第五話
町を出た三時間後。
俺たちはようやく『グランデル遺跡』の入口にたどり着いた。この遺跡は山の洞窟の中に作られたもので、その入口が俺達にぽっかり口を開いている。
これからいよいよ仕事が始まるってのに、俺はどうにもこうにも、なんかこう、緊迫感みたいなものが持てずにいた。
それと言うのも――
「なあ、お前ら、これ知ってるか? ギルドのあの店の中でも、一応軽いメシは食えるじゃん」
「ええ。我々も時々、あそこで昼食なんかをとったりしますよ」
「あそこのメニューは、トーストやら、パスタやら、普通のメニューが並んでるが、実はあそこで頼めるメニューは、あれだけじゃないんだと」
「ほう。他にも料理があるんですか?」
「へ〜。知らなかった〜」
「ああ。あくまで噂でしかないんだが、何でもランキングでトップテンに入ると、すげぇ豪華な裏メニューを頼めるらしいんだ」
「ほほう。裏メニュー……ですか」
「トップテンに入ってるやつに聞いても知らん振りされるんで、それがどんな料理なのか知るすべがないんだがな。……だが俺は、ここで一つ気がついたんだ」
「何です?」
「トップテンにポーラってやつがいるんだが、そいつは自称美食家でな、賞金で儲けた金であっちこっちの高くてうまいもんを食い歩いてるんだ。そいつ舌が肥えちまってさ、普通のレストランじゃ絶対食事しないし、高級料理店でもウマくないのが出たら、クレームつけまくって悪い噂をガンガン流しやがる」
「ええ、彼女のことは知ってますよ。うちの町のギルドに登録してるんですよね」
「うん、あたしも一回見たことあるよ〜。すっごい美人さんだった」
「で、だ。考えてみろ、お前ら。美食家ってんなら、そのギルドの裏メニューなんて食べないわけにはいかないよな。ポーラは食ったことがあるはずだ。しかし、あいつが裏メニューにクレームをつけたなんて話は聞いたことがない」
「……ということは、つまり?」
「その裏メニューは、ポーラをも納得させる料理だってことだ」
「……なるほど」
「さらに、だ。問題はその裏メニューの食材だ。ポーラがあの町のギルドに登録してるなら、あの店で裏メニューを食べたはずだ。あの町で用意出来る、ポーラを納得させることができる食材なんて、あれしかないだろ」
「あれ?」
「そう。『アクアマグロ』だ!」
「『アクアマグロ』! 『アクアマグロ』って、あの『アクアマグロ』ですか! あの、一切れだけで何百ドルもするという、あの『アクアマグロ』ですか!」
「ああ。なんせ、ランキングトップテンの人間が食べる料理だからな。それほどの高級食材でもおかしくない」
「た、大変だよ! ロット! 早くあたしたちもトップテンに入らなきゃ!」
――食い意地だけで頂点に立てるほど、賞金稼ぎ業界も甘くはないだろう。
馬車に揺られている間、麓の村で昼食の弁当を買っている間、宿屋の手配をしている間、そしてグランデル山を登ってる最中も、三人はずっとこんな話をしていた。遺跡に相対している現在も頭の中はマグロでいっぱいらしく、俺の横で、焼き魚と刺身とどっちがおいしいか意見を戦わせている。
「え〜? だって、焼いちゃうと食感が無くなっちゃうじゃない」
「食べ物というのは、すべからく焼くべきなのだ。魚も例外ではない。生臭い匂いも消えるし。中る、という危険も無くなるしな」
「だがよ、お前ら、少なくとも白身魚は――」
「……あの、遺跡に着きましたし、そろそろ中に入りませんか?」
俺はこの遺跡にシーラカンスの化石でも探しに来たような心境になりつつ、一分の義務感を奮い立たせて議論を遮るように言った。
「うむ、そうだな。まずは眼前の目的を達成しなければ。『アクアマグロ』への道も一歩からだ」
「そうだね! 目指せトップテン!」
「くははは。じゃあ俺はここで見張っとくからよ、早速行って来い」
そう言って、アンディさんは荷物を地面に下ろした。調査隊である俺とロットとルーも、大きい荷物をアンディさんに預け、できるだけ身軽な格好になる。
「では、行ってきます」
「いこーっ! 目指せお宝!」
これでもかってほど生き生きした顔をするロットとルー。颯爽と遺跡の入口に足を踏み入れていく。
「くはは。まあ『銀石』でも見つけりゃ、ランキングも結構上がるんじゃねえか? ま、気をつけてな」
手をひらひら振るアンディさん。
「はい」
そう答えて、俺たちは遺跡に入っていった。
――『銀石』と聞いた瞬間、ルーの瞳が鈍く光ったのを、俺は見逃さなかった。