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第7話「不良娘はピンクボム(1)」

 今日こそ成功させなばならない!!

 ……なにがって、追試である。

 しかも、正確には再追試だったりする。

 1度目の召喚実技を失敗して、追試試験でビビを呼び出し、再追試の練習では異世界のタコ魔神を呼び出してしまった。

 召喚といえばルーファス。もちろん悪い意味で。

 そんなへっぽこの上塗りをしないために、今日という今日は失敗が許されない。

 いつも以上に気合いの入っているルーファス。その気合いが空回りしないことを祈るばかりだ。

「よし、ファウスト先生よろしくお願いします!」

 必勝ハチマキをおでこに巻き、ルーファスは脇に魔導書、手には水性ペンキの入ったバケツを持って準備万端。

 だが、ファウストの表情は険しい。いつもよりも眉間にシワを寄せている。

「ルーファス、本当にはじめていいのか?」

「はい、完璧です!」

 気合いの入った返事をしたルーファスの身体から、ジャラジャラと音が鳴り響いた。

 ジャラジャラの代名詞と言えば、魔導学院ではファウストだ。その理由は、いつも持ち歩いている魔導具がジャラジャラとうるさいからである。けれど、今日のルーファスはそれ以上だった。

 友人知人のルーファス私設応援団のみなさまからの贈り物。

 腰にぶら下げた魔導具の数々。魔除けの鈴と魔寄せの鈴(いっしょに装備したら意味がない)、お守り各種(交通安全、家内安全、恋愛成就)などなど。

 首からは千羽鶴や束のニンニクなどを提げている(ほとんど意味ない)。

 背中にもいろいろな魔導具を背負っており、サンバ衣装の羽根みたいなのが目立っている(しかも単色ではなく毒々しい色とりどり)。

 はっきり言って、ほとんど邪魔な装備でしかない。

 その役立たずの魔導具のプレゼントした張本人が、部屋の隅でルーファスを応援していた。

「ルーちゃんがんばれー!」

 マラカスとタンバリンを装備したビビだった。

 ファウストがビビを睨み付ける。

「うるさい!」

 さらにファウストはもう一人にも目を向けた。

「ところでカーシャ先生、なぜあなたがここにいるのですか?(なにを企んでいるんだ?)」

「ヒマだからに決まっておろう」

 役立たずの魔導具の大半はカーシャがプレゼントした物だった。そんな物を渡すくらいだから、きっと失敗するのを楽しみに見物しに来たに違いない。へっぽこ魔導士ルーファスを観るのがカーシャの人生の楽しみの1つだ。

 ここでカーシャを追い出そうとしても、ゴタゴタするくらいのことはファウストでもわかっている。いくら犬猿の仲であろうと、ファウストのほうがまだ良識を持ち合わせている。

 が、この魔女は本当にどーしょーもない。

「ところでファウスト、ルーファスがなかなかこの試験をパスしないのは、貴様の教え方が悪いせいではないか?」

 とかカーシャの口が抜かしやがった。

 ピキっとファウストのこめかみに青筋が奔った。

「静かにしていただけませんか、カーシャ先生?」

「冗談でルーファスの気を和らげてやろうとしただけだ。こんなことでイチイチ腹を立てるとは、まだまだ青いなファウスト、ふふっ」

「私が、いつ、腹を立てたというのですか、カーシャ先生?」

「今だ」

 冷笑を浮かべるカーシャ。それはカーシャが勝ったことを意味していた。

 すでにファウストはカーシャのペースに乗せられ、その時点で負けていたのだが、さらに敗北を決定したのは……?

 ファウストは自分の足下を見て愕然とした。挑発され、いつの間にか足が一歩前へ出てしまっていた。その足がなんと、魔法陣を踏んづけてしまっていたのだ。

 ガ〜ン!

 ルーファスショック!

