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第5話「凍える記憶(3)」

 白い視界の中でルーファスは目覚めた。

 背中からゴソっと雪を落として、ルーファスは四つん這いになりながら立った。

「……死ぬかと思ったーっ!」

 まさに危機一髪ルーファスは生きていた。

 多少の雪には埋もれたが、どうやら本体の雪は背中の上を通り越して、もっと下まで落ちてしまったらしい。

 足元を見ると、身体に巻かれていたはずのスパイダーネットが、足だけに巻きついていた。雪の摩擦でずり落ちたのだろう。

 しかも、運がいいことに、そのネットが岩に引っかかり、ルーファスとの身体を支えていた。

 つまり、ネットが岩に引っかかり、雪崩の雪に巻き込まれずに、その場に留まることができたのだ。

 結果、雪はルーファスの上を越えていった。

 足からネットを取り、ルーファスは雪原に立った。

 少しずつ雪が降りはじめていた。

 辺りを見回しながらルーファスは冷や汗を凍らせた。

「……ローゼンクロイツ?」

 が、いない!!

 心細いなんてもんじゃない。

 ルーファス独りじゃ死ぬしッ!!

「ローゼンクロイツ!!」

 返事はない。ルーファスは独りぼっちのようだ。

 見事に遭難?

「落ち着けルーファス」

 自分の名前を呼んで客観的に自分を落ち着かせる。

「落ち着くんだルーファス、これは魔導学院の訓練なんだ。こんな状況は元々想定内で、この困難を乗り越えてゴールするのが趣旨のハズだ」

 気を取り直してルーファスは拳を握った。

「(僕だって魔導学院に入学できたんだ。その学院の訓練くらいクリアしなきゃ)」

 まずは状況確認だ。

 Q1.ここはどこだ?

「(どこかなんてわかるわけないじゃん)」

 Q2.仲間は近くにいるか?

「(ローゼンクロイツの姿も見当たらない。無事かなぁ?)」

 Q3.装備は万全か?

「ぐあーっ!(カイロがない!?)」

 Q4.緊急用の黄色い卵は?

「ぐわーっ!(卵がない!?」

 絶望的だった。

 カイロは貼ってある物のみ。卵は残りのカイロと落としたらしい。

 ここでルーファスは後悔した。

「(6時間用……使っとけばよかった)」

 貧乏性というかなんというか、そんなもののせいでルーファスは6時間用ではなく、30分用のカイロを使っていた。

 そこそこ貼り替えてすぐのような気もするし、雪の中で長く気絶していた可能性もある。

 少なくとも、まだカイロの効果は持続していた。

 このカイロが切れたときは……死。

「ぎゃーっ、マジで!!」

 黄色い卵もなく、助けは呼べない。

「ローゼンクロイツ!」

 やっぱり返事はなかった。

 ここからの行動ひとつひとつが、ルーファスの生死を左右するといっても過言ではない。

 今の場所を動かずに救助を待つか?

 それとも自ら誰かを探すか?

 探すにしても、山を登るべきか下るべきか?

 ――結果、ルーファスは考え込みその場に留まった。

「(カイロが切れたらどうしよう。なんとかして暖を取らなきゃ)」

 今の時点でもっとも近い死因は凍死。しかし、火種を魔導で出すとしても、燃やすものがない。

 次に可能性が高いのが餓死。食料なんて持ってきてない。狩りでもするか?

 他の死因はどのようなものがあるだろうか?

 とにかく迫り来る死を1つずつ回避しなくちゃいけない。

 そして、死はすぐそこまで迫っていた。

 立ち止まって考え事をするルーファスの前に、四つ足の影が姿を見せて吠えた。

 銀色の長い毛に覆われたイヌ科の動物。グラーシュオオカミだった。

 気付いたルーファスが逃げようと振り返ると、すでにそこには他のオオカミが……。2匹だけはない。数匹のオオカミに周りを囲まれていた。

 オオカミは群で行動する動物だ。

 1匹いたら何匹もいると思え!

 まるでゴキブリかっ!

 周りを囲まれたルーファスに逃げ場はない!

 オオカミたちが一斉に襲い掛かってきた。

 焦るルーファスは手を地面に向けた。

「エアプレッシャー!」

 ルーファスが放った風が雪煙を起こし、オオカミたちから視界を奪う。

 それでもオオカミたちは雪煙に飛び込んだ。

 しかし、ルーファスはすでに上空に舞い上がっていた。

 地面に圧縮された空気を叩き付け、身体を浮き上がらせて逃げたのだ。

 が、引力の法則にしたがって、そのまま下に落ちる。下にはオオカミたちがいるではないか!

 ドスン!

 ルーファスの尻がオオカミの脳天にヒット!

 オオカミ1匹をノックダウンさせた。

 そのままルーファスは逃げる。

 後ろからは怒ったオオカミが追ってくる。

 雪山でのルーファスは明らかに不利だ。この山に棲んでいるグラーシュオオカミに敵うはずがない。

 走って逃げるには限界が……コケたっ!

