第3話「ドカーンと一発咲かせましょう(2)」
ミズガルワーム湿地帯はアステア王国の首都から、だいぶ東方に行った場所にある。
魔導式蒸気機関車でも、長い距離があるために、どこかでワープ装置を使ったと予想される。
世界各地に点在するワープ装置は、決まった場所と場所を結ぶ瞬間移動装置で、これが量産化できれば世界に革命が起こると言われている。だが、この装置はロストテクノロジーの中でも解析不可能とされ、今までに何度も研究が行なわれてきたが、みな失敗に終わっている。
機関車とワープ装置を使い、ルーファスとクラウスはミズガルワームの湿地帯に来た。それも湿地帯のど真ん中に位置する場所だ。
古代人が作ったとされる塔の中に2人はいた。すぐ近くには今通ってきた水溜りにも似たワープ装置がある。
ここまでなんとなく来てしまったが、ルーファスはどんより暗い影を落としている。
「あ〜あ、着ちゃったよ(よりによってミズガルワームなんて)」
ミズガルワーム湿地帯は湿地帯の中でもたちが悪い。巨大な樹海の中に湿地帯が点々と存在し、数多くの肉食生物が弱肉強食の戦いを繰り広げている場所なのだ。
伝説によると、この湿地帯には巨大な水蛇がいるらしく、その名前がミズガルワームというのだ。
こんな場所に来るのは自殺志願者くらいのものだ。
もちろんルーファスは自殺志願者じゃない。
ただし、今はとってもウツ状態だった。
「最悪だ、塔の外には凶悪な爬虫類とか両生類がウジャウジャいるんだよ?(弱肉強食の原理から行って僕が食われるし)」
「ルーファス、ここまで来て引き下がったら男じゃないぞ!(でも、ルーファスはへっぽこだからなぁ、心配だ)」
「この際、男じゃなくていいし。やっぱり帰ろう、それがいいよ(まだ死にたくないし)」
「そんなこと言うなよ。たぶん先に行った教師たちが一掃してると思うが?」
そういう推測も一理ある。
ぐぁっ、しかし!
ネガティブキャンペーンのルーファスはそんな考え持ってない。
「あのねクラウス、例えばファウスト先生が強行突破で破壊活動して、そのあとをカーシャが大暴れしたとするでしょ、それで一掃できると思う?」
「カーシャ先生なら向かってきた敵を残らず消滅させると思うが?(外に出たら湿地帯がなくなっていたりしてな)」
「違うよ、みんなが大暴れして湿地帯の動物を煽って、今は湿地帯中ギラギラ光った眼でいっぱいだよ。きっと塔の外は殺気立ってるに違いないよ」
それもありえる。
結局のところ外に出てみないとわからない。
どーしても外に出たくないルーファスと、外に出たくてたまらないクラウス。
「ルーファス、せっかくここまで来たのだから、外の様子だけでも窺おう。危ないと思ったらすぐに引き返せばいいさ」
「ええ〜っ(でもねなぁ、ビビも先行っちゃってるんだよね)」
先の飛び出していったビビの背中姿が、ルーファスの脳裏に浮かぶ。
そして、ビビの笑顔。
仔悪魔スマイルがルーファスの脳裏に炸裂。
やっぱりビビは放っておけない、ルーファスは決意した。
「よし、行こう!(僕の気が変わらないうちに)」
言葉は気合が入っているが、心はまだ弱気だった。
ついに塔の外に出ることになり、黄土色で石造りの床を踏みしめて出口に向かった。
もう出口から外の景色が見えてきたところで、塔に入ってくる人影を見つけた。
背中を丸めて人を背負ったパラケルススだった。
すぐにクラウスがパラケルススに手を貸した。
「大丈夫ですかパラケルスス先生!」
「おぬしら、自習しとれと言っただろう。じゃが、今はそれよりも手を貸してくれ」
パラケルススを手伝い、背負われていた女子生徒を床に寝かせた。
蒼ざめた顔で生徒は気を失っている。ファウストのクラスの生徒だ。
パラケルススは生徒の脈や瞳孔を調べ難しい顔をした。
「おそらく毒じゃな。わしが治療すれば命は助かるが……(外には他にも生徒が)」
パラケルススはルーファスとクラウスの顔を、真剣な眼差しで見つめていた。
「おぬしら、湿地帯にはまだ負傷した生徒がいるかもしれん。無理はせんでいいから、探してきてくれんか?」
「無理です!」
ルーファス即答。授業の答えもこのくらい即答ならいいのだが。