 せっかく描いた魔法陣が水の泡。

 さらにファウストもショックを受けていた。

「なんたることだ……この私が……(許しませんよ、カーシャ先生)」

 まだ乾いていないペンキが靴にぐっしょり。水性ですぐ洗い落とせるとはいえ、踏んでしまったこと事態がショッキングだった。

 さらに最悪なことに、ルーファスは呪文を唱え始めていたのだ。ルーファスはファウストとカーシャの言い争いなど、耳に入らないくらいテンパっており、自分だけでどんどん先に進めてしまっていたのだ。

 つまり召喚術は失敗したのだ。

 召喚術の内容には空間移送も含まれており、空間移送は魔導の中でもかなり高等な部類に入っている。ゆえに失敗のリスクも大きい。

 召喚術の失敗パターンは大きく2つに分けられる。なにも起こらないパターンとなにか起こるパターン。

 凶運の持ち主であるルーファスのことだ、どっちのパターンか言うまでもない。

 魔法陣が真っ赤に輝き、局地的な地震が起きた。

 揺れでコテたルーファスはペンキまみれ!

 ビビのマラカスとタンバリンは大合唱!

 そしてカーシャはとっても楽しそう!

 こんな状況の中で、ファウスト一人が迅速な行動を取る。カーシャの挑発には負けても、魔導学院の講師である。その職務を全うし、その資質を兼ね備えている。

「アクアウォッシュ!」

 呪文を唱えたファウスト。

 大量の水によって魔法陣を洗い流す。ついでにルーファスも流された。

 魔法陣を消すことによって、召喚の出口となる〈ゲート〉を閉ざす。だが、すでに手遅れだった。

 高等な魔力を持った存在は、道具や準備なしに空間転送をやってのける。あくまで魔法陣は補助であり、切っ掛けでしかない。魔法陣を座標の指針として、出口までのルートをすでに確保してある場合、あとは自力で〈ゲート〉を開けることも不可能ではないのだ。

 魔法陣があった真上の空間が歪みながら渦巻いている。

 ファウストの周りにマナフレアが発生する。

「強力なレイラをあそこにぶつけてマナを逆転させ、こちらに来ようとしている存在にお帰り頂く。いいですねカーシャ先生?」

「そんなめんどくさいこと妾はらんぞ」

「……なっ!」

 見事にファウスト玉砕。

 カーシャに協力を仰ごうとした時点で判断ミスである。

 思わずカーシャのせいで集中力が乱れたファウストの一瞬のスキを突き、空間の歪みは大きくなり稲妻が部屋中を駆け巡った。

 まだこちら側に召喚されていないというのに、マナの乱れの激しさは、その力の片鱗を窺わせる。今、こちらに来ようとしている存在は、並の魔力を持った存在ではない。

 魔導耐久の高い召喚室の壁にヒビが奔った。天井からは石片が落ち、ここまま行けば、もしくは存在がこちらに出てきたと同時に、この部屋が倒壊する可能性が出てきた。

 もはや一刻の猶予も許されず、危険や犠牲を顧みている場合ではない。

 ファウストはマナフレアを集めつつ、床でびしょ濡れになって倒れているルーファスに目を向けた。

「ルーファス! なんでもいい、レイラをあそこに放て!」

「えっ、僕がですか!?」

 ルーファスが“私”ではなく“僕”というのは、素が出てしまっている状態だ。こんな状態のルーファスでは、いつも以上にまったく頼りにならない。

 孤立無援状態のファウスト。別にファウストが悪いわけじゃない。たまたま居合わせたメンバーが悪かった。

 まだファウストの魔力は高まり切れていないが、時間がもうなかった。

「クッ……マギ・ダークスフィア!」

 巨大な暗黒の玉がファウストの両手から投げられた。

 ダークスフィアは球から楕円に変形して飛び、空間の歪みに激突した――と同時に、進路を変えて天井をぶち破り遙か空へと消えた。そう、何者かによって跳ね返されたのだ。

 空間の歪みから片手で出ていた。繊細で美しい人間に似た手。稲妻を纏いながら、両の手が空間をこじ開けた。

 その全身が這い出してくる。

 巻き起こった竜巻がすべてを薙ぎ払う。

 強烈なプレッシャーと危険を感じたファウストは、誰とも知れず存在に攻撃を仕掛けようとした。

 しかし!

