第4話「空色ドレスにご用心(3)」
目は意味を成さなかった。
真っ暗な闇の中を、ただひたすら階段を下りる。
ルーファスは不安そうに呟く。
「ローゼンクロイツいるよね?」
返事は返ってこなかった。
「アインはいるよね?」
「いますよー」
「よかった(僕独りだったらどうしようかと思った)」
「ローゼンクロイツ様もちゃんといますよ、匂いでわかります(アフロディテのローゼン・サーガという香水を使ってるのチェック済みです!)」
アフロディテとは大手香水メーカーの名前だ。
階段は100段、200段と続き、先の見えない闇に不安は募った。
「アインいるよね?」
またルーファスが尋ねた。
「いますよー」
「ローゼンクロイツは?」
返事はなく代わりにアインが答える。
「ちゃんといますよ、匂いでわかります!」
匂いでわかるわかると言われているが、別に香水の匂いがきついわけじゃない。アインが変態なのだ。
階段はさらに続き、500段を数え、ついに700段を数えたとき、世界が光と闇に分かれた。
左右に置かれた蝋燭台の上で炎がゆらめいている。その中心にあるのは真鍮の扉。そして、その前には門番が2人いた。
2人の少女は同時に口を開いた。
「「私たちはナイとメア。夢幻の扉を守る者」」
明るい顔をした少女と、陰気な顔をした少女。表情こそ違えど、二人は瓜二つの双子だった。
ローゼンクロイツは両手をぐーにして、ナイとメアに差し出した。開かれた拳から金貨が1枚ずつ、2人の少女の小さな掌に落ちた。それは古い時代の金貨だった。
門番は左右に分かれた。
真鍮の扉が開かれる。
「「足元にご注意ください」」
扉の向こうに広がる空色の光。
ローゼンクロイツはどこかに隠し持っていた日傘を開き、後ろの2人に命令する。
「どこでもいいからボクの身体に捕まって(ふにふに)」
言われたとおり、ルーファスとアインはローゼンクロイツの二の腕に捕まった。
「(二の腕萌え〜)」
何気にアインはローゼンクロイツの二の腕をふにふに。本当は後ろから足を絡めて抱き付きたかったが、そこは強い精神力で抑えて抑えて抑えきった。
「行くよ(ふあふあ)」
ぴょんとローゼンクロイツは扉の中に飛び込んだ。つられて2人も青い世界へ飛び込む。
どこまでも続く青い空と巨大な入道雲。
今日もとってもいい天気♪
真下を見たルーファスが叫ぶ。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「うるさいよルーファス(ふー)」
「だ、だって……」
ガタガタ震えるルーファスの視線の下には、キラキラと輝く海が広がっていた。
日傘をパラシュート代わりにして、ふわりふわりと綿毛が舞うように、ゆっくりと3人は落ちていった。
海の上にはただひとつ、降りられそうな場所があった。大きな船の甲板だ。
ふわりとふわりと風に運ばれながら、見事3人は甲板に無事着地した。
が、ルーファスの目に飛び込んできた帆に描かれたマーク。
蛇と髑髏のマークはどー見ても正義の味方には見えない。
甲板に下りてきた3人組のせいで、船内は少し慌しくなり、物騒な武器を装備したガラの悪い男どもが湧いてきた。
中でも目を引いたのは、大きなハットを被り眼帯をした男。絵に描いたような海賊の親分だ。
とりあえずルーファスは笑っとけ。
「あはは、ちょっとお邪魔しますよー(笑えない笑えない)」
物騒な輩を前に、アインはささっとローゼンクロイツを背に隠した。
「ローゼンクロイツ様には一歩も指を触れさせま……せん?(消えた?)」
ローゼンクロイツの姿が消えた。
――いた。
「この船は只今よりルーファス海賊団が占拠するよ(ふあふあ)」
ローゼンクロイツは親分の首に短剣を突きつけていた。
海賊船ジャック!
しかも、ルーファスの名前勝手に使ってるし!
