第5話「凍える記憶(2)」
ルーファスたちの前に立ち塞がったオル&ロス兄弟!
オルはクラウスを指さした。
「オイ、おまえなんで毛皮なんて着てるんだよ!」
次にオスがローゼンクロイツを指さした。
「オイ、おまえなんで毛皮なんて着てるんだよ!」
相手の言い分はもっともだった。
何度も言うようだが、生徒たちは心温まる温泉ツアーだと騙されて連れてこられたのだ。
ローゼンクロイツが一歩前出た。
「見てわからないかい?(ふあふあ)」
なにが?
そのままローゼンクロイツは言葉を続ける。
「ボクたちが着てる毛皮はこの山で手に入れたものだよ(ふあふあ)」
無表情でサラッとウソついた。
オル&ロスは顔を見合わせ、兄弟間で無言の意思疎通をした。
ローゼンクロイツは普段から無表情で、本当のことも嘘も同じ顔で言う。
だが、オル&ロスは叫んだ。
「「そんなの騙されるかっ!」」
とは威勢良く決めたものの、その言葉を返すまでには結構時間がかかった。騙されかけたのだ。
オル&ロスは左右非対称に並びロッドを構えた。
「そのコートとカイロは頂くぜ!」
「オレたち兄弟の力を見せてやるぜ!」
襲い掛かって来ようとする双子を前に、クラウスは待ったをかけた。
「待て、僕は平和主義者なんだ。ここは穏便に解決しようじゃないか」
クラウスは3枚のカイロを取り出した。最初に配られた30分で切れるカイロだ。ちなみに本当はもう1枚あるが、使っているという設定なので残り3枚。だけど、本当は6時間用をあと数枚持っていたりする。
この3枚のカイロでクラウスは示談に持ち込む気だった。
「無駄な体力の消耗はお互いに不利益だ。ここはまだ使っていない僕のカイロを3枚差し出すということで手を引いてくれないか?」
ヌケヌケと、本当はカイロいっぱい持ってるクセに。
答えは2倍で返ってきた。
「「ダメだ!」」
理由は簡単だった。
「「オレたちは双子だ、3枚じゃ余る4枚にしろ!」」
現在ルーファスグループの手持ちカイロは?
ルーファスは30分用を1枚使用中、残り30分3枚、6時間1枚だ。
クラウスは6時間用を使用中、残り30分4枚、6時間用?枚だ。
ローゼンクロイツはルーファスと同じである。
あと1枚カイロを差し出せば引いてくれるかもしれない。
寒がりのローゼンクロイツはもちろん拒否。
「ボクのはあげないよ(ふあふあ)」
クラウスはたくさんカイロを持っていることを知られると不利なので、これ以上のカイロは差し出すことができない。
残るルーファスは?
「わかったよ、私のカイロを1枚あげるよ」
毛皮、毛皮、魔導衣。一番寒そうな格好をするルーファスが、最後の1枚を差し出すことにした。
が、これで万事解決ではなかった。
オル&ロスは不信感を抱いた。
「もしかしてオレたちを油断させる作戦か! どう思うロス?」
「そうだ、そうに決まってるぞオル!」
「行くぞロス!」
「おう、オル!」
困ったことにオル&ロス、ヤル気満々!
が、ここでまたクラウスが待ったをかけた。
「待て、全員で戦ったら無駄に体力を消耗するだけだ。ここは代表者を立てて――」
「「ダメだ!」」
ダブルで否定。
「「オレたちは2人で1つだ!」」
コンビネーション攻撃を得意とするオル&ロス。
ロスは放水車のように手から水を出した。
さすがにすぐは凍らないが、服が濡れたら身体が凍りそうだ。
クラウスは水撃をかわし、お返しにエネルギー弾を投げた。人間のパンチほどの威力だが、スピードは遥かに速い。
エネルギー弾を頬に食らってよろめくロスに、ロッドを天に掲げたオルが回復系魔導アイラを唱えようとする。
「ヒールライト!」
声が木霊しただけだった。
もう一度トライ。
「ヒールライト!」
やはり声が木霊しただけだった。
空を見上げたオルの顔が曇る。そして、空を曇っていた。
ヒールライトは陽光をマナのソースにしている魔導だ。太陽の出ていない寒い場所では使えない。使えたとしても、効果は気持ち程度だろう。
ここでオルは焦りを覚えた。
「(まさか……オレの魔導全般が使えないんじゃ?)」
オルは炎系の魔導を得意としている。こんな場所では威力は大幅減だ。
コンビネーション崩れる。
そのことにロスも気付いたようで、なにかを示し合わせたようにオルと頷き合った。
そして、オルが代表して提案した。
「お互い無駄な体力の削り合いはやめよう。こっちはロスを代表者にするから、そっちも1人出せ」
それはクラウスがさっき提案しようとした案だった。
クラウスはすぐに提案を飲んだ。
「いいだろう、こちらも1人選出するから少し待ってくれ」
と言って、ルーファスとローゼンクロイツを呼んで円陣を作った。
コソコソと3人で話し合って、じゃんけんポン!
