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第1話「桃髪の仔悪魔(2)」

 自称ちょ〜可愛い仔悪魔ビビはルーファスの願望を叶える代わりに、それに見合ったルーファスの魂の一部を貰い、それを生きる糧とする。そして、ルーファスの魂を全部使い果たせば、ビビはルーファスの影から解放される……っぽい。ビビ自身も確証はないが、たぶん離れられるに違いない。

 今のビビはルーファスの中途半端な召喚術のために、ルーファスの影から長い間離れる事ができなくなってしまっていた。影から離れると急激に体力を消耗してしまううえに5メティート(約6メートル)以上離れることができない。

 だからビビはルーファスの影を拠り所としていて、そこから人間界で自分の存在を維持する為、全てのモノが持っていると云われる生命の源『マナ』を貰っている。

 マナの語源はこの世界の古代語で、『名誉』や『威厳』といった意味合いの言葉である。

 今この世界でルーファスの影を拠り所としているビビは、その為に影から出ることやルーファスの身体を長時間離れることに制限ができてしまっているのだ。

 そんなわけで二人は必然的にいつも一緒にいることになる。

 自宅のソファーらしきものに腰を掛けるルーファス。“らしい”というのはこの部屋が散らかり過ぎていて、この物体が本当にソファーかわからないからだ。まさに足の踏み場が無いというのは、こういう光景のことをいうのだろう。

 へっぽこ魔導士ルーファスの名を大人から子供、お隣さんの猫まで(どこの猫だよ)知らぬ者はこの国にはいない。そんな彼のへっぽこぶりと部屋が汚いのはきっと何か関係がある。つまりズボラ。

 ソファーに腰掛けるルーファスは、昨日から今日の今までの昼間ちょい過ぎまで考えていたことを深く、深〜く考える。そして、深く考えすぎて、眠くなって寝る。

 ガクっと首が動きパッと目を覚ます。

「(……寝るところだった)」

 寝そうになってどうする。深く考えるほどの難題があるのではないのか?

 ルーファスは昨日から悪魔ビビを祓う方法を一生懸命考えたのだが、ビビの存在を消滅させる方法は浮かんでもそれ以外の方法は全く浮かばなかった。

 悪魔の見た目は普通の少女と何ら変わらない。そんなビビをルーファスは消滅させることはできなかった。

 再び深く深〜く考えるルーファス。そして、また深く考えすぎて、深い眠りが……。じつはこのソファー、すっげぇふかふかしていて眠りを誘う魔のソファーだった。実際ルーファスはこのソファーで寝てしまうことが多い。

 ガクっとルーファスの首が曲がり、すやすやと静かな寝息が聞こえてきた。ルーファスは完全にソファーの魔力に負けたのだ。

 そんな至福の時を味わっているルーファスの安眠妨害をする者がいた。この家の奇妙な同居人だ。

「ねえルーちゃんお腹空いたよぉ」

 子供のようにポカスカと両手でルーファスを殴り喚く仔悪魔ビビ。彼女は今すっごくお腹が空いていた。

 お腹が空いたというのは人間が食するような食物を欲しているのではなくて、魂を欲しているのだ。

 ビビは人間が食べるような食べ物を食べて栄養を摂取することもあるが、それ以外に魔力の源として人間の魂を必要としている。人間の魂を喰らうことによりビビは、強力な魔力や若さを保つことができるのだ。