敵の親分を人質に取るなんて、なんて卑怯な方法だ。それを無表情でやってのけたローゼンクロイツ。
「萌えぇ〜」
そんなローゼンクロイツにアインは萌えていた。
が、自体はそんな甘くはなく、キツネみたいな顔をした海賊がローゼンクロイツに銃を抜いた。
「そんな野郎死んだってかまわねえよ、そいつが死んだら俺がこの船の船長だ」
こんなときに内情のゴダゴダが発生した。船長の座を狙っていたナンバー2が叛逆を起こしたのだ。
しかし、アインは瞬時に動いていた。
ナンバー2の首元にナイフを突きつけ、なんと人質に捕ってしまったのだ。
「これでこっちの勝ちですね!」
が、自体はそんなに甘くなく、クマみたいな顔をした海賊がアインに銃を抜いた。
「そんな奴が死んじまっても、おらがこの船の船長だべ」
船長の座を狙っていたナンバー3だった。
これには船長も怒りを爆発させた。
「どいつもこいつも、この船の船長は俺様だ!!」
何気にさっとローゼンクロイツは船長を解放すると、船長は謎の侵入者3人のことなど忘れ、叛逆を起こしたナンバー2と3に襲い掛かった。
船上の争いはもう止められなかった。
撃ち合い斬り合いの血で血を洗う無残な戦いがはじまった。
その惨禍の中で、ローゼンクロイツはルーファスの腕を引く。
「ルーファスこっち(ふあふあ)」
ローゼンクロイツはルーファスを樽の陰に誘導した。
2人はさっさと身を隠したが、アインはチャンスを逃していた。
「あっ、いっ、うっ、えっ、おーっ!」
蛮刀をかわし、流れ弾をかわし、強烈なパンチをかわす。トリプルAクラスの運動神経の良さだ。魔導士よりも格闘家に向いていそうだ。
樽の陰から物音が聞こえ、海賊のひとりがそれに気付いた。
「そこにいるのは誰だ!」
「は、は……はっくしょん!」
血相を変えたルーファスが樽の陰から飛び出した。
次に樽の後ろからネコミミがひょこっと見えた。
そして、ワケがわからないうちに、海賊は何かに横殴りされて、樽と一緒に海へ飛ばされていた。
まさか、巨大海蛇の襲来か!!
と、海賊たちが間違える物体エックスが、縦横無尽に船上で暴れ回っていた。
アインは萌えた。
「しっぽふにふに萌え〜!」
トランス状態のローゼンクロイツが発動した『しっぽふにふに』が暴れていたのだ。
強大な敵を前に海賊たちは結束を取り戻した。
覇権争いなんかよりも、ローゼンクロイツを倒さねばならない!
威勢のいい海賊どもがローゼンクロイツに襲い掛か……ったにも関わらず、ひとり、またひとりと空を飛ぶ海賊。
まるでハエでも叩くように、ローゼンクロイツのしっぽが海賊を飛ばす。
ルーファスも必死だった。さっさと隠れて状況を見守る。
「こんな逃げ場のない船上でトランスするなんて……(でも、ねこしゃん大行進じゃなくてよかった。あんなのやられたら確実に船が沈むもんね」
世の中、思ったり口にしたことが現実になることが多い。
ねこしゃん大行進発動!
ローゼンクロイツの身体から、ねこしゃんのぬいぐるみが放出。しかも、これ爆弾。
勝手気ままに走り回るねこしゃんは、物理的衝撃などが与えられるたびに、可愛らしく鳴いて爆発を起こす。
しかも、爆発が爆発を呼び、大爆発になるというオマケつき。
船上の大混乱はさらに大大混乱になり、硝煙が辺りに立ちこめ、船は揺れに揺れて甲板が噴水を上げた。
誰かが叫んだ。
「甲板に穴があいたぞ!」
言われなくてもわかってる。もうそこら中水浸しだ。
船が徐々に傾き、船首が空に向かってこんにちは。
海賊船が沈むのは時間の問題だった。
ついでに最悪なことに、電気を帯びたローゼンクロイツのしっぽが、水浸しになった甲板を叩く。
塩分を含んだ水はとても電気を通し易い!
ビリビリっと甲板に立っていた海賊が一気にノックダウン。痙攣している姿が診るに無残だ。みんなチリチリパーマになってしまった。
そんなとき、ルーファスはアインと一緒にさっさと帆によじ登っていた。ローゼンクロイツとの付き合い方を心得ている。
が、もうすでに帆の先端も海に沈もうとしていた。
ここでルーファス衝撃の告白。
「私泳げないんだけど?」
「マジですかルーファスさん!(運動神経悪いですもんね)」
そしてマジですかついでに、ローゼンクロイツが四つ足で帆を駆けて来ていた。
「にゃーっ!」
猫みたいな鳴き声をあげてローゼンクロイツがルーファスに飛び掛る。
押し倒されたルーファスは海に投げ出され、伸ばした手がアインの服を掴んで道連れに。
3人仲良く海の中にドッボーン!
