腹痛!

 父親のことも心配だが、だからと言って腹痛を忘れることはできない。今すぐトイレに行きたいほど腸が悲鳴をあげている。でもそんな願いが通らない状況なのもルーファスは承知している。

 父親の命と腹痛の板挟み。明らかに父親の命のほうが大事だが、切実な腹痛とも戦わなければならない。

 ちょっと気を緩めたらちょびってしまう。

「(お腹が……死ぬ……けど……父さんも死ぬかも……でも僕が先に死ぬかも)」

 滝汗がボトボトと流れる。

 床にできる水たまり。水というか汗だが。

 ルーファスの顔面は青を通り越して白くなりつつある。

 眼も白黒してきて、頭もクラクラする。

 ついに体が痙攣しはじめた。

 明らかに可笑しいルーファスの様子に周りもざわめき立つ。

 教団員が威嚇する。

「静かにしろ!」

 客たちは静かになったが、ルーファスを放って置くわけにもいかない。病人は作戦遂行の邪魔だ。

「おい、どうした!」

 教団員がルーファスに尋ねるが、返事など返ってこないのは一目でわかる。

 大きく痙攣しながら白目を剥いたルーファスが、いつに泡を口から噴いて椅子から転げ落ちた。

 女性客の悲鳴があがった。

 予期せぬ事態に焦る教団員。

 その一瞬の隙を突いてリファリスが動いた。

 彼女は席を立つと同時に今座っていた椅子で教団員を殴りつけたのだ。

 よろめく教団員からルーベルが解放された。

 しかし!

「なぜ助けた!」

 叫んだルーベル。

 リファリスは唖然とした。

「は?」

 そして、すぐに言葉を吐き出す。

「あんたがクソ野郎でも、助けるに決まってんだろ!」

 その発言はルーベルの言葉の意味を間違って解釈していた。

 ルーベルが言いたかったのはそういうことではなかった。

「仲間がいたらどうするのだッ!」

 敵の仲間の有無を確認できるまで、人質と甘んじていることで、騒ぎを大きくしないようにルーベルは勤めていたのだ。

 客の一人が立ち上がった。

「作戦ベータに変更だ!」

 叫びながら男は手から氷の刃をルーベルに向けて放った。

 ルーベルは呪文を唱える。

「ファイア!」

 刹那にして氷が蒸気に変わる。

 だが、敵は氷の刃を放つと同時に、仕込み杖の刃も抜いていた。

 細く尖った切っ先がルーベルの胸を突かんとする。

「トイレー!」

 場違いな叫び声。

 眼を剥きながら倒れたルーベル。

 鋭い切っ先が刺したのは、ルーベルではなくルーファスの胸だった。

 なにが起きたのか?

 それは腹痛のあまり暴走したルーファスが、脳内から状況がぶっ飛んでしまい、ただ一心にトイレへ向かおうと駆け出したときだった。周りが見えなくなっていたルーファスは、偶然にもルーベルの体を押し倒し、自らが刃の餌食となってしまったのだ。

 なにも言えずに倒れてままのルーベル。

 ローザもディーナも言葉を忘れた。

 リファリスが叫ぶ。

「ルーファス!」

 リファリスは仕込み杖を持った男を殴り倒し気絶させ、ルーファスの体を抱きかかえた。

「しっかりしろルーファス!」

「ううっ……痛い……お腹が……死ぬぅ」

「ルーファス! 助かる、絶対に……ん……おなか?」

 おかしなことにリファリスは気づいた。

 ルーファスが刺されたのは腹部ではなく胸のはずだ。

 そのとき、ルーファスの内ポケットから何かが転がり落ちた。

 床に落ちたそれを見たルーベルはハッとした。

「わしがやった懐中時計?」

 それはルーベルがルーファスに贈った懐中時計。

 とても古い物で、ルーベルもまた父から贈られた品だった。

「ずっと持っておったのか……(おまえが幼稚園に入学してから、長い月日が経ったといのに)」

 あのときはまだ、ルーベルはルーファスに期待を抱いていた。だからこそ、父から受け継いだ懐中時計をルーファスに託した。

 リファリスはルーファスの胸を確かめ、傷などないことを確認すると、懐中時計を拾い上げて握り締めた。

「わっちがくれって言ったのにくれなかった時計か。ルーファスがもらってよかったよ、これがルーファスの命を救ったんだらな」

 仕込み杖の刃は懐中時計が受け止めていたのだ。懐中時計には受けた刃が深く穿たれていた。

「きゃーっ!」

 女性の悲鳴だ!

 リファリスとルーベルが感傷に浸っている間に、まだ身を潜めていた別の敵が姿を現したのだ。

 敵の数は今確認できるだけで男女2人。

 その2人はなんとディーナを人質に取って逃げようとしているところだった。

 リファリスはすぐに動けなかった。

 動いたのはルーベル。

「スパイダーネット!」

 手から放たれた網がディーナごと敵を捕らえようとする。

 だが、捕らえられたのはディーナだけ。敵は易々と人質を捨てて逃げたのだ。

「しまった!」

 ルーベルが苦虫を噛み潰した。

 ディーナ誘拐は陽動だったのだ。

 なんと敵は2人意外にも潜伏していた。しかもそれはSPの二人だった。

 SPに扮していた男たちがローザをさらって逃げおおしたのだ。

 ルーベルはすぐさま追いかけようとしたが、

「くっ!」

 激しく顔を歪ませながら胸を押さえ、床に膝をついてしまった。

 すぐさまリファリスが駆け寄った。

「親父!(くそっ、持病の発作か!」」

「構うな、ローザを追え!」

「このクソ野郎!」

 リファリスは吐き捨ててローザの行方を追った。

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