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第6話「未知との遭遇(1)」

 玄関のベルが鳴り、ルーファスはドアを開けた。

「ルーちゃんあーそぼ♪」

 現れたのは今日も笑顔全快のビビ。

 ルーファスはあからさまに嫌そうな顔をした。

「明日、追試があるから勉強しなきゃいけないんだ(昨日もロクに勉強できなかったし)」

「え〜っ、勉強なんてしなくても結果は同じだよ」

「それってどういう意味?」

 ビビはひとつ咳払いをして、ファウストのモノマネをした。

「赤点決定だ!」

「追試で赤点なんてシャレにならないから(今のモノマネぜんぜん似てないし)」

「いいじゃん、遊びに行こうよ!」

 ビビに腕を引っ張られたルーファスが苦痛を浮かべる。

「うっ!」

 決してビビが怪力だったというわけではない。

「どうしたのルーちゃん?」

「筋肉痛なんだ(運動した覚えなんてないのに)」

 ローゼンクロイツが出てきた夢を見た後から、どういうわけか筋肉痛だった。

 筋肉痛だって言ってるのに、それでもビビはルーファスを外に連れ出そうとする。

「筋肉痛くらいじゃ死なないから平気だよ」

「死ぬか死なないかって極端だし、追試の勉強があるって言ってるじゃないか」

「アタシいいこと考えちゃった!」

 自慢げに鼻を鳴らすビビ。物凄くイヤな予感がする。

 ルーファスは無言で玄関を閉めて、ビビを外に閉め出した。もちろんカギも掛けた。

 これでビビが『いいこと』を言う前に防げた。

 でも代わりにドアの向こうでビビが喚き出した。

「ひっどーい! ルーちゃんバカ、シネ!」

 ドアを殴る蹴る。家ごと壊しそうな勢いだ。

 ルーファスは聴こえないフリをしてソファに座った。

「あー聴こえない聴こえない」

 両耳を塞ぐと、本当に聴こえなくなった。

「……あれ?(案外すぐに諦めた?)」

 が、ルーファスの前に現れるピンクのツインテール。

「ちゃちゃ〜ん、ビビちゃん登場!」

「うわっ!」

 驚いたルーファスはソファごとひっくり返った。床に後頭部も打ってこれは痛い。

 倒れたままのルーファスの真横に立つビビ。ミニスカからパンツが見え……。

「ルーちゃんのえっち!」

 スカートを押さえたビビは手短な魔導書を投げた。もちろんルーファスの顔面にヒット。

「ぐわっ!」

 これも痛い。

 顔面強打、後頭部強打、筋肉痛も酷い。どういうわけかルーファスは日ごろから怪我が耐えない。

 ソファを直すルーファスも辛そうだ。

 やっとのことで直したソファに腰掛けるルーファス。目の前にはビビ。こうなったら、もう『いいこと』を聞くしかない。

 どうやって家に侵入したか、それを聞かないのは、侵入されることがごく日常の出来事だからだ。どっかの誰かさん、具体的に言うとカーシャのせいで。

「でさあ、いいこと考えたってさっき言ってたけど……?」

「聞きたい? どうしてもって言うなら教えてあげてもいいかなぁ」

「じゃあ教えてくれなくていいよ」

 と、ルーファスが言った瞬間、ビビは空のマグカップを握って振り上げた。無言の脅しだ。しかもビビちゃん満面の笑み。

 ルーファスは顔を引きつらせた。

「お、教えてくださいお願いします(ってなんで頼んでるんだ)」

 それは脅されてるからだ。

「では、発表します! アタシがルーちゃんの筋肉痛を直してあげる!(一度、人の身体をボキボキって鳴らしてみたかったんだよねー)」

 整体っていうか、ビビがやったら粉骨。そもそも筋肉痛は整体じゃ治らない。

「丁重にお断りします。私はこれから勉強があるんだ、さっ、帰った帰った」

「ええ〜っ、ルーちゃんガリ勉じゃないじゃん」

「今日はガリ勉なの(新年度早々追試を落とすなんて絶対ありえない)」

「だったらアタシが追試の勉強に付き合ってあげる!」

 嫌な顔をしたままルーファスは無言になった。

 ルーファス1人でもトラブルメーカーなのに、ビビがいたら何が起こるかわからない。

 しかも、追試とは――召喚術の追試だ!

