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第1話「桃髪の仔悪魔(1)」

 ガイアと呼ばれるこの世界には、魔法を使える魔導士と呼ばれる者たちが数多く存在している。

 世界にその名を轟かす魔法大国アステア王国には魔法を教える学校が存在する。

 その中の一つ、クラウス魔導学院と呼ばれる学校は、クラウスが即位したときに一緒に建設された。

 その学院は魔導を極めんとする13歳から18歳までの男女が通う学院がある。

 この学院は今年で創立15年周年を迎えることとなったのが、今この学院では創設始まって依頼の問題児を抱えていた。それもひとりではなく、複数の問題児がいることが問題なのだ。

 中でもこの生徒の問題児ぶりは、ヒドイ。

 その生徒には根本的な問題があり、それを直さない限りは、ずっとあの名で呼ばれるだろう。この学院の生徒たちはその人物のことをこう呼ぶ、『へっぽこ魔導士ルーファス』と――。


 パステル風の色を使った石やレンガなどで作られた建物の色調が柔らかく、明るく澄んだ感じの町並みを舗装された石畳に沿って進み、噴水のある広場を抜けたその先にクラウス魔導学院がある。

 この学院の歴史は浅いが、名門と呼ばれる魔導学院だ。

 その学院内にある実習室で、魔導法衣をきっちりと着こなしながらも、灰色がかったアイボリーのサラサラヘヤーを後ろで適当に束ねた長身の青年が、顔を緊張の色に染めていた。

 今その青年は、悪魔召喚を担当とする黒尽くめの教師――ファウストの元、追試を受けている真っ最中だった。つまり、ここにいる青年は前回のテストで赤点を取ってしまったということだ。

 そう、その追試を受けている青年こそが本日16歳になったばかりの魔導士(仮)のルーファスだった。

「ファウスト先生……これに火を点けるんでしたよねえ?」

「自分で考えなくては追試の意味がないだろう(全く、世話の掛かる生徒だ)」

 腕を組むファウストは深く息を落とした。彼がため息を付くのも無理はない。なにせ、ルーファスは追試の常連だ。この学院も滑り込みで入学した。

 真剣な顔をしたルーファスはファウストが見守る中、初歩魔法で人差し指の先に小さな火を出し、香炉に灯し香を焚いた。悪魔の好む匂いが狭い部屋の中に充満していく。

「ファウスト先生、あの、ここで呪文唱えるんですよね(あ〜、だんだん緊張してきたなぁ〜)」

「呪文を唱えている最中はそれだけに集中しろ、呪文とは関係のない言葉を一言でも発したら失敗だからな」

 腕まくりをしてルーファスは魔導書を開くと、悪魔を無償で奉仕させる為の呪文を唱え始めた。これを唱えなければ願望を叶える代償に魂などを求められてしまう。

 ルーファスは一字一句間違えないように、魔導書を食い入るようにして顔を近付け、慎重に呪文を唱えていたのが、そんなルーファスに不幸が襲い掛かった。

 今回悪魔を呼び出す為に使った香は、ルーファスにとって今までに使用した事のなかった香だった。それが不幸を呼んだ。

「…………っ!?(な、なんか身体がムズムズする)」

 どうやらルーファスはこの香のアレルギーだったらしく、香炉から上がる煙を吸い込む度に全身のかゆみなどに襲われる。

「(も、もう我慢できない!!)……は、は、はっくしょん!!」

 ついにルーファスは呪文詠唱中に大きなくしゃみをしてしまった。これはマズイ。非常にマズイ事態が起きてしまった。

 ルーファスはすぐさま助けを請うべく近くにいたファウストの顔を見たが、彼は蒼い顔をしていた。

「ルーファス失敗だ。悪魔に憑かれているぞ、おまえ(私が付いていながらなんたる失態だ、ククッ)」

「え、ええ! どこですか!?(……これってヤバイのか?)」

 召喚は完全に失敗したのだ。『は、は、はっくしょん!!』と言葉が呪文として認識されてしまった。

 だが、悪魔の姿は見えない。しかし、声が聞こえた。

「イエーイ! ビビちゃんこの世界に召喚だよ〜ん!」

 悪魔の声はルーファスの影から発せられていた。しかも、その声は、若い乙女の声っぽいではないか!?

