第8話「アイツの姉貴はセクシー美女(1)」
魔導産業によって栄えたアステア王国。
小国でありながら、その経済力は世界トップ水準であり、王都とならばその発展はめまぐるしい。
今まで発展の乏しかった大運河を挟んだ東側にも、発展の波が押し寄せ建設ラッシュが進んでいる。
魔導産業で栄えたこともあり、王都には魔導に関するショップが数多く点在している。
クラウス魔導学院の近くにもいくつか魔導ショップがあって、ルーファス御用達のお店といえば、マジックポーションショップ鴉帽子!
三角帽子を被ったカラスがマスコットのこのお店は、クスリの調合に関してはエキスパート。しかも金さえ払えばどんなクスリでもつくっちゃいます。もちろん裏ルートからの仕入れも豊富だったりする。
お店のドアを開けると、
「いらっしゃいませ〜♪」
三角帽子を被った童顔の女主人マリアが出迎えてくれる。自称23歳とのことだが、実年齢に関しては諸説ある。ちなみに童顔のクセにカーシャに勝るとも劣らないスイカップだったりする。
「マリアさんこんにちは」
ペコリとルーファスはカウンターのマリアに向かって頭を下げた。
店内は薄暗く、パッと見渡せるくらいの大きさしかない。壁一面の棚には薬が並び、店の奥からは謎の臭いが漂ってくる。
そして、どこからか聞こえてくる悲鳴。
ルーファスは怯えた表情で店の奥に首を伸ばす。
「あのぉ、また悲鳴が聞こえるんですけど?(怖いなぁ、地獄の釜で人が茹でられてるみたいな悲鳴だよねぇ)」
「ごめんなさぁい、すきま風がひどいんですぅ〜(ったく、ガタガタうるさいのよね、いつも)」
ぶりっこ口調と裏腹の心の声。この魔性の女に痛い目を見た魔導学院の男子生徒は数知れず。
もちろんこの店のルーファスが被害に遭っていないはずがない。
マリアは注文を聞く前にカウンターの上に薬のビンを置いた。
「ルーたんのために今日も特別な胃薬と下痢止めを調合しておいたから、今度は効いてくれるとうれしいなぁ」
「いつもいつもありがとうございます」
「いいえ、こちらこそごひいきにしてもらってうれしいですぅ(今回のクスリはどんな効果が出るか楽しみ楽しみ♪)」
見事なまでに実験台!
しかも、どうやらそれに気づいていないルーファス。
「前回のクスリは体に合わなかったみたいで、日焼け後にみたいに全身の皮がむけちゃって大変でした。すぐ治りましたけど(せっかく僕専用に調合してもらってるのに、ぜんぜん胃が良くならなくて悪いことしちゃってるなぁ)」
実験台にされていることに気づいていないだけではなく、自分を責めるというおバカっぷり。
本当に良いカモだ。
魔性の女マリアは瞳をキラキラ輝かせて、ルーファスの手をギュッと両手で握り締めた。
「ごめんなちゃ〜い、今度こそは大丈夫だからわたしを信じてっ!」
女の子の手の柔らかさと、その心地良い温もり。さらに輝く瞳で見つめられたら、ルーファスなんてすぐに顔が真っ赤になってしまう。
そして、大きくうなずいてしまうのだ。
「あ、はい、信じます!」
ルーファスKO!
見事なダメっぷりを今日も見せつけてくれる。さすがへっぽこ魔導士ルーファスだ。
落ちた人間を操るのは容易い。
「そうだルーたん!(そうだ、アレ頼んじゃお)」
「なんですか?」
「ちょっとホワイトドラゴンまでおクスリを運んでもらいたいんだけどぉ」
「あ、ホワイトドラゴンって港にある酒場ですよね?(なんだか怖そうだなぁ)」
「ねぇ、お願い♪」
マリアの瞳からキラキラビーム発射!
直撃を受けたルーファスは首をカクンとうなずいた。
「あ、はい!」
「ありがとぉルーたん(ほんとルーファスってばかなんだから)」
それがルーファスクオリティですから。
産業が盛んなアステアは貿易も盛んであり、王都の横を流れるシーマス運河は今日も多くの貨物船が行き交っている。
内陸にある王都アステアの港は運河にある。
港近くには男たちをねぎらう酒場がいつくもある。その中でもっとも賑わっている酒場と言えば、アステアの強さの代名詞になぞられた『ホワイトドラゴン』だ。
店内に入る前から酒の臭いが漂ってくる。酒に弱いものなら、その臭いで酔ってしまいそうだ。
小包を抱えたルーファスはすでに吐きそうだった。
アステア王国では15歳から飲酒が認められており、16歳のルーファスはその年齢に達しているのだが、彼は一滴も酒を飲むことができない。
ホワイトドラゴンは船乗りだけでなく、船に乗ってきた渡航者の客も多く、魔導衣もちらほらといるにはいるが、やっぱりルーファスはなんだか浮く。
ルーファスはヨロヨロとしながら、カウンターに向かって歩き出した。
テーブル席になにやら人だかりができていて、男たちの歓声があがっているが、ルーファスは無視無視。自分が場違いなことくらい、ルーファスにだってわかっている。なるべーく、人とも目を合わせないようにさっさと移動する。
カウンター先に付いたルーファスは身を乗り出して、マスターに声をかけた。
「鴉帽子からのお届け物を預かってきました(うっぷ、吐きそう)」
すると、ガタイの良いスキンヘッドのオッサンがルーファスの前に現れた。
「おう、ご苦労さん。ありがとよ」
オッサンが小包を受け取るため手を伸ばす。その腕にはドラゴンの刺青が彫ってあり、ルーファスはちょっぴりドッキリする。
この店にいる人たちは、ルーファスの人生ではあまり関わらない人たちだ。もう心臓バクバクである。
「あ、えっと、お荷物ちゃんと渡しましたから。じゃあさよなら!」
急いで立ち去ろうとするとオッサンに呼び止められてしまった。
「兄ちゃん、せっかく来たんだから飲んでけよ」
「いえ、私は……まだ用事があるのでまた今度(またとか絶対ないけど)」
そこは社交辞令である。
今度こそルーファスはこの場を逃げ出そうと出口向かって歩き出した。
そのときだった!
