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第4話「空色ドレスにご用心(1)」

 クリスチャン・ローゼンクロイツ――たぶん16歳。

 16年ほど昔のこと、雪の降る寒い晩に彼は修道院に扉の前に捨てられていた。

 それは三が日の1月3日のことであった。世間は年明けでめでたい最中のことだ。

 生まれて間もない赤子だった彼は、修道院に引き取られ、洗礼名のクリスチャン・ローゼンクロイツを授かった。

 比較的裕福な階層が多いはずの王都で、金銭的な問題で子供を捨てる者は少ない。ローゼンクロイツはそれ以外の事情で捨てられたのだと噂された。

 なにより、捨てられていた時に着ていた衣が、上等な絹織物であったことや、いくばくかの金品が一緒に置かれていたこと、それを考えると裕福な階層が捨てたという説が色濃い。

 のちの精霊検査によって、ローゼンクロイツの守護精霊は『ガイア』と判明し、生まれて間もないことから、おそらく誕生日は1月1日とされた。

 1月の守護神は無を司るケーオス。そして、1日は世界を意味するガイアが守護している。年のはじめという滅多にない取り合わせの日に生まれたのだ。

 このような特別な日に生まれた者は、例に漏れず特別な力を持って生まれてくる。

 ローゼンクロイツにもそれがあった。


 魔導学院の廊下を歩く空色ドレスのローゼンクロイツ。

 後姿は157センチと小柄で、水色のショートカットヘアはキューティクルが美しい。どっからどー見ても女の子そのものだった。なので町でナンパされることが多いが、彼は男だ。

 カワイイ男の子だ!!

 未だにローゼンクロイツを男だと認めない輩も多いが、幼馴染でお風呂を何回も共にしたルーファスや、学校の合宿などで風呂を共にした者たちはこう証言している。

 ――ローゼンクロイツの股間にはブツがあった。

 女の子っぽいのに男の子という、両生類的要素に萌えを感じるローゼンクロイツ信者も少なくなく、彼にはファンクラブ団体がいくつも存在していた。

 特に薔薇十字というファンクラブ団体はかなりの規模だ。そこの女性会長アインは熱烈な追っかけ魂が講じて、一般家庭に生まれながらも名門クラウス魔導学院に入学するという快挙を成し遂げた。しかも、彼女、もともと魔導学校の出ではないので、1から魔導の勉強をしたつわものだ。

 そう、全てはローゼンクロイツへのラヴ。

 アインはピカピカの1年生、まだ今月のはじめごろに入学式があり、まだ魔導学院生活が1ヶ月も経っていない。

 部外者立ち入り禁止の魔導学院で、公然的にストーキングができる。

 一生懸命勉強した彼女へのご褒美……なのに、なのに!!

 ローゼンクロイツの背中に軽々しく声をかける男。

「おーいローゼンロイツ待ってよ!」

「なんだいルーファ……ふぁ……ふぁっ!」

 振り返ったローゼンクロイツの鼻がムズムズしている。

 クシャミをしようとするローゼンクロイツの口を、ルーファスが超慌てて塞いだ。

「ストップ!!」

 くしゃみは寸前で阻止された。

 薔薇の蕾のようなローゼンクロイツの唇。それを手で触れるなんて……。

 アインは廊下の物陰で思った。

「(許せん!!)」

 けれど、所詮アインは日陰の女。ストーカーは日の目を見ない。見るときは、ストーキングが事件沙汰になったときくらいだろう。最近はそういう事件も増えていて物騒な世の中になったものだ。