 ルーファス&ファウスト沈黙。悪魔の声にちょっと戸惑い。まさか、いきなりハイテンションで来られるとは思ってもみなかったのだ。

 そんな二人にはお構いなしで悪魔は勝手におしゃべりを始める。

「えっと、アタシの名前はシェリル・ベル・バラド・アズラエル、相性はビビ、よろしくね♪ これでも魔界ではちょ〜可愛い仔悪魔でちょっとは名前が知られているんだからね」

 悪魔はルーファスの影の中でしゃべっているので真の姿は見えない。そんなしゃべる自分の影をルーファスは泣きそうな顔で指差した。

「ファウスト先生……どうしましょう?(悪魔ですよ、悪魔!!)」

 仔犬のような瞳でファウスト先生のことを見つめるが、ファウストはルーファスの事を莫迦にしているのか、この状況を楽しんでいるのか、口元を歪め微笑している。

「取り憑いた悪魔をどうにかしないと赤点決定だ(クク、全く世話の焼ける生徒だ)」

 口元に手を当てせせら笑うファウストは、咳払いを一つしてさっさと職員室に帰ってしまった。

 残されたルーファスは、大ショック! ルーファス的大ショック!!

「せんせぇ〜……(ぐすん)」

 床に膝を付き、手を伸ばすがファウストの姿はもうそこにはない。情けないとしか言いようのないルーファスがここにいた。

 そんなルーファスに見かねてかどうかはわからないが悪魔が声をかけてきた。

「男の子のクセして情けないよぉ、アタシのパートナーになったからにはしっかりしてくれないとぉ〜(こんなのに召喚されてついてないなぁ〜)」

 自分の影を見つめるルーファスがぼそりと呟いた。

「……還ってくれないかなぁ?」

「え、何?(還れ?)」

「あの、その、間違って召喚しちゃったわけだし……その、え〜っと(早くどこかに行って欲しい……ぐすん)」

「ええ〜っ、うっそ〜! アタシのこと間違って召喚したの?(このアタシを間違って召喚だなんて失礼しちゃう)」

 悪魔にしてみれば間違って召喚されるなどとんでもないことだが、ルーファスとしては穏便にお帰り願いたかった。

「えっと、だから、還って!」

「ダメだよぉ〜、呼ばれたからにはタダじゃ還れないね。うん、魂とか貰わないと……」

 ルーファス的ショック!

「た、魂ぃ〜!!(こ、殺されるの!?)」

「当たり前だよぉ、アタシとアナタの契約の代償は魂になってるんだから」

「だから、それは間違って……(私は天に召されてしまうのか……ぐすん)」

 ルーファスは今、命の危機さらされてしまった。しかも、自分の失態で……情けない。情けなさすぎである。

 絶望の淵に追いやられ、わけのわからなくなってしまったルーファスは、天を仰いで民謡を歌い始めた。

「あひるさん、あひるさん、溺れた、溺れた、ガァー♪(ふふふ……)」

 ルーファス完全の飛んでいた。帰還するのは大変かもしれない。

 こんなブルーになるような歌を口ずさむ廃人を見かねてか、悪魔はため息混じりにこう言った。

「しょーがないなぁ〜。今回は特別に何もしないで還ってあげるよ(こんなひとから魂なんてもらったら寝覚めが悪くてしょーがないもん)」

 この言葉を聞いたルーファスに生命の息吹が戻り、宙をジャンプして喜びを表現した。

「ほ、本当、ありがとう!!(あ〜、よかった)」

「じゃあ、アタシ還るね(さっさと別の人に憑かなきゃ)」

 心から安堵するルーファスに別れを告げて還ろうとする悪魔だったが……。

「あれっ?」

 悪魔が素っ頓狂な声を上げた。思わずルーファスの動きも止まる。

 まさか……!?

