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第四話

 これは、図書館に置いてあった歴史書に書いてあったことだ。

 今から何千年も前、この世界には《てくのろじー》やら《こんぴゅーたー》なるものがはびこっていたそうだ。そして、その《てくのろじー》だかのおかげで、人間は労もなく何百キロも移動したり、階段なしに高いところに登ったり、さらには空をも飛んだらしい。しかも、人間をそっくりそのまま何もないところから作り出す一歩手前までいっていたそうだ。

 現代では、とても考えられない。

 そんな便利なもんが世界中にあったっていうなら、羨ましい気もする。しかしそれは写真も残っていないような昔のことで、その世界がどんな風だったのか知るすべもなく、俺には想像すら出来ない。なもんで、どこをどう羨ましがればいいのか、正直よく分からない。

 いずれにせよ、そんな《てくのろじー》も《こんぴゅーたー》も、すでに滅んでしまったわけだ。

《えねるぎーこかつ》というのが問題だったらしい。《かせきねんりょう》がなくなったせいで、その《てくのろじー》を維持できなくなった――――と、本に書いてあった。

 結局、時代は後退した。

 しかしだからって、原始時代にまで逆戻りするわけではない。この数千年の間に、新たな発見もあった。

 その一つが『石』というもの。

 別にこれは、普通の石ころのことではない。特異な性質を持った『石』だ。

 約五百年前、どこだかの山奥で、旅人が変わった色をした『石』を発見した。

 赤みがかった石。旅人がその石を地面に打ちつけてみたところ、火花――ではなく、炎が発現した。石全体が赤々と燃え上がり、その旅人は慌ててその石を投げ捨てた。地面に転がってもなお、その石は燃え続けた。

 周囲には他にも黄色や緑や紫の石が転がっていた。試しに他の石も打ちつけてみたところ、電気が走ったり、霧を吐いたり、色によって様々な性質を現した。

 これが、『石』を人間が使うようになった始まり――――なんだとか。

 今では、この『石』は大々的に発掘され、人はみんな当然のようにこれを使っている。火を起こしたり、電気で明かりをつけたり冷気で物を冷やしたり。《てくのろじー》には及ばないだろうが、それでもなかなか便利な思いをさせてもらっている。

 何でまた『石』がこんな性質を示すのかは、現在でもほとんどわかっていない。「現代に《てくのろじー》があれば、その謎も解き明かされただろうに」と、国の研究所の学者なんかは言っているそうだ。

 この『石』は、生活の中でも頻繁に使われているが、当然のように武器にも応用されている。

 いい例が、ロットの大剣『グレン』だ。刀身に『赤石』が埋め込まれていて、剣を勢い良く振ったり、何かに打ち付けたりすると、刀身が炎を纏うようになっている。それにより剣の攻撃範囲が広くなり、こと生物に対してはダメージも大きくなる。大した性能ではあるが、しかし俺にはその大剣に関して、ほとんど嫌な思い出しかないのが残念極まりない……。

 ウェリィのロッド『ムマ』や、ワイトのクロー『ツバメ』なんかもそうだ。それぞれ『黄石』と『白石』が使われている。ルーの銃は少しばかり事情が違うが。

 そして、今俺が右手に握っている紫色のナイフ『ムゲン』も、『紫石』が埋め込まれた特殊な短剣である。…………特殊とは言っても、ロットの大剣やルーの銃と違って、市販品だけどね。

 ようは、このナイフで生物を切りつけると傷口から毒が回るのだ。大して深刻な毒ではないが、襲ってきた獣を足止めするくらいには十分役目を果たす。危険な状況に巻き込まれないよう注意していれば、ギルドの仕事くらい、この程度の装備で十分なのである。

 俺は自分のベッドに座り、『ムゲン』を掌の上でクルクル回し始めた。

 別にこれは意味のある行動でもないが、しいて言うなら訓練みたいなものだ。ナイフを手になじませ、神経を研いでおく。これをしなかったからと言って技術がフリーフォールのように落ちるわけでもないが、まあ、やっておいて損はないだろうという感じ。それだけだ。

 ナイフを回転させたまま左手に持ち替え、今度は人差し指と中指で回す。そして宙に放り投げ、右手で柄を掴んだ。そのままするりと腰のホルダーにしまい、俺は立ち上がる。

 俺は部屋を出て、リビングに向かった。

 現在時刻は朝の八時。

 ラキが朝飯を作ってる頃合だろうと思いながら行くと、そこには誰もいなかった。代わりに、リビングのテーブルの上にはサンドイッチが乗った皿と書置き。

 それをくしゃりと持ち上げ、そこの字面を読むと、

『すいません。仕事で早く出なければならないので、先に出ます。朝ごはんは作っておきましたが、昼食は自分で用意してください』

 俺は「ふん」と言いながら椅子に座り、サンドイッチの咀嚼を始めた。



 九時ジャストにギルドに行くと、赤はおらずに青だけがいた。…………って、こんな省略のしかたをすると怒られるか? ようは、ルーだけがギルドの椅子に座って待っていた。ぼーっと窓の外を眺め、子供のように足をぶらぶらさせている。

 今までどんなに集合時刻が朝早い場合でも、ルーは一度も遅刻をしたことがない。まあ、その理由も明白で、つまりルーが「おじいちゃん子」だからである。老人の朝は総じて早いもので、それに合わせて生活しているルーの朝も必然的に早くなるのである。