「お腹空いたよぉ〜(もう死ぬぅ〜)」

 近くで喚かれたルーファスは眠たそうに目をこすりながら返事をした。

「もうぉ、ちょっとは寝かしてよ(昨日から全然寝てないんだから)」

 昨晩はビビを祓う方法を考えて過ぎて眠れなかったのではない。ビビのことで眠れなかったのは変わらないが、その理由はしょーもないものだった。

「別に寝なくてもいいじゃん、アタシなんて寝なくても平気だよ!」

「ビビは寝なくても平気かもしれないけど、純人間の私は寝ないと持たないの(……昨日から、ずーっと元気なままだよな、この子は……)」

 不眠の理由、それはビビの遊び相手として一晩中付き合わされたからだ。この悪魔ビビは寝なくても平気らしい。

「お腹が空いたぁ、お腹が空いたぁ、お腹が空いたぁ〜!!」

「……見た目と一緒で性格も子供」

「だから、子供じゃないって言ってるでしょう! これでも426歳なんだから」

 ビビは頬っぺたを膨らませて顔を真っ赤にした――この仕草は子供だ。いくら426歳だろうが、ビビは子供としか言いようがなかった。

「頬っぺたを膨らませる仕草は十分子供だと思うけどな(どっからどう見ても、可愛い女の子だもんな)」

「子供じゃないもん(友達とかにも子供扱いされるけど、立派な悪魔なんだから)」

 ビビは悪魔友達からも子供扱いされているらしい。

「そうやって、拗ねてる感じも子供っぽいよ」

「もぉ、うるさいなあ!」

「そうやって、怒るのも子供っぽい」

「しつこい!」

 ルーファスはちっちゃくて可愛い女の子をイジメるのが以外に好きだったりした。断っておくがルーファスはロリコンではないのでご注意を。

 ビビのお腹がぐぅ〜と鳴いた。それにつられてかルーファスのお腹もぐぅ〜っと鳴いた。

 同時にお腹を擦る二人。

「お腹空いたよぉ〜」

「……う〜ん、たしかにお腹が空いたね(どうしようかな?)」

「この際魂じゃなくてもいいから、何か食べ物調達しに行こうよぉ(本当は魂の方がエネルギーになるけど……)」

「えっと、じゃあ市場にでも行こうか?」

「大賛成!」

 笑顔を浮かべ両手をうれしそうにあげるビビの無邪気な姿は、人間の魂を喰らう悪魔になんて絶対見えなかった。ここにいるのはあどけなさの残る“426歳”の少女だ(笑)。

 悪魔がこんな少女だからこそ、ルーファスは余計に消滅させることはできなかった。


 ルーファス宅からバザールと呼ばれる市場までは少し離れているので、そこに行く為に乗り合い馬車を使用する。

 この世界には空を飛ぶという魔法もないこともないが、その魔法は高度で体力などのエネルギーを多く使用する為に移動手段としては実用的ではない。

 狭い馬車に揺られるルーファスの横にはビビがいる。つまり、言うまでもないが影から出ているということ。

 ビビの見た目は少し目立つ服装をしているものの、そこらにいる女の子となんら変わりもない。

 馬車の中には数人の客が乗っているが、ビビのことは少しは変わった服を着ているとか可愛い女の子だなと思うかもしれないが、それ以上は気にも止めなかった。ある人物がこの馬車に乗り合わせるまでは……。

 この乗り合い馬車は決まった停車場所で客を乗り入れるが、道ばたで乗り込むことも可能だった。

 馬車が緩やかに止まった。ここは停車場所ではない。

 空色の生地に白いレースをあしらったドレスを着た美しい女性が、さしていた日傘を閉じて車内に乗り込んで来た。生っ粋のお嬢様のようだ。

 馬車の出入り口には乗務員がいて、乗ったらすぐに行き先をその人に言って料金を前払いする仕組みになっている。

「……魔導学院まで」

 ゆっくりとした口調で、透き通るような、そこに無いような声色だった。それに対して乗務員が料金を言う。決まった停車場所以外で乗った場合、料金は客が乗り合わせた前の停車場所から、客が言った停車場所までになっている。

「16ラウルです(いつも、ここで乗るんだよなこの子)」

 空色のドレスを着た女性は、硬貨を乗務員の手のひらの上に落とすようにして料金を支払った。

 馬車はすでに再び走り出しており、ガタガタと揺れている。馬車の中には席が設けられていて、そこに座りきれない場合は立って乗る。

 席はまだ空いている。が空色のドレスの女性はガタガタと揺れる車内の中を立っていた。しかも、ただ立っているだけではなかった。この女性はルーファスのことをずぅーっと凝視している。

 無表情の顔がルーファスのことをずぅーっと見ている。ルーファスもその人物のことをずぅーっと見ている。二人の間には変な空気が流れている。そして、空色のドレスを着た人物が口をゆっくりと開いた。

「……ひさしぶり、へっぽこくん(ふにふに)」

 この言葉を発した一瞬だけ、冷めたような目をしての口元が少し歪んだ。ルーファスを少しバカにしているような態度だった。そして、すぐに無表情に戻る。

 ひさしぶりと言われたルーファスは当然相手のことを知っている。この人物の名前はクリスチャン・ローゼンクロイツ、ルーファスが魔導学園に通っていたころからの知り合いで、今も一緒のクラウス魔導学院に通う同級生で、しかもクラスが一緒だったりする。そして、もうひとつ、彼女は彼女にあらず、彼だった。