グー。
グー。
パー。
「やったー私の勝ちだ!」
1人勝ちしたのはルーファスだった。
ポンとローゼンクロイツはルーファスの背中を押した。
「じゃ、頑張れルーファス(ふあふあ)」
「はぁ? 私勝ったんだから1抜けだろ、2人でじゃんけんしてよ!」
じゃんけんに勝って戦わずに済むと思ったのに、示し合わせたように残り2人は首を横に振った。
続けてクラウスがつけ加える。
「そのままじゃんけんに勝った勢いで行くんだルーファス!」
拳を胸の前で握って頑張れポーズ。
そんなことされてもルーファスはヤル気ナッシング。
「ムリだから、じゃんけんに勝って運使い果たしたし」
根性なしのルーファスの背中にローゼンクロイツの蹴り押し炸裂。
おっとと、と押し出されたルーファスは自分の意思に反して、ロッドを構えて準備万端のロスと向かい合ってしまった。
戦いのゴングなしてロスが攻撃を仕掛けた。
「くらえ!」
水撃が放たれた。
「ちょちょちょー待った!(うはっ、戦いたくないし!)」
こうなったら――逃げるしかない!
ルーファスは背中を見せて逃げ回る。
同じような場所をクルクル回りながら、ルーファスとロスの追いかけっこがはじまった。
物凄い体力のムダだ。
1対1にした趣旨が失われている。
「待て長髪!」
外的特徴でルーファスを呼ぶロス。魔導学院に入学して1ヶ月ほど、自分のクラスメートの名前すら覚えるのが大変だというのに、違うクラスの生徒の名前まで知らない。
「長髪野郎、ちゃんと戦え!」
「戦わない!」
後ろに束ねた髪をしっぽみたいになびかせ、ルーファスは必死で逃げた。
ロスの手が伸びる!
ガシッとルーファスの長髪を掴んだ。
「痛いイタタ……」
ルーファスは髪を引っ張られ、首がガクンとなって顎が前に出た。
もう逃げられない……のはルーファスだけではなかった。
クラウスの横には、エナジーチェーンでグルグル巻きにされたオルの姿が?
そして、ロスの真後ろから迫るエナジーチェーン!
「……捕まえた(ふあふあ)」
ロスの身体に巻きついた鎖を握っていたのはローゼンクロイツだった。
捕まったロスは喚いた。
「1対1のはずだろ!」
見事に約束を破られた。
クラウスはとぼけ顔だった。
「日々忙しい生活をしていると、どうでもいいことは忘れてしまうんだ。1対1ってなんの話だい?」
ローゼンクロイツもそれに続いた。
「……覚えてない(ふあふあ)」
数秒の間があった。
「「てめぇら!!」」
オル&ロスは双頭犬のように吠えた。
だがもう負け犬。
グルグル巻きの双子を同じ所に運び、クラウスは2人から黄色い卵を奪った。
「悪く思わないでくれよ。政治もそうだが、勝たなければなんの意味もないんだ」
奪った卵を地面に投げつけると、中からドーム型避難所ができた。人が横になれるくらいの大きさで、双子を放り込むだけなら十分の大きさだ。
まだなんか吠えている双子を中に押し込み、ドームのドアを閉じてしまった。まだ、なんか中で吠えているが放置。
3人は山頂を目指して、再び先を急いだ。
山頂への道はまだまだ遠い。
ルーファスはカイロが切れそうだったので、新しいカイロに張り替えようとしていた。
「どうしようかなぁ、6時間用使っちゃおうかな」
横からクラウスが口を挿んだ。
「なに迷ってるんだ? 使えばいいだろ」
「だってもったいないじゃないか。こういうのはやっぱり30分のを使い切ってから使うべきだよ」
そんなルーファスの横で、ローゼンクロイツもカイロを取り替えようとしていた。もちろん6時間用だ。ルーファスみたいなケチ臭いことは言わない。
ローゼンクロイツはお腹に捲り、張ってあったカイロをポイッとして、新しいカイロをペタッとした。
雪に上に捨てられたカイロをクラウスが拾う。
「ダメだろ捨てたら。自然環境を壊す気か?」
「……持ち帰るのダルイ(ふぅ)」
ものすごく嫌そうな顔を作るローゼンクロイツ。
それを見てクラウスは、
「わかったよ、僕が持ち帰る(まったく環境問題のことなにも考えてないんだな)」
少しプンプンしているクラウスを見て、ルーファスは使い終わったカイロをポケットにしまった。
――自分のもお願い♪
なんて気持ちが過ぎったのは言えない。
自分のゴミは自分で持ち帰りましょう!
ゴミのポイ捨てはやめましょう!
マナーです!!