眼を剥くルーファス。
ドスン!
目の前に人が降ってきた。
嫌な予感がする。という、人が降ってきた時点で嫌なことが起きているハズだ。
ルーファスは人が飛んできた方向を急いで振り向いた。
すると、人だかりの中から次々と人がぶっ飛んでくる。まるで噴火だ。
しかも運が悪いことに、全部ルーファスのほうに落ちてくる。
「ちょっと、えっ、なに!?」
ビックリしながらルーファスは必死で避ける避ける。案外ルーファスは避けるが得意だったする。
落ちてきた男たちの顔をよく見ると、殴られた青あざある。
状況的に考えて、乱闘がはじまってしまったらしい。
飲み屋の乱闘なんてタチが悪すぎる。
巻き込まれる前にルーファスは立ち去ろうとしたのだが、騒ぎの中心から聞こえる声で足を止めてしまった。
「オラオラ! もうおしまいかい、男のクセに度胸のない奴らだねぇッ!」
女の声だ。
足を止めていたルーファスの不意を突いて男が飛んできた。
ゲフッ!
落下の直撃を受けたルーファスが押しつぶされて床にへばった。
カエルのようにつぶされているルーファスの顔の横で、座って飲んでいるガタイの良い老人が、被害に遭ったルーファスをチラリと見て騒ぎの中心に目を戻して口を開く。
「新米の船乗りじゃあ仕方ねぇが、あの娘に手を出すなんて命がいくらあっても足りねぇな」
つぶやいた老人にルーファスは潰されながら顔を向けた。
「あの娘ってだれですか?」
「1年ぶりに帰ってきたんだよ、酒場荒らしの――」
その名を口に出す前に、ルーファスはその女の顔を見てしまった。
ぶっ飛ばされた男たちが道を空けたその先で、テーブルの上に立ってボトルごと酒を飲み干し手の甲で口元を拭った赤髪の若い女。
向こうもルーファスに気づいたらしく、片手を上げてニヤリとした。
「よぉ、ルーファス」
息を呑むルーファス。
「…………リファリス姉さーーーーーん!!」
叫び声が酒場中に木霊した。
リファリスはズリ落ちたノースリーブの肩紐をクイっと直し、ついでにホットパンツもキュッキュッと直してから、ひょいっとサンダル履きでテーブルから飛び降りた。
そして、ルーファスの上に乗って気絶していた男を軽々と放り投げると、ルーファスに手を貸して立ち上がらせた。
「相変わらずだねぇアンタ」
「リファリス姉さんこそ相変わらずで(……酒臭い)」
久しぶりの姉との再会。ルーファスはあからさまに嫌そうな顔をしている。というか、怖がっている。
立ち上がったルーファスといっしょに並ぶと、猫背のルーファスよりもリファリスのほうが背が高く見える。ホットパンツから伸びる足も長く、酒飲みのクセにお腹も出ていない。その体のどこに男をボコボコにして投げ飛ばす力があるのが不思議だ。
リファリスの片手にはまだ酒のボトルが握られている。アステア名産で、この店の由来にもなっているホワイトドラゴンだ。かなり強い酒で、ショットグラスで飲んで倒れる大の男がいるというのに、それをボトルから直接飲むなんて気が狂[フ]れている。
倒れていた男が立ち上がろうとしていた。それをリファリスの肩越しに見たルーファス。
「姉さん後ろ!」
「あん?」
後ろから空のボトルを持って襲い掛かってきた男に、リファリスは振り向きざまの回し蹴りを喰らわした。もちろん顔面。
ボキッ!