 ルーファスがコケた。

 その上をオオカミが跳び越して行った。コケて命拾いしたようだ。

 だが、コケているルーファスに2匹目が飛び掛る。

 ルーファスはすぐにうつ伏せから仰向けになり、両手にマナを集中させた。

「ごめんなさいエアプレッシャー!」

 と叫んでルーファスの手から空気の塊が放たれた。

 腹に圧縮空気を喰らったオオカミが宙を飛ぶ。

 まだオオカミいる。

「本当にごめんなさいエアナックル!」

 横殴りにされたルーファスの拳から風が撃たれる。

 空気のパンチはオオカミの真横を掠り、外れた。

 しまった顔をするルーファスにオオカミが飛び掛る。横からも別のオオカミが襲い掛かってきていた。

 他者を傷つける魔導などいくらでもある。けれどルーファスはそれを使うことに躊躇いを覚えた。

 魔導師とは魔導の心理を追求するもの。

 魔導士とは魔導を使い戦う者たちのこと。

 ルーファスは戦うことを避けた。

「エアプレッシャー!」

 地面に空気をぶつけてルーファスは宙に舞い上がった。

 オオカミたちはもバカではない。落ちてくるルーファスに備え構える。

「シルフウィンド!」

 だが、ルーファスは落ちなかった。

 風に乗り宙を走る。まるで風でサーフィンをしているようだ。けれど、この魔導を使いこなすのは、サーフィンよりも運動神経やバランス感覚を必要とする。

 もちろんルーファスは落ちる。

「ぐあーっ!」

 下にはオオカミたちが待ち構えて……いない代わりにクレバスが大きな口を開けていた。

 大きく開いた割れ目にルーファスはまっ逆さまに落下した。

「ぎゃーーーっ!」

 ルーファスの叫びは深い割れ目の中に吸い込まれていった。


「へっくしょん!」

 鼻水ブハーッでルーファスは大きなクシャミをした。

 割れ目の底を歩いて数分、ついにカイロが切れた。

 急激に襲ってくる寒さにルーファスは凍えた。

 左右は崖に挟まれたようで、登るにしても数十メートルある。あの高さから落ちて命が助かったのは幸運だった。その代償は左足骨折だ。

 足を引きずりながらルーファスは先を急いだ。

 歩いている方向に助けがあるとは限らない。それでも怪我をした足では、なおさら上には登れない。そうなると前か後ろの2択しかない。

 まあ、最悪どっちに進んでも助からないかもね!!

「……ねもい」

 ルーファスは眠かった。

 お約束の『寝たら死ぬぞ!』現象だ。

「(寝たまま死ねたら案外幸せかも……えへへ)」

 もうルーファス寝る気満々。

 眠い足取りでルーファスは壁に寄りかかった。その瞬間、回転扉がグルリン!

 たまたま寄りかかった壁が回転扉になっていたのだ。

 岩壁にカモフラージュされた扉の先は……真っ暗だった。

 何も見えないくらい暗い。ただ、外に比べればだいぶ温かかった。

 簡略魔導でルーファスは光の玉を出した。

 一気に辺りが明るくなり、そこが通路だということがわかった。

 人工的に作られた長方形の通路。壁は石造りで、規則正しく石が並べられている。

 いったいこの先はどこに繋がっているのか?

 ルーファスは先を進んだ。

 しばらく進むと行き止まりに突き当たった。左右を見回すと、すぐにレバーを見つけ、ルーファスはレバーを引いた。

 すると行き止まりだった壁が横に動き、眩い光が飛び込んできた。

 天井で輝く煌びやかなシャンデリア。前方の床には赤絨毯の道がルーファスは出迎えた。

 とてもだだっ広い部屋だ。

 いったいここはどこなのか?

 ルーファスはその部屋に足を踏み入れ、自分が出てきた場所が、玉座を動いた裏であったことを知る。

 玉座の後ろにあった隠し通路。そこからルーファスは出てきたのだ。

 王の間といったところだろうか?

 となると、ここは城の中ということになる。

「いったい誰の城なんだろう?」

 城の中はとても静かだった。

 まるで誰もいないように静まり返っている。もしかしたら廃墟かもしれない。とも考えられるが、天井のシャンデリアは輝いている。少なくとも城にはエネルギーが供給されていることになる。

「すみません、誰かいませんかー!」

 虚しく声が木霊しただけだった。

 寂しい気分になりながらルーファスは城の散策をはじめた。

 外での死に直結する寒さ問題は、どうにか城の中に入り解決されたが、次の問題は食料だった。

 まだそんなにお腹はすいていないが、先のことを考えると今のうちに探したほうがいい。

 それから暖を取る道具も探したほうがいいだろう。

 外よりは寒くないといっても、暖房の効いてない冬場の廊下なみの寒さはある。これが夜になったら、かなりの寒さが予想される。一番寒い夜明け前は、凍死できるかもしれない。

 毛布ならどこかにありそうだし、最悪布くらいならたくさんあるだろう。

 そんなことよりも今は!