「どうしたの? 早く還りなよ」

「えいっ! ……あれぇ?(おかしいなぁ?)」

「……どうしたの?(嫌な予感がするんですけど)」

 それは予感では済まなかった。

 仔悪魔はさらっと言い放った。

「還れないみたい」

「…………」

 ルーファスの思考一時停止――。ルーファス再起動。

「……今なんて言ったの?」

「う〜ん、原因はわからないんだけど、あなたの身体から離れられないみたい(こんなこと初めてだからなあ?)」

 ルーファスフリーズ。だがすぐに解凍、そして爆発。

「な、なんだって!! 何っ還れない!! どういうこと!!」

 脳内で処理できない事柄はパニック現象を引き起こす。ルーファスはそれが特にわかりやすく外に出た。

「さっき間違ってアタシを召喚したって言ったでしょ? きっとそれが原因だよ(……たぶんだけど)」

「ど、どどど、どうすればいいの?(あ〜、カミサマ私はなんて不幸なんでしょうかぁ〜……ぐすん)」

「アナタとの契約内容は、アナタの魂が尽きるまで願望を叶えるというものだから……きっと、アナタが死ぬまで離れられないのかな?(……イマイチ自信ないけどね)」

「ま、マジで?(泣)」

 絶望の淵へと再び追い詰められたルーファスは、独りになろうと部屋の隅に行くが、彼の影は当然彼とともに移動する。

 部屋の隅でルーファスは体育座りをして『の』の字を涙で床に書く。――そんな彼には解決の糸口はきっと見つからない。

 また歌を歌って現実逃避をし始めたルーファスの影に変化が起きた。な、なんと影の中からピンク色をしたツインテールの髪の毛らしきものがニョキっと生えぴょんぴょんと揺れ動き、しばらくして黒い物体が這い出して来た。

 ルーファスは目を見張った。

「!?(マジで!?)」

 ルーファスが今目の前にしているものは、ツインテールのピンクの髪の毛に黒い生地にフリフリレースのついたゴスロリ服、――靴の底は高い。

「っもう、ショ気ててもなんにもならないでしょ?(涙いっぱい流して、子供じゃないんだから)」

 あどけなさの残る13〜15歳くらいの美少女の足が、短めのスカートからスラリと伸び、仁王立ちを作っている。これはルーファスにとって新たなショックだった。

「君が悪魔?(人形みたいに可愛いけど……どう見てもお子様)」

 今ルーファスの前に立っているゴスロリ少女が悪魔の真の姿だった。

「だから、アタシはちょ〜可愛い仔悪魔のシェリル・B.B.アズラエル。愛称はビビ、歳は今年で426歳、えっと好きな食べ物は人間の魂とチョコも好きだよ、甘いやつね、それから、それから、(え〜っと……)」

 こんな悪魔を目の前にしてルーファスの口は思わずツルっと滑った。

「こんな子供に魂取られるなんて、ヤダよぉ〜(大泣)」

「子供とは失礼ねえ、これでもアナタより何十倍も生きてるだから(アタシから見ればアナタの方がよっぽど子供よ)」

 ちなみにこの悪魔はルーファスの約25倍生きている。

「私より長生きしてるなら、還る方法探してよ」

「だから、アナタの魂を全部貰うまで還れないって(たぶんだけどさあ)」

 悪魔はそれを実際にわかりやすく見せるためにルーファスから遠ざかろうと離れたが、5メティート(約6メートル)のところで足は動いているのに前に進まないという現象に襲われた。

「わかった? これ以上は進めないの(……本当は無理すればもうちょっと行けそうだけど、アタシの存在が危うくなりそう)」

 ルーファスはこくこくと頷いたあと、悪魔から離れるようにして急に動いた。

「あうっ!(いきなり動かないでよ!)」

 悪魔の身体はルーファスの動きに合わせて引っ張られた。

「……本当だ」

「『本当だ』じゃないでしょ、いきなり動かないでよ、ビックリするでしょ?」

「ごめん……でも、困った(ホントどうすればいいの?)」

 まだまだ、未熟な魔導士ルーファスには本当にどうすればいいのかわからなかった。しかし、方法がないわけではない。

「(この子を消滅させれば……でも……)」

 この悪魔を消滅させればルーファスは無事解放されるが、ルーファスにはできなかった。消滅イコールそれは相手を殺すということになる、もともとルーファスはそんなことのできる人間ではなかったし、それにこの悪魔の見た目が人間と全く同じでしかも少女だったことが余計にルーファスに戸惑いを覚えさせた。

 しかし、相手は正真正銘の悪魔だった。

「魂全部くれればきっと嫌でもアタシはアナタから離れることになると思うから、よろしくね♪」

 少女は本当の悪魔の笑みを浮かべた。その笑顔は激マブだが、騙されてはいけない。相手はルーファスの魂を取ろうとしているのだ。

 肩を落とし暗い影を落とすルーファスの肩をポンと軽く叩く悪魔。

「外に出てると疲れるみたいだから影の中に戻るね」

「あ、うん(どうしよ〜、どうしよ〜、どうしよ〜)」

 『どうしよ〜』で頭のいっぱいのルーファスは気のない返事しか返せなかった。今の彼はそーとー追い詰められている。

 影の中から声がした。

「あ、そうだ、アナタの名前聞いてなかった」

「え、私、私の名前はルーファス」

「ルーファス、名前は結構カッコイイね。じゃあ“ルーちゃん”ね、アタシのことはビビって呼んで」

「……あ、うん」

 そんなこんなで、この日からルーちゃん&ビビの“祓う”か“奪う”かの奇妙な共同生活が始まってしまったのだった。

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