「僕が行きます」
クラウスヤル気満々。授業もこんな感じで成績優秀だ。
だが、ルーファスは心配でたまらなかった。
目の前には毒にやられた生徒がいる。普通に入ってこれだ。捜索なんかで入ったら、難易度アップで、ミイラ取りがミイラになること間違いなし。特にルーファス。
クラウスはすぐに外に駆け出してしまった。
仕方なくルーファスもあとを追う。
2人の背中にパラケルススが声をかける。
「決して無理はするな!(クラウスとルーファスなら平気じゃろう)」
成績優秀のクラウスならともかく、へっぽこ魔導士とあだ名されるルーファスは心配だ。
だが、パラケルススはそうは思っていなかった。
「(たしかにルーファスはおっちょこちょいじゃが、秘めている実力ならば学年で1、2を争う。それに強運の持ち主じゃ)」
不幸体質で有名なルーファスだが、パラケルススはただの不幸でないと見抜いていた。
湿地帯は深い森に潜んでいる。
木漏れ日が森に差し込んでいるにはいるが、それでもどんよりと薄暗く、遠くは密林で見渡すことができない。
前ばかりに気を取られていると、足元に突然現れた湿地に足を取られてしまう。
身体をブルブル震わせながら、ルーファスは辺りをキョロキョロした。
「なんか奇声っていうか、変な鳴き声聴こえるし」
「ルーファス、僕の近くを離れるなよ」
「死んでも離れないから平気(死んでも取り憑いちゃおうかな)」
足元の湿地帯を確かめ、慎重に前へ進む。
水の中にはどんな生物が潜んでいるかわからない。迂闊に足を踏み入れることはできない。
のに、ルーファスはまる。
「わぁっ!?」
ズボッと両足を膝まで沈め、ルーファスは両手を振って慌てた。
「たたた、助けて!(死ぬし、死ぬし、死んじゃうよ!)」
ぬかるんだ水の底に足を捕られ、ルーファス脱出不可能。
クラウスが手を伸ばす。
「今助けるから落ち着け」
「早く助け――ぎゃっ!?」
水飛沫があがる眼前で、クラウスはルーファスが水の中に引きずり込まれるのを見た。
瞬時の判断でクラウスは魔導チェーンを放ち、ルーファスの身体に巻きつけた。
「ルーファス平気か!」
「ぐわっ……平気じゃない……見て……わかるだろ(ちぬ、ちぬぅ……)」
濁った水面から顔を出したり沈んだり。必死にもがくルーファスは死相を浮かべている。
銀色に輝くチェーンを拳に巻きつけ、クラウスは渾身の力を込めて引っ張った。だが、足元がぬかるんでいて思うように力が入らない。
それだけではない。ルーファスを引きずり込もうとする何者かの力が強い。
大きな水飛沫があがった。
一瞬だけ、太いまだら紐のようなものが見えた。
近くにいたルーファス。というか、ソレに引っ張られてるルーファスは、ソレがなんだかわかってしまった。
「(巨大蛇!?)」
水の中で巨大な蛇がうねっている。その太さはルーファスの太腿より太い。
湿地帯で大蛇に襲われたルーファスはアンラッキー。けれど、いきなり丸呑みにされなかったルーファスはラッキー。まさに不幸中の幸い。
しかし、このままの状況では、ルーファス死ぬ。
クラウスはすでに膝まで水に浸かり、已然としてルーファスは水面でアップアップ。
「(やっぱり来るんじゃなかった)」
と意外に冷静なルーファス。自分の死期を悟って逆に冷静になってしまったのだ。
ネガティブ冷静化現象だ!!
そんな現象名があるのかはわからない。
クラウスは両手で鎖を引っ張っているが、なんとルーファスは両手が空いている。
これって不幸中の幸い?
冷静モードのルーファスはすぐに呪文を放った。
水をも切る風の刃。
見事に風の刃は大蛇の肉を裂いた。
しかし、やはり水で勢いが弱まったのか、大蛇の皮膚が厚かったのか、切断には至らずに大蛇は暴れ狂った。
その衝撃でルーファスは遠くに投げ出された。
放物線を描いて落下してくるルーファスをクラウスが見事キャッチ。
若い国王によるお姫様抱っこだ!!
んなことを言ってる場合じゃなかった。
憤怒した大蛇はその全容を現し、三メートル以上の高みからルーファスたちを見下ろし、長い舌を出し入れして風のような鳴き声を立てている。
どうやら大蛇を怒らせてしまったようだ。
が、しかし!