 思い起こせばそれがビビとの出逢い(出遭い?)だった。まだビビがやって来て1ヶ月も経たないが、あ〜んなことやこ〜んなこと、いろいろなことがあった。

 今回の追試は、実は再追試だったりする。ビビが召喚してしまったのが、1回目の追試だった。それを泣きの1回で、再追試が行なわれることになったのだ。ああ見えてファウストは実は甘い。

 だから!!

 絶対に今回の追試を落とすわけにはいかなかった。まあ1つくらい赤点を取ってもまだ後があるが、そんな気持ちだからルーファスは毎年進級時期になると、死にそうな苦労をするのだ。

 なので、毎年新年度がはじまって1ヶ月くらいは気合が入っている。今年はその気合がどこまで続くことやら?

 ルーファスはビビの身体をクルッと180度回転させて、そのまま肩を押して玄関へ直行。

 『えっ? なに?』みたいな顔をして、目をパチパチするビビ。そのまま玄関から出せれ、再び鍵を閉められた。

「ふぅ」

 ひとまずため息を付くルーファス。が、すぐにビビが部屋の中から走ってきた。

「どうして外に出したの!」

 ほっぺたを丸くして、ビビは頭から湯気を出していた。見るからにご立腹だ。

 ルーファスはビビをナメクジみたいなじと〜っとした眼差しで見た。

「だからぁ、勉強があるから……邪魔なの」

「がびーん!(邪魔!?)」

 邪魔? じゃま? パジャマ!?

 たったひとことがビビの胸に突き刺さる。

「ルーちゃんのばか……ぐすん」

 目じりに手を当てながらビビは走り去ってしまった。窓の外へ。

 残されたルーファスは難しい顔をした。なにがなんだかサッパリなのだ。乙女心は複雑なのだ。

「…………(なんでバカって言われたんだろう?)」

 まあ、とにかくこれで独りなれたわけだ。ルーファスはさっそく勉強……気配を感じて、ルーファスは振り向いた。

「……っ!(まだいたのか)」

 窓枠に両手を乗せて、鼻から上を覗かせているビビ。その瞳は睨むような感じでルーファスを見ている。

 ルーファスは深く頷いた。

 うん、見なかったことにしよう♪


 ルーファスの家の地下室はだだっ広い。敷居などはなく、壁際に棚が並べてある程度で、家具なども特にない。

 この地下室はルーファスが越してくる前からある物で、どうやら前にこの家に住んでいたのは魔導師だったらしく、魔導の実験や実践をするために、この地下室を作ったらしい。

 地下室の壁などは特別な鉱石で造られており、並大抵な攻撃では破壊もできない。ルーファスはここで何度も爆発事故を起こしているが、一度も壁が傷付いたことはなかった。

「よし、やるぞ!」

 ルーファスは気合を入れた。その脇には魔導書が抱えられ、もう片方の手は水生ペンキを持っていた。

 教科書や魔導書をいくら読んでも、実践ができなくては意味がない。その結論に至ったルーファスは、明日の追試試験と同等レベルの召喚を試みることにしたのだ。

 果たしてルーファスは無事召喚を成功させることができるのか!

 と、いうわけでまずは下準備だ。

 はじめにすることは、召喚術に必要なグッズを用意することだろう。

 高度な召喚には、それなりの道具が必要である。道具は召喚によって異なり、代用品も使えるが、やはり正規の道具のほうが失敗は少ない。

 クリスナイフ、魔鏡の類、メダル、骸骨、神木、特別な布、生贄などなど、挙げれば切がない。

 魔法陣を描くための道具としては血を使ったりするが、クレヨンやペンキで代用するのが主流である。今日使うペンキは蛍光塗料入りのピンクだ。ホームセンターのバーゲンで特価だったらしい。

 魔法陣を描く色も重要だが、まあぶっちゃけ成功するときはするし、失敗するときはするので、ルーファスは何色で描いても同じだろう。

 召喚する相手の中には、決まった時間にしか応じない者もいるが、今日はフリータイムの相手を召喚することにした。

 他にすることは、召喚に前に身体を清めたり、集中力を高めるなにかをしたりするが、ぶっちゃけルーファスはめんどくさかったので省いた。

 その代わり、『お清めは体の中から♪』が謳い文句の、清涼飲料(聖水風味)を1瓶開けてガブ飲みした。ちなみにテレビ通販で1ケース12本入りを購入したらしい。

 ルーファスはお香に火をつけた。前回の追試ではこのお香で躓いた。使ったお香が身体に合わなかったらしく、くしゃみをしてしまったのだ。今日はちゃんと選んだから万全だ。

 魔導書を開いて呪文を唱えはじめる。そして、右手に持つ棒のようなものを翳した。

 一字一句間違わず、詠むのが下手か上手いかではなく、気合が重要!