 しかし、ストーカー本人はそんなこと思っていない。

 アインに言わせれば。

「(ローゼンクロイツ様、ラヴ)」

 純愛なのだ。

 ローゼンクロイツは視線を感じ、そちらを振り向いた。

 目と目が逢う瞬間。

 ローゼンクロイツのエメラルドグリーンの瞳がアインを見つめた。あの瞳に見つめられると、かなりトキメク。

 五芒星[ペンタグラム]の浮かぶローゼンクロイツの瞳は、聖眼と言ってとても特殊でプレミアもので、かなりの魔力がこもっている瞳なのだ。

 ローゼンクロイツはスタスタと歩き出した。呼び止めたルーファスを無視である。

「ちょっと待ってよローゼンクロイツ!」

「あれ……いたのルーファス?(ふにゃ)」

 心底驚いたような顔をするローゼンクロイツ。どこか作り物っぽい表情だ。

「あれじゃないよ、さっき呼び止めたときからいるじゃん」

「……忘れた(ふあふあ)」

 ローゼンクロイツの致命的な欠点の1つ、異常なまでに物忘れが激しい。ワザとかどうかの境界線の見極めが難しい。

 無表情で仕切りなおすローゼンクロイツ。

「で、ボクになんの用だい?(ふにふに)」

「教室に日傘忘れていっただろ、はいコレ」

 ルーファスは日傘をローゼンクロイツに手渡した。その日傘をまじまじと観察するローゼンクロイツ。

「これボクのだっけ?(ふにゃ)」

「そんなことも忘れたの?」

「……ウソ(ふっ)」

 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。

 完全にルーファスはバカにされている。

「はぁ? ウソってなんだよウソって」

「そのくらいのことボクが忘れるはずがないだろう……心外ふぅ

 ワザとかどうかの境界線の見極めが難しい。

 そんなローゼンクロイツにアインは――。

「萌え〜っ!」

 思わず声を出してしまった。

 廊下を行き交う生徒たちがアインを変な目で見て、アインは恥ずかしそうに口を両手で塞いで、ササッと物陰に身を潜めた。

 それをバッチリ見ているルーファスが、ローゼンクロイツにヒソヒソ話をする。

「ローゼンクロイツ、また君の追っかけの子が来てるよ」

「……らしいね(ふにふに)。ボクを追って学院にまで入学したそうだよ(ふあふあ)。奨学生でバイトでここの授業料を払ってるらしい(ふあふあ)」

「何気にチェックしてるんだね、あの子のこと(まさかローゼンクロイツ、逆ストーカー!?)」

「彼女のブログを見た(ふあふあ)」

 最近アステア王国でも普及してきたパソコン。

 魔導師たちが使っていた通信魔法のひとつを、より使いやすく一般家庭向きに改良したネット。

 そんなネット世界でブログという日記のようなものが流行っているらしい。

 何気にそんなものをチェックしているローゼンクロイツ。

 やっぱりアインの逆ストーカー!?

 なのではなくて、最近のファンクラブはネットで活動していることが多いのだ。ローゼンクロイツのファンクラブも例外ではなかった。

 ボソッとローゼンクロイツは呟いた。

「……肖像権侵害ふー

「なに?(突然?)」

 ルーファスは不思議そうな顔をローゼンクロイツを見た。

「ボクさ、夏休みに弁護士の資格を取ったんだ(ふあふあ)」

「そうなんだ(初耳だし、そんな資格取るなんて聞いてもなかった)」

「それで肖像権を侵害しているボクのファンクラブを訴えようと思うんだ(ふあふあ)」

「はぁ?」

 ファンクラブで流用されるローゼンクロイツのマジカルフォト。プライベートのローゼンクロイツが激写され、写真の多くがネットの流出してしまっている。彼が訴えたいというのももっともだ。

 と思いきや、ちょっと違った。

「散歩中のABCの写真がネットに載ってるんだ(ふあふあ)。彼たちのためにボクが立ち上がらないといけないと思うんだよ(ふあふあ)」

「はぁ?」

 ABCとはローゼンクロイツの飼っている熱帯魚の名前である。AとBとCという3匹だ。

 てゆーか、熱帯魚を散歩させるって犬じゃないんだから。

 じゃなくって!

「熱帯魚に肖像権とかないでしょう(そんな裁判聞いたことないよ)」

 ルーファスのツッコミ炸裂。

「まずはABCたちの住民票を作るところからはじめようと思うんだ(ふあふあ)」

「たぶん交付されないと思うけど」

「外国人や悪魔や亜人、その他の種族にも権利はあるよ?(ふにふに)」

「それは彼らが知性と文明を持った生物だからで、熱帯魚になんかに国で与えられる権利なんかないよ」

「……あっ!(ふにゃ)」

 天地がひっくり返るような、驚き顔をローゼンクロイツは作った。

 そして、ボソッとひと言。

「ABCに餌あげるの忘れてた(ふあふあ)」

 そんなに大事な熱帯魚なのに、なぜ餌を忘れる!!

