短編:No Smoking ――三者三様――
No Smoking ――三者三様――
小さな公園は、女と子供であふれている。
男はサングラスをずらしてあたりを一瞥すると舌打ちした。
「禁煙」の看板が目に入り、ますます渋い顔になる。
「冗談じゃねぇ。公園まで禁煙にするってか。ふざけんなよ」
男は公園のど真ん中で立ち止まり、これ見よがしにタバコをくわえるとライターで火をつけ、思い切りふかした。
何人かの若い母親が男に気づき、顔をしかめる。
だが、何もいえない。
男が怖いからだ。
男の体つきはがっちりしていて顔つきは凶暴そうだ。だらしなく着込んだ高価そうな上着の歪んだポケットにはナイフがあり、胸のあたりは銃が入っているかもしれない。
いかにも辛抱がきかなそうな男だ。
彼に気がついた母親達はすぐに自分の子供を呼び寄せ、そそくさと公園を出る準備を始めた。
男はそれを眺め、満足そうに煙を吐き散らす。
やがて男は、公園の少し奥まったところにベンチが2つおいてあることに気がつき、タバコをくわえたままそちらへ足を向けた。
初夏の太陽を穏やかにさえぎる緑陰の落ちるベンチには、若い男が1人だけ座っていた。
★魔術師マリオンの場合(@非喫煙者)
ベンチの青年は、白いシルクのシャツに黒いパンツスタイルで、腰までの長い金髪を背中でゆるく結んでいるために一瞬女性に見えた。
だが、男の気配に上げた顔は、綺麗ではあったが確かに男性のものだ。難しそうな外国の文字や図版の書かれた大きな本を手にしている。
何か言いたげな顔をしたが、彼は何も言わずそのまままた手元の本に視線を落とした。
男は、わざと乱暴に青年の向かい側のベンチに腰を下ろした。
木製のベンチがきしみ、嫌な音を立てる。
だが、もはや青年は顔もあげない。
ふん、と男が面白くなさげに鼻を鳴らしたが、青年は涼しい顔で本を読み続けている。
男は、手元の短くなったタバコをここを最後とばかりに深く吸い込んだ。
じりりと音を立て、タバコが男の指を焼きそうなまでに短くなる。
男はそれをそのまま足元にぽいと捨てた。
消すのも面倒だ。
枯れ草にでも燃えうつれば、それはそれで面白い。
あの気取った親子たちに思い知らせてやればいい。
逃げ惑う親子の姿を思い浮かべ、男は下卑た笑いを頬に浮かべた。
公園はお前たちのもんじゃねぇ。俺のもんだ。
男はポケットをさぐり、タバコの箱を出して新しい1本をくわえた。
そのとき、青年が男の方をちらりと見た。
男は気づかない。
青年の右手が本から離れ、白く長い指が一瞬だけひらめく。
男はライターを点けようとやっきになっていた。
何度も何度も男はしつこくライターを鳴らしている。
しかし、火花が散るだけで火はついに点かなかった。
ベンチの青年の口元がかすかにゆるむが、いらだった男はそれにも気づかない。
やがて男は、口元のタバコをもぎとると、「Shit!」と悪態をつき、そのまま足元に叩きつけた。
ますます機嫌も人相も悪くなった男は、向かいの青年に喧嘩を売ろうかどうしようか考えた。
青年は華奢で殴りがいもなさそうだが、八つ当たりにはちょうどいいに違いない。
男のそんな思惑にも気づかないふうで、青年は本を読み続けている。
長い前髪が顔の左側を隠しているために青年の表情は読みにくい。
と、ふいに初夏の風が青年のその前髪を吹き散らし、端正な顔立ちがあらわになった。
唇にかすかな笑みを浮かべ、青年の両目が男を見る。重い何かの気配があたりに満ちた。
「うわわ・・・・・」
思わず小さく声をあげ、男は立ち上がった。
背筋のどこかを冷たい指でつうっとなでられたようなうすら寒い気がしていた。
男は青年の方を見ないようにしながら、じりじりと後ずさりをしながらその場を離れようとしている。
青年の視線は、また元通り本のほうに向いていたが、男の冷や汗は止まらない。
ようやくベンチを覆っていた木陰から抜け出すと、男は顔の汗もぬぐわずにくるっときびすを返し、一散に走り出した。
「忘れものだよ」
つぶやいた青年の指が再びひらめき、さきほど男が投げ捨てた火のついたままの短いタバコが宙を飛ぶ。
タバコはオレンジ色の火をその先に点したまま、男のジャケットのポケットに飛び込んだ。
走る男はそれにも気がつかない。
