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第十四話

 空中に投げ出されて刹那の後、下に見えたのは木目。

 着地する直前、膝の屈伸で衝撃を弱めようとしたが、半ば失敗。腱は傷めてないだろうが、痺れがふくらはぎを襲う。俺は耐え切れず床に手をついた。そして体勢を立て直そうと腕に力を入れた瞬間、

 目の前に大きな影が現れた。

 体中――顔や手の甲まで――青白い甲冑を纏った大男。その内側は筋肉なのか脂肪なのかわからないが、しかし体積と重量は俺の五倍以上あることは確かだ。肩に乗せた砲台を、俺に向けている。

「ちっ、ガキか。……まあいい」

 太い声でそう言いながら、砲台の裏側で何かをいじくっている。ガチッという音が聞こえたかと思うと、砲台の筒が赤く染まり始めた。

「その色は……『赤石』!」

「ひゃっひゃっ。ご名答」

 大口を開けて笑う大男。

 ……これは恐らく『赤石』の火力を増幅させ、火炎を放射させる類の大砲だろう。何て物騒なもん持ってやがる……。

 俺は横に避けようと体重を傾けた。が、足が動かない。上体だけが倒れる。足元を見ると、俺の脚は床ごと白い塊に覆われていた。これは…………氷?

「ひゃっひゃ。ばーか。お前は罠にかかってんだよ」

 …………罠?

 床を良く見ていると、そこだけ青かった。これは…………『青石』!

 ……そうか! 水圧で地下に落とし、そこに『青石』を仕掛けておく。すると、落ちてきた敵が床に着いた瞬間、その衝撃で『青石』が発動。床が冷気を発する。その冷気により水は凍り、敵は動けなる、と。そういう罠か!

「ひゃっひゃ。安心しろよ。このバズーカはな、火力を貯めるまでにあと一分かかる。その間に言い残したことはしゃべれるぜ」

 俺に向かって砲台を構えながら、大男が言う。言ってる間にも、砲筒はみるみる赤く染まっていく。

 俺は慌てて腰のホルダーから『ムゲン』を取り出し、足の氷を叩いた。が、思いの外氷は硬い。鈍い音と共に破片の粒が飛ぶ程度。二度、三度、四度と打ちつけてみたが、やはり同じだ。割れる気配はない。数十回叩いてみたところで、到底割れるとは思えない。

「あと四十びょ〜う」

 気持ちよさそうに腹の底から声を出す大男。……くそっ、気持ち悪いくらいにニヤけてやがる。

 氷を叩き割るのを諦め、背中に手を回したその時、

 ――カツンッ

 館内に甲高い音が響いた。

「あん?」

 と斜め後ろを振り返る大男の視線の先、白い影が飛び交い、俺の目の前に降り立った。ダボダボのパーカーに白いショートヘアの後姿が、俺に目の前に現れる。

「……! ワイト!」

 俺が叫ぶと、ワイトは首だけでこっちを振り返った。

 その向こう、大男が顔をこっちに戻し、

「何だ、仲間か? しかもまた子供たあな。……まあいい。お嬢ちゃん、そこを動くなよ〜? 今丸焦げにしてあげるからね〜」

 俺はそんな間の抜けた声を無視して、

「助けに来てくれたのか! 悪い! 今ちょっとヤバイんだ! 早くあいつを――」

 しかしワイトは俺を見つめたまま、動こうとしない。

「な、何してんだよ! 早くあいつをどうにかしてくれ!」

「……残念ながら……私には……あいつを一撃で……行動不能に陥らせるすべは……ない」

 ……確かに、あの鎧を纏った巨漢相手に、ワイトの細腕で致命傷を簡単に与えられるとは思えない。大砲を壊しにかかるのも、暴発の可能性があり逆に危険だ。危険だが――

「――じゃあ、どうするんだよ!」

「……私が……あいつの一撃を……受ける。……その衝撃で……その氷も砕け散るはず。……だから……その後……あなたがあいつを仕留めれば……良い」

「何冗談言ってんだ! そんなことしたら、お前が無事じゃ済まないだろ!」

「……他に……手はない」

「いいから、ロットでもルーでも、誰か呼びに行ってくれ!」

 ――――ワイトがいなくなれば、その間に……。

「……それじゃ……間に合わない」

「だ、だからって、何でお前が俺を命がけで庇うんだよ! ウェリィならともかく、俺に対してそんな義理はねえだろ!」

「あなたも、私を救ってくれた……ひと」

 へ? 俺……も?