「誰かいませんかー!!」

 かなり人恋しい。

 温泉ツアーだと騙され、極寒の雪山でなにもしてないのにバツゲーム。他のクラスの生徒と争わないといけないし、雪崩には巻き込まれるし、仲間とはぐれて遭難するし、オオカミには襲われるし、右足骨折するし!

「食料あるといいなぁ」

 ないと餓死するし!!

 救助を呼ぶ黄色い卵も落としたので、いつになったら助けが来るのかわからない。そもそも、助けに来てくれるのか?

 とにかく頂上に行けってルールは聞いたが、タイムアップなんかは聞いてない。終了時間を言い忘れただけなのか、それもそんなの最初からないのか。後者だったら死ねる。

 ルーファスは知らないが、怪我人は出しても死者はまだ出ていない実習らしい。てゆか、死者が出た時点で翌年から中止だろう。

 そーいえば、クラウス魔導学院に入学する際、大量の契約書やらなんやらにサインしたような気がする。その中に学院内や実習中に起きた怪我に関して、一切の責任賠償に応じないというものがあったような気がする。ただし、学院内や実習で怪我などをした場合、治療費を全額学院が出すとか、そんなのあったようなないような?

 つまり、それが意味することは、クラウス魔導学院には怪我が付き物ということだ。

 死なない程度の怪我ならなんでもあり?

「(そういえば……センパイがこんな噂話してくれたなぁ……行方不明者は死者にカウントされないって……あはは、笑えない)」

 マジ笑えない。

 このままルーファスが死と知れず死んでも、死亡者にはカウントされずに翌年もこの野外自習が行なわれることになる。

「なんてことあるわけないじゃんねー、噂だよねウワサ」

 なんとしても生きて帰らなくちゃいけない。こんな場所でただの行方不明者にされてたまるもんか。

「すみません誰かいませんか!!」

 ルーファスの声に気合入っていた。

 でも、やっぱり返事はない。

 王の間から奥へ進み、階段を上ると頑丈そうな扉がすぐに現れた。

 扉には可愛らしい文字で『寝室だから入っちゃダメ♪』と書かれていた。王妃か王女の寝室だろうか?

 どっちにしても、なんだかイタイ。

 入るなと言われると、人間気になるもので、やっぱりルーファスも気になる。

 入って中に誰もいなければ、女性の寝室に忍び込んだことがバレないし、中に人がいたらいたで万々歳だ。女王の寝込みを襲うとかそーゆーことでなくて、人がいたということにだ。

 まあ、まだ夜でもないので寝てる可能性は低いが。

 ドアノブに手をかけ、ちょっとノブを押したり引いたり捻ってみる。

「やっぱりね(鍵かかってるよね)」

 でもダメ押しでガチャガチャっとノブを回すと――。

「あっ……(開いた)」

 カギがぶっ壊れて扉が開いた。しかも、ノブも外れて壊れてしまった。

 しまった賠償請求される!!

 焦ったルーファスはノブを無理やり差し込み、それ以上ドアには触れないことにした。次に触った人が壊した人作戦だ。

 たぶん誰にも見られていないので、きっとこの作戦はせいこうするハズだ。

「あーっ!!」

 突然、ルーファスは声をあげた。

 部屋の中心に置かれた台座に、ガラスでできた柩が置かれていた。

 寝室になぜに柩?

「(そういえばヴァンパイアは柩で寝るんだっけ?)」

 しかも、ヴァンパイアは昼間寝るという。

 そーっとガラスのフタを覗き込むと、やっぱり誰か寝てるし!

 雪のように白い肌、神々しく輝く金の髪、唇は妖しいまでに艶っぽい。

 しかも全裸だ!

 ルーファス鼻血ブー!

 この手の免疫がなかったりした。

 14歳にもなってたかが女性の裸にノックダウンされるなんて……。

 床に膝をつけながらルーファスは迷っていた。

 せっかく見つけた人間型生物。

 声をかけるべきか否か。

「(ヴァンパイアだったら嫌だけど、違ったら助けてくれるかもしれない)」

 ルーファスは意を決した。

 目を手で隠して、指の隙間から柩を見る。そして、柩を軽くノックした。

「すみません起きてくださーい!」

 返事はなかった。

 もっと強くノックした。

「あの、起きてもらえませんか!」

 それでも起きてもらえなかった。柩だけに、本当に死んでいるのかもしれない。だとしても、唇が生きているように艶っぽい。

 もうこなったら!

 ルーファスは柩のフタに手を掛けた。

「……開かない……開いてよ!」

 無理やり柩のフタが外され、辺りは一瞬して白い煙に包まれてしまった。

 いったいこの煙は?

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