 金色の瞳で睨まれただけで、身体が硬直して動けなくなってしまった。

 瞳に籠もった強い魔力。それだけでアステアが誇る魔導学院の教師の動きを制してしまったのだ。

 そこに立っていたのは、露出の激しい黒いレザーで身を包んだ女。そして、大鎌をモチーフにしたギターを背負っていた。

 息を呑むルーファス。

 冷静に茶を飲むカーシャ。

 そして、ビビは言葉を呑み込み突然逃げ出した。

 だが!

「待ちなビビ!」

 鋼のような女な声が響き、ビビはその女に首根っこを掴まれていた。

 恐る恐る振り返ったビビ。

「……マ、ママ……久しぶり」

 なんと失敗した召喚で現れたのはビビのママだったのだ!

 ルーファス愕然。

「な、なんだってー!」

 カーシャは表情を崩さない。

「(顔が似ている。胸は断然母親のほうが大きいが、妾よりは小さいな、ふふっ)」

 しかし、ビビのママが現れるなんて、こんな偶然あるのだろうか?

 いや、これは偶然ではなかったのだ。

「シェリルの魔力を辿ってやっと見つけたよ。まさかこの世界にいるなんてね、ったく、親にこんな苦労させんじゃないよ。ほら、さっさと帰るよ!」

 シェリルとはビビの本名である。

 実はビビは家出真っ最中で、ず〜っと親に捜索されていたりしたのだ。

 そして、ついに見つかってしまった。

 ビビはママの手を振り切って逃げようとする。

「やだもん、絶対に帰らないんだから!(もう決めたんだから、なにがあっても家には帰りたくない)」

「聞き分けのない小娘だね、ったく誰に似たんだか」

「ママに似たのぉ〜!」

「アンタはパパ似だろ。子供っぽいとこがそっくりだよ!」

「パパといっしょにしないで、キモチ悪い!」

 父親というのは年頃の娘に嫌われるものだ。

 ようやく呪縛から解き放たれ身動きの自由を得たファウストが、親子の間に割って入った。

「ここはクラウス魔導学院の敷地内だ。親子喧嘩ならば別の場所でやってもらおう」

 先ほど魔力で制されたというのに、まったく物怖じしていないところはさすがというところか。それどころか、ファウストの全身からは黒いマナが漲っている。スゴイ敵意だ。

 ビビママは余裕の冷笑でファウストを見下している。正確には長身のファウストを下から上目遣いで見つめている。

「若造がうるさいねぇ。アタシとヤリたりのかい?」

「アステア王国では外国・異世界問わずに訪問者を歓迎している。7日日以内の滞在にはビザを必用としないが、それ以上親子喧嘩が長引くようであれば、正式な手続きを行ってもらおう」

「そんなに長引くわきゃないだろ、今すぐ……いない!?」

 捕まえていたハズのビビがいない!

 どこに行ったのかと首を振るビビママの視線の先に立っているルーファス。その背中にビビは隠れていた。

「ルーちゃんあんなオバサンやっつけちゃって!」

「オバサンってビビのお母さんでしょ? 無理だよ、私にそんなことできるわけ……(見るからに怖そうで強そうだし)」

 ルーファス、ガクガクブルブル。

 ビビママが近付いてくる。ビビにというより、ルーファス目掛けて近付いてきた。そして、ルーファスの前で止まったかと思うと、舐めるようにルーファスのつま先から頭の先まで見回して、鼻を『ふふ〜ん』と鳴らした。

「アンタ誰だい? まさかシェリルの彼氏ってわけじゃないだろうねえ?」

 そう来たか!!

 ビックリしたビビが絶叫する。

「ママーッ!!」

 言葉に詰まりながらルーファスも叫ぶ。

「ち、違いますからーッ!!」

 ビビママは残念そうな顔をした。『あ〜あ、つまんない』という残念な顔だ。

「まっ、アタシはシェリルが誰と付き合おうと構わないんだけどね。こんなひ弱そうな男じゃ、パパに殺されるだろうけど。そ、れ、と、遊びで付き合うならいいけど、結婚する気なら同じ種族じゃないと反感買うことになるよ、役人や国民からね」