荒波がすべてを呑み込んでしまった。
「へっくしょん!」
ルーファスは自分のクシャミで目を覚ました。
「……ここは?」
視線を動かすとすぐそこでアインが焚き火をくべていた。
「あ、起きましたかルーファスさん」
「うん、なんとか永眠せずに助かったみたい。君が助けてくれたの?」
「はい、死に物狂いでお2人を運びました(本当は途中で1人捨てようかと思ったんだけど)」
もちろん捨てられるのはルーファス。そんなことも知らずにルーファスは御礼をいう。
「ありがとう、君は命の恩人だね」
「いえいえ、人道的に頑張っただけですから」
人道的にルーファスを捨てなかった。
辺りは砂浜のようで、少し先には森らしき緑が見えた。
しかし、ローゼンクロイツが見当たらない。
「ローゼンクロイツは?」
「ボクならここだよ(ふあふあ)」
ビクッとして振り向くと、ローゼンクロイツはルーファスの真後ろに立っていた。
「脅かせないでよ」
「脅かしてないよ(ふあふあ)。ちょうどコッチの方向から歩いてきただけさ(ふあふあ)」
「何してたの?」
「見ればわかるだろ?(ふー)」
ルーファスは目を凝らしてローゼンクロイツを見た。空色ドレスの裾がひらひら揺れている。いつもと変わらない見た目だ。
「どこが違うの?(つむじの位置が1センチ移動してたり、そんなのだったらもわからないよ?)」
そんなアホなことはない。
「服が乾いているだろ?(ふぅ)」
「あ、ホントだ……ハックション!」
大きなクシャミをしたルーファス服はびしょびしょだ。焚き火に当たっているアインの服もびしょびしょ。海水なのでベトベトもプラスだ。不快感満点!
「どうやって乾かしたの?」
と、ルーファスが尋ねると、
「……企業秘密」
軽く鼻であざ笑われた。
「はくしゅん!」
今度はアインのクシャミだ。
「まさか着替えとかありませんよねぇ?」
アインは鼻をすすりながら2人に尋ねた。
するとローゼンクロイツは砂浜に打ち上げられた貝殻を指さした。
「貝殻水着に着替えるといいよ(ふあふあ)」
「そんな恥ずかしい格好できません!(でもローゼンクロイツ様は言うなら……)」
「……ウソ(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
そのローゼンクロイツスマイルにアインショック!
でも、なぜか顔がニヤけてしまう。
ぶっちゃけ、アインはローゼンクロイツになにされても『萌え』で片付くのだ。
ルーファスはびしょ濡れの服を脱ぎはじめた。そこへローゼンクロイツがすかさずツッコミ。
「貝殻水着に着替えるの?(ふあふあ)」
「違うよ! 私の魔法で服を乾かそうと思っただけだよ」
とりあえず分厚い上着の魔導衣を脱ぎ、砂浜の上にポイと投げた。
そして、得意の風魔導エアプレッシャーを放った。
圧縮された空気が魔導衣にぶつかり、舞い上がった砂と一緒に魔導衣もぶっ飛んだ。
そして、そのまま魔導衣は強風に煽られ飛んでいく。しかも砂まみれの魔導衣。
「ま、待ってよ!」
魔導衣を追いかけるルーファス。その姿がかなり滑稽だ。
そんな姿を見ながらアインがボソッと。
「あの人本当にクラウス魔導学院の生徒なんですか?」
「入学に運を全部使ったんだよ(ふあふあ)」
ローゼンクロイツの言うとおりのような気がする。
「そうなんですか……(あたしのほうが魔導の才能あるかも)」
ちなみにアインは努力と根性と、ローゼンクロイツへの『愛』で入学した。
ちなみにローゼンクロイツはなんとなく入学できた。
「じゃ、そろそろ行くよ(ふあふあ)」
ルーファスが走って行った方向とは真逆にローゼンクロイツは歩き出した。アインも構わず歩き出した。もちろんカマってもらえてないのはルーファスだ。
「ま、待ってよぉ〜!」
ルーファスは海に落ちた魔導衣を拾い上げ、森に入っていった2人を追った。
ちなみに、言うまでもないが、魔導衣はさっきよりもびしょびしょだ。
マジ頭弱いルーファス。
通称へっぽこ魔導師の二言なし!




