放課後の答え合わせ
十一月の放課後、俺は誰もいない教室にいた。
白紙の進路希望調査票を見つめ続けて、もう三十分。窓の外では部活動の声が響いている。
他の連中は部活や委員会に全力で取り組んでいるのに、俺はといえば、一文字も書けないまま用紙とにらめっこしていた。
「なにしてん?」
振り返ると、幼馴染の陽子が立っていた。
明るい茶髪に、スカートは膝上。いつも友達と笑っている。
名前の通り、太陽のような女の子。
「……別になにも」
「またぁ。その顔、超悩んでんじゃん」
陽子はすっと俺の隣に座り、何も書かれていない進路希望調査票を覗き込んだ。
「んんー? 進路?」
「……まだ決まってないんだ」
「ああー、ね。でもさ、ウチ気づいちゃったんだよね」
「何を」
「ケンジさ、最近毎日この時間、ここにいるじゃん」
ドキッとした。見られていたのか。
「ずっと同じ紙、ジーッと見てて。で、結局何も書かないで帰んの」
陽子は俺の目を見た。
「辛そうだなって思って」
そんな彼女の言葉を聞いて、俺はぼそりとつぶやいた。
「……何がしたいのか、わからないんだ」
悩んでいた進路について、初めて誰かに本音を吐いた気がする。
親にも話したことのない心の内。
「親は大学行けって言うし、先生は早く決めろって言うし。でも、やりたいことなんて何もなくて。このまま適当に決めて、適当に生きていくのかなって思ったら……」
声が震えた。
「怖いんだよな。答えがない問題を、無理やりやらされてる気がして」
陽子はしばらく黙っていた。窓から風が吹いて、彼女の髪が揺れた。
「あのさ」
彼女が口を開いた。
「ウチ、将来美容師になりたいの」
「……え?」
「親には反対されてんの。『ちゃんとした大学行きなさい』って。でもさ、ウチ気づいたんだよね」
陽子は椅子から立ち上がって空を見上げた。
「みんな『正解』探してるけどさ、正解なんて最初からないじゃん。あるのは『自分の答え』だけ」
「自分の、答え……」
「うん。ウチの答えは美容師。ケンジの答えは、そうなぁ、まだわかんなくていいんじゃね?」
「でも、期限が……」
「じゃあさ」
彼女は正面にきて、俺の目を見て笑いながら言った。
「今書ける答えを書きなよ。間違っててもいいじゃん。人生って、何回でも答え合わせできんだから」
その言葉に、胸の奥で固まっていた何かが溶けた。
「そりゃウチだってさ、不安になることだってあるよ。でも、怖がったまま止まってるより、とりあえず歩いてみようって決めたんだ」
陽子の笑顔は、夕日に照らされてキラキラしていた。
そして彼女は俺に手を差し伸べた。
「一緒に歩いてこうよ。間違えても、また考えりゃいいじゃん」
昔からの付き合いなんだしさ、――と、太陽のような笑顔で付け加えた。
俺は一度深呼吸をして、進路希望調査票に向き直った。
そして、ためらいながら"大学進学希望"と書き、彼女の手を取って立ち上がった。
これが正解なのかはわからない。でも、これが今の俺の答えだ。
「陽子」
「ん?」
「……ありがとう」
「いえいえ。困った時はお互い様っしょ」
彼女はウインクして、その紙出したら一緒に帰ろ、と俺の手を引いた。
俺も、彼女の隣を歩いて教室を出た。
答えのない問題に、自分なりの答えを持って。