 人生気合でなんとかなるものだ。

 最後の1行を読む前に、ルーファスは大きく息を吸い込んだ。

「出でよ、契約の名のもとに!(完璧だ!)」

 これほど自分自身でも『決まった!』というような、そんな清々しい召喚ははじめてだった。

 なのに……様子が可笑しい。

 スモークに写るシルエットが怪しい。

 体の割りに頭がデカイシルエット……ま、まさかアフロヘアーのトイレのベンジョンソンさん!?

 ――ではなかった。

 防御用の魔法陣を超えてルーファスに襲い掛かる触手!

 ヌメヌメ、ツルツル、グチョグチョだ!

「ぎゃぁぁぁっ!」

 叫び声をあげるルーファス。

 ルーファスは持っていたクリスナイフで触手を振り払おうとしたのだが……。

「持ってたのクリスナイフじゃないし、フライ返しだし!」

 必死に触手をかわしたルーファスが次に見た物は?

「よく見たら聖布だと思ったの僕のパジャマだし!」

 おまけに……。

「お香が蚊取り線香に替わってるし!!」

 怪奇現象だ。

 ルーファスは見てしまった。

 1階に続く階段の影から、こちらを見るビビの姿を。ホラーだ。

 召喚用の魔導具をビビが全部コッソリ取り替えていたのだ。

「なんてことをしてくれたんだビビ!」

「だって遊んでくれないんだもん」

 なんて短絡的な犯行。無邪気でお茶目じゃ済まされないぞ!

 タコみたいな触手が部屋中をウネウネする。

 必死なルーファスは筋肉痛も忘却して逃げる。ビビを抱きかかえて1階まで逃げた。

 すぐ真後ろからは触手の先端が迫っている。足首をつかまれルーファスがコケたっ!!

 抱かれていたビビが宙を飛ぶ。

 転んだルーファスは積んでいた魔導書にダイブ!

 本の山の中から引きずり出されるルーファス。もちろんルーファスを釣り上げたのはルアーじゃなくて、謎の触手。

 ビビは異空間から大鎌を召喚した。

「ルーちゃん!」

 ルーファスを助けようとビビが大鎌を大きく振り上げた。

 だが……大鎌は見事に天井に刺さった!!

「ぬ、抜けないよぉ」

 ビビは大鎌を抜こうと力を入れるが、まったく抜ける様子がない。

 その間もルーファスは床を引きずられている。必死に床でクロールをして抵抗するルーファス。

 ビビの目にマグカップが目に入った。

 次の瞬間、ビビはマグカップを全力投球していた。

 豪速でぶっ飛ぶマグカップは見事命中……ルーファスに。

「ぐわっ!」

 鼻血ブー!

 奇跡が起きた。

 鼻血を浴びた触手がルーファスを解放して、逃げるように引き下がって行ったのだ。

 やっぱり誰でも鼻血なんて浴びたくない!

 万国共通なのだろう。

 取っ手の取れたマグカップを見てルーファスが叫ぶ。

「僕の大事なマグカップが!!(母さんが魔導幼稚園に入園したときに買ってくれたものなのに!)」

 10年以上前から愛用していた、年期の入ったマグカップだった。

 ビビは大鎌を抜くのを諦めてルーファスの腕を引っ張った。

「早く!」

「ぼくの……マグカップが……」

「マグカップくらいアタシがプレゼントしてあげるから、早く逃げよ!」

「……マグカップ」

「ルーちゃんのばかっ、早く逃げるよ」

 強引にビビはルーファスを家の外まで引っ張り出した。

 家の外はものスッゴイ平和だった。小鳥の鳴き声すら聴こえてくる。

 近隣の住人たちは今そこに迫る危機を知る由もなかった。

 玄関をブチ破って触手が外の出ようとしている。

 ビビはルーファスの袖に抱きついた。

「ルーちゃん……」

「いったいなにが……(僕はなにを召喚してしまったんだ?)」

 ついに怪物はその全容を現そうとしていた。

 な、ななななんと!

