第十三話
俺達は現在、崖の中程に立っている。
直角に切り立った岩肌に、少しだけ突き出したスペース。五人が集まるには少々心もとない広さだが、岩盤はしっかりしていて、崩れる心配はなさそうだ。
後方には渓流がごうごう流れており、そして眼前には大きな扉。平屋が一戸通り抜けそうなくらい、なかなかに大きな金属製のものである。しっかりと閉まっていて、水の音を反響させている。
森の獣道を通り、知らなければ見逃してしまいそうな小さな坂道を通って、二十分ほど前に俺達はここにたどり着いた。雨のせいでぬかるんではいたが、それでも雑草はまったく生えておらず、ここが通路であるということはわかった。やつらも、ちょくちょくここを使っているのだろう。
この扉は、いわゆる裏口。『カザミドリ』の第十三部隊が根城に使っている館のような建物の、隠し通路のような場所である。
そして俺達はここで息を潜め、作戦のリーダーであるリンクさんの合図を待っている。
作戦は簡単。正面から十四名が突入し、敵の戦力がそこに集まった瞬間に裏口から残り五人が突撃する。そしてこの五人が、敵の大将を狙うのである。
俺達は、この五人に含まれている。
もちろん、裏口からの突撃はこの作戦の要。成功の鍵を握っており、俺達のような経験の少ない賞金稼ぎがそんな責任ある役職を与えられるわけはない。俺達――俺、ルー、ロット――は、ただのサポートだ。敵の大将の首を獲ることを義務付けられた他の二名の賞金稼ぎが、行くべき部屋にたどり着けるように援護するのである。そしてこの二名の賞金稼ぎとは、アンディさんとポーラさんのことだ。
当初、リンクさんの予定の中では、この二人のサポートは別の人が割り当てられていた。俺達よりも数倍経験と実績を備えた、二名の賞金稼ぎである。しかし直前になって、アンディさんが俺達を推した。理由は、この前組んだばかりでやりやすいからだそうだ。
リンクさんは最初は渋っていたが、結局それに同意した。俺とルーはともかく、ロットの腕はギルドでもそれなりに評価されているのである。ポーラさんにもどうにか同意を取り付け、最終的に俺達に決定した。
いきなりこんな大役を背負わされて逆に俺が不満だったが、ロットもルーもやる気だったので、言わないことにした。まあ、これは仕事の内だし、大物二人が側にいればむしろ安全だと考えられなくもない。
小雨に打たれながら、ポーラさんが握るトランシーバーを五人で凝視している最中、ふいにアンディさんがぽんと俺の肩を叩いて、
「お前は地下を目指せ」
と小声で言ってきた。
この館の中の造りは現在不明で、この作戦は半ばぶっつけ的だと、リンクさんが朝の説明で言っていた。見取り図を手に入れてからの方が作戦の確実性、安全性は向上するが、その間に逃げられてしまう危険性もある。この館に隠れている『カザミドリ』のメンバーは、恐らく十人弱。その倍の人数を用意していれば、地の利は向こうにあろうともそれほど被害も被らないだろうというわけで、この強行軍になったそうだ。
しかし今のアンディさんの口調は、まるで館の内部を知っているかのようだった。もしかして何か情報を得ているのかと尋ねようとしたとき、
「第二部隊、突撃開始!」
トランシーバーからリンクさんの掛け声。それを機に、アンディさんが門を蹴り開け、残りの三人も続いた。
俺も慌てて、その後を追った。
渓流の音を背中に聞きながら、俺達は回廊を進んでいく。
赤黒い絨毯に、壁には絵画が飾ってある洋館のような造り。柱の上の方に取り付けられた『赤石』の灯りで室内は照らされている。しかしこの灯りはこの広さに十分とは言えなく、しかも外からの光はまったく入ってきていない。辺り一面不気味な薄暗さを保っている。
視線を前に向けたが、奥は見えない。光が足りないせいもあるだろうが、それ以上にこの回廊が長い。ついさっきこの館の脇を通って裏口に行ったんだからその広さは大体分かっているつもりだったが、中に入ると余計に広く感じる。この敷地をくまなく探してたんじゃ、いくら時間があっても足りないだろう。
ルーの息が切れるくらいの距離を走ったところで、目の前に壁が現れた。しかしこれは行き止まりと言うわけではなく、T字路。分かれ道だ。
紺色のコートをたなびかせながら走っているポーラさんが、息を乱すこともなく、
「アンディ、どっちに行く?」
「守りたいもんは城の真ん中に置いておくもんだ。十中八九、左が正解だろ」
「二手に分かれる?」
「いや。逆に危険だし、しばらくは止めとこう」
「オーケー」
それだけのやりとりでもって、進路を決定。前を行くアンディさんとポーラさんが左に曲がった、その瞬間、
「死ねぇっ!」
叫び声と共に、甲冑を着けた男が切りかかってきた。
しかしアンディさんは驚く様子もなく、腰からサーベルを抜き男を切りつける。男は壁に打ちつけられ、そのまま動かなくなった。
「どうやら主戦力は表口の方に行っちまったみたいだな」
呟きながら、スピードを緩めることもなくアンディさんは走り続ける。
……俺達がサポートすることなんてないんじゃないか?
その後も二人ほど敵が襲ってきたが、アンディさんのサーベル及びポーラさんの鎌で弾き飛ばされ、一瞬でお役御免となった。俺達三人は走るだけで、何もしていない。
楽なのは良いが、存在意義まで疑われるのも考え物だなと思っていると、目の前に木製の扉が現れた。
ポーラさんが取っ手に手をかけたが、ガチャッという太い金属音。明らかに鍵が閉まっている。アンディさんが再度蹴り破ろうと、足を上げた瞬間、
ドバッという音が天井からした。
見上げると、ちょうど俺の真上に水。そのまま落下してきて、俺に降りかかってくる。慌てて俺は頭を腕で庇う。
結構な水量だ。水圧で動けない。何とか立ち上がろうと足に力を挙げた瞬間、動いたのは俺の上体ではなく、床。メキッという音がしたかと思うと、足からの反動が感じられなくなり、直後浮遊感。
水しぶきの音に混じって「ダルク!」という声を聞きながら、
俺は階下に落ちていった。