 それはローゼンクロイツの物忘れが激しいから。

 そんなローゼンクロイツにアインは――。

「萌え〜っ!」

 再び声をあげて周りの視線を集めるアイン。顔を真っ赤にして物陰に潜んだ。

 そんなアインを見ていたルーファスが、再びローゼンクロイツにヒソヒソ話をする。

「いい加減ビシッと言ったほうがいいよ。そうでないといつまでも付きまとわれるよ(なんか芸能人みたいでカッコイイけど)」

「そうだね(ふにふに)。ビシッと言って来よう(ふあふあ)」

 ツカツカと正確な歩調でローゼンクロイツは進み、アインは緊張で逃げることもできなかった。

 そして、ローゼンクロイツはビシッと指を差して言う。

「ビシッと!(ふにゃっ!)」

 文字通りビシッと言って、踵で180度回転してローゼンクロイツは去っていく。

 ビシッと指さされたアインは、キューピッドの矢に射抜かれたように、胸キュンだ。

 余計にアインはときめいてしまった。逆効果だ。

 トキメキすぎてアインはその場で気絶した。

 気絶したアインはニタニタ笑いを浮かべて幸せそうだった。

 これで死ねるなら本望だろう。


 ビシッと効果でストーカーを振り切ったローゼンクロイツ。ルーファスと魔導学院の正門を出る寸前だった。

 突然、ローゼンクロイツが足止めた。

「……そうだ(ふにゃ)」

「なに?」

「朝食食べるの忘れた(ふあふあ)」

「はぁ?」

「……そうだ(ふにゃ)」

「なに?(2回連続?)」

「昨日寝るの忘れれた(ふあふあ)」

「はぁ!?(寝るの忘れるって異常だよ)」

「……そうだ(ふにゃ)」

「また?(3回連続なんて珍しい)」

「ABCに餌あげるの忘れてた(ふあふあ)」

「それさっき言ったし(なんかいつもより重症だぞ)」

 心配そうにルーファスはローゼンクロイツを覗き込んだ。

 日ごろから物忘れの激しいローゼンクロイツだが、いつも一緒のルーファスはなにか不安を感じた。

 そういえば、最近『発作』もよく起こしているようだった。

 ローゼンクロイツの発作というのは――なんて言ってる先から!

「はっくしょん!(ふにゃ)」

 大きなクシャミをしたローゼンクロイツ。ルーファスが止める間もなかった。

 これはあまりよろしくない事態だ。

 周りには下校途中に生徒もたくさんいらっしゃる。

 メタモルフォーゼ!!

 つまりローゼンクロイツ変身!

 ローゼンクロイツの頭に、ひょこッとネコミミが生えた。

 ローゼンクロイツのお尻に、ぴょんとしっぽが生えた。

 ローゼンクロイツの口が、ニヤリと笑う。

「ふにふにぃ〜」

 羊雲のような声を発したローゼンクロイツ。今の彼はまさしく猫人間→略して猫人。

 1月1日生まれのローゼンクロイツの特殊体質。クシャミをすると猫人になる。

 しかも、人語もまったく通じずトランス状態のローゼンクロイツは、理不尽な破壊活動を行なうのだった。

 デンパを発する人畜有害生物だ。

 そんなローゼンクロイツがルーファスの手に負えるはずもなく、ここは逃げるしかない。

 ルーファス逃亡!

 しようと思ったのに遅かった。

 電気を帯びた伸縮自在のしっぽがルーファスを襲う。『しっぽふにふに』という打撃魔法(?)だ。

 ローゼンクロイツのお尻から伸びたしっぽが、自由気ままに縦横無尽に暴れまわる。

 辺りを歩いていた生徒たちも一目散に逃げる。

 そんな中、逃げ遅れたルーファスにしっぽ直撃!

 ビリビリと肩に電気が走ったルーファスは腰痛回復。

 『しっぽふにふに』の電力は低圧から高圧。気分と運次第で違う。今のは運がよかったほうだ。

 次のしっぽがルーファスの足元に迫る!

 ルーファスジャンプ!

 しっぽは1周して再びルーファスの足元に迫る!

 ルーファスジャンプ!

 またしっぽは1周して再びルーファスの足元に迫る!

 ルーファスジャンプ!

 またまたしっぽは1周して再びルーファスの足元に迫る!

 ルーファスジャンプ!

 ローゼンクロイツとルーファスの奇跡のコラボレーション技、しっぽ大縄跳びが生まれた。

 自然と生徒から拍手がもらえる必殺技だ。

 なんてことをしているうちにローゼンクロイツが飽きた。

 突然、四つ足をついてローゼンクロイツが走り出した。

 通常のダッシュよりも早く、運動苦手なルーファスには到底追いつけない。

 しかし、ルーファスは行き先の検討がついていた。

 学院内で発作が起きたとき、いつもローゼンクロイツが行く場所があるのだ。

 寄り道しながら破壊活動を行なうローゼンクロイツをほっといて、ルーファスは一直線でその場所に向かった。

 寄り道のせいか、ルーファスとローゼンクロイツがその場にたどり着いたのは、ほぼ一緒。

 学院の時を司る何十メートルもある時計搭。入り口からローゼンクロイツは一気に駆け上る。すぐにルーファスもあとを追った。

 階段をゼーハーゼーハー置いてけぼりのルーファス。

 その耳に甲高い金の音が鳴り響いた。

 ゴーンと一発、ローゼンクロイツが巨大な鐘にヘッドアタック!

 そのままローゼンクロイツは気を失った。

 駆けつけたルーファスはローゼンクロイツを抱きかかえる。

「大丈夫ローゼンクロイツ?」

「……ふにゃ?(ふにゃふにゃ)」

 目をパッチリ開けたローゼンクロイツからは、耳もしっぽも消えていた。元の人間に戻ったのだ。

 なぜか近距離で見詰め合う2人。

 ここでローゼンクロイツがひと言。

「ボクの唇を奪う気?(ふあふあ)」

「違うし!」

「……知ってる(ふっ)」

 無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。

 いつものように、またからかわれた。

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