 現れたのは……。

「タコだね」

 ビビが呟いた。

 それに対してルーファスは、

「いや、イカでしょ?」

 と反論した。

 見た目も色もタコに近い。けれど、脚の数が数え切れない。そして、長い触手に騙されるところだったが、背丈はルーファスと同じくらいしかない。

 しかし、侮ることなかれ!

 脚の長さは伸縮自在、吸盤つきで高性能?

 謎の怪物の出現に、近隣の住人たちも気付きはじめたが、みんな家の中に閉じこもって見なかったことにした。カーテンまで閉めてしまっているが、ちゃっかりカーテンの隙間から外の様子を窺っている。

 謎の怪物が触手をクネクネさせている。

『我々ハ、うちゅうじんダ』

「我々って1匹だけじゃん!」

 ナイスなビビのツッコミ。

 いや、そんなところにツッコミを入れる前に、もっといろいろあるような気が……。

 ルーファスは真剣な顔をして、額から冷や汗を流した。

「いったいあの怪物……の名前は?」

 怪物がどこから来てどのような存在なのか、そんなことを差し置いて、ルーファスにとっては名前のほうが重要だった。

 そして、ルーファスは命名する。

「よし、奴の名前はイカタコだ!」

「え〜っ、タッコーンがいいよぉ(ルーちゃんセンスな〜い)」

「ならイカンタコがいいよ(真っ赤な感じが、怒ってる感じでイカンみたいな)」

「じゃあ、イカタッコン星人でいいじゃん?」

「よし、それで決まりだ。奴は今日からイカタッコン星人だ!」

 勝手に命名された。しかもビミューなネーミング。

 そんなどーでもいいような、どーでもよくないような、意外に重要な話をしている最中に、魔の触手はすぐ足元まで迫っていた。

「きゃっ!」

 短く叫んだビビの身体が浮いた。その足首に巻きつく触手。ビビはそのまま逆さ釣りにされてしまった。

「頭に血がのぼるよぉ〜」

 逆さ釣りにされたことによって、顔がむくんでしまう。これが長時間続くととっても危険だ!

「大丈夫ビビ!」

 真剣な顔をするルーファスの鼻から……赤い液体が……鼻血だ!

 ついさっき流した鼻血が、なんらかの原因でぶり返したのだ。

 なんらかの原因とは……?

 ルーファスの泳ぐ視線の先を追ってみよう。その視線に点線を引いた先にあるものは、大股開きでパンツ全快のビビの姿。逆さ釣りにされてパンツ丸見えだった。

 そんなことで鼻血を流すなんて、ルーちゃん免疫なさすぎ!

 しかし、触手に美少女の取り合わせは、ちょっとえっちぃかもしれない。

 ルーファスは鼻血を袖で拭き、呪文を唱えた。

「ウィンドカッター!」

 風の刃がビビの真横を掠めた。

「わおっ、アタシまで殺す気!」

「ご、ごめん(だってあんまりそっち見れないから狙いが定まらない)」

 ヌルヌルの触手がビビを捕らえて放さない。

 再びルーファスが鼻血をブー!

 その鼻血を浴びたイカタッコン星人が、どういうわけか暴れ出した。

 やっぱりルーファスの鼻血が不潔だからか!

 イカタッコン星人が奇声をあげて暴れる隙に、ビビが逃げ出した。

 上から落ちてくるビビをルーファスが見事キャッチ……背中で。

「ルーちゃんアタシのお尻の下でなにやってるの、早く逃げるよ!」

「いや……キャッチしようと思ったんだけど」

「運動神経ゼロなんだから、できないことに挑戦しないの」

「……はい(別に運動神経ゼロじゃないんだけど)」

 2人がそんな会話をしていると、イカタッコン星人が再び襲い掛かって来ようとしていた。

 こうなったらあれしかない!

 逃げるが勝ち。スタコラサッサとルーファスとビビはトンズラした。

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