 ワイトは俺の目を真っ直ぐ見据えたまま、言葉を続ける。

「……私のこの左手を見た時……人は皆……奇異な目をする。……冷たい目をする。……ウェリィでさえ……例外では……なかった。……怯えたような表情を……していた。……ギーンも……ロットも……ルーも……そうだった。……しかし……しかしあなたは違った。……あなたは……私のこの左手を見て…………………………笑ってくれた」

 ……言われて俺は、ワイトの左手のクローを初めて見たときを思い出してみる。あれは確か、山の中。俺が獣に襲われた時だ。俺に牙を向けてきた虎のような、熊のようなそいつを、俺を庇うようにしてワイトが退けてくれた。その獣にワイトが『ツバメ』で切りつけた際、袖口から腕と『白石』の結合部が覗いた。それを見せられたとき、確かに俺は――

 ――笑った。

 恐怖など微塵もなく、畏怖など欠片もなく、ただただ、おもしろかったから、興味深かったから、笑った。笑ってしまった。しかし――

「――べ、別にそれは、良心とか思いやりとかそんなんじゃなく、ただ、俺はお前と同類だから――」

「……あなたの意思は……関係ない。……どちらにしろ……私が……私の心が救われたのは…………事実」

「だ、だからって、命を懸けるほどのことなのかよ!」

「……私は……何も持たずに生まれてきて……生きることだけを考えて……生きていた。……他の何を望む余裕も……なかった。……望む自由が……なかった。……だけど他の人は……私を自由だと言った。……何にも縛られずに生きている私を……自由だと言った。……私は自由なのか……自由ではないのか……分からなくなった。……私は幸せなのか……不幸なのか……分からなくなった。……自由が幸せなのか……分からなくなった」

 ――な、何を言って……

「……だけどあの時……あなたは自由は『選ぶこと』だと……言った。……最初はその意味が……分からなかった。……持っているか持っていないか……あるかないか……じゃない。……気付けば簡単なことだった。……選べることが……幸せ。……選べる自由があることが……幸せ。……そういうこと。……そしてようやく分かった。……私は……ウェリィを守る自由があって……幸せだった。


 ……私に……あなたを守る自由があって……幸せ」


 そしてワイトは口元を緩め、目元をほころばせ、瞳に光を宿らせ、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ――――微笑んだように見えた。

 俺はただ、その表情を呆然と見つめる。

 …………何だよ、これ?

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。

 何で? 何で、俺のために、俺なんかのために命を賭ける?

 熱いのに、痛いのに、苦しいのに――――死んでしまうのに。

 俺が笑ったのは、ただの偶然。あの言葉も、考えあってのことじゃない。

 なのに、なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?

 なぜ微笑む?

 この場所で、このタイミングで。

 分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。

 ワイトの言うことが分からない。

 ワイトの思う意味が分からない。

 ワイトの心内が――分からない。

「じっかんぎれー」

 大男の声が響き、すっかり灼熱色に染まった砲台が熱気を放っている。大男と俺は十数メートル離れているのに――間にワイトが立っているのに――ここでも熱を感じる。あんなのをまともに食らったら、骨も残らないだろう。何か防御壁がなければ。

 ……確かに、このままでは――この状態のままでは、これが最良の手段。ワイトが傷つき、俺が自由になり、そして俺がこいつを倒す。これが俺にとって最良の手段。俺に損害はない。俺は無事に生き残る。傷つくのは……ワイトだけ。

 ラキの教えにのっとれば――『能力は商品』と割り切れば――俺がここで『能力』を振るうのは、間違い。金にならないのに部外者に『能力』を見せるのは、間違い。他に手があるのに『能力』を使うのは、間違い。間違いにしかならない。

 だけど、本当に? 本当にこの状態が正解なのか?