嫌な音だ。きっと口周りとか鼻あたりの骨が逝ってしまったに違いない。かわいそうに。
リファリスは酒を口にして息を吐いた。
「ったくよー、飲み比べで負けたのがそんなに悔しかったのかね」
さきほどリファリスのいたテーブルに、ショットグラスが転がっていた。
店の外に向かって歩き出したリーファリスは、途中でマスターに顔を向けた。
「酒代はそこでおねんねしてるやつらに払わせてちょーだい、そんじゃ」
肩越しにヒラヒラ手を振って店の外に出てしまったリファリスをルーファスが急いで追いかけた。
「リファリス姉さん!」
すぐに追い着くことができた。
「ああ、ルーファス」
「ああ、じゃないよ。なんで置いていくのさ」
「別にあんたと飲みに来たわけじゃないだろ」
「それはそうだけど、久しぶりに会ったんだから、なんかいろいろあるでしょ」
「ははーん、美人のねーちゃんが恋しかったのかい? かわいい弟だねぇったく」
「違うよ!(自分で美人って。でも酒飲みすぎるからモテなんだよね)」
酒場で大暴れするような女じゃ、モテないのもうなずける。
大運河を挟んだ向こう岸にリファリスは顔を向けた。
「知らないうちにこの街も変わったねぇ。間違って向う側の街に行っちゃってさぁ、酒場が少なくて少なくて、新しい港なんだからもっと酒場を増やしたらいいと思うんだよね」
「(姉さんの体の70パーセントは絶対に酒だ)ところでリファリス姉さん?」
「ん?」
「なんで帰ってきたの?」
「自分の故郷に帰ってきて悪いのかい? そこに理由なんて必要あるのかい?」
「(目が怖い)なくてもいいけど」
「あるに決まってんだろ、もうすぐ祭りがあるじゃないか、アステア一のでっかい祭りがあるだろ?」
「建国記念日のことね」
明後日に控えたアステア建国記念日。王都では盛大な祭りが開催され、国内のみならず、海外からの多くの観光客で賑わう。
「わっちと言えば祭り、祭りと言えばわっちさ。世界各国お祭り巡りしたけっどさ、故郷の祭りが1番だね、うんうん」
世界各国酒巡りの間違いじゃないだろうか。
急にリファリスは真面目な顔つきになって、ルーファスの瞳をしっかりと見据えた。
「でさ、ねーちゃん世界中を旅して思ったんだ」
「なにを?」
「海賊王になろうと思って」
「はぁッ!?」
あまりの衝撃にルーファスは鼻水が出そうになった。
そんなルーファスを置いてけぼりで、リファリスは遥か空を眺めて夢を語り出す。
「冒険王でもいいんだけどさ、わっち海好きだろう? だからさ、海賊王になって青くて広い大海原に揺られながら、毎日甲板の上で酒飲んだら楽しいだろうなぁって」
「はぁ」
驚きは溜息に変わった。
姉の横顔を心配そうにルーファスが見つめた。
「(たぶん本気だろうし、現実になりそうだから怖いなぁ。気が変わりやすいから、ならない可能性も高いけど)」
ついでに話もコロコロ変わる。
「ところでルーファス、お母さんとローザまだ修道院にいるのかい?」
「うん、まだカッサンドラ修道院にいるよ」
「そんじゃ行ってみようかな」
「行ってみようかなじゃなくて、普通帰ってきたら挨拶くらいしないよ。もちろん父さんにも」
歩いていたリファリスの足がピタッと止まった。
「わっちに親父なんて居たっけ?」
「父さんだってきっと……」
「会いたいわけないだろ、あんただって会いたいかい?」
「うっ……」
言葉に詰まったルーファス。
「あんただって親父のことの苦手なんだろ。わっちの場合は苦手なんじゃなくて、嫌われて嫌ってんだけどさ」
「私だって嫌われてるよ」
「あんたは嫌われてんじゃなくて、愛想尽かされてんだろ」
「僕だってがんばってるよ!」
「知ってるよそんなこと。でもあの人が欲しいのは結果なんだよ、それもとびきり良い結果がね。長女は不良娘に育って、長男じゃこれじゃねぇ、怒りたくなるのもわかるけど」
言われてルーファスは肩を落とした。
父からのプレッシャーを感じながらも、へっぽこ魔導士とみんなから言われることが、どんなにルーファスを苦しめていることか。
「僕だってがんばってるんだ」
「だから知ってるって言ってんのに。クラウス魔導学院に入学できただけでもすごいのに、親父が馬鹿なんだよ」
「自分の親のこと悪く言わないでよ」
「親父の肩持つってーの?」
「だって父さんはすごい人だよ。今度は防衛大臣になったんだよ」
「はいはい、そりゃすごい。家庭もろくに守れない男が防衛のトップって、アステアがいつ滅んでも可笑しくないね」
「だから!」
怒りを露わにするルーファス。けれど、すぐに肩を落として沈んでしまった。
弟として姉の姿を見てきた。
父親と姉が対立する姿も幼いころから見てきた。
だからルーファスは姉にこれ以上強く迫ることはできず、ただ口を閉ざすことしかできなかった。
気づけばリファリスはルーファスの先を歩いていた。
リファリスは振り返り、
「ほらルーファス、置いてくよ!」
「待ってよ!」
「やだ」
ルーファスは重い表情を振り切って姉の背中を追いかけたのだった。