そのとき大蛇の上空から飛来してくる物体エックス。
それは大蛇にも優るとも劣らない巨大な怪鳥の影だった。
鋭い爪を地面に向け、怪鳥は大蛇を鷲掴みにした。
そして、そのまま大蛇を上空かなたへ掻っ攫って行ってしまったのだ。
大蛇を怒らせたのはアンラッキー。
怪鳥が現れたのはラッキー。
まさに不幸中の幸い。
へっぽこ魔導士ルーファス不幸中の幸い説浮上。
不幸ゆえにへっぽこと呼ばれ、大事故にも度々巻き込まれるルーファス。しかし、先日の『ねこしゃん大行進』の爆発に巻き込まれ入院した件に代表されるように、死亡してもおかしくないような事故にあっても、生き残ってしまうある意味強運の持ち主。
そう、魔導士ルーファス、その実体は不幸中の幸い体質なのだ。
けれど、たぶんアンラッキーの割合のほうが多い。
お姫様抱っこされているルーファスが、クラウスの後ろを指差した。
「クラウス逃げて!」
「どうした?」
振り返ったクラウスの目に映ったのは、毛むくじゃらの野人だ。
あんまり友好的じゃないようで、野人は雄叫びをあげている。
たぶんルーファスたちは今夜のディナーだ。
不幸中の不幸体質。一難去ってまた一難。やっぱりルーファスはただの不幸体質かもしれない。
クラウスはお姫様抱っこをしたまま走った。
逃げた。
逃亡した。
とんずらした。
とにかくただでさえ歩きづらい湿地帯を走り、樹海の奥へ奥へと進んだのだった。
抱っこされているルーファスは耳を立てた。
「助けてーっ!」
女の子の声がした。ヒーローの登場を願う助けてコールだ。
気付けば後ろから迫っていた野人の姿も消えている。
「クラウス、今の聴こえた?」
「ああ、助けを呼ぶ声だ」
クラウスはすぐに声のした方向に足を運んだ。
「助けてーっ! あっルーちゃん!」
ビビの声だ。
名前を呼ばれたということは近くにいるはずなのだが、辺りを見回してもビビの姿が見当たらない。
「ルーちゃんってば!」
ルーファスは上を見た。
蔓に吊るされ木の上にいるビビの姿。逆さ吊りにされているために……パンツ丸見えだった。
お尻にクマさんがプリントされたパンティーだ。
「えっち、見ないで!」
ビビはえっちな視線に気付いてすぐにスカートを押さえた。
急いでルーファスとクラウスは首を横に振った。
「「見てない、見てない」」
見事なハモリだった。でも、実は2人ともバッチリ心の写真館に保存されている。
そんなことより、なんでビビが木の上に吊るされてるのだろうか?
なんてことをクエスチョンタイムする前に、ビビにアクションが起きた。
突然、ビビの身体がより高く上に引っ張られたのだ。
「助けて、これ生きてるの!」
補足をすると、この蔓は知能を持ってます、ということだ。
その危険性に気付いたクラウスは両手が塞がっているので、その塞いでいるものを現場に投入した。
「行けルーファス!」
クラウス、ルーファスを全力投球。またの名を人間ミサイルという。
「ぎゃ〜〜〜っ!(なんで投げられてるの!?)」
ルーファスは一直線にビビに向かってぶっ飛び、そのままビビの身体に抱きついた。
ビビの顔に触れるふにふに感。
顔面にルーファスの股間ぐぁっ!!
「いやぁぁぁぁん!!(ルーファスのばかぁぁぁん!!)」
思いっきり突き飛ばされてルーファス再びぶっ飛ぶ。人間ミサイル返しだ!
軌道の先にはクラウスがいるが、今回はお姫様抱っこなしだ。クラウスは空いた両手から風の刃を放っていた。
鋭い風の刃はビビを捉えていた蔦を切り、自由になって落下してくるビビの身体をクラウスは見事お姫様抱っこキャッチ!
代わりにルーファスは地面に激突つキッス!
「(なんか……そんな役回り)」
蛙のようにルーファスは地面で伸びていた。
そんなルーファスを放置プレイして、ビビとクラウスは見詰め合っていた。
お姫様抱っこされるビビは顔を桜色に染めて、突然のグーパンチ!
クラウスの鼻から鼻血ブー!
「ぐはっ!(なぜに!?)」
「えっち!」
クラウスの腕から降りたビビはプンスカプンと起こっていた。
「今アタシのお尻触ってたでしょ、えっち痴漢、変態!」
ちなみにえっちの語源は『変態』の頭文字の『H』なので、えっちは重複だ。
「僕がそんなことするはずないじゃないか……」
鼻を押さえながらクラウスは弁解した。
その鼻血は本当に殴られたときに出たものかな……うふふ。
「誤解だよ、誤解!」
そうやってムキになるところが……うふふ。
木の陰から誰かがこっちを見ていた。
「うふふふ……ふふふふっ、クラウスもやはり男の子だな」
低い女性の声。
その正体はいったい!?