「あ、ダルク! おはよー!」

 俺に気付きいてルーは満面の笑み。頭の上で手をブンブン振っている。……朝一でこの甲高い声を聞くのは、少々辛い。

 俺はルーの方に近寄りながら、

「ああ、おはよう。…………ロットはまだか?」

「うん。全然まだー」

「……ま、そりゃそうか」

 ロットの遅刻も予想の範囲内。あいつが時間通りに集合場所に来た日は、決まって雨や雪が降る。今日は晴天だ。

 俺は嘆息して、ルーの向かい側に座った。

「あはは。ロットが時間通りに来るなんて滅多にないよ。ダルクが朝一で一発ギャグをかますくらいあり得ないっ」

「……そうだな。ルーがカッパの何たるかを知らないで、『青ガッパ』って呼ばれて怒るくらいあり得ないな」

 俺が言うと、ルーは口を尖らせ、眉を逆ハの字にして、

「もー。人のことバカにして。あたしだってカッパくらい知ってるよ」

「そうかい」

 そう答えつつ、そりゃそうだでなけりゃお前が実は学者の娘だって事が信じられなくなるよと思いながら、俺は道すがらに買ってきた新聞を広げた。

 俺はこの一言で話題が終わった気になっていたが、ルーの方はそうは思っていなかったらしく、俺の方に身を乗り出すように、両手で頬づえを突きながら、


「カッパって、キュウリのことでしょ?」


 俺は驚いて新聞から顔を上げた。

 ……………………は?

「あたしだってお寿司くらい食べたことあるんだからねっ! かっぱ巻きも食べましたっ!」

 ふふん、と鼻を高くするルー。冗談を言っているようには――――残念ながら見えない。俺をたばかってる様子もない。

 俺は本格的にこいつが実は学者の娘であることが信じられなくなりながら、

「…………カッパが……キュウリ? ……そうなると、『青ガッパ』ってのは、青いキュウリのことなのか……?」

「そうでしょ?」

 ルーは平然と答える。

 俺は唖然、もしくは呆然としながら、

「…………真っ青なキュウリなんて、食べたくないな」

「だよね〜」

 首を傾けて笑うルー。

 ……はてさて。ルーにカッパが人外の生き物であることをちゃんと教えようか迷っていると、

「お。みんなお揃いだな」

 後ろから十台半ばの男子の声がしたので振り返ると、十台半ばの男子たるロットが「グッモーニン」と手を上げていた。

 ルーは俺からロットの方へと笑顔を移し、

「あ、ロット。おはよー」

「うむ。さあ、今日も気を引き締めて仕事に精を出そうではないか」

 清々しい声で言うロット。まるで早起きを生業としているかのような、澄み渡った声の通りである。

 しかし、壁に掛かっている時計を見ると、時刻は九時十分。

 俺はロットにジト目を返しながら、

「……期待はしていないが、それでも一応言わせてもらおう。九時集合のところを九時十分になってから現れたロットには、九時にここに来ていた俺とルーに対して、何か言うべきことがあるんじゃないか?」

「私が君らに言うべきこと? ……はて? ……『本日はお日柄も良く』?」

「違う」

「『絶好の仕事日和だな』?」

「違う」

「『この一瞬一瞬を大切に生きてい――』」

「それも違う」

 段々かけ離れていきやがる……。

 終いには、ロットは腕を組んで本格的に悩み出した。……本当に心当たりがないらしい。

「……もういい。さっさと行こう」

 俺は嘆息しながら言いつつ、立ち上がった。



 俺たちがこれから調査する『グランデル遺跡』というのは、つい数週間前に山中で発見された古代遺跡である。

 何でも、国の地質学者が山を調査している際に、地面を掘り返していたら偶然見つけたらしい。発見された直後から世界各国の研究機関が調査員を派遣してきているそうだ。今回の俺たちの雇い主も、隣国の研究機関である。

 この遺跡はグランデル山の中腹にあり(だからこそ『グランデル遺跡』と名付けられたわけだが)、とてもこの町から徒歩で行ける距離ではない。休みなく歩いて二十四時間でたどり着ければいい方、というような場所にあるのである。

 なので、ギルドを出た俺たちは当然のごとく馬車の停留所に向かった。

 そこで俺たちを出迎えてくれたのは、

「お。来たか、お前ら」

 茶髪をバンダナで縛り、Tシャツにハーフパンツ、サンダルという随分とラフな格好をしたお兄さん――というより、あんちゃんと呼んだ方がしっくりくるだろう――アンディさん。ギルドに登録している賞金稼ぎであり、ランキングで二十位内に入る猛者だ。

 ――このランキングと言うのは、もちろん賞金稼ぎのランキングであり、ギルド本部が獲得賞金によって、全世界の賞金稼ぎに序列をつけているものである。世界には何万人という賞金稼ぎがいることを考えても、その中で上位二十人に入ることがどれだけすごいか、想像に難くないだろう。…………もっとも、この威厳が微塵もない服装をしているせいで、正直なところ俺は、この人が本当に凄いのかどうか半信半疑だったりもするんだが……。

 ともかく、年齢も実力も一応目上の人なので、俺は少々かしこまって

「お待たせしました。今日はよろしくお願いします」

 と頭を下げた。

 すると、

「おう。こっちこそよろしく頼むぜ。何か見つけてくれよー? くはは」

 そう言って高笑いしながら、俺の背中をバンバン叩くアンディさん。……背中がめっちゃ痛い。

 ――ちなみに、何でまた俺たちが、今日、この人と待ち合わせしていたかと言うと、

「今日は俺、現場監督っつーことで、ずっと見張りだ。遺跡内部の調査はお前らに任せるぜ」

「はい。わかりましたー」

 元気に右手を上げるルーと、

「任せておいてください! 宝船に乗ったつもりで待っているがよろしいでしょう」

 胸を張るロット。

「お、頼もしいじゃねえか。くははは」

 そして破顔するアンディさん。

「さ、この馬車に乗ってくれ。遺跡に向かうぜー」

 俺たち四人は馬車に乗り込んだ。

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