「こっちこそひさしぶり(今日学校休みなのになんで学院に行くんだろ?)」

「なんで学校に行くのか聞きたい顔をしているよ。実はね、出席日数が足らなくて進級できないらしい……ちょっと自分に苦笑(ふ〜)」

 ローゼンクロイツは口に手を当て苦笑するとすぐに無表情な顔に戻った。そして機械のような正確な歩調で歩き、ルーファスの横の席に座った。

 ルーファスの右手にはビビが座っていて、彼女はルーファスごしに覗き込むような姿勢をとってローゼンクロイツを見たあとルーファスに聞いた。

「知り合いなの?(電波系って感じがするな〜、ちょっと)」

「小さいころからの知り合いで、今も同じ学校に通ってる(クラスじゃあんまり見かけないけど)」

 ローゼンクロイツは学校には来てはいるが授業には出ていない。そのため授業の出席日数が足らなくて進級が危うい。だが、彼は勉強や魔法を使う能力などは生徒の中で1、2を争う程で、授業に出ないで魔法の研究を独自にやっていて功績も納めている。ルーファスとはそこが違う。

 ローゼンクロイツは突然ぼそりと口を開いた。彼の思考は天才肌で少し常人と違っている。そして、勘が鋭い。

「そうだ、忘れてた(ふにゃ)」

「何を?(……ローゼンクロイツの思いつき発言は、いつも何かが起こる前触れ)」

 嫌な顔をするルーファスの心臓はバクバクだ。彼の嫌な予感はよく当たる。それは自分でも自覚している。

「嫌な顔、しない、しない、そんな顔していると嫌なことが本当に起こるよ(ふにふに)」

「だって、君の思いつき発言は何かが起こる前触れでしょ(しかも百発百通だからね)」

「そうなの! それは知らなかった……(ふにぃ〜)」

「自覚なかったの?」

「……ウソ(ふっ)」

 二人の会話をビビは珍しそうに見ていた。特にローゼンクロイツのことを。

「(不思議ちゃんオーラが出てるよ)あのさ〜、そっちの人の名前聞いてないんだけど?」

「人の名前を聞くときは、自分から名乗るもの……無礼者ふーっ

 嫌な顔を一瞬してすぐに無表情に戻る。どうやらこれは彼の特性らしい。

「ねえルーファス、この人性格悪いでしょ?(絶対そう!)」

「そ、それはノーコメント(ほ、本当はすご〜く性悪だよ)」

 苦笑いを浮かべるルーファスのことをキッと睨んですぐに無表情に戻るローゼンクロイツは、再び思い出す。

「そうだ、それ悪魔(ふあ〜)」

 狭い馬車の中、しゃべり声は十分響き渡る。一同沈黙。

 ややあって、同乗していたおじさんが声を荒げた。

「悪魔だって!」

 これを合図にビビ及びルーファス&ローゼンクロイツ以外の乗客3名と乗務員がビビとできるだけ距離を空けた。

 この国では魔法は普段の生活でも珍しいものではない。だが、悪魔となれば話は別だ。

 恐れおののく人たちを見てビビは顔を膨らませながら一歩前へ出た。

「なによ、悪魔だからどうしたっていうのよ!」

 怒鳴り声に余計に震え上がる人々。こんな状況を打開すべく、ルーファスが立ち上がった。

「え〜、あのですね、みなさん、ほら、見てください。ただの可愛い人間の女の子ですよ。どこをどう見たら悪魔に見えるっていうんですか?」

 こんな説得ではうまくいかない。若い女の人が鋭い指摘をしてきた。

「だって、その子自分で『悪魔だから』って……(そう言ったわよ絶対!)」

 ビビはもう一歩前へ出る。

「アタシは正真正銘のちょ〜可愛い悪魔よ、それが何か?」

 ビビの身体が急に中に浮いた。ルーファスに抱きかかえられたのだ。そして、馬車の外へ飛び出す。

 何事もなかったように走り去っていく馬車を見送りながらルーファスはビビを地面に下ろした。

「普通の人は悪魔って聞いたら怖がるんだから、少しは隠すとかしてよ」

「別にいいじゃん、怖がらせておけば」

「……私とビビは今や運命共同体なんだから私に迷惑かかるでしょ?」

「私だって迷惑してるんだから。ルーちゃんに呼び出されて……もう、いいよ!(私がルーちゃんに迷惑かけて何が悪いっていうの?)」

 顔を膨らませながらビビはズカズカと歩いて行ってしまった。だが、少し行ったところから一向に前へ進まない。

 動作的には歩いている動きをしているが、まるでパントマイムのように前には進んでいない。これ以上はルーファスと離れられないのだ。

 くるっと振り返り、顔を赤らめて恥ずかしそうにルーファスのもとへ戻ってきたビビは言った。

「もう少し、一緒にいてあげてもいいかな……」

 ルーファスはやれやれと両手を軽く上げてため息を付いた。

「はぁ、子供だよねぇ、ホント」

「だから、子供じゃないって言ってるでしょ〜!!」

 ポカスカと殴られるルーファス。彼とビビの微妙な関係はまだまだ続きそうだ。

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