 ラキの言葉を、反芻する。

『もし頑張りすぎれば、最終的には、すべてを敵に回してしまいますよ』

 …………そうか。つまり、そういうことだろ?

 すべてを敵に回すなら、回す覚悟があるなら、『能力』を自分のために使っても良いんだろ? そうだろ? そういうことだろ?

「いっくぞ〜」

 砲台の怒号と共に、炎の円柱が俺達に向かってくる。とんでもなく大きい円柱。回廊の端から端まで覆っている。逃げ場なんてない。

 俺は『ムゲン』を放り投げ、左手で目の前のワイトのパーカーの背中を力いっぱい引っ張った。驚いた顔で俺の肩にぶつかってくるワイト。そのまま左腕でワイトを抱える。そして俺は右手を背中の服の中に入れた。掴んだのはナイフの柄。そこから取り出したのは――


 ――黒いナイフ。


「あなた、それ……」

 轟音の中微かに聞こえたワイトの声を無視し、俺はこちらに向かってくる炎柱に対して、この黒い刃を振り下ろした。目の前で炎が真っ二つに割れる。左右を炎が通り過ぎていく。熱気が頬に伝わってくる。しかし耐えられないほどではない。髪が少し焦げているかもしれないが、知ったこっちゃない。

 刹那で炎は過ぎ去った。

 俺はワイトの肩を離し、黒い刃で足元の氷に触れる。手ごたえもなく、氷は分裂した。すねやふくらはぎにはまだ氷がついているが、後回し。そのまま俺は立ち上がる。

 目の前には、驚いた大男の顔。

「お、お前なんで……その黒いナイフ……まさか……」

 俺はナイフをかざし、少しずつ大男に距離を詰めていく。

「レ、レーガー様に知らせなくちゃ――」

 その巨漢を回れ右させて、駆け出そうとする大男。俺はその後を追おうと前かがみになった、その同瞬、

 大男の足元で、紫色の霧が発生した。

「うおっ!」

 大男は横っ飛びでそれを避ける。と、

「〈火炎斬鉄〉!」

 掛け声と共に、大男の肩の上に炎が走った。大男は倒れながらこれを何とかかわした。

「だ、誰だ!」

 という大男の叫び声に応えるように、暗闇から二つの影が灯りの下に現れ、そこにいたのは言うまでもなく

 ロットとルーだった。

 ……このタイミングで登場とは、分かっているような分かっていないような。しかし、これがこいつららしいと言えばこいつららしい。

「ダルク! 大丈夫?」

「やれやれ、心配させて」

 そう叫ぶ二人に、

「悪い悪い」

 そう言いながら、俺はさり気なさを装って『黒石』のナイフを背中のホルダーにしまった。その際、後ろを振り返ってワイトに目配せをしておく。ワイトは驚きを隠せない表情のまま、顎だけ縦に動かした。

「おのれ〜」

 向かおうとしていた方向を二人に止められた大男は、方向転換し、こっちに向かって走ってきた。

「どけどけ〜」

 叫びながら砲筒を振り回す。俺は横に飛んでそれを避けた。ワイトも立ち上がり、ひらりとかわす。

「待て〜」

「逃がすか!」

 ロットとルーがそれを追いかけて行き、三つの後ろ姿はすぐに見えなくなってしまった。

 一気に緊張から開放され、思わずため息がこぼれる。そしてさっき放り投げた『ムゲン』を拾い上げて、腰のホルダーにしまった。

「ワイト、大丈夫か?」

 振り返りながら声をかけてみると、

「……大丈夫」

 ワイトはパーカーの砂を払いながら答えた。そしてすくっと立ち上がり、

「……それより、ダルク。……さっきのナイフ――」

「後で説明する。誰にも言わないでくれ」

 俺はワイトの言葉を遮ってそう答え、暗闇の奥、大男が行こうとした方向へ歩を進めた。

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