 ビビの容姿は人間に近いが、まったく別の種族である。比較的開けたアステアでも、異種族間の結婚は異端とされることが多く、ほかの国となれば迫害の可能性もある。

 ルーファスの背中に隠れながらビビがママに食ってかかる。

「アタシが誰と付き合って誰と結婚しようが勝手でしょ!」

「勝手なことがあるもんか、アンタいちよう第一皇女なんだよ!」

 ビビママの発言で、辺りは一気に静まり返った。

 ファウストは眉をひそめ、カーシャはニヤリと笑い、ルーファスは腰が砕けた。

「ビ、ビビが皇女ぉ〜〜〜!!」

 尻餅をついておののくルーファス。

 すぐさまビビが笑って誤魔化す。

「あはは、アタシが皇女なんてうそうそー。どう見たってただのちょっと激しい音楽が好きな一般人でしょ?」

 が、すかさずビビママがツッコミ。

「アタシの名前はモルガン・ベル・バラド・アズラエル。旦那の名前はディーズ・ベル・バラド・アズラエル。そして、娘の名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル。正真正銘のアズラエル帝国の第一皇女だよ」

 しかし、こんなことじゃへこたれないビビ!

「そんな証拠ないじゃん!!」

 たしかに、今のところモルガンが口で言ってるに過ぎない。

 ここでカーシャが後方支援。

「知っておったぞ、ビビが外国の皇女だってことくらい(言わないほうがおもしろそうだから、ここぞと時まで黙っておくつもりだったのだがな)」

 モルガンの後方支援だった。

 ファウストは頭を抱えていた。

「(まさか外国の皇族を呼び出してしまうとは、外交問題に発展するかもしれん)」

 しかも、召喚術の失敗を招いたのは、他ならぬファウストだ。もちろんカーシャの挑発やルーファスの凶運、はじめからモルガンがビビを探していたこともあってだが。

 さらにはじめにビビを呼び出してしまったルーファスの立場も危うい。話があらぬ方向に行って、皇女を誘拐なんてことに話がこじれる可能性だってないとは言い切れない。

 ファウストはビビに対する態度を変えた。

「ビビ皇女、貴殿は皇妃と共にご帰国ください」

 普段はカーシャと張り合って、校舎内で高等魔法をぶっ放していても、大人としての良識は持っている。が、こっちに大人はそんな良識なんてあるハズもなかった。

「良かったなルーファス、ビビと結婚すれば将来一国の主だぞ(その器じゃないがな、ふふっ)」

 煽りやがったこの女。

 そして乗せられるモルガン。

「ほほう、やっぱりシェリルの彼氏ってわけか、見目ないねぇーアタシの娘のクセして。でもなんでも言うこと聞いてくれそうだし、死ぬまでこき使えそうな感じではあるけど」

 カーシャの策略にハマっている。カーシャは自分が楽しむことしか考えていない。そのために他人を壮大に巻き込むのだ。特にルーファスはいっつもいい犠牲者だ。

 ビビがルーファスの腕を掴んだ。

「ルーちゃんアタシを連れて逃げて!」

「は?」

 思わず目を丸くしたルーファス。

 カーシャが呟く。

「ビバ・愛の逃避行。駆け落ちとも言うがな、ふふふ」

 事の方向性を理解したルーファスが叫ぶ。

「ちょっと、なんでそうなるの!!」

 しかし、流れはそっち方向に急速に流れていた。

 ビビがルーファスの腕を引っ張って走り出そうとする。

「いいからアタシを連れて逃げて!」

「なんで、どうして、私が!?」

「いいから!」

 グイグイ腕が引っ張られる。連れて逃げると言うより、連れられて逃げるだ。

 カーシャが箒を取り出し、それをルーファスに投げつけた。

「受け取れルーファス!」

「えっ、なに!?」

 反射的に箒を掴んだルーファスの身体が浮いた。箒が空を飛び、気づいたときには箒を離したら骨折する高さだった。

 片手で箒、もう片手にはビビがぶら下がっている。

 しかも箒はグングン高度を上げて、さっきに穴の開いた天井から遙か空へ。

「ぎゃぁぁぁぁぁーす!」

 情けないルーファスの叫び声。

 そして、二人は星となった。

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