カイロを張り替えたところで再出発だ。
3人が歩き出そうとしたそのとき、ローゼンクロイツが気配を感じて振り返った。
「……なんかいる(ふあふあ)」
ルーファスとクラウスも、ローゼンクロイツを見ている場所をズームアップ。
雪に混ざってわかりづらいが、白いモッサモッサした毛が見える。
モッサモッサ毛の下から、まん丸の瞳が覗いた。
サルのような顔をしている何かがコッチを見ている。
ちっちゃくて丸っこい、絵に描いたようにカワイイサルだ。しかも白い。
……クラウスがひらめいた。
「珍獣ホワイキーだ!(まさか本当にいるなんて!)」
感動に興奮して目を輝かせるクラウス。
だが、ルーファスにはイマイチ伝わらない。
「なにそれ?」
「グラーシュ山脈の珍獣ホワイキーだよ! 目撃情報は何度かあったけど、その詳細な情報はなにひとつわかっていない、未確認生物なんだ!」
「ただの白いサルじゃなくて?」
「なにを言ってるんだ、サルじゃなくてホワイキーだよ。目撃情報によると空も飛ぶらしい!」
「はぁ?」
もうなんだかルーファス置いてけぼり。
クラウスは先を独走しすぎ。
ローゼンクロイツは最初から興味なし。
しばらくその場をじっとしていたホワイキーが走り出した。その後姿に生えた尻尾は体長よりも長いかもしれない。
カメラを構えたクラウスも走り出した。追ってルーファスとローゼンクロイツも走る。
足場の悪い雪山をホワイキーは難なく走り抜ける。
必死になってクラウスは追った。その後に続く二人も必死……なのはルーファスだけ。
ローゼンクロイツは余裕でクラウスの横につけている。
「エナジーチェーンで捕獲すればいいのに(ふあふあ)」
「動きが早い。なにより傷つけないか心配だ」
そう言いながらクラウスはカメラのシャッターを切る。けれど、相手のスピードも速く、こっちも走っているのでどうしてもブレる。
ローゼンクロイツは大気中のマナを手に溜めた。
「なら、スパイダーネット(ふにふに)」
蜘蛛の糸のような物質がローゼンクロイツの掌から放たれた。それは飛ばされた直後は細かったが、次第に大きく広がり風呂敷を広げたように大きくなった。
物体をキャッチする面積も大きく、軽くて柔らかいので物体を傷つけることもない。ただし、軽いために広がると放たれた速度がゆっくりになる。つまりパラシュートと同じ現象になる。
遠く離れた場所や後ろからは効果が望めないのだ。
大きく広がったスパイダーネットはホワイキーを外し、風に乗ってローゼンクロイツの後ろに行ってしまった。
「ああっ!」
なにやら前を走る二人の後ろのほうで、なんか聞こえたような気がした。
後ろを向くとルーファスがスパイダーネットに捕まっていた。
だがクラウスは気付かず、ホワイキーを追って姿を消してしまった。
運良く気付いたローゼンクロイツがルーファスに駆け寄る。
「ごめん(ふあふあ)」
「ごめんはいいから早く解いて」
ネットに捕らえられた拍子に転倒し、その勢いでネットが身体と絡まってしまった。
ローゼンクロイツは指先から小さなカマイタチを出し、少しずつルーファスを傷つけないようにネットを切っていく。ものすごく地味で根気の要る作業だ。
「……飽きた(ふぅ)」
根気が持たなかったらしい。ローゼンクロイツは手を止めてしまった。
「ちょっとやめないでよ!」
「あとは自分でやるといいよ(ふあふあ)」
「腕が固定されて指先も変な方向向いてるからムリ。てゆーか、君がやったんだから、最後までちゃんとやってよ」
「でも……飽きた(ふぅ)」
「じゃあせめて私の手が自由に動くくらいでいいからさー」
「だから……飽きた(ふぅ)」
頑張ってお願いしてもムリなような気がしてきた。
ルーファスピンチ?
ネットに絡まった状態でどうしろと?
そんなルーファスに再び不穏なピンチが近づいていた。
ローゼンクロイツが耳をそばだてる。
「地鳴りが聴こえるよ(ふあふあ)」
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ……。
山を見上げると、雪煙をあげて雪崩が起きているのが見えた。
困ったことにコッチに迫っている。
予想を超えた雪崩のスピードと身動きのできないルーファス。
雪崩はすぐそこまで迫っていた。
ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳が輝き、五芒星の光が宿った。
「ライララライラ、レッドフレア!(ふにふに)」
古代魔導ライラだが、詩が不完全でマナが集まらない。雪崩が早すぎて詩を詠むヒマがなかったのだ。
ローゼンクロイツの両手が放ったフレアが、雪崩を溶かしながら吹き飛ばす!
だが、雪崩の勢いが強い。
ローゼンクロイツがボソッと呟く。
「……ムリ(ふー)」
ムリです宣言!
「ぎゃぁぁぁっ!!」
ルーファスの叫び声。
その直後、白い煙がルーファスたちを丸呑みにしてしまったのだった。