第三話
結局、一時間にわたる反論も虚しく次の仕事が『遺跡調査』に決定してしまい、「明日は午前九時にギルドに集合ね!」という将軍補佐官殿(いつの間にか昇級していたらしい)からのお達しを受けて、予定以上に疲労困憊した体を引きずりつつ、ようやく俺が我が家の玄関のドアノブに手をかけたのは、夕日もすっかり沈んだ夜。辺りは完全に真っ暗だ。
「そもそも何で俺はあいつらとチームを組んだんだ?」と自問し、ルーに「ねえねえ、あたしたちのチームに入らない?」と誘われた時まで記憶を遡り、そう言えばあの頃はルーのあどけない笑顔に人知れず心惹かれてたんだっけなあと思い出し、そのときに「ぜひ!」と即答してしまったことへの後悔の念が、ため息となって俺の口から出て行く。俺は一体、物語の冒頭から何回ため息をつけばいいんだ?
自然と垂れていく頭を何とかもたげながら、
「ただいまぁ」
と言って俺は我が家の玄関のドアを開けた。
すると廊下には
「あ、ダルク。お帰りなさい」
と、ジーンズにエプロンといういでたちで、黒い長髪を揺らしながら柔らかく微笑む、なかなかに長身の青年が立っていた。俺の従兄弟にして、現在唯一の同居人であるラキだ。
ラキは、玄関に飾ってある観賞用のサボテンに水を遣りながら、
「ふふ。お疲れ様です。こんな遅くま――あれ? ジャケットはどうしたんですか?」
「…………燃やされた」
「おやまあ……。壮絶な戦闘があったみたいですね。ふふ。疲れた顔をしてますねえ。今日のお仕事はハードだったんですか?」
「……仕事で疲れるんならどんなに良かったか」
俺はがっくりと肩を落とし、靴を脱いでスリッパに履き替える。
「ふふ。またチームのメンバーと何かあったんですか? ロット君と? それともルーさんと?」
「……両方だよ。さらに言えば、それ以外のやつとも……」
「それはそれは。ふふ。まあ、それもいつものことじゃないですか」
……慰めになってないって。
「ふふ。さ、もう夕飯も出来てますよ。リビングへ行きましょう」
そう言いながら、廊下をぱたぱた歩いていくラキ。
俺もその後に続いて、リビングへと歩を進める。
……しかし、年上だってのにやたらかしこまったラキの口調や、二十三歳とは思えないような落ち着いた物腰を見てると、とても四分の一ほど同じ血が通ってるとは思えない。人となりってのは、環境によって形成されるものなんだろうか?
確かに、ラキの境遇が奇異であることは、彼の両親が十年前にすでに他界してることからも異論はないだろう。ここ数年、仕事の都合で親にほったらかしにされてる俺も似たような境遇ではあるが、しかしその深刻さが違う。まあだからって、今さらわざわざ同情しようなんて思わないけどね。一緒に暮らし始めて、もう五年も経ってるんだ。もはやそこまで他人行儀な関係でもない。
リビングにたどり着くと、テーブルに置かれた鍋の中では、シチューが湯気を吐いていた。
「さ、冷めないうちに早く食べましょう」
そう言って、ラキはシチューを浅皿によそり始める。
俺は自分の席にどかりと腰を降ろした。そして「いただきます」というお決まりの挨拶をしつつ、眼前に用意されてたフォークを手に取る。
味を楽しむよりも空腹を満たすことを主たる目的としながら、手近の皿に盛られていたパスタを口に運んでると、
「しかし、ダルク。あまり無理はしないでくださいよ? いつ危険なことに巻き込まれるかわかりませんからね」
自分用の皿にシチューをよそりながら、ラキがそんなことを言ってきた。
あんたは俺の母親か、と思いつつ、
「大丈夫だよ。俺だってその辺はちゃんとわきまえてる」
「ならいいんですけどね……」
そう言って、ラキも自分の席に着いた。
「だけど、心配なのはそこだけじゃありませんよ」
「へ?」
「たとえ体が無事だったとしても、頑張り過ぎることで、逆に自分の首を絞めてしまうこともあるんです」
俺はパスタをごくんと飲み込みながら、
「何の話?」
「そうですね、例えば肉屋さんを考えてみてください。普通の町にある、普通の肉屋さんです。市場とあまり変わらない値段で商売をしている分には、『敵』は同業者――つまり同じ町にある他の肉屋さんだけです。同業者とだけ客の取り合いををしていればいい。この場合、注意すべきなのは同業者だけです。競う相手は、同じ肉屋のみ。しかし、もしお肉を市場よりもだいぶ低い値段で売り出した場合はどうでしょう? そこまで低い値段で売り出したら、魚屋や、もしかしたら八百屋やパン屋にまで影響が出てきてしまうかもしれない。同業者以外の店にも敵愾心を持たれてしまう。つまり、『敵』がいたるところに出来てしまうのです」
「……ギルドの仕事もそうだと?」
「そうです。『賞金稼ぎ』という枠の中で働いている分には、『敵』は同業者――つまり、他の賞金稼ぎだけです。ギルドの仲間内で競っていればいい。しかし仕事を頑張りすぎて、例えば犯罪組織や殺し屋なんかに目をつけられてしまったら、一体どうなります? 仕事と関係のないところでも、命を狙われることになってしまいますよ。それでもなお、諦めずに頑張ってしまったら? 最終的には、全てを『敵』に回すことになってしまいますよ。ね? いつも言っているでしょう?
『能力は商品』なんです。
無闇に安売りするものではないんですよ。商売以外に使うなんてもっての外。その辺をもっと理解してください」
そこまで言って、シチューをすするラキ。
……なるほど、結局そこに行き着くわけか。
『能力は商品』
ラキが、年長者として唯一俺に言い聞かせている言葉だ。何度言われたかなんて覚えてない。五年前から何度も、鬱陶しいくらい繰り返された言葉だ。
まあ、ラキも数少ない親族の一人である俺を心配して言ってるんだろう、と俺は思い直し、
「……わかったよ」
と答えた――――答えておいた。
すいません、タイトル少し変えました。
ずらっと並んだ皆さんのタイトルを見てると、
考えなしにつけたことがバレバレだったので……(汗