あとには青年がひとり、ベンチで優雅に本を読んでいるだけだった。
★現代アメリカ刑事のレニーの場合(@現在禁煙3週間目)
青年は、少しだらしなくベンチの背に寄りかかり、半分に折ったカウンティデイリーニュースという新聞を読んでいた。新聞の脇から見え隠れする青年の顔は、非の打ちどころがないほど綺麗ではあったが、どこにも隙のない瞳をしていた。輪郭に沿って無造作に流したくせのない金髪が良く似合っている。
彼は一瞬だけ目を上げ、何か言いたげな表情をしたが、そのまままた手元の紙面に視線を落とした。
男は、わざと乱暴に青年の向かい側のベンチに腰を下ろした。
木製のベンチがきしみ、嫌な音を立てる。
だが、もはや青年は顔もあげない。
ふん、と男が面白くなさげに鼻を鳴らしたが、青年は涼しい顔で新聞を読み続けている。
男は、手元の短くなったタバコをここを最後とばかりに深く吸い込んだ。
じりりと音を立て、タバコが男の指を焼きそうなまでに短くなる。
男はそれをそのまま足元にぽいと捨てた。
消すのも面倒だ。
枯れ草にでも燃えうつれば、それはそれで面白い。
あの気取った親子たちに思い知らせてやればいい。
逃げ惑う親子の姿を思い浮かべ、男は下卑た笑いを頬に浮かべた。
公園はお前たちのもんじゃねぇ。俺のもんだ。
男はポケットをさぐり、タバコの箱を出して新しい1本をくわえた。
そのとき、青年が男の方をちらりと見た。
男は気づかない。
青年は、新聞を畳むと脇に置いた。
男は、ライターを点けようとやっきになっていた。
何度も何度も男はしつこくライターを鳴らしている。
ようやくライターが点いたとき、その火がタバコに届く前に男の右手ががっしりと押さえ込まれた。
「あんた、字が読めないのかよ。ここは禁煙なんだぜ」
金髪の青年だった。いつのまにか音もなく男の前に立っていたのだ。
一見華奢に見えたのに、男は青年の手をすぐには振り払うことが出来なかった。
「な、何しやがるんだ」
青年は口元にシニカルな笑いを浮かべた。
「聞こえなかったか? こ・こ・は・き・ん・え・ん・だ」
「ふざけんな、この野郎。天下の公園でタバコを吸って何が悪い。俺を誰だと思ってるんだ」
男はわめきながら青年の手をようやく振り払うと、そのままナイフを出そうとポケットに手を入れた。
「それはやめといたほうがいいぜ。俺を誰だと思ってる?」
男の言葉をそのまま繰り返した青年の笑いが凄みを増した。
彼のデニムのジャケットの裾が持ち上がり、警察バッヂが煌めいた。胸にはガンベルトらしきものも見える。
男が目をむく。
「お前、サツか」
「殺人課、レニー・クラウン」
青年は、間髪いれずにさらりと名乗った。
男はポケットから手を出せなくなった。
クラウンと名乗った刑事の手が、男のひじの辺りを強くつかんだのだ。とんでもない痛みが男の半身を襲う。
痛たた、と声をあげ、男はベンチから立ち上がり逃げ腰になる。
もちろん逃げられない。明るいブラウンの青年の瞳が、さっきよりも更に冷たい光を放っていた。
「わ、わかった。俺が悪かった」
男がかすれた声で泣き言を言うと、
「どこもかしこも禁煙で、頭に来るのはよっくわかるけどな」
と、意外にあっさり青年は男のひじを離した。
「いいか、俺の前で、ナイフや銃を出すなよ? しょっぴくぜ」
「わかった、わかった」
ひじをさすり、男はうなずいた。あまりの痛みに既に戦意は喪失している。
「行っていいぜ」
青年が顎をあげ公園の出口を指した。
男は、後も見ずに早足でそそくさと公園をあとにした。
後に残された青年は、元のベンチに戻る前に男が投げ捨てたタバコを吸殻をブーツのかかとで念入りに踏みにじった。
彼は新聞を手に取ると、さっきの男のように乱暴にベンチに座った。小声でその整った顔に似つかわしくない悪態をつく。
「Shit! どいつもこいつも禁煙の邪魔しやがって! 俺の前でタバコを吸うんじゃねえよ」
★現代日本の謎の組織の人、丈の場合(@ライトな喫煙者)
ベンチの青年は、ペィパーバック(文庫)を読んでいた。黒髪で浅黒い肌をしている。東洋人にしては顔の彫りが少し深い。
余分な肉をすべてそぎ落としたような身体つきをしていて、全体の雰囲気が少し暗い影を帯びている。
男は、わざと乱暴に青年の向かい側のベンチに腰を下ろした。
木製のベンチがきしみ、嫌な音を立てる。
だが、青年は視線すらあげなかった。
ふん、と男が面白くなさげに鼻を鳴らしたが、青年は本を読み続けている。
男は、手元の短くなったタバコをここを最後とばかりに深く吸い込んだ。
じりりと音を立て、タバコが男の指を焼きそうなまでに短くなる。
男はそれをそのまま足元にぽいと捨てた。
消すのも面倒だ。
枯れ草にでも燃えうつれば、それはそれで面白い。
あの気取った親子たちに思い知らせてやればいい。
逃げ惑う親子の姿を思い浮かべ、男は下卑た笑いを頬に浮かべた。
公園はお前たちのもんじゃねぇ。俺のもんだ。
男はポケットをさぐり、タバコの箱を出して新しい1本をくわえた。
そのとき、青年が初めて男の方をちらりと見た。
何か言うのかと思ったが、青年はまったく無表情のまま視線を紙面に戻す。
ちっと男は舌打ちした。
面白くもない。
男は、ライターでタバコに火をつけようとした。
しかし、火花が散るだけで火はついに点かなかった。
「Shit!」
男はタバコを投げ捨てようとしたが、寸前で思いとどまった。
「・・・・・・おい、兄ちゃんよ」
男は青年に声をかけた。
青年は、本から目をあげた。
「悪りぃな。ライター持ってたら貸してくれや」
青年は無言で黒のジャケットの胸のポケットから、銀色のライターを取り出すと男に向かって投げた。
「サンキュー」
男は器用にそれを受け取ると、自分のタバコに火を点けた。
最初に深く吸い込むと、満足した男はライターを投げ返そうとして手の中のそれに目を留めた。自分のものと似ているが、それはもっと高価に見えた。
「いいライターじゃないか」
黒っぽいアンティークのジッポで、トランプのスペードのAの模様が彫られていた。だいぶ使い込んでいて、浮き上がったスペードの部分がいい色合いに鈍く光っている。
「いいライターだ」
もう一度言うと、男はにやっと笑って立ち上がった。
青年に向かって手の中のライターを投げ返す。
受け取った青年の顔がかすかに歪められた。
それは男の点かなくなったほうのライターだった。
「いいだろ? 交換ってことで。そいつだって高かったんだぜ」
青年の黒い瞳がすっと細められた。だが何も言わない。無言で男の顔を眺めているだけだ。
それをいいことに、男はそのアンティークのジッポを上着のポケットに入れて、公園の外へ向かって歩き出した。
「ちょろいもんだ」
男は上機嫌で公園から繁華街へ向かって歩き出した。
時折、道端の露店をひやかし、行き交う女性をからかいながら、男は通りをどんどん歩いていく。
後ろから青年が追ってきている気配はない。
男は青年が追ってこないことをほとんど確信していた。
怯えているのだ、俺に。
ジッポのライターですむなら安いものだと思っているのだ。
それは正しい評価だ。
男はかなり気分がよくなった。
2つほど角を曲がると、タバコがすっかり短くなる。
男はいつものように道端に無造作に吸殻を捨てると、新たな1本をくわえた。
ポケットを探り、先ほど東洋人の青年から巻き上げたジッポを手に取ると、火をつけようとする。
そして、愕然とした。
まじまじと手の中を見る。
それは、さっき青年に投げつけた自分のライターだった。
「嘘だろ?」
男がつぶやくと、口からタバコが道路へ向かって落ちた。
確かにそれは自分のものだった。
では、あのジッポは?
男は慌ててポケットの中をあちこち探った。
あのスペードのライターは出てこない。
「どういうことだ?」
男はすっかり混乱していた。
あの時、確かに自分は彼に向かって自分のライターを投げた。
間違えたはずはない。
受け取ったとき、青年の無表情だった顔が、一瞬かすかに変わったのだ。
あれは自分のものではないものが返されたからだ。
いやいや、その前に、自分は確かにポケットにしまう前にもう一度スペードのマークを見た。見たはずだ。
男はあたりを見回した。
急に背筋が寒くなる。
どこかで彼が見ている。あの黒い瞳の東洋人の青年が、こっそり自分の後をつけ、いつのまにかポケットの中身を入れ替えたのだ。
うすら寒い思いにとらわれたまま、男はタバコを吸うのも忘れ、ただ街の真ん中で立